タブ時計

「チィッ!」「チビィ!」「ピィ!」「チギャ!」「ヂヂッ!」「ヂィ!」
「チヒィィ!」「ヂッ!」「キュゥ!」「ピヒャィ!」「チチュゥ!」「チィィィ!」

ベビンネの悲鳴が部屋に響き渡った。
12匹のベビンネは肛門から金属の棒で串刺しにされ、壁の細長い鉄板に固定されている。
毎正時になると棒に電流が流れ、ベビンネが悲鳴を上げて時間を知らせる仕組みになっているのだ。
俺が考案した「タブ時計」である。

「ああ、もう12時か」
俺は読んでいた本を閉じて昼飯の支度に取り掛かる。

隣の部屋には、死んだ目をしたママンネがケージの中で横たわっていた。
声を出せないよう、口には鍵つきの猿轡をかませてあり、
乳房には搾乳機が取り付けてある。
ケージの外のミルクタンクには、かなりの量の母乳が溜まっていた。
蛇口をひねって必要な分だけの母乳をボトルと皿に取る。
その間ママンネはケージにしがみついて「ムゥムゥ、ムゥムゥ」と何やら言っている。
猿轡越しなので聞き取れないが、言いたいことはわかる。
「お願い、ベビちゃん達をもう解放してあげて」だろう。

俺からは何も言うことはない。無視だ。

ママンネの隣のケージには数匹のベビンネを飼育している。
時計にされている連中に比べて、自由にしてある分かなり幸せなはずだが、
こいつらも一様に活気がなく顔つきが暗い。
生まれてすぐママンネから引き離され、すぐ側にいるのに
手が届かないことに打ちひしがれているのもあるだろうが、
何より、自分達が時計の『予備』であることを悟っているからなのだろう。
皿に取った母乳を与えてやると、「チィチィ!」と先を争って舐め始めた。
ママンネはその光景を見ると少しは気が休まるようだが、
抱き締めてあげられない自分の無力さに涙するばかりだ。

涙を流すママンネを尻目に元の部屋に戻り、母乳をボトルから細長い器に移す。
また、同じくらいの長さの砂箱も用意する。
それらをベビンネ達の下に置くと、壁のスイッチを押した。
ベビンネ達が固定されている鉄板は、左右のレールに沿って機械仕掛けで床まで降下してくる。
床ギリギリのところで機械が停止すると、ちょうど顔の辺りには母乳を入れた容器が、
下腹部の辺りには砂箱が来るという仕組みになっている。
これから食事の時間とトイレの時間が同時に与えられるのだ。
糞をされては片付けが面倒なので、タブ時計に用いるのはまだ離乳が済んでおらず、
固形物を口にしていないベビンネだけだ。

床に到達すると、ベビンネ達はまずは我慢していたおしっこを始めた。
乾いていた砂が12匹分のおしっこを吸って、たちまち黒々と塗れて来る。
1日3回の食事の時にしかトイレの時間は与えられず、もしお漏らししようものなら
厳罰を与えると言い聞かせているので、必死で我慢しているのである。

用を足し終わってふうっと一息ついたベビンネ達は、ペロペロと母乳をすすり始める。
めいめい口を動かしつつも床に触れて、地上の感触に安堵しているようだ。
この食事の時間以外は宙吊り状態であり、手足に何も触るものがないベビンネ達にとっては、
固い床に触れるということだけでも、生を実感できるのであろう。

この食事の時以外、ベビンネ達には何の楽しみも喜びもない。
一定時間に電流の苦痛を与えられるだけで、それ以外の時はただ宙吊りになっているだけなのだ。
頭はうなだれ、四肢もだらんと垂れ下がって、気絶しているのか、死んでいるのかすらわからない。
食事の時のわずかな安らぎが過ぎてしまえば、後はただ生かされているだけに過ぎないのだ。
生まれて1ヶ月も経たないベビンネ達にとっては、遊ぶことも動くこともできない状況は、
肉体の苦痛以上の拷問であろう。

食事が終わると、俺は再び壁のスイッチを押した。
また機械仕掛けで鉄板がせり上がって行き、床が遠ざかってゆく。
それを見ながらベビンネ達は「チチィ…」と名残惜しそうに涙を浮かべる。

その時俺は、床にポタポタと水滴が落ちる音を聞き逃さなかった。

振り向くと、「1時」のベビンネの下に小さな水滴がこぼれていた。まぎれもなくお漏らしだ。
「1時」のベビンネは「チィィ!チィィ!」と真っ青になって顔をぶるぶる振っている。
「わざとじゃないよ、許して」とでも言っているのだろう。
まあ、確かにこの時計の構造上、1時になると1匹、2時になると2匹のベビンネに電流が流れる仕組みなので、
「1時」のベビンネは最も多く電気ショックを浴びることになる。一番衰弱しやすいのだ。

