産んで育てて連れ去られ

ある部屋に、とても仲のいい親子のタブンネがいます。
子タブンネたちは部屋の中を歩き回ったり、お互いにじゃれあったりして、元気いっぱいです。
すくすくと育った子供たちの姿をお母さんであるタブンネが優しく見守っています。
子どもたちといっしょに遊んであげたいのですが、今のタブンネには無理な話です。
なぜなら、タブンネは首輪をつけており、その首輪は鎖で壁につながっているからです。

壁につながれて動き回ることができないタブンネですが、不自由だと感じることはありません。
トイレはすぐ近くにありますし、ご飯は時間になると人間が持ってきてくれます。
それに何より、タブンネは子タブンネたちのことを愛していますし、
子タブンネたちもタブンネのことが大好きです。
ご飯はいっしょに食べますし、夜になればみんなで集まっていっしょに眠ります。
愛する子タブンネたちさえいれば、タブンネはそれだけで幸せなのです。

お昼ご飯の時間になりました。
人間がご飯を持ってくると、子タブンネたちは遊ぶのをやめて、タブンネのところにやってきます。
ご飯のときはみんないっしょ。
みんなで輪になってお昼ご飯のオレンの実を仲良く食べます。
子どもたちはみんな乳離れが済んでいるので、お母さんといっしょのものを食べます。
幸せをたっぷりと感じながら、タブンネは少し不安に感じています。
そう、子どもたちは乳離れを済ませているのです。

翌日、部屋の中ではタブンネが子タブンネたちの毛づくろいをしています。
1匹1匹、優しく抱っこしてあげて、丁寧に体をなめてあげます。
子タブンネたちは、タブンネの周りにすわって、お行儀よく順番を待っています。

そのとき、タブンネの耳がある音を聞き取りました。
タブンネは毛づくろいを中断し、みんなで眠るときに使っている毛布に子タブンネたちを隠します。
タブンネが毛布の中に子タブンネたちを隠し終わると、それと同時に部屋のドアが開きました。
部屋に入ってきたのは3人の人間です。
いつも交代でタブンネたちにご飯を持ってきてくれる優しい人たちです。

3人の人間は、いくつかのペット用キャリーケースを床に置いていきます。
その数は子タブンネたちの数とぴったり合っています。
今まで何度も見た光景です。
タブンネは3人をにらみながら、鋭い声で「ミッ!」と鳴いて威嚇しています。
そのうちの1人がにこにこと笑顔を浮かべ、タブンネに近づいてきます。その手にはオボンが握られています。
「おはよう、タブンネ。ご飯を持ってきたよ。ほら、タブンネの大好きなオボンの実だよ。」
オボンの実には心が惹かれましたが、それでも人間をにらみ「ミィッ!」とひときわ強く鳴き声を上げます。

人間は困ったような笑顔を浮かべると、オボンを床に置き、タブンネの体をがっしりと押さえつけます。
「今のうちに回収しちゃって」
その言葉を受けて、あとの2人が「あいよー」「まかせろー」と言いながら、子タブンネたちの入った毛布を引きずっていきます。
毛布の中からは「ミィ?」「ミッミッ」「ミミィ」と子タブンネたちの声が聞こえてきます。
タブンネはどうにかして子タブンネたちを取り返そうとしますが、タブンネを押さえている人間の力はとても強く、
タブンネがどれだけ動こうとしても、がっちりと押さえられた体は子どもたちに近づけません。

そのとき、タブンネの体を押さえている力がふっと緩みました。
タブンネは今がチャンスと言わんばかりに、子どもたちが入った毛布に向かって全力で駆け出そうとして、

ガシャーン! という音とともにタブンネの体が大きく後ろにのけぞります。

そう、タブンネは鎖によって壁につながれているのです。
タブンネが届かない距離まで毛布を持って行ったので、人間はタブンネを押さえるのをやめたのです。
タブンネは必死に手を伸ばしますが、子タブンネたちを包んだ毛布は段々と離れていき、タブンネの手は届きません。

「お疲れさーん」「おーう」「早くやっちまおうぜー」
3人はお互いに声をかけると、毛布をめくり、子タブンネたちを1匹1匹キャリーケースの中に入れていきます。
「ミィ!」「ミミィ!」「ミミミッ!」
子タブンネたちの助けてという鳴き声が聞こえます。
その声に応えようと、タブンネは必死に前に進もうとしますが、首輪につながれた鎖のせいで一歩たりとも進むことができません。
涙を流しながら、自由に動く自分の手を子タブンネたちに伸ばしますが、その手は決して届くことはありません。

