鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん

イッシュ地方の某森林に、タブンネ達の生息地があった。
最初はタブンネはいなかったのだが、いつの間にか数匹が住み着き、
たちまち繁殖して数百匹に増えて大集落になっていた。

タブンネ達にとっては正にここは天国であった。
おいしい木の実は豊富にあるし、天敵となる肉食ポケモンもいない。
子タブンネ達は「ミィミィ♪チィチィ♪」とはしゃぎ回り、
ママンネ達はベビンネにお乳をあげたり、卵を温めたりしている。
それを微笑ましく眺めながら、パパンネ達は木の実を集めていた。

おりしも、とあるタブンネ夫婦の巣では、あらたな生命が誕生しようとしていた。
パパンネとママンネが見守る中、卵がぐらぐら揺れ、コツコツとひびが入る。
そして卵が大きく割れて、中からベビンネが姿を現わした。
「チチィ、チュピィ…」
産声を上げるベビンネ。ママンネはうれしそうに抱き上げてペロペロと毛皮を舐める。
まだ目も開いていないベビンネは、くすぐったそうに体をもぞもぞさせた。
パパンネも満面の笑顔だ。
「可愛いベビちゃんだミィ、さすが僕達の子だミィ」
「名前はどうするミィ?可愛い名前を考えるミィ」
パパンネとママンネは、見つめ合って微笑んだ。


その時、遠くからバラバラバラバラ……とタブンネ達には聞き慣れぬ音が聞こえてきた。
次第に音は大きくなり、タブンネ集落の方に近付いてくる。
好奇心旺盛な子タブンネ達だけではなく、大人のタブンネも広場に集まってきた。
空から、その音を発するもののシルエットがどんどん迫ってくる。
シルエットの数は5つ、軍用ヘリコプターだ。
人間がAH-64アパッチと呼ぶタイプであるが、タブンネ達が知るはずもない。

人間と接した経験を持つごく一部のタブンネは、若干嫌な予感がしたものの、
自分達以外のポケモンを見た事すらない者がほとんどであり、
大半の、特に子タブンネ達は初めて見る『空飛ぶ動物』を物珍しげに眺めていた。
無邪気に「ミッミッ♪」と手を振っている子もいる。

5機のアパッチは広場の上空でホバリングして停止した。その内の1機が、下降して来る。
ローターの風圧はタブンネにとってはかなり強烈であったが、
危機感よりも好奇心がまさったようで、誰も逃げずにとどまっていた。
そのアパッチは地上近くまで降りてきたところで、スピーカーで声を発した。

「この地に居住するタブンネ諸君、君達はこの一帯の生態系を乱している。
 ただちにここから退去しなさい。勧告を聞き入れない場合は実力行使に移る」

だが、その言葉が理解できたタブンネは皆無だった。
「あの空飛ぶもの、しゃべったミィ!」
「でも、何言ってるかうるさくてよく聞こえないミィ?」
「きっとタブンネちゃん達が可愛いから、仲良くなりたいって言ってるミィ」
「そうだミィそうだミィ!友達になってあげてもいいミィ」
「ミッミッ♪ミッミッ♪」

能天気な結論に達し、タブンネ達はアパッチに手を振った。
10匹ほどの子タブンネが、尻尾を振って歓迎のダンスを踊り始める。
「んーん、かぜがちゅよくてうまくおどれないミィ」
「ねえ、このかぜとめてミィ、かわいいしっぽがかぜでとばされちゃうミィ」

その声が聞こえたのかどうか、アパッチのスピーカーから返事が聞こえてきた。
「勧告を聞き入れる意思はないものと判断した。攻撃を開始する」

アパッチの機体下方の30mm機関砲が火を吹いた。
タブンネにとっては、大砲の砲弾を直撃で食らうようなものだ。
踊っていた子タブンネ達が、たちまち肉片とも呼べぬわずかな血煙と化して消し飛んだ。
「ミヒィィィィ!!」「ピギャアアアアアア!!」
我が子を失ったママンネ達が発狂したような悲鳴を上げるが、続く掃射で同じように消失する。
広場はたちどころに阿鼻叫喚の地獄と化した。

「逃げるミィ!」「早く隠れるミィ……ピギャア!!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出すタブンネ達に、残り4機のアパッチが降下してきて機銃掃射する。
機銃弾が地上に一列に穴を開けていく度に、点々と赤いラインが引かれてゆく。
もちろん、さっきまでタブンネだったものの残骸だ。
さらにロケット弾が打ち込まれると、大爆発と共に数10匹のタブンネが宙高く吹き飛ばされた。
そして血を流しながら地上に叩きつけられて、次々と息絶える。