だからといって俺が同情するわけがない。
おしっこが我慢できないほど弱っているのなら、新しいのと交換するだけだ。

「どうやらお前は交換の時期が来たようだな」
言いながら俺は、壁から「1時」のベビンネの刺さった金属棒を引き抜いた。
「チィーッ!チヒィィーッ!」と泣きながら哀願するのも構わず、肛門の金属棒をぐいっと押し込む。
心臓や肺などを避けて刺してあるので、タブンネの生命力をもってすれば生きていられるのだが、
用済みとなったからには、もうそんな気遣いも無用だ。

押し込まれた金属棒はベビンネの脳を貫通し、頭頂部から飛び出した。
「ピギャァァァァ!」
四肢をバタつかせ、もがき苦しむベビンネ。俺はスペアの金属棒を、今度は頭から突き刺した。
「チビィーーッ!!」
金属棒は尻の辺りから飛び出した。上下から串刺しにされたベビンネは泡を吹いて痙攣している。

ガタガタ震え、耳を押さえて怯える残り11匹に、串刺しベビンネを見せつけながら俺は言い聞かせる。
「いいか、何度も言うがトイレの時間まで我慢できない奴はこうなる。覚えておけ」
ベビンネ達は内股になって、今にも漏らしそうになるのを必死でこらえている。

俺はガスコンロに金網を置くと、串刺しベビンネを仰向けに置いた。
金属棒で貫かれてもはや身動きできないベビンネは弱々しく抵抗するが、金網は徐々に熱されてゆく。
「ンピィィィィ!!ビャァァァァァ!!」
最後の力を振り絞って暴れるベビンネだったが、俺は金属棒の両端をトングで掴んでベビンネを裏返した。
「ピビャァーーーーー!!」
顔面を金網に押し付けられたベビンネは全身を痙攣させ、動かなくなる。
俺はそのまま裏表満遍なく焼き上げて、ベビンネ串焼きを完成させた。ちょうどいい昼飯のおかずができた。

ベビンネ串焼きを平らげた俺は、時計の『修理と補充』に取り掛かる。
「2時」のベビンネの金属棒を引き抜いて、「1時」の場所に移した。「2時」から「1時」に昇格というわけだ。
今まで一番多く電流を浴びていた「1時」がいなくなり、今度は自分がそこに移動したと知った元「2時」は、
この世の終わりのような顔をしていた。同様にそれぞれのベビンネを「1時間」ずつ移動させる。
そして空きができた「12時」には、新しいベビンネを補充するのだ。

俺はさっきの部屋に行き、ママンネの猿轡の鍵を外した。
そして見せ付けるように、隣のケージから新たなベビンネを1匹掴み出す。
「ミィィィィ!!」
ゲージに取りすがり、自由になった口でママンネは「もうこれ以上連れていかないで」とばかりに懇願する。
俺に掴まれたベビンネも「チィィ!チヒィィ!」と泣き叫ぶが、それに輪をかけて、
ママンネの声が聞こえた隣の部屋の11匹の時計ベビンネ達も一斉に「チィィィィィィ!!」と泣き喚き始めた。

意味もなく騒がせているだけのようだが、これでいいのだ。
時計ベビンネ達もママンネも、姿は見えなくてもこうやって定期的に声を聞かせるだけで、
わずかなりとも生きる希望を取り戻すことができるからだ。
全く隔絶してしまっては、ベビンネ達は精神的に参ってしまって早死にしてしまうからである。

俺は捕まえた新入りベビンネの肛門の位置を慎重に探り、ゆっくりと金属棒を突き刺してゆく。
「チッ!?チヒィーッ!!」
異物が挿入される苦痛にベビンネはジタバタ暴れるが、今度は重要器官を傷つけないよう、
慎重にずぶり、ずぶりと突き入れてゆく。呼吸器の下辺りまで差し込めばOKだ。
そして「12時」のところにセットし、食事とトイレのルールをきつく言い渡す。
兄弟達がもっと詳しく教えてくれるだろう。これで『修理と補充』作業は完了だ。
そうこうしているうちに1時になった。電流が流れ、新しい「1時」が「チビィッ!」と時を告げた。


そして翌朝。
「チビャピビチヂィィァァァ!!!」
12匹の叫び声で俺は気分よく目が覚める。
夜中の間はさすがにうるさいから、電流を流すタイマーは切ってある。
その代わりに目覚まし時計として、俺の起床時間には全員に盛大に電流が流れる仕掛けなのだ。
新しい「12時」のベビンネにとっては、夜中の12時の電流は免除されたわけで、
すなわちこれが初の電撃の洗礼となったということだ。
「チィィ…チィィ…」と涙を流しながら、「12時」のベビンネは何か訴えている。
「どうしてこんな酷いことするの」か、「お願い、解放して」とでも言っているのだろう。
新入りは大体最初はこう言ってくるものだ。だから俺もその度、同じ返事をする。

「楽しいからダメw」

そして俺は朝食の準備を始める。今日も楽しい一日になりそうだ。

(終わり)
最終更新:2015年02月18日 19:36