あたらしいもの

天井から床、壁に至るまで灰色の部屋。
打ちっぱなしのコンクリートで囲まれた部屋の隅。
タブンネの親子がすうすうと寝息を立てている。
ふっくらとした母タブンネのお腹に顔をうずめるように子タブンネたちが眠っている。
そんな子タブンネたちを優しく抱きしめるように、母タブンネも眠っている。

母タブンネの体がブルリと震えて目を覚ます。
季節は秋から冬になろうとしているころで、むき出しのコンクリートはとても冷える。
子タブンネたちが寒くないように、と母タブンネが子タブンネたちを自分の体にしっかりと寄せる。
母親のぬくもりを感じたからか、子タブンネたちの顔にはかすかな笑顔が浮かんでいる。

そのとき、カツンカツンと音を立てながら、一人の男が部屋の中に入ってきた。
腰には6つのモンスターボール。ポケモントレーナーだ。
「ミィッ!」
母タブンネは鳴き声を上げると、子タブンネたちを自分の後ろに隠す。
それによって目を覚ました子タブンネたちが鳴き声を上げる。
「チィ?」「チチッ!」「チィィ…」
突然目を覚ますことになった子タブンネたちだが、部屋の中が緊張しているのを感じ取り、
不安げな表情で母タブンネの背中にしがみつく。

トレーナーは無言でモンスターボールを投げると、そこからはナットレイが出てきた。
母タブンネは歯をむき出しにし、精いっぱいの威嚇を行う。
その体はブルブルと震えている。寒さではなく、恐怖からくる震え。
母タブンネは理解しているのだ。
目の前のナットレイには敵わないことを。 これから何が始まるのかを。
ナットレイの蔓がタブンネ親子に向かって振り下ろされる。

「ミヤッ!」「チィィッ!」
鉄のトゲが並んだムチで体を打たれ、タブンネ親子は悲鳴を上げる。
母タブンネはナットレイに背を向けて子タブンネたちをしっかりと抱きしめる。 自分の体を盾にして、子タブンネたちをナットレイの鞭から守ろうとしているのだ。

ナットレイはそんなタブンネ親子たちを容赦なく打ちすえる。
母タブンネの背中にいくつもの線が走り、ピンク色の毛を赤く染める。
文字通り身を裂く痛みに、母タブンネは歯を食いしばって耐える。
この痛みを子タブンネたちに与えないようにと。

それから数分後、トレーナーがナットレイにやめるように指示を出す。
タブンネ親子にとって地獄のような苦しみが終わりを告げた。
母タブンネの背中や後頭部は真っ赤に染まっている。
「ミフッ……ミクッ……」と息を吐き、激痛に苦しんでいる。

あまりにもひどい状態の母タブンネ。
子タブンネたちはどうなったのか?

子タブンネたちは母タブンネのお腹にしがみつき、プルプルと震えている。
その小さな体にケガらしいケガはない。
母タブンネは子タブンネたちを守りきったのだ。
母タブンネは、恐怖に震えているいる子タブンネたちに笑顔を向ける。
もう大丈夫だよ。怖いことは何もないよ、と。

そんなタブンネ親子の様子を気にかけることなく、ナットレイをボールに戻すと
トレーナーは部屋を出ていき、5つのボールのなかを確認する。
5つのボールの中には、5匹の子タブンネが入っている。
どの子タブンネも、先ほどの母タブンネの子どもだ。
頭を抱えていたり、体を丸めていたり、イヤイヤと首を振ったり。
どの子タブンネもガタガタと体を震わせている。

ボールの中の子タブンネたちの様子を確認すると、トレーナーはある機械のスイッチを切る。
この機械は、カロス地方から取り寄せた新型の学習装置だ。
持っているだけで手持ちのポケモンすべてに経験値がはいるというものだ。
そう、『経験』値が入るのだ。

さきほどのナットレイが行った攻撃は、子タブンネたちにも経験値として蓄積された。
つまり、自分たちの母親を徹底的に打ちのめしたという『経験』が。
目の前で傷ついていく母親に何もできない無力感。
そして、母親の体をズタズタにしていった感触。
あらゆる感情が子タブンネたちを襲っていた。

「ナットレイに入った経験値の半分がタブンネたちに入ったことを確認。
……これなら育成がはかどるな」
トレーナーはそうつぶやくと、子タブンネたちが入ったボールを外し、
新たに5つのボールを取り出す。
いずれもレベル上げ途中のポケモンたちだ。

新しい仕様の学習装置。
話を聞いた限りでは、とても便利な印象を受けた。
しかし、大事な自分のポケモンに万が一のことがあっては困る。
そのため、実験・経験値用に飼っているタブンネたちで安全を確認したのだ。

トレーナーは子タブンネたちをボールから出すと、まとめてケージの中に入れる。
「今からタマゴをつくれ。つくらなかったらどうなるか……わかるな?」
ナットレイを入ったボールをちらつかせると、子タブンネたちは涙を流しながらうなずいた。
それを見て満足そうに笑うと、トレーナーはタブンネ親子のいる部屋に向かう。

トレーナーは心のなかでそっとつぶやく。
安心しろ。タマゴができてないからといって、すぐにどうこうはしないさ。
お前たちがこれから新しい実験用タブンネになるんだから。
あの母タブンネはもう用済みだ。

再び姿を見せたトレーナーにタブンネ親子が声もなく震え上がる。
母タブンネはヨロヨロと立ち上がると「ミ……ミ……」と弱々しく威嚇する。
命乞いをするわけでもなく、子タブンネを見捨てるわけでもない。
タブンネなりのプライドというものか。
それを見てトレーナーはニヤリと笑う。

「ナットレイ、遠慮せずに徹底的に叩きつぶせ」

(おわり)
最終更新:2014年12月31日 20:04