はたしてこのホドモエシティでクリスマスを見ない場所などあるのだろうか…
そんなことを考えながら、俺はマンションから港の市場へ向かっている。
すれ違う人々はサンタ帽をかぶっていたり、コンビニや薬局の店員もサンタの恰好をしている。
なぜ市場に向かっているかというと、この後合流する俺の彼女が「クリスマスといえばやっぱり生ハムとかケーキだよね。という訳でお願い♪」と電話越しでねだってきたからだ。
やれやれだ…
まあ満更楽しみではあるけどな…
市場を視界に捉えた。
信号待ちしていると、鉄格子を載せた軽トラックが横断歩道前で停車した。
鉄格子には大小のタブンネが、ほとんどスペースも無くぶち込まれている。
今日の最低気温はマイナス3度。
さらに疾走するトラックの上では、体感温度はさらに下がるだろう。
タブンネ達はガチガチと震えていた。
「マ…マァ…、パ…パァ…、さむ…い…よぉ…」プルプル
「ベ…ベビ…ちゃ…ん、もう…す…ぐ…暖…かいとこ…ろ…に着…くから…ミィ…」ガチガチ
「も…も…うす…ぐ…お…腹…い…いっぱい…食べ…られ…る…ミィ…」ガチガチ
「牧…場…の人…は…大丈…夫…と言っ…て…いた…ミィ…」ガチガチ
軽トラックの側面には、「美味しさをあなたへ、ミィミィミート株式会社」とペイントされている。
恐らくこいつらは市場で解体されて食肉になるのだろうな。
俺は無駄に終わるであろうタブンネ達の励ましを聞きながら、横断歩道を渡った。
市場に到着した。
案の定市場は人々でごった返している。
今からこの混雑の中を掻き分けていかなければならないと思うと、少し億劫になる。
「おっしゃ、いくか!」
覚悟を決めて人の波へ突入した。
一方市場の裏にある納品場では、先程の軽トラックが停車した。
運転手は鉄格子の鍵をポケットに入れ、
「ふ~っ、納品時間ギリギリだったな。」
そう呟きながら、納品先の店へ向かった。
「ミィ!今のうちに逃げるミィ!」ガタガタ
「タブッ!この檻を壊すミィ!」ガンガンガンッ
タブンネ達はチャンスとばかりに、逃げ出そうと鉄格子を揺らしたりパンチやキックをしている。
当然非力なタブンネに壊されるほど柔な檻では無い。
「おい豚ども!うるせぇぞ!肉は黙って解体されるのを待ってやがれ!」
周りで作業していた作業員は怒鳴った。
「ミィィィ!そこの人間!助けてミィ!」オズオズ
「ママァ!せまいよぉ!こわいよぉ!」プルプル
「ベビちゃんも怖がっているミィ!さっさとここから出すミィ!」ガンガン
タブンネ達は媚びたり命令したりするが、聞き入れてもらえるはずもない。
作業員は何もわかっていないタブンネ達に辟易しながらも、無視して作業に戻った。
すると運転手と店の店員らしき男が戻ってきた。
「いや~、去年は『あの行事』が大好評でして…。ただクリスマスはタブ肉の受注が殺到しますからね。五体満足のタブンネを押さえるのに苦労しました。」
「うちの会社の工場もタブ肉加工のラッシュですよ。牧場で飼育されるタブンネは直ぐに工場行きですからね…。」
「『あの行事』のおかげでうちの売上もアップしましたよ。タブンネさまさまです。」
運転手と店員は談笑しながらトラックに近付く。
だがタブンネ達には嫌な予感しかしない。
