地下室

「ミィィィィィ!」「ミッミィ!」「ンミィ!」

薄暗いガレージの奥から、三匹のタブンネが俺を威嚇している。
ここ数日、夜な夜なタブンネの鳴き声がガレージから聞こえていたので見に来たらこれだ。
ご丁寧にもダンボール箱に草を敷き詰めた寝床まで作ってやがる。そのダンボールは俺の物だよ、クソが。
見たところ三匹とも体は小さく、サッカーボール小の大きさだ。態度は正反対にデカいのが余計に腹がたつ。

「ミィィィ、ミィィィィィ!!」

何を血迷ったのか、三匹の中で一番大柄なやつがポテポテとこちらへ駆けてきた。
両手を挙げて万歳のポーズで突っ込んでくるタブンネがあまりに滑稽だったので、少しからかってやろうと思い、

「ミィ!」
「ぐわああ!!」

タブンネのタックルに合わせて、大袈裟に後ろへ倒れこんだ。

「うぐわあああいてええええ!!」

さらにのたうち回り、いかにもダメージを食らったように演じつつ、気づかれないようにタブンネ達の様子をうかがう。
タックルをかましたタブンネが、ドヤ顔で腰に手を当てて笑っていた。残りのタブンネも相手が弱いことを感じ取ったのか、同じようにタックルをしようとこちらへ
走っている最中だった。
どうやら目論み通り調子に乗ったみたいだな。後は……

「ミィィィィィ!」

わざわざ声をあげてくれているお陰で、見なくても相手の位置が分かる。

「ミッヒ!?」

飛んで火に入るピンク豚!
近寄ってきたタブンネ二匹を捕まえた。

「ンミィィィィィ!」「ミッミミィ!」

逃げようと必死に暴れる左手のタブンネを、思い切り地面に叩きつける。

「ミガャッ!」

左手のタブンネは顔面からもろにコンクリートの地面に激突し、間抜けな叫びと共に大人しくなった。

「なあ、お前ら勘違いしてないか?」

急に動きを止めた右手のタブンネに言ってやる。

「ここは俺のガレージだぞ」

右手に力を入れてやると、タブンネはガタガタと震え、涙を流しながら失禁した。

「ミヒィ……ミグィヒィ……」

さっきまでの態度とはうってかわって弱々しくなった。
一番大きいタブンネも辛うじて立ってはいるが、足は笑っているし、足元には黄色い水溜まりを作っている。

「おい、お前は助かりたいか?」

大きいタブンネに話しかけるが、どうやら人語は分からないらしい。ミィミィと鳴くだけで、まるで返事を示そうとしない。
しかたないな。口で言っても分からないなら、体に叩き込んでやる。

「ミッギュイイ! ミギヒィ!」

大きいタブンネと左手のタブンネをダンボールに詰め込み蓋をする。
叩きつけたタブンネにもまだ息があったので、そいつはダンボールの上に乗せて家の中へ運んだ。

こうして一夜限りのタブ調教が幕を開けたのだった。

「ミヒィ!」

ダンボールを逆さにして中のタブンネ達を出す。
放り出された一番大きい個体と小さい個体。それぞれデカとチビと名づけよう。
二匹は不安そうな面持ちで辺りを見渡している。
コンクリート囲まれた冷たい地下室を、こいつらはどう思っているのだろう。
この家は森の中にあり、回りは緑だけだ。見慣れた緑から一転、
灰色の場所に連れていかれたのだ。かなり混乱しているかもしれない。
一方、ダメージの酷い個体は未だに目を覚まさない。さっきの衝撃で
前歯が数本折れているようなので、こいつは歯抜けと呼ぼう。
さて、この憎たらしい生き物をどうしてやろうか……ん?

「ミィ潤オンミィミィ潤オン♪」

足元にチビが寄ってきて、頭を押しつけている。
こいつ、媚びているのか?