「地下に逃げ込むミィ!」「ミィミィ!早くするミィ!」
多くのタブンネが、森で一番大きな木の根元にある空洞から、地下へと逃げ込んだ。
ここはパパンネ達が、自然にできていた洞穴を掘り広げた空間であった。
雨季や冬場に備えて、集落の全タブンネが住むことができるくらいの広さがある。
タブンネ達にとっては難攻不落の要塞……のはずだった。

しかし、タブンネ達がそこに逃げ込むのをあえて見守っていたアパッチが、
大木目掛けて空対地ミサイルを発射した。2発、3発と連射する。
地面が盛り上がったかと思うと、その一帯は凄まじい爆炎に包まれた。
その勢いで、火だるまになった大木が空中に浮き上がる。

「ミビャアアアアアア!!」「ギヒィィィィ!!」

地獄の業火は一瞬で地下空間を焼き尽くし、タブンネ達を飲み込んだ。
そして崩落した土砂が降り注ぎ、わずかに息のあった連中も生き埋めにしてゆく。
アパッチの襲来からわずか10分、楽園は焦土と化し、タブンネ集落は壊滅した。

いや、たった3匹生き残っていた者がいた。例のタブンネ夫婦と生まれたてのベビンネである。

「ミヒッ、ミヒッ、ミヒッ…」
タブンネ夫婦は、泣きながら走っていた。
夫婦の巣は広場からやや離れた場所にあったため、いち早く難を逃がれる事ができたのだ。
炎上する森を背に、2匹はトテトテとひたすら走った。
行く先の当てなどない。だが、生まれたばかりのこの子だけは何としても救わなくては……。
何も知らぬベビンネは、まだ目も開かぬまま「チュイイ、チィチィ」と可愛い声を上げている。

しかしその願いもむなしく、後ろから悪魔の羽音が聞こえてくる。
アパッチが1機、タブンネ夫婦を発見して迫ってきていた。
自然の風景の中に、不自然なピンク色の物体がうごめいていれば、見つかるのもやむを得ない。

アパッチは旋回しながら、弄ぶように機関砲を発射する。
「ミヒャアアアア!!」「ヒィィィ!!」
すぐ近くの地面を銃弾が削り取ってゆき、タブンネ夫婦は腰を抜かしそうになる。
一旦タブンネ夫婦を追い抜いたアパッチはまた旋回して後ろに回り、機銃掃射してきた。

「危ないミィ!…ミギャガバアアアア!!」
パパンネがママンネを突き飛ばすと同時に、機銃弾がパパンネを襲った。
衝撃波で右半身が消し飛んだパパンネは、血と内臓を撒き散らしながらバッタリ倒れる。
「ミィィィィ!!!」「に、逃げるミィ…その子を頼むミ……ギャ!!」
パパンネの最期の言葉も掃射音にかき消され、血しぶきと粉々になった肉片が宙に舞った。

「ミビェェェン!!」
愛するパパンネを失ったママンネは号泣しながら、後ろ髪を引かれる思いで走り出した。
アパッチはママンネに機関砲の照準を合わせるが、なぜか撃つのをやめた。
しばらくゆっくりとママンネを追跡した後、高度を下げて着陸する。
ママンネの逃げる先が断崖絶壁であることを確認し、逃げ場なしと判断したためであった。

しかし悲しいかな、無我夢中で逃げるママンネはその事に気づかない。
視界が徐々に開けてきたと思うと、遠くの山々がはっきり見えてくる。
そしてギクリとして立ち止まった。目の前の道は行き止まり、崖っぷちであった。
盲滅法に走り続けた結果、自ら袋のネズミになってしまったのである。

200メートルほど先に、パパンネを奪ったアパッチが着陸していた。
そしてそこから誰かがこちらに歩いてくる。迷彩服を着た2人の人間だ。
ママンネの背中に冷や汗が流れる。
集落の中でも、ママンネは人間との接触歴がある数少ない1匹だった。

迷彩服の人間達は、立ちすくむママンネの前まで来て立ち止まった。
ママンネは、抱きかかえたベビンネをアピールしながら訴えた。
「お願い、見逃してくださいミィ!私達何にも悪い事してないミィ!
 この子は生まれたばかりで名前もつけてないし、お乳もまだ飲ませてあげてないミィ!」
だが2人の人間からの返事はない。駄目なのか……いや、まだ奥の手がある。

