数十年ぶりという大雪が降り、街は一面真っ白に覆い尽くされてしまいました。
しかし野生のポケモンにとっては、問題はもっと深刻です。
ただでさえ木の実が取れない冬だというのに、木も草も全て雪に埋まってしまったのですから。
夕方になり、また雪が強く降り始める中、1匹のママンネがとぼとぼと歩いていました。
ママンネはもう3日も何も食べていません。お乳も出なくなってしまいました。
抱き締めたベビンネが、弱々しく「チィチィ…」と鳴いています。
ベビンネはまだ言葉を話すことはできませんが、その悲痛な心の声が、手に取るように伝わってきます。
なんと言ってもタブンネという種族はヒアリングポケモンですからね。
(オカアサン、オカアサン、サムイヨウ、オナカガスイタヨウ、オチチガノミタイヨウ…)
「ごめんね。もう少し我慢してね」
やむを得ずママンネは危険を冒して、日頃なら足を踏み入れない人間の街に、餌を求めに向かったのでした。
雪はどんどん降りしきる一方で、人間の車もほとんど通らなくなりました。
そのわずかな車の往来で、雪が多少なりとも解けている道路の轍を伝い、ママンネは街へと歩いてゆきます。
凍りかけた泥水は足が千切れるように冷たく、ハート形の肉球からは血がにじんできました。
ですがもう引き返すこともできませんし、立ち止まったら凍死するだけです。
ママンネは必死で歩き続けました。
その時、轟音が背後から迫ってきました。大型ダンプカーです。
このままでは轢かれてしまいます。ママンネは慌てて雪の積もった道端へ避けました。
すぐ側をダンプカーは走り抜けましたが、その勢いで泥水混じりの雪の塊が跳ねあげられ、
ママンネとベビンネの全身に冷たい飛沫が浴びせられました。
「ミイイッ!」「チィィ…」
2匹の悲鳴に気づきもせず、ダンプカーは走り去っていきました。
泥水がシャーベット状になった雪は殊更に冷たく、ママンネは急いで払い落としますが、
冷たさで身は切られるようですし、ピンクの毛皮もドロドロです。
(ツメタイヨウ、サムイヨウ、オカアサン、オカアサン…)
プルプル震えるベビンネの心の声が切々と訴えてきます。ママンネは惨めさと辛さで涙をこぼしました。
「もうちょっとだからね、もう少し辛抱してね」
自分自身に言い聞かせるように呟き、ママンネは歩を進めます。
「あっ、タブンネだ」「珍しいなー」
数人の小学生が通りかかりました。ママンネはほっとしました。
人間は優しい生き物で、餌をくれることも多いと聞いていたのです。
「ミッミッ♪」
ママンネは精一杯の笑顔を作り、尻尾を振ってアピールしました。
「何か食べるものがあったらくださいな」というつもりだったのですが……
返事の代わりに飛んできたのは雪玉でした。
「ミイッ!?」
雪玉はママンネの顔面に当たって砕けました。
「おっもしれー!いい的じゃん!」
最初にその雪玉を投げた子供の声を号令に、他の子供達も次々にママンネに雪玉をぶつけ始めました。
「ミーッ!ミィィィ!!」(やめて!お願いだからやめてちょうだい!)
しかし子供達は容赦なく雪を投げ続け、ママンネはベビンネをかばうので精一杯。
体の感覚がほとんどなくなってきました。
「こらっ!何してるんだ!さっさと帰りなさい」「いけね、先生だ!」
子供達を叱り飛ばしたのは、偶然通りすがった担任の先生でした。
蜘蛛の子を散らすように、子供達は退散していきます。
フラフラになっていたママンネに、先生は声をかけます。
「おーい、すまなかったな。危ないから早く森に帰ったほうがいいぞ」
この人間なら話がわかるかもしれない、ママンネは一縷の望みにすがろうとします。
「ミッミッ♪」(何か食べる物を……)
しかし先生も、その姿に気づく事なくさっさと行ってしまいました。
振っていた尻尾が、失望でだらんと垂れました。
なぜこんな目に遭わなくてはならないのか。ママンネは再び涙を流します。
理不尽な暴力。必要以上に過酷な世間の仕打ち。
それはタブンネというポケモンが持って生まれた定めとしか言いようがありません。
ママンネが流した涙も、たちまち凍ってゆくのでした。
それからどれくらい歩いたのか、ママンネはようやく街にたどりつきました。
しかしもう体力の限界です。それにベビンネの震えが激しくなってきました。
一軒の家が見えます。灯りがついていて、中には人がいるようです。
この家にお願いして、何か恵んでもらおう。そう思ってママンネが家の側まで来た時でした。
ドドッ!!
凄まじい衝撃と共にママンネは雪の中に叩き付けられ、埋まってしまいました。
運の悪い事に、その家の屋根から滑り落ちてきた大量の雪で生き埋めになってしまったのです。
衰弱しきっていたママンネに、その重さを跳ねのける力はもう残っていませんでした。
(オカア…サン…)
ベビンネの心の声が途絶えました。どうなったのかは言うまでもありません。
そしてママンネの意識もどんどん薄らいでいきました。
「ごめんね……坊や………許し………て……」
翌朝、この家の家族がみんなで雪かきをしていると、雪の中からママンネの凍死体が出てきました。
「パパ、ママ!タブンネが死んでるよ」
女の子の声を聞いた母親が顔をしかめます。
「やぁねえ、何でこんなところにいるのよ。保健所来てくれるかしら」
保健所に引き取りに来てくれるよう、電話をかけに家の中に入っていきました。
「でもかわいそうだよ、ねえ、パパ」
女の子は残った父親に問いかけます。父親は雪かきの手を休めずに答えました。
「気の毒とは思うがね、仕方がないことなんだよ。餌が取れなかったら死ぬしかない。
残酷なようだけど自然界のルールだからね。ここまでよく頑張ったねって言ってあげなさい」
「ふーん、そうなんだ。がんばったね、てんごくでしあわせにくらしてね」
女の子はしゃがみこんで手を合わせます。
その上空をランプラーがふわふわと漂っていきます。体内の悲鳴はもちろん女の子には聞こえません。
「ミィィィィィィィィ!!」「ヂィィィィィィィィィィ!!」
あいにく2匹は天国には行けませんでした。通りすがりのランプラーに捕まってしまったのです。
極寒地獄の次は焦熱地獄。この親子の苦しみはまだまだ続くのでした。
(終わり)
最終更新:2015年02月11日 15:39