「N議員!『ポケモンを人間から解放する』をスローガンとして当選したあなたが、
全てのポケモンを手に入れようとしているという噂がありますが!」
「それどころか気晴らしに一部のポケモンを虐待しているという情報もあるんですよ!」
「実際のところどうなんですか!?お答えください、N議員!」「N議員!」
嵐のように浴びせられるフラッシュ、無遠慮に突きつけられるマイクの群れを、
取り囲むSPがかきわける中、Nは無表情で歩を進めてゆく。
そのNの前に、強引な突撃取材で悪名高いレポーターがマイクをぐっと伸ばした。
「ねえ、黙ってないで何か言いなさいよ!答える義務があるんじゃないですか!?」
無礼な物言いにたまりかねたのか、Nは足を止めて冷たい口調で言い放った。
「全ては秘書のやったことです。ボクは関係ない。秘書に聞いてください」
それだけ言うと、Nは足を速めて送迎のリムジンに乗り込んだ。
「なんだよ、あの態度・・・」「秘書ってあいつのことか?」
詰め掛けた記者やレポーター達が後ろを振り向くと、一連の騒ぎに取り残されたかのように、
何が起こっているのかもわからないといった表情を浮かべたタブンネがポテポテ歩いてきた。
Nがいつもこのタブンネを引き連れていることは広く知られているので、
無遠慮なマスコミ連中の矛先は一転してタブンネに向けられた。
「タブンネさん、N議員は全てのポケモンをあなたが支配しようとしていると言ってますよ!」
「本当ですか!?N議員に指示されてやっただけじゃないんですか!?」
「おい、答えろよ!」「何とか言ってください、タブンネさん!」「タブンネさん!」
「ミッ!?ミッ、ミィィィィ!!」
自分よりはるかに背の高い人間にもみくちゃにされ、タブンネは訳もわからずボロボロにされた。
そして夕方、ふらふらになりながらも家路に着くタブンネの姿があった。
耳も触覚もくしゃくしゃ、毛はあちこち毟られ、尻尾も半分なくなっている。
ようやくNの屋敷の庭のタブンネ小屋にたどり着いたタブンネに、妻タブンネと子タブンネが駆け寄った。
「ミッミッ!?」「チィチィチィ!!」(あなた、その姿は一体!?)(パパ、しっかりして!)
家の中からはNが飛び出してきた。傷薬を片手に持ち、青ざめた表情だ。
「タブンネ、大丈夫かい!?今、薬を塗ってあげるからね」
Nが薬を塗ると、たちまち傷も癒えていく。タブンネはほっと一息ついた。
そんなタブンネをNはぎゅっと抱き締めた。
「ボクのせいで、大切な『トモダチ』の君を酷い目に遭わせてしまってごめんよ。
今夜はモンスターボールの中でお休み。きっと明日には尻尾も治ってるよ」
「ミィミィ♪」(ありがとう、マスター・・・)
タブンネはうれしかった。
Nは、元々野生だったタブンネを拾ってくれた恩人だ。
経験値狩りにあって行き倒れていたところを助けてくれて、今日のように薬を塗ってくれた。
妻タブンネを紹介してくれたおかげで、子供にも恵まれた。
今こうして幸せに暮らしていられるのも、全てNのおかげなのだ。
この恩は何としても返さなくてはならない。みんながNを責めようと、自分が盾になろう。
そう心に決めたタブンネは