そういえば、意志疎通が出来なくては面白味に欠けるな。
確か上に翻訳機があったはずだ。他の調教道具と一緒に持ってこよう。
チビを軽く蹴り倒し、俺は上へ向かった。
物置の隅で埃を被っている箱を開ける。
中には様々な調教道具と目当ての翻訳機、ポケリンガルが入っていた。
ポケリンガルはほぼ全ポケモン(希少種はデータが少ないので対象外)の
言語を翻訳する機械で、対象の首に着けて使う。
機械内のデータは、パソコンに繋ぐことによって常に更新できる。
研究者達のたゆまぬ努力によって、最近ではかなり正確かつ詳細な翻訳が
可能になった。
最後に更新したのは三ヶ月前だが、まあ大丈夫だろう。
いくらかの調教道具とポケリンガルをダンボールに詰め、再び地下へ戻った。

「ミィィ! ミィィィィィ!」

地下室の扉越しにタブンネの鳴き声がする。

「ミッィィィ!」

次いで扉に何かがぶつかる音。扉を破る気なのだろうか。
無駄なことを。
勢いよく扉を開けると、デカが突進の構えをとっていた。
それに構わずデカとチビを捕まえ、首にポケリンガルを巻きつける。
歯抜けにも着け、それぞれの電源を入れ、リンガル付属の
ディスプレイ付きの腕時計を、左手に三つはめる。

[くるしい!] [くるしい!]

ディスプレイに文字が表示された。チビとデカはリンガルを外そうと、
眉間にシワを寄せ四苦八苦している。
目立った誤差はないな、よし。

「おい、こっちを向け」

リンガルのディスプレイのすぐ下のマイクに話しかける。

「ミィ!」


驚いた表情で二匹は顔を俺に向けた。逆翻訳も問題なし。


「お前らは人様の家を勝手に住処にした。申し訳ないとは思わないのか」

「ミッミィ……」[ごめんなさい……]

ほう、チビは随分と素直だな。多少の利口さはあるようだ。

「ンミィ!」[うるさい!]

しかしデカはどうだ。この傲慢さ、盗人猛々しいとはまさにこの事だ。

「ふざけるな」

すかさずデカの腹へ蹴りを入れる。

「ミグゥィッ!」

踏ん張ることも出来ず、デカは壁に叩きつけられた。

「お前ほどのクズは見たことがないよ。なあ、おい」

奇声を発しながら転げ回るデカを踏みつけて無理矢理動きを止める。

「謝れよ」

「ミィ……」[ごめんなさい……]

「足りないなあ。感情がこもってないし、誠意も足りない」

「ミィィン!」[ごめんなさい!]

「なめてんのか? 本当に申し訳ないと思っているのか? 思っているなら靴を舐めろ」

「ミィィ……」[いやだよ……]

踏む足に力をいれる。

「ミィィィィィ!」[いたい!

「まあこのままお前が潰れても俺は一切困らないからな。
生きるか死ぬか、好きにしろよ」

死という言葉を聞いてようやく実感が湧いてきたのか、
デカは必死に体を捻り、情けない顔で靴を舐め始めた。

「カッコ悪いなあ! 一番デカい癖に一番格下じゃないか!
靴は美味いか、なあ?」

罵倒の言葉に顔を歪めるデカの様といったら!
ついつい気分が高揚してしまう。
ボロボロ涙をこぼしながらも靴を舐めるデカを指差しながら、
さらに言葉を重ねてゆく。

「さっきまでの威勢はどうしたよ? ドヤ顔タックルしてみろよ、なあ」

「ミグヒ……ミィィィィィィン!」

とうとうデカは声をあげて泣き始めた。

「あーあ、泣き出しちゃったよ。おい、これお前の兄ちゃんか?」

デカから足をどけてチビに聞くと、チビは小さく頷いた。

「ダサいな」

敢えて無表情に言って見せたのが効いたのか、チビは悔しそうに
体を小さく震わせている。

「このダッサいボロ雑巾、お前が何とかしとけよ」

うつ伏せに泣きじゃくるデカの尻を軽く爪先で突いてから、俺は
歯抜けのもとへ足を進めた。
最終更新:2015年02月18日 17:24