「間もなく2時より特設ステージにて、『イッシュタブ軍団』ショーが行なわれます。
皆様お誘い合わせの上、是非御覧下さい」
秋祭りの会場でスピーカーからアナウンスが流れると、子供達がわらわらと
親の手を引いて、ステージの方に向かって行きます。
最近評判のタブ回し一座『イッシュタブ軍団』は、どこへ行っても子供達に大人気なのでした。
時間になると、大勢詰め掛けた観客の前に法被を来た中年の男性が姿を見せました。
この人が『イッシュタブ軍団』の団長なのです。
「皆さん、こんにちはー!」「こんにちはーーー!!」
元気良く叫ぶ子供達に笑顔を返し、団長はマイクを握りました。
「今日はたくさんのお客様にお越しいただきありがとうございます。
可愛いタブンネちゃん達のステージを楽しんでいって下さいね。それじゃみんな、出ておいでー!」
「ミッミッ♪ミッミッ♪」
団長が呼び掛けると、ステージの袖の方から5匹の子タブンネがよちよちと出てきました。
みんな団長とお揃いの法被を着ています。
「わーっ!」「かわいいー!」
子供達も大喜びで、手を振ったり、親に写真を撮ったりしてもらっています。
「はい、皆さんおなじみタブ太郎、タブ次郎、タブ三郎、タブ四郎、タブ五郎くんでーす。
さあみんな、気をつけ!お客さんに礼!」
「ミッミッ♪」
団長の号令で、子タブンネ達は気をつけをした後、揃ってお辞儀をしました。
しかしタブ五郎だけが顔をこわばらせ、お辞儀をしようとしません。
団長は笑顔のままタブ五郎に近付くと、耳元で囁きました。
「殺すぞ」
タブ五郎はビクリとして、無理やり笑顔を作りました。
はい、タブ五郎くんは最近反抗期なんですねー。言うこと聞かないとめっ!ですよ。
さあもう一度気をつけ!礼!」
団長が片手に持ったピコピコハンマーでタブ五郎の頭をピコッと叩くと、
タブ五郎は改めて「ミッミッ♪」とお辞儀をしました。
会場は笑いと拍手に包まれました。みんなこれも演出のうちだと思ったようで、
誰も気に留めていないようです。
「まずは竹馬乗りです。じゃあタブ太郎くん、行ってみよう!」
「ミッ!」
真剣な顔つきになったタブ太郎は、竹馬を手に取りました。
竹馬の足場の高さはほんの5センチほどで、決して難易度は高くなさそうです。
しかしタブ太郎は顔に脂汗を浮かべ、必死な表情です。
左足を足場にのせ、プルプル震える右足も乗せようとしますが、
すぐバランスが崩れ、左足を下ろしてしまいます。
二度三度と失敗するうちに、会場からクスクスと失笑が漏れ始めました。
「ミィッ!」
タブ太郎は悔しさで顔を赤く染めながら、勢い良く両足を足場に乗せました。
「ミ…ミッ!」
なんとか両足が乗っかったと思ったのも束の間、竹馬はそのまま前に倒れ、
タブ太郎は顔面を強打してしまいました。
「あはははは!」「だっせー!」
子供も親もどっとタブ太郎に笑い声を浴びせます。
「ミッ!…ミッミッ!」
焦ったタブ太郎はもう一度慌てて竹馬に乗りますが、今度は真後ろに倒れてしまいました。
「ミヒィーッ!」「あっはっはっはっ!!」
後頭部を抱えて悶絶するタブ太郎に、会場がまたもどっと沸きました。
「はーい、残念でしたね。皆さん、タブ太郎くんに温かい拍手をお願いしまーす!」
「ミーッ!ミーッ!」
もう一回挑戦させてとタブ太郎は懇願しますが、会場から拍手が送られ、
団長に戻るよう促されると、すごすごとステージの袖に引き下がっていきました。
そして続くステージではタブ次郎が自転車乗り、タブ三郎が梯子の出初め式、
タブ四郎が玉乗りに挑戦しますが、ことごとく失敗してばかりで、
その度に子供達に笑われました。
そう、『イッシュタブ軍団』は子タブンネの芸を見せるのが目的ではありません。
芸に失敗する様をみんなで笑ってもらい、ストレス発散してもらうのが主眼なのです。
子タブンネ達は好きで失敗しているわけではなく、与えられた課題に真剣に挑戦しているのですが、
どうしてもうまくいかず、涙目で悔しそうに出番を終えるのでした。
「さあ、最後を締めくくるのはタブ五郎くんです。チャレンジするのは火の輪くぐり!」
台に固定された輪が2つ、ステージの上に用意されました。
直径は50センチくらいあり、子タブンネ達の身長からすれば2倍くらいあります。
しかしそれに点火された時、タブ五郎はごくりと唾を飲み込みました。
リハーサルなど無しで、ぶっつけ本番でのトライだからです。
「ミッミッ……ミィッ!」
気合を入れたタブ五郎は、とてとてと走り出しました。
「ミッ!」
ぴょこんとジャンプすると、何とか最初の輪を飛び越えることができました。
「おお~」
珍しく成功した姿に、会場から拍手が起こります。
まだ気は緩められません。タブ五郎はもう一度「ミィッ!」と気合の声を上げると、
二番目の輪を飛び越そうとしました。
しかし今度は、足が火の輪に引っかかり、こてんとつまづきました。
「ミッヒィィィ!!」「あははははは!!」
火傷した短いあんよを抱えて転げ回るタブ五郎に、会場は大笑いです。
しかもそれだけではありません。
「ミヒィ……ミッ!?ピャアアアアアア!!」
いつの間にか尻尾にも引火していたのです。
「ミヒィーッ!!ミヒィィーッ!!」
「あっはっはっはっ!」「おもしろーい!」「最高ー!」
メラメラ燃える尻尾から逃げようとステージ中を走り回るタブ五郎の姿に、
会場中は爆笑の渦に包まれました。
ただ、本当に火ダルマになっては洒落になりませんので、頃合を見計らった団長が、
バケツの水をかけて火を消してくれました。タブ五郎はステージに倒れ込みます。
「ミヒィィ……」
ビショ濡れで、尻尾が半分燃えてしまったタブ五郎は半べそをかいていますが、
団長はお構い無しに締めに入りました。
「はい、タブ五郎くん残念でした。良い子のみんなは真似しちゃいけないよ!
