時は正に世紀末。暴力が世を支配し、強者が弱者を踏みにじるのは常識であった。
人間よりさらに非力なタブンネが目をつけられるのも、当然だったと言えよう。
「もっと力を入れろーっ!心を込めて引くんだーっ!」
「ミイッ!ミギィ!」
聖帝軍の兵士が容赦なく鞭を振るい、タブンネ達を打ち据える。
疲れ果て、ピンク色の毛皮も薄汚れ、栄養失調でタブンネ達はフラフラだ。
しかし逆らえば殺されるだけだ。タブンネ達は巨大な石材を引っ張って運び続ける。
その石材の向かう先は聖帝タブンネ陵。将来、聖帝サウザーが眠るとされる場所だ。
この聖帝タブンネ陵さえ完成すれば解放するという約束だけを心の頼りとして、
タブンネ達は地獄の労働に耐え抜いている。
遠くから、バイクと車の爆音が響いてきた。緊張感を顔に浮かべた現場監督が叫ぶ。
「作業やめーい!聖帝様のご視察である。タブンネ共は整列して土下座せよ!」
一時でも作業から解放され、ほっとした表情を浮かべながら、タブンネ達はわらわらと
道の両側に並んで土下座した。
日頃威張り散らしている兵士達も、緊張の面持ちで直立不動の姿勢を取る。
そしてバイクの一団が、ゆっくりした速度でその出迎えの道に入ってきた。
一団の中央の三輪バイクには、豪華に装飾された玉座風のシートが据えつけられており、
そこに鎮座する男こそが聖帝サウザーであった。
感情を読み取る能力に長けるタブンネ達には、即座に感じ取ることが出来た。
静かながら底知れぬ恐ろしいものを持つ、この人間には絶対に逆らってはならないのだと。
ところが、一斉にひれ伏すタブンネ達の中から、1匹の子タブンネがよちよちと歩み出てきた。
「ミッ!ミイッ!(ぼ、坊や!大人しくしてて!)」
その後を追ってママンネが飛び出してきて、子タブンネを抱き締める。
先頭を進むバイクがブレーキをかけ、それに続いて一団は停止せざるを得なかった。
「チィ、チィチィ」と無邪気な鳴き声を上げる子タブンネを、行列を先導していた護衛隊員が、
怒りの形相で睨みつけた。
「貴様ーっ!聖帝様のお進みになる道を汚しおって!汚物は消毒だーっ!!」
護衛隊員は、手にした火炎放射器のノズルをひねった。ごうっと炎が吹き上がる。
「ミミイ!ミィミミィ!!(お願いです!この子だけは!!)」
ママンネの命乞いなど聞き入れず、護衛隊員は火力を最大にし、母子目がけて炎を浴びせた。
「ミギィィィィ!!ピギャァァァァァ!!」「ピィィィィィ!」
母子タブンネはたちまち火だるまになる。絶叫を上げながらのた打ち回るが、
護衛隊員は容赦なく追い討ちの炎をかける。
「この不埒者めが!念入りに消毒しなくては!」
炎の匂いがあたりに充満し、力尽きたママンネはバタリと倒れて、子タブンネを取り落とす。
いや、さっきまで子ダブンネだった消し炭と言った方が正確か。
ママンネはまだ息があるらしく、炎に包まれ息絶え絶えながら、その遺骸に手を伸ばそうとする。
恐るべき生命力であった。ちょっとやそっとの虐待では死なず、回復力にも優れる。
これがタブンネを労働力に選んだ理由の一つでもあった。
「ミギィ!」「ミィミィ!」(も、もう我慢できない!)(仲間の仇!)