自分達はどうされるのか…
恐怖感がタブンネ達を蝕む。
「おおっ、脂肪たっぷりのタブンネですね。子タブンネも見たところ申し分ない。寒さでさぞ『ミィドレナリン』も分泌されたでしょう。」
「ええ、他の食品は野ざらしにするなんて問題ですが、こいつらタブンネはストレスを感じると『ミィドレナリン』という物質を分泌して、自身の肉質を向上させますからね。この寒さでストレスを与えた方が効率がいいそうです。」
「成る程。いや~、おたくの会社にはいつもお世話になっています。ではこいつらを降ろしましょうか。お~い、フォークリフトで降ろしてくれ。」
作業員は指示通りにフォークリフトで鉄格子を持ち上げ、床に降ろした。
「ママァ!パパァ!こわいよぉ!」プルプル
「大丈夫よベビちゃん。ママとパパが守ってあげるからね。」ヨシヨシ
「隙を見て逃げ出すミィ!また牧場で優雅に暮らしてみせるミィ!」ガヤガヤ
…やれやれ、今まで牧場で不自由無く過ごしてきたとはいえ、ここまで自分達の運命を悟れないのはやはりお花畑だな。
「おらっ!さっさと出ろ!」
運転手は鉄格子の鍵を開けた。
「ミィ!?逃がしてくれるのかミィ!?」
「それなら餌もよこせミィ!ベビちゃんはお腹を空かせているミィ!」
逃がしてもらえると思っているらしい。
そのうえ餌を図々しく要求するとは…
よほど牧場で優遇されていたらしいな…
運転手は呆れた口調で、
「お前ら家畜に逃げる選択も権利も無い。黙って自分の運命を受け入れろ。」
するとタブンネらは癇癪を起こして、
「タブンネちゃんの前で無礼だミィ!牧場に帰ったらお前のことを牧場主さんに言い付けてやるミィ!」
すると店員も冷ややかな目で、
「その牧場主さんが私の店にお前達を納品してくれたのだよ。…食肉としてな。」
そう言われたタブンネ達は、
「う…嘘だミィ!牧場主さんはいつもミィ達に暖かい部屋と美味しいオボンの実をくれたミィ!ミィ達を養う牧場主さんが、ミィ達を売るわけがないミィ!」
店員はもはや呆れを通り越して不憫に感じた。
「それはお前達をより上質な肉にするためだよ。お前達は自分らが特別なポケモンだから優遇されるのは当たり前と思っているようだが、…勘違いも甚だしい!お前らは家畜だ!豚だ!お客様に差し出す肉だ!わかったか?牧場主さんの献身な飼育は全て、お前らをより美味しくするための行為だったんだ!…これで牧場への未練は無いだろう?」
全てを知ったタブンネは、
「「「「「ビャアァァァァァァァン!!!」」」」」ガクガクガクガク
絶望へたたき付けられた。
ショックだろうなぁ。
自分達は優遇されているから崇高なポケモンだと思っていたのに、それが全て美味しく食べてもらうためだったとは…
お花畑の頭から、ミィドレナリンの分泌ホルモンが多く出されていることだろう。
「い…嫌だミィ!死にたくないミィ!お肉になりたくないミィ!」フルフル
「おいおい、お前達は全タブンネの中でもツイてるタブンネ達だぞ。なんせお客様達の目の前で解体されるのだからな。」
「ミィッ!?」ガタガタ
「去年の『タブンネ解体ショー』が思ったより好評でな。今年もお前達で行うことにしたんだ。」
「そ…そんな…。ミ…ミィィィィ!!」ドスドス
一匹が逃げ出した!