さあ、
お楽しみいただきました『イッシュタブ軍団』のステージも、これにて終了です。
またどこかでお会いしましょう!」
「ミッミッ……♪」
タブ五郎はやむなく作り笑顔で、他の仲間と一緒に挨拶をするのでした。
その夜。
「てめえ、何度言ったらわかるんだ!客の前でふてくされた面するんじゃねえ!!」
「ミヒィーッ!!ミッヒィーッ!!」
事務所も兼ねる団長の家から、団長の怒声とタブ五郎の悲鳴が聞こえてきます。
その家の庭の物置小屋では、タブ太郎達4匹が身を寄せ合ってプルプルと震えていました。
『イッシュタブ軍団』のギャラは全て団長の懐に入り、子タブンネ達は最低限の食事だけ与えられ、
夜はこの物置に押し込められて暮らしているのでした。
団長とタブ五郎の声が止み、荒々しい足音が聞こえてきたかと思うと物置の扉が開き、
タブ太郎達はビクリと体を硬直させました。
姿を見せた団長は、ステージの上の愛想のいい表情とは別人のような、鬼の形相です。
団長から首根っこを掴まれているタブ五郎は失神しているらしく、
折檻された全身はボロボロの傷だらけでした。
ゴミくずでも捨てるようにタブ五郎を物置に投げ入れた団長は、
ついでに傷薬も一つ放り込みます。
「いいか、明日までに怪我を治しておけよ!治ってなかったら命はないぞ!」
脅すように怒鳴りつけて、物置の鍵を閉めて去っていきました。
タブ太郎達4匹は、まだ気を失ったままのタブ五郎によちよち駆け寄ると、懸命に介抱を始めました。
この5匹は本当の兄弟ではありません。あちこちから連れてこられて、一緒に芸をしているだけです。
しかし苦楽を共にする内に、5匹は本当の家族以上の絆で結ばれていました。
もっとも、楽しみより苦しみの方がはるかに多い生活ではありましたが……
傷薬が効いたのか、タブ五郎が目を覚ましました。
「み、みんな……てあてしてくれたミィ……ありがとうミィ…」
「おれいなんていいミィ、よかったミィ」
タブ太郎は笑顔を見せますが、タブ次郎、タブ三郎、タブ四郎が順々にたしなめます。
「タブごろうちゃん、だんちょうにさからっちゃだめミィ」
「だんちょうはこわいひとだミィ、ぼくもたくさんなぐられたことがあるミィ」
「おきゃくさんのまえでは、むりにでもえがおでいないと、こんどこそころされちゃうミィ」
しかしタブ五郎は悔しそうに顔を歪めました。
「でもぼく…がまんできなかったんだミィ。しっぱいするのをよろこぶなんておかしいミィ!
ぼくだってほめてもらいたいミィ、ちゃんとはくしゅしてほしいミィ!」
その気持ちは痛いほどわかります。タブ次郎、タブ三郎、タブ四郎は慰めの言葉も見つからずうなだれました。
その時、タブ太郎がすっくと立ち上がると、物置に彼らと一緒に放り込んであった小道具箱から
竹馬を取り出しました。そしておもむろに、昼間できなかった竹馬に再挑戦し始めたのです。
「タブたろうちゃん、なにやってるミィ!」
「みればわかるミィ!れんしゅうするミィ!」
しかしそう簡単に成功するわけがありません。ステージと同じように前のめりに倒れて、顔を打ってしまいました。
「だいじょうぶミィ!?」
心配する仲間達を、鼻血を出しながらもタブ太郎は制します。
「しんぱいいらないミィ!れんしゅうしてきっとうまくなって、だんちょうをみかえしてやるミィ!」
その姿に、他の子タブンネ達も胸を打たれたようです。
「ぼくも…れんしゅうするミィ!うまくなってほめられるミィ!」
「ぼくも!」「ぼくも!」「ぼくもミィ!」
そしてそれぞれ自分の小道具を取り出すと、物置小屋の窓から射し込む月明かりの下で、
懸命に練習を始めました。
しかし悲しいかな、子タブンネ達は知りません。その努力は決して報われることはないのです。
なぜなら彼らは、特性が「ぶきよう」の者ばかりを選んで集められた集団なのです。
笑われるのが前提である以上、下手に成功しては興を削ぎますからね。
「ぶきよう」で、いくら練習しても上達しないことに、彼らの存在意義はあるのでした。
「ミヒッ!」「ミィーッ!」「ミミミッ!」
そうとも知らず子タブンネ達は、狭い物置小屋の中で転んだり、あちこちすりむきながら、
必死で練習を続けます。空しく、報われず、嘲笑されるためだけの
無駄な努力を……
月の光だけが悲しげに、窓から子タブンネ達を見守るのでした。
(終わり)
最終更新:2015年02月11日 01:51