挿絵

作業を終えた3人は、子タブンネの入ったキャリーケースを部屋の外に運び出していきます。
その間、子タブンネたちは「ミィミィ」と鳴き続け、母親であるタブンネに助けを求め続けています。
タブンネは首に手をやり、どうにかして首輪を取ろうともがいたり、鎖に噛みつくことで、鎖を噛み切ろうとしましたが、
その頑張りは目の前の現実を変えるには至りませんでした。
3人の人間がやって来てから10分もたたないうちに、部屋の中はタブンネ1匹だけになってしまいました。
タブンネは泣きました。
愛する子タブンネたちがいなくなってしまった悲しみに。
こうなることがわかっていても何もできなかった自分の不甲斐なさに。

さて、部屋に入ってきた3人の人間は何者なんでしょうか。
いったい、子タブンネたちをどうするのでしょうか。



子タブンネのうち1匹がトラックに乗せられて、ある場所に運ばれていきます。
運ばれてきた子タブンネは優しくシャンプーをしてもらい、濡れた体をドライヤーで乾かしてもらうと、
展示用のケージの中に入れられました。
そこでオレンの実をもらうと、子タブンネは段々と眠たくなってきました。
温かいシャンプーとおいしいオレンの実でリラックスし、朝から続いていた緊張の糸が切れたのです。
子タブンネはコテンと横になるとくぅくぅと寝息を立てながら眠ってしまいました。

実は、あの3人の人間はタブンネ専門のブリーダーさんで、子タブンネが運ばれてきたのはペットショップです。
小さなタブンネを親から引き離すのはかわいそうかもしれませんが、これはタブンネに限ったことではありません。
ミネズミやヨーテリーといったポケモンたちも、離乳が済んだものから、こうしてペットショップに並ぶことになるのです。
そして、ペットショップに連れて行かれた幼いポケモンたちは、優しい人に飼ってもらって、
多少の差はあれど、新しい家族のもとで幸せな暮らしを送ることができるのです。

一方、タブンネはというと。
子タブンネたちがいなくなってから3日。
すっかり広くなってしまった部屋の中でタブンネはすっかり落ち込んでいます。
ふっくらとしていた体は少し細くなり、ストレスのせいか、毛の抜けている部分もあります。
愛する子どもたちが目の前でいなくなる光景は、どれだけ経験しても慣れることはありません。
人間の持ってくるご飯もろくに喉を通らず、1日中ぼんやりとして過ごすことが多くなりました。

ガチャリと音を立てて部屋のドアが開きました。
その音にタブンネは顔を上げ、そして目を大きく見開きます。
そこに立っていたのは、人間に連れて行かれた、自分の夫であるタブンネでした。
夫タブンネはポテポテと近づいてくると、呆然として動けないタブンネの体をギュッと抱きしめます。
やがて、タブンネの目からは涙があふれてきます。
夫タブンネにひっしりとしがみつくと「ミィィィィィッ」と大声で泣きはじめます。
愛する子タブンネたちがいなくなったところにやってきた夫タブンネの存在は、
悲しみにくれるタブンネにとって唯一の心の拠り所なのです。

タブンネたちが眠っていると人間が部屋に入ってきました。
その音にタブンネたちは目を覚まします。
「行くぞメタモン」と言って、人間が夫タブンネをどこかに連れていきます。
タブンネは連れて行かれる夫タブンネの背中を見送りながら、新しくできたタマゴをしっかりと抱きしめます。
その数は4つ。
タブンネはタマゴを毛布にくるむと、大切に大切に温めはじめました。

それから1週間。
ピシピシと音を立てて、赤ちゃんタブンネがタマゴから生まれました。
「チィチィ」と泣き声をあげるわが子の体をなめてきれいにすると、赤ちゃんタブンネにお乳を与え始めました。
他のタマゴもいつ生まれてもおかしくありません。
自分のお乳を吸うわが子を抱きしめ、タブンネは決意するのです。

今度こそ愛する子どもたちを人間には渡さない、と。

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最終更新:2014年12月30日 17:50