この惨劇に耐えられなくなったのか、数匹のタブンネが飛び出した。
サウザーの鎮座するバイクが近づくのを待って、元凶であるサウザーを襲おうとしたのだ。
「はいーっ!」
しかしその短足で近づく前に、奇妙な気合の声を上げた男が、タブンネ達の前に立ちはだかった。
「はいーっ!」
同じ声が後方からも聞こえた。振り向くと、前方の男と風体が似た男が立っている。
二人の男に挟まれ、サウザーに近づくことも、逃げることもできなくなったタブンネ達は、
怯えて身を寄せ合った。
二人の男達が、両手に持った短剣を振りかざすと、見守っていた兵士達から低いどよめきが起こる。
「おお、南斗双斬拳のベジとギジ!」
「2本の投剣を投げ合いながら間合いを詰め、逃げられなくなったところで切り刻むんだ」
「「はいーっ!!」」
ベジとギジは同時に声を上げ、1投目の短剣を放った。1匹のタブンネの額と後頭部にブスリと刺さる。
「ミギャアアア!」
その悲鳴もやまぬ内に、ベジとギジは2投目を放つ。別のタブンネの心臓と背中に命中した。
「ピギィィッ!!」
だがそこで微妙な空気になってしまった。南斗双斬拳は相手がかわすことも想定しつつ、
投剣のキャッチボールをしながら、逃げられないよう追い詰めていくのが主眼の拳法である。
こうもあっさり刺さってしまったのでは、普通のナイフ投げと変わらないのであった。
「あーあ」「ま、タブンネ相手じゃかわすことなんて期待できないだろうし」
周囲からクスクスと失笑が漏れる。ベジとギジも苦笑いした。
「ちぇっ、恥かいちまったぜ」「タブンネ用の技じゃないしな」
ベジとギジは照れ隠しのように、短剣の刺さった2匹にとどめを刺し、
無傷だった他の数匹も、普通に抉り、切り刻んで惨殺した。
側近の兵士が膝をつき、サウザーに一礼する。
「ゴミ処理は終わりました。お騒がせいたしまして申し訳ございません」
だがサウザーは微笑を浮かべたまま、事も無げに言う。
「ん、何かあったのか?道端の掃除をした位で、いちいち報告する必要はないぞ」
恐るべき傲岸不遜さである。聖帝を名乗るサウザーにとっては、人間はもちろん、
タブンネの命など物の数にも入らないのであった。
「はっ、失礼いたしました。出発!」その号令で、一団は再び進み始めた。
バイクの群れが、ベジとギジに惨殺されたタブンネ達の死体を轢き潰していく。
「ミ、ミィィ…」ママンネの黒焦げの手は、ようやく子タブンネの遺骸に
触れるところまで来ていたが、その手の上をバイクのタイヤが踏みつけた。
「ミギィッ!」か細い悲鳴を上げるママンネの胴体を、今度は別のバイクが踏み潰し、
ママンネはようやく息絶えた。サウザーの視察団は、聖帝タブンネ陵の方へ去ってゆく。
聖帝タブンネ陵。この巨大な建造物は、どんな弱者の反逆すら許さぬという
サウザーの暴君としての証でもあった。
その聖帝タブンネ陵は九分九厘完成し、あとは頂上の聖碑を残すだけとなっていた。
頂上に続く階段には、子タブンネやベビンネがずらりと並べられている。
皆ひきつった表情を浮かべ、チィチィ泣いている者も少なくない。
そしてふもとには、聖帝タブンネ陵の最後のパーツである四角錐状の石材、聖碑が用意され、
傍らには20匹ほどのタブンネが引きずられて来ていた。
「この聖碑を積む事で聖帝タブンネ陵は完成する!心を込めて頂上まで運ぶのだ!