それをきっかけに次々とタブンネ達は逃亡を図る。
「ミ…ミィ達も逃げるミィ!」
だが周りの作業員達は逃げるタブンネの前に立ち塞がり、
「大人しくしろ!」ガシッ
「お前達は商品なんだ!」ガシッ
取り押さえて縄で縛り付ける。
「ミィミィ!放してくれミィ!」ジタバタ
ベビンネを抱きしめて逃げるママンネとパパンネも例外ではなく、
「チィチィ!ママァ!パパァ!」ポテポテ
「ベ…ベビちゃんだけでも逃がしてぇ!」ジタバタ
「まだ生まれて一ヶ月なんだミィ!これからなんだミィ!」ジタバタ
そう懇願された作業員は若干哀れむ顔をしながらも、
「悪いがお前らのベビンネはメインディッシュだ。」
「「ミ…ミヒィ!?」」ワナワナ
「『ベビンネの丸焼き』はクリスマスの目玉商品だからな。でもそれはタブンネにとって幸せな最後だと思うぞ?」
「ミィ!?違うミィ!本当に幸せな最後は、家族に看取られながら安らかに死んでいくことミィ!」
「はぁ…、やっぱり牧場育ちか…。いいか、お前達は不自由無く世話されていたが、野性のタブンネは食物連鎖の底辺の底辺!肉食ポケモンに出会って逃げられる奴は一割以下!巣を襲われて一家壊滅なんて日常茶飯事!大人になれるベビンネなぞ三割にも満たない!最後は当たり前のように内臓を食い荒らされ、四肢をもがれ、感謝されることも無く死んでいく!それと比べれば、お前達の肉の味は何人もの笑顔の素となるのだ!これを幸せな最後と言わずに何と言う!」
捕まったタブンネ達は今までの価値観を根底から覆され、
「ミビャァァァァァァァァァン!!!!」ガクガクガクガク
市場まで響く絶叫を上げた。
さて、場所は戻って市場。
俺は長い行列を待ち続け、何とかケーキは買えた。
ショートケーキの上に砂糖で出来た、サンタ帽を被ったピカチュウやツタージャが乗せられている。
後はサラダに生ハムと…、何か豪華な料理がいいな。
彼女との待ち合わせまで時間はある。
市場を散策しながら決めていこう。
中華料理やローストビーフ、目移りするなぁ。
すると「タブ肉・美豚庵」という店の前で、店員がベルを鳴らし、
「さあ皆さま!昨年ご好評につき、今年もやらせていただきます!『タブンネ解体ショー』!ぜひ観ていってください!なお、解体したての『タブンネの生ハム』や『ベビンネの丸焼き』等を先着30名の方に、三割引きで販売させていただきます!ご希望の方はお配りする整理券をお受け取りください!」
この吉報に俺は飛び付いた。
直ぐに整理券をもらい、拘束具の付いた大きなまな板と、牛刀が置かれた台を囲んでいる群衆の中へ入った。
「では皆さま。美味しいタブ肉を提供してくれるタブンネ達のご入場です!拍手でお迎えください!」
すると縄で数珠繋ぎにされたタブンネ達が、屈強な作業員達に連れて来られた。
人々は拍手で迎え、
「わぁ、脂肪たっぷりで美味しそう!」
「マ~マァ、私も食べた~い。」
「じゃあ今夜はタブ肉ですき焼きね!」
などなど、美味しそうな会話をしている。
だが当のタブンネ達は、
「フ…フィィ…」ヨロヨロ
「チ…チ…チィ…ィィ…」プル プル
「タブ…ネ…」ピク ピク
絶望に染まった顔で足もほとんどふらついている。
「このタブンネ達は先程納品されたばかりで、大量出血しないように血抜きしました。解体途中で絶叫を放つ場合がありますが、ご了承ください。ではタブンネ解体のベテラン職人、テツロウさまのご入場です!」
すると店の奥から、いかにも職人な顔立ちの初老男性が登場した。
「ではただ今よりタブンネをまな板へ寝かせます。」
作業員は一匹をまな板の上に乗せ、拘束具で抵抗できないようにした。
「では始めさせていただきます。」サッ
職人は牛刀をタブンネの胸へ宛てがい、
「…いきますっ!」
力強く、一気に胸へ刺した!
「フ”ッキ”ャア”ァァァァァァ!!!!」ガクガクガク
タブンネは最後の力を振り絞って絶叫した!