「ミッミィ~ン♪」
一転してママンネは青い瞳をパチクリさせ、とびっきりの笑顔を見せた。
そして耳と触角を動かし、ホイップクリームのような尻尾を振りながら踊り始めた。
タブンネ一族の得意中の得意技、可愛さアピールである。
「ミッミッ♪ミィミィ、ミッミ~ミッミ~ン♪」
偶然だろうが、合いの手を入れるように、ベビンネも「チィ、チィ」と声を上げている。
ママンネが人間と暮らしていた頃、これを見せれば誰もが喜んでくれた。
きっとこの人間達も喜んで、見逃してくれるはず……。

無反応だった2人はその媚態を見て、呆れたように顔を見合わせた。
そして1人が「やれやれ」と言いたげに肩をすくめると、ホルスターからベレッタM92を抜いた。
躊躇なく、ママンネに対して発砲する。
「ミギャアッ!!」
ベビンネごと腹を撃ち抜かれたママンネは衝撃で我が子を取り落とし、ガックリと膝をついた。
地面に落下したベビンネの体は、血まみれで真っ二つに裂けている。
かすっただけでパパンネの半身を吹き飛ばした30mm機関砲弾とは比べるべくもないが、
ベレッタの9mmパラベラム弾でも、生まれたてのベビンネの体を破壊するには十分な威力があった。
「フィィ…フィィ…チ……」かすかな声が途絶え、ベビンネは動かなくなる。

「ミビェェェェェェェェ!!!!!」
絶叫を上げながら、ママンネはベビンネを拾い上げようとした。
しかし発砲した男が、その顔面に蹴りを入れる。ママンネはもんどり打って倒れた。
男はママンネに近付くと、両肘と両膝に銃弾を見舞った。
「ミギャ!ミギャ!ミギャァ!グヒャァァ!!」
弾丸を撃ち込まれる度にママンネは悶絶する。両手両足を砕かれ、弱々しくもがいている。

ベレッタをホルスターに収めた男が口を開いた。
「やれやれ、タブンネは窮地に追い込まれると媚びて命乞いをすると聞いていたが…
 これほど見苦しいものだとは思わなかったよ」
「同感です、隊長。こんな子供騙しがDNAに刷り込まれているというのは、
 ある意味興味深いことであります」
「どんなものか、後学のために一度見ておこうと思ったんだが、時間の無駄だったようだね」

隊長と部下の会話をよそに、瀕死のママンネは動かない手足で必死に這いずりながら、
ベビンネの亡骸の方に近付こうとしていた。その前に、隊長と部下が立ちふさがる。
「もういいぞ、とどめを刺したまえ」「イエス、サー!」
部下は肩に担いでいたアサルトライフルを構えた。ママンネは、両目に涙を一杯溜めて叫んだ。
「ひどいミィ!……パパを……この子を……返してミィ!」

部下が隊長に尋ねる。
「隊長、何と言っているのでありますか?」
「さあねえ、私もポケモンの言語は専門外だからね。おおかた自分達の所業も棚に上げて、
 我々を責めているんだろう。まあ、子供と一緒に死なせてやるのがせめてもの慈悲というものだ」
隊長はそういうと、千切れたベビンネの上半身をママンネの口に突っ込んだ。
「ムゴギャアアアア!!」
うめき声を上げるママンネに、部下がアサルトライフルをフルオートで発射する。
たちまちママンネは蜂の巣になり、血煙を上げる肉塊と化した。


「隊長、よろしいのですか?」
「いいのだよ、ここは元々タブンネなどいなかったのに、
 奴らが住み着いたせいで、たった数年で生態系がメチャクチャになってしまった。
 人間に危害を加えて逃亡し、ここに逃げ込んだ者もいると聞く。
 媚を売って命乞いしたこいつもきっとそんな1匹だろう。駆除するのに何の問題もない。」
「いえ、そういう意味ではなく……タブンネごときに弾薬を湯水のように使っては、
 あとで問題になるのではありませんか?」
「それなら気にするな。君は『鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん』という諺を知っているかね?」
「聞いたことはありますが…」
「『たとえ遊びであろうと、やるからには全力で遊びなさい』という意味だ。」
「ええと…そんな意味でしたっけ?」
「ちなみにこれは任務ではあるが、政府と軍が公認したレクリエーションでもあるのだよ、楽しまねば損だぞ」
「なるほど、理解しました」
「さあ、戻って生き残りがいないか確認するとしよう」

2人はアパッチに再搭乗し、炎上する森の方へ飛び去ってゆく。
後にはボロ雑巾と化したママンネの死体が、空しく風に吹かれているだけだった。

(終わり)
最終更新:2015年02月18日 19:25