途中で落としでもしてみろ、あのガキ共は皆殺しだ!」
子タブンネを人質に取られたタブンネ達は、力を合わせてよろよろと聖碑を持ち上げ始める。
人間でもかなりの重労働だ。非力なタブンネには20匹がかりでも過酷なものだった。
しかし子供の命には代えられない。なんとか聖碑をかついで、階段を上り始めた。
「ミィィ…」「ミッ、ギィ…」
聖碑の重みに耐えながら、階段をそろそろと上るタブンネ達。
4分の1あたり進んだところで、1匹の子タブンネが飛び出して、ママンネの足にすがりついた。
「ミィミィッ!(ママっ!)」「ミ、ミミィ!(だ、駄目よ出てきちゃ!)」
おそらく母親の姿を見つけた子タブンネが、我慢できずに出てきたのだろう。
しかしそれは思わぬ悲劇を呼んだ。子供に気を取られたママンネは足を滑らせる。
「ミィィッ!?」
ママンネは階段をゴロゴロ転がり落ちてゆく。数十匹の子タブンネがそれに巻き込まれ、
一緒にコロンコロンと転落して行った。次々と地上に叩きつけられる。
幼い子タブンネ達に耐えられる衝撃ではなかった。
「ピギィ!」「チィィ!」「フィィィ!」
頭を打ち、首の骨を折り、死体の山ができる。遅れてママンネも落下してきた。
「ピギャァッ!」
下敷きになった子タブンネが数匹、血みどろで即死する。ママンネの腹部が真っ赤に染まった。
ママンネは呆然としながら、立ち上がろうとしてフラフラと膝をついた。
その時、右膝にぐにゃりとした感覚を感じた。恐る恐る膝を上げてみる。
そこにはグシャグシャに潰れた、我が子の血だらけの死体がくっついていた。
不運なことに、ママンネの転落に巻き込まれた上に、母の膝で蹴り潰されたというわけだ。
「ミギャアアアアアアアア!!」
発狂したような声で叫ぶママンネ。しかしその頭部に、聖帝軍兵士の斧が叩き込まれた。
「ピギャ!!」
頭を真っ二つに割られ即死するママンネを、兵士は忌々しげに罵る。
「馬鹿者めが!心を込めんからこうなるのだ!」
そして火炎放射器を持った兵士を呼び寄せ、ママンネの死体や、息絶えた子タブンネ達、
まだ息のある子タブンネ達を炎で焼き払った。
聖碑を運ぶタブンネ達は、ママンネの脱落でバランスを崩しかけていたが何とか持ち直す。
背後で聞こえる阿鼻叫喚の声にも、もはや振り向くことはできない。
涙を流しながら階段を再び上り始める。子供達のためにも、一刻も早く終わらせなくては……
30分ほどかけて、タブンネ達はようやく頂上にたどりついた。
聖帝タブンネ陵が完成すれば、タブンネ達も子タブンネ達もみんなみんな解放されるのだ。
目がかすみ、頭がぼうっとする程だが、この聖碑さえ降ろせば作業は終わる。
この聖碑さえ降ろせば……でもどうやって降ろせばいいんだろう……
頂上で待ち構えていた2人の兵士達は、タブンネの思考を読み取ったかのようにニヤリと笑った。
「ご苦労、お前らにはここで死んでもらう」
「そのまま聖碑の下敷きとなれば、聖帝タブンネ陵の完成だ」
「ミッ、ミィ!(だ、騙したな!)」
怒りに震えるタブンネ達を尻目に、二人の兵士はさっと身を低くした。
それを合図に、地上から弩弓隊が矢を放つ。タブンネ達は次々と串刺しになった。
「ミィッ!」「ピギャァ!」「ミミィッ!」
そして弩弓隊の死角側にいて、矢が当たらなかったタブンネ達は、
二人の兵士によって手足を切り裂かれた。
もう限界だった。力尽きたタブンネ達にはもはや聖碑の重量に耐えられず、下敷きとなる。
「ミギッ!」「ピィ…」
噴き出す血と共に、くぐもった声が聖碑の下からわずかに聞こえてくる。
「チィィィィ!」「ミィミィミィ!」
悲痛な泣き声をあげながら、子タブンネ達がわらわらと血の流れる聖碑に駆け寄ろうとする。
しかし悲しいことに足の短さが幸いし、階段の段差をなかなか上れない。
そうしている内に、流れる血で足を滑らせ、数匹が先ほどと同じように転げ落ちる。
駆け寄ろうと密集していた上に、頂上近辺からの落下のため勢いがついており、
またも大量の子タブンネが巻き添えになって地上目がけて転げ落ちてゆく。まるでタブンネ雪崩だ。
その惨状を遠くから眺め、ほくそ笑んでいたサウザーに、側近が耳打ちする。
「聖帝様、南斗白鷺拳のシュウが聖帝十字陵に向かったとの報告でございます。」
「クク……そうか。あちらも完成寸前だったな。では奴の血で仕上げといくか。」
サウザーは立ち上がる。サウザーが将来、身を横たえるべき本命の墓・聖帝十字陵は別に建造させていた。
この聖帝タブンネ陵は、聖帝の威光を世に示す為だけのものであり、いわば余興に過ぎなかったのである。
「行くぞ、豚を相手にするのももう飽きた。あれはもう取り壊してよい。
作業が全て終わった後は、タブンネ共を1匹残らず生き埋めにするのも忘れるなよ」
(終わり)
最終更新:2015年02月18日 19:17