俺は旅のトレーナー。今、ヒウンシティ地下の下水道に居る。
街に住み着いたタブンネ数匹がここ数日、店売りの食料や木の実を盗む事件が何件か起こり、何とかしてくれと市民に頼まれたからだ。
ヒウンシティにも当然そういう悪さをするポケモンと戦えるトレーナーは居るが、最近プラズマ団だの何だので忙しいらしく、まだ大きな被害の出ていないこの事件にはなかなか手が回らなくてたまたま立ち寄ってかつ手の空いていた俺にお鉢が回ってきたという訳だ。
たいした被害は出ていないとは言え盗まれた人はたまったものではないし、
小さな子供がタブンネに頭をはたかれて(タンコブにもならない程度だったが、子供にとっては大きなショックだっただろう)強引に奪われるケースもあったので、怪我人が出る前に対処しなくてはいけないだろう。
聞き込みからタブンネ達が下水道に逃げ込んだとの情報をゲットし、俺と相棒のオーダイルは今こうしてヒウンシティ地下にいるってわけだ。
しかし、大都会の下水道だけあって清掃も行き届いているのか、思っていたよりは臭くないが…「思っていたよりは」であって、やっぱり臭い。
俺の隣を進むオーダイルも不快そうな表情だ。ガスマスクでも持ってくれば良かったな。
でもオーダイルに合うガスマスクってあるのか?と馬鹿な事を考えていると一際酷い匂いが鼻孔に入ってきた。
「うっ…」思わず鼻を抑えた俺とオーダイルの目の前に信じられないものが立っていた。
ヒウンシティ市民達が出した生活排水…ラーメンの残り汁にうっかり流してしまった天ぷら油…工業廃水…
その他トイレから流れる考えたくもない物…の汚物まみれのタブンネたちである。
俺は最初ベトベターかと思った。だが、灰色の隙間から所々うっすらと見えるピンクの毛皮、汚物に半ば埋もれた蒼い目、
そしてシルエットがまさしくタブンネのそれであった。
「ミヒヒッ…ミィヒヒヒッ…」
吐き気と衝撃に愕然としている俺たちにタブンネたちは明らかにマトモじゃない笑い声をたてて近づいてきた。
「うわっ…ち、近寄るなっ!」
思わず後じさりする俺とオーダイルに、ゲロに混ざっていたのか半分消化されかかったマトマの実を
髪飾りのように頭に乗っけたタブンネの一匹がニヤ~ッと笑いかけてきた。
そいつの歯が全て茶色に染まり、口の中にまで得体の知れない蛆虫めいたものがうじゃうじゃと蠢いているのを見た時、俺の中のナニかが切れた。
「オーダイル!ハイドロポンプだ!」
すかさず強烈に水を噴射するオーダイル。水の奔流に汚物タブンネたちは成す術もなく飲み込まれていった。
壁や下水道地面に激しく全身を打ちつけ倒れふすタブンネたち。
2、3匹は打ちつけた時に首か何かの骨が折れたのか、そのまま動かなかったが、まだ数匹はヨロヨロと起き上がり、俺たちになおも歩き近づいてきた。
「ミィ…ミィ…」「ミヒッ…ミヒッ…」「タァブゥ~…」
汚物が洗い流されてもタブンネたちは酷い有り様だった。
全身の毛皮が所々抜け落ち、疥癬や何やらで赤黒く爛れ、ぼつぼつと浮き出た気泡が破れそこから膿を垂れ流していた。
近づいてきたのはひょっとしたら俺たちに助けを求めていたのかもしれないが、
今の俺とオーダイルには、タブンネたちはホラー映画に出てくるゾンビ以下の糞豚にしか見えなかった。
「オーダイル!アクアジェット!」
水を纏い、凄まじいスピードでタブンネたちの間をすり抜けていくオーダイル。
オーダイルの通った後のタブンネたちは一瞬ピタリと動きを止め、
「ミッ…ミバァアアア!」「ミギャアアアア!」「タブゥアバアアアアア!」
次々と腹が、首が裂け、血を噴き出して絶命していった。オーダイルの水の刃がタブンネたちの身体を切り刻んだのだ。
あまりの嫌悪感にタブンネたちを全滅させてしまったが、いったいコイツらは何だったんだろうか。
気持ち悪そうにタブンネの死体を避けて戻ってきたオーダイルと共にもう少し歩を進めると、曲がり角の右に扉が見えた。錆びた鉄扉はギィ…ギィ…と不吉な音を立ててゆっくりと揺れていた。
扉の手すりに先ほど殺したタブンネたちに付いてた汚物とよく似たものが付着しているのを見つけた俺は、スニーカーでおそるおそるその扉を押し開けた。