職人は鋭い包丁捌きでバラ、肩ロース、ヒレ、モモと、順調に素早く解体していく。
その度にタブンネの絶叫が上がる。
人々は職人の仕事ぶりと、解体されるタブンネに興奮している。
「うわぁ、凄い絶叫だな。」
「見ろよ!うまそうなロースだな!」
「早くタブ肉食べたいわ!」
だが中には不憫に思う人もいる。
「マ~マァ、なんかかわいそう…」
「エレナちゃん…、これが『食べる』ということよ。このタブンネちゃんが死なないと、ママとエレナちゃん達はタブ肉が食べれないの…。だからタブンネちゃんへの感謝を忘れちゃダメよ?」
「うん、わかったママァ。」コクコク
…そう、これが「食べる」。
この絶叫はタブンネの「命のボレロ」であり「鎮魂歌」。
食品の大量生産は、多くの生命の犠牲で成り立っている。
タブンネもまたしかり…
だが人はそれを忘れがちだ…
…それでもいい。
忘れてしまうのは人の業。
時に思い出してくれれば、このタブンネも浮かばれるだろう。
そんなことを考えているうちに、タブンネの体は各部位に解体されていた。
しかしタブンネの生命力には驚かされる…
あれだけバラバラにされても、虫の息だがまだ生きていのだから。
「ヒ”……ヒ”ュー…ヒ”ュー……」ピ ク
職人は解体を終えたらしく、牛刀をしまってお辞儀した。
それと同時にタブンネは力尽きた。
「ヒ”ュ……コ”ハ”ッ!」ガクッ
「テツロウさま、ありがとうございました。次のタブンネの解体へ移りますが、その前に『ベビンネの丸焼き』の調理をご覧ください!」
すると奥から複数の店員が、ベビンネとそのママンネ、それにオーブンを運んで来た。
このタブンネ母子も血抜きされており、互いに抱きしめながら、死への恐怖に怯えている。
するとママンネは解体されたタブンネを見て、絶叫を上げた。
「あ…あ…あなたあぁぁぁぁぁぁ!!」ガクガク
なるほど、あの解体ンネはママンネの夫か…
しかし意識が夫ンネへ集中している隙に、店員にベビンネを掻っ攫われた。
「マ…マァ…、た…すけ…て…」プル プル
「お…ね…がい!ベビ…ンネ…ちゃ…んだ…け…は…」ヨロヨロ
店員は情に流されそうにはなるが、
「言ったろう。これがお前達タブンネには幸せな死なんだ。お客様に美味しく食べてもらうことが、今お前達に唯一できることなのだよ。」
そして店員はベビンネをオーブンにセット!
スイッチを入れ、オーブン内の温度は上がっていく。
「チ”ャア”ア”ア”ア”ア”ァァァァァァァァァ!!!!!!」バンバンッ バンバンッ
ベビンネは絶叫を上げ、力を振り絞ってオーブンの窓を必死に叩き、ママンネへ助けを求めた。
ママンネは我が子の絶叫に耳を押さえ、ただ震えてうずくまるしかできない。
それが許されるだけ、このタブンネ達は本当に幸せだろう。
虐待派なら無理矢理聞かされたり、「ママンネちゃんは我が子の助けを無視するんだ…。酷いママだね^ ^」なんて言われるのだから。
そして焼き上がるまでの間、このママンネを含め、残りのタブンネの解体が続いた。
そして20分くらい過ぎたころ、オーブンが焼き上がりを知らせた。
店員がオーブンを開けると、香ばしい匂いが漂い始める。
今から解体されようとしているママンネは虚空の眼差しで、焼き上がった我が子を見つめていた。
そしてママンネは解体された。
俺は整理券の順番に並び、「タブンネの生ハム」と「ベビンネの丸焼き」を三割引きで購入できた。
彼女へのクリスマスディナーと土産話も準備できた。
これも全てタブンネのおかげだな。
最後に一言、
全国のタブンネ虐待愛好家の皆さん!
メリー・クリスマス!
<完>
最終更新:2015年02月18日 17:30