男の職業は旅芸人であった。
相棒のタブンネを連れて町から町、村から村へと渡り歩き、
自分は楽器を演奏し、タブンネに踊りや芸をさせては小銭を得る暮らしをしていた。
だがそれは表向きの事。男の正体は凶悪な盗賊だったのである。
人々がタブンネに気を取られている隙に、荷物から財布を盗むなどはまだ可愛いほうで、
タブンネに手引きをさせて空き巣に入ったり、強盗を働いたことも数知れず。
わずかな金のために命を奪った相手の数も十人や二十人どころではない。
そしてその相棒のタブンネも、すっかり主人の悪い性質に毒されてしまっていた。
物を盗む程度は何とも思わず、悪い事をすればするほど褒めてもらえて、
美味しいご飯にありつけるのだから、悪事がやめられるわけがない。
こうしてこのコンビは、そのどす黒い素顔を隠したまま旅を続けていたのだった。
そしてとある村での事だった。
男は人々の会話に『魔女』という単語がしばしば出てくることに興味を持った。
「あのう、その『魔女』ってえのはこの近くに住んでるんで?おっかねえ顔してるんですかね?
やっぱり箒で空を飛んだりするんですかい?」
「あっはっはっ、そんな大層なもんじゃないよ。ちょっと変わった薬屋みたいなもんさ。
錬金術の応用だとかで、よく効く薬を作ってくれるのさ。
少々気難しいけど、悪い人じゃないしね。会ってみりゃわかるよ、普通の婆さんだから」
おしゃべりな村のおかみさんの話に相槌を打ちながら、男は内心でほくそ笑んだ。
(錬金術か…無から黄金を生み出すことができるとかいうやつか。
もしかしたら不老不死の薬とかもあるかもしれねえし、大儲けできそうだな…)
村で芸を見せて2、3日滞在する間に村人から『魔女』の情報を聞き出した男は、
相棒のタブンネと共に、『魔女』が住んでいるという村はずれの小高い丘に向かった。
薬草らしきものが植えられた畑の中心には、小さな家が建っている。
童話に描かれるようなおどろおどろしい雰囲気など微塵も感じられない、平凡な家だった。
畑では、10歳くらいの男の子と妹らしき5歳くらいの女の子が、薬草の収穫をしている。
男とタブンネが家に近付くのを見た二人は、作業の手を止めて駆け寄ってきた。
「あのう、どちら様ですか?今日はお客様の予定はないはずですが」
なるほど、気難しいというのは本当らしい。約束のない人間とは会いたくないのだろう。
この子供達にも、そういう予定外の客は通さないように言いつけてあるようだ。
男は作り笑いを浮かべた。
「ああ、すまないね。薬の評判を聞いて来たんだよ。会わせてもらえないかな」
タブンネも主人の意を汲み「ミッミッ♪」とおねだりしてみせた。
大抵の人間、それも子供ならその可愛らしさにつられて通してしまうところなのだが、
この兄妹は意外と頑固だった。
「駄目です!どなたかの紹介状がなければ通せません。お帰りください!」
「そうよそうよ、おかえりください!」
兄を真似て妹まで口を尖らせて抗議している。男は苛立ってきた。
(何なんだ、こいつら……可愛げのないガキ共だぜ。
待てよ、もしかしたら使い魔とかいう魔物が人間に化けてるんじゃねえのか?)
錬金術を信じるなど、男は妙に迷信深かった。目の前の子供が化け物に見えてくる。
いずれにせよ、これ以上押し問答を続けて騒がれては面倒だ。
男は腰の短刀を抜いた。いままで幾多の人の命を奪ってきた代物である。
少年の顔がさっと青ざめた。
「なっ、何を!?」
叫びかける少年の腹に、短刀を突き立てて抉った。
「あっ……!」
少年はへなへなと崩れ落ちて倒れた。そのまま息絶える。
「んんーっ!!」
手際の良いことに、その側でタブンネは妹の口を塞いだ上で押さえつけていた。
長年組んでいるおかげで、こういう時は何をすべきかを熟知しているのだ。
男は躊躇なく、今度は妹に短刀を突き刺した。
「ううっ…!」
妹も兄の横に倒れた。もちろん死んでいる。
「まったく余計な手間取らせやがって……」「ミッミッ!」
邪悪な素顔を露にした男とタブンネは、『魔女』の家へと走っていった。
二人も手にかけた以上、後は荒仕事になるだけだ。
乱暴に扉を開く音で、家の中にいた老婆がギクリとして振り向いた。
「な、なんだい、あんた達は!」
こいつが『魔女』らしい。確かにちょっと気難しそうな顔つきではあるが、
どこにでもいそうな婆さんだ。だが用心に越したことはない。
男は『魔女』の喉元に短刀を突きつけた。
「おい、金目の物を出せ。錬金術で黄金とか作ってるんだろう?」
『魔女』は青ざめながらも答える。
「あ、あんた何か勘違いしてるんじゃないのかい?