扉の中には手すりに囲まれた巨大な穴があり、中には浄水場に送られる前の下水がゴボゴボと地獄のような音を立てながらゆっくりと流れていた。
想像した事もない悪臭に鼻と口を抑えながら穴を覗いてみると、汚物の中からピンクの羽のようなもの…ホイップクリームのような白い毛…まだもがいている手足…が見えた。
それらのうち一つがゴボゴボグチャグチャと気色の悪い音を立てながら汚物の中を泳ぎ、必死に穴を昇ろうとしていた。
穴の淵には階段が見え、なるほどさっきのタブンネたちはここを昇ってきたんだなと分かった。
「タブッ…タブアアア…タブゥネエエエエエ!」
汚物を泳ぐそいつは俺の姿を見つけたらしく、助けを求めるかのように手を伸ばしてきたが
俺が微動だにせず気持ち悪そうに見ているだけなのに気づき、表情を歪め
「タブッ…タブゥアアゲボオオオロロオオ…」
口の中に入り込んだ汚物と思わず戻した自分のゲロに溺れて死んでいった。
俺はそれを見ても、不思議に可哀想にも、助けなかった自分を悪くも思わなかった。
ただただ不快極まりないものを見たとしか思わなかった。
オーダイルも同じ気持ちだったのだろう。俺たち一人と一匹はお互いに白けた表情で顔を見合わせたのだった。
「あはは…」「うひひ…もう最後だねえ…」「ミヒッ、ミヒィ…」
穴の向こう側から人の笑い声とタブンネの泣き声が聞こえてきた。
見ると男女数人、明らかに狂人であり、数日前まではキレイだった事が窺える服装は下水に住むうちに汚れたらしくシワクチャで所々破れていて、髪の毛はボサボサだった。
そいつらに囲まれているタブンネは怯えきって目に涙を浮かべながら媚びて助けてもらおうとでも思ったのか、
「ミィ、ミィ」と懸命に可愛らしい仕草をしようとしているようだったが、狂人たちの一人に足を引っ掴まれると
「ミッ…ミビギャアアアアアアアア!!」
と可愛らしさとは程遠い絶叫をあげ、醜く口を全開にしながら汚物の穴に落ちていった。
「あはは…どうするの、タブンネ様はいなくなっちゃったわよ」
「うひひ…気にするな、また草むらで新しいタブンネ様を探してこよう」
「げへへ…今度こそ本当のタブンネ様だといいな」
「あはは…」「うひひ…」「げへへへへ…」
狂った笑い声をあげる男女らを眺めながら、俺は淡々とライブキャスターを警察に繋げた。
後は警察に聞いた事で、俺も詳しくは(守秘義務?とやらで)教えてもらってないのだが、なんでもあの狂人たちは元々はヒウンシティの一流エリートサラリーマンたちで会社が潰れて文無しになった事で発狂し精神病院に入れられていた。
彼らが入れられていた病院ではタブンネたちが
ナースとして働いていた。
狂人たちはタブンネのボールを病院から盗み出して脱走し、下水道に隠れ住んでいたのだ。
ナースとして攻撃技を覚えていないタブンネたちは狂人たちから散々殴る蹴るの暴行を受け、同僚を人質に脅されるままに狂人たちの食料を盗みに行かされ、挙句の果てに下水に投げ込まれ殺されてしまったとの事だ(一部のタブンネは俺らが殺ったんだがこれは内緒)。
奇妙なことに、入院中狂人たちはナースとして自分の世話をしてくれるタブンネたちをそれこそ神様か何かのように崇めていて、自分たちの事を「タブンネ教団」などと言っていたらしい。
そんな彼らが何故タブンネをこんな悲惨な目に合わせたか。
定かではないが、崇めても崇めても一向にタブンネたちが自分を精神病院から救わない事に腹を立て、本物の「神様タブンネ」がいるという妄想を育て、その挙句に自分たちを騙した「ニセ神様タブンネ」を虐待したという説もあるらしいが、全ては伝聞なので今の俺に真実を知る方法は無い。
俺とオーダイルにとって確かな事はただひとつ。
この「タブンネ教団」事件以来、俺たちにとってタブンネは汚物の中を泳いでいた糞豚という印象しかなくなってしまった。
事実、街でタブンネの姿を見るたびに軽く吐き気を覚えるほどだ。
と、いう訳でタブンネを見てもまったく可愛いとは思えないんだ。
それはまぁ、勘弁してくれ。
終
最終更新:2015年02月18日 19:09