どこで聞いたか知らないが、あたしの錬金術は薬専門なんだよ。
黄金なんてとんでもない。金目の物だってありゃしないよ」
男は拍子抜けした。魔法でも使って抵抗してくるかと思っていたのに…。
村のおかみさんから聞いた通り、”ちょっと変わった薬屋”程度なのだろうか。
しかし信用はならない。まずは家捜ししてみなくては。
「ああそうかい、だったら勝手に探させてもらうぜ!」
叫ぶや、男は短刀で『魔女』に切りつけた。
「ぐあっ!」
肩口を切られた『魔女』は床に倒れ込む。急所はあえて外した。
最後は始末するつもりだが、口を割らせる必要がある間は生きていてもらわねば困る。
苦しげに息をつく『魔女』をよそに、男とタブンネは家捜しを始めた。
しかし『魔女』の言う通り、黄金どころか金貨の1枚も見つからない。
財布の中にほんのわずかな銅貨があるだけだった。
「だから…言ったじゃないか……あたしはお金とか欲に振り回されるのが嫌でね……
薬のお代だって食べ物と引き換えにしてるんだよ……黄金なんてとんでもない…」
「だったらせめて、不老長寿の薬とかならあるんじゃねえのか!?」
「馬鹿をお言いでないよ……見かけによらずおとぎ話とか信じるクチなのかい…」
男は舌打ちした。全くの徒労だったようだ。
「がっかりさせやがって。あのガキ共もつまらねえ事で命を落とさずに済んだのによ」
その呟きを聞いた『魔女』の顔色が変わった。
「何だって!……まさか…あんた……あの子達を……!」
「素直に通さねえからだぜ。『魔女』様のご教育の賜物なんだろ?立派な弟子だな」
男の嘲笑を聞き流し、『魔女』はふらつきながら立ち上がり、家の外へ出た。
その目に映ったのは、変わり果てた姿となって丘の小道に倒れる幼い二人の姿だった。
「お、おお……なんてことを……あの子達はあたしの弟子なんかじゃない……
ついこの間出会ったばかりの、ただの子供だったのに……」
10日程前の事。
『魔女』は薬草畑に倒れていた二人の兄妹を見つけた。二人とも空腹と疲労にやつれていた。
人付き合いは苦手な『魔女』であったが、さすがに見るに見かねて兄妹を介抱した。
腹一杯食べさせて元気になった兄から事情を聞くと、彼らは戦災孤児だという。
親を失い、もともと体の弱い妹を連れてあちこち回ったが、世間の風は冷たく、
ついにここまで来て倒れてしまったのだそうだ。
その妹も、『魔女』が調合した薬を飲ませると、2、3日で見違えるように元気になった。
回復したのだから出て行くよう促したものの、他に行く当てもないし、
それよりも、何としても命を助けてもらった恩を返したいという兄妹に『魔女』は根負けした。
「やれやれ、しばらく置いてはあげるけど弟子とかじゃないからね。薬の作り方も教えないよ。
ただの下働きで、余計な客が来たら追っ払う門番だ。それでもいいんだね?」
「はい!」「よろこんではたらきます!」
その言葉通り、二人はよく働いた。その健気な姿を見ると、自然と頬が緩むのを感じる。
久しく忘れていた心の温もりに、『魔女』は考えを改めようかと思っていた。
(あの子達さえよければ、ずっといてもらおうかねえ……)
その淡い夢も消え失せた。あの子達の笑顔はもう見られない。
「あんた達、よくも……あの子らに何の罪があると…うっ!?」
『魔女』の言葉は途中で遮られた。男の短刀が背中に突き立てられていた。
「知ったことか。こちとら自分が食っていくので精一杯なんだからよ」
倒れる『魔女』から短刀を引き抜き、冷酷に男は吐き捨てた。
「時間の無駄だったぜ。行くぞ、タブンネ!」
腹立ち紛れに『魔女』を蹴飛ばし、男は立ち去ろうとする。
「ミッミッ♪」
タブンネもそれを真似して、『魔女』を蹴ろうとした。
だがその足を『魔女』ががっしりと掴んだ。死にかけているとは思えない力だ。
「ミッ!?」
タブンネは慌てて振りほどこうとするが離れない。
「あたしが………お師匠様から教わった禁術……口伝するだけだと……
これを使えば地獄に落ちると……固く念を押されたけど……
お師匠様…お許し下さい……でも…あたしは…あの子達の無念を晴らすために……
この呪われた術を使います………!」
そして『魔女』が呪文らしき言葉を呟いた途端、タブンネの全身が炎に包まれた。
不気味な黒い炎だった。
「ミギアアアアッ!!」「ひ、ひいっ!?」
悶え苦しむタブンネの足を掴んだまま『魔女』は、真っ青になった男をにらみつけた。
「あんたの魂は……次に生まれる時も、その次も、何度生まれ変わろうと……
このタブンネの体に……生まれ落ちるだろう………
そしてあたしは……その度あんたを見つけ出して……殺してやる……
あの子達が味わった痛み…苦しみを……百倍……千倍にして味わわせてやる……
そして999回目の苦痛に満ちた死を迎えた時……あたしと一緒に地獄に落ちるのさ…!!」
「う…うわああああ!!」
恐怖の悲鳴を上げながら男は一目散に逃げていく。
魔女がようやく手を離すと、タブンネは立ったまま燃え尽き、たちまち塵になって消えてしまった。
「ごめんよ……あたしのせいで………許しておくれ……」
幼い兄妹の亡骸を見つめる『魔女』の目に涙が浮かぶ。手がぱたりと地面に落ちた。
それからほどなく、相棒のタブンネを失った男はたちまち食い詰め、
強引に押し込み強盗を行なったところで捕縛された。
近隣の町や村に問い合わせたところ、この男が働いたと思われる盗みや人殺しが次々発覚し、
男は引き回しにされた上で縛り首になったのだった。
「どうだい、思い出したかい?」
「お…お前はあの時の『魔女』だったのか!?」
前世の記憶を取り戻した子タブンネはガクガクと震えていた。
手足の激痛よりも、今や恐怖心がその全身を覆い尽くしていたのである。
(そうだ……確かに生まれ変わる度に『見つけた…』という声が聞こえていた……
そしてその度に俺は踏み殺されたり、溺死させられたり、焼き殺されたり…)
そして子タブンネの中に、今までの自分の無残な死に様の姿がどっと流れ込んできた。
さらに、その時味わった苦痛の記憶も。
「うわあああ!!やめろ!!もうやめてくれえ!!」
足は潰され、手は刺されて動けないまま、子タブンネは頭を振って泣き叫んだ。
女の子、いや、女の子に取り憑いた『魔女』は冷笑する。
「やめるもんか。痛みなんて一瞬、どうせ生まれ変わったら、今、この会話も忘れちまうんだからね。
だが何度生まれ変わろうと、あんたの魂に染み付いた血の匂いは消えやしない。
あんたがこの世のどこに生まれても、あたしはその匂いを嗅ぎ付けて、
こうして人様の体を借りて、あんたを殺しに行くのさ。」
「そんな……いやだ……もういやだ……」
「さっきも言ったろう、もう手遅れなんだよ。安心をし、地獄までつきあってあげるからさ!」
女の子はさっきより大きいコンクリート塊を拾うと、子タブンネの胴体に叩き付けた。
「ミギャアアアアアア!!」
血反吐を吐く子タブンネの耳元に、女の子が囁きかけた。
「簡単に死ぬんじゃないよ、来世でも記憶が消えないくらい苦しむんだね!」
「ミ…ミギィィィ!!」
廃ビルの中に肉を打ち付ける音と悲鳴が1時間近く響き、そして途絶えた。
…
…
…
「………見つけた………さあ、999回目だよ………」
(終わり)
最終更新:2014年12月30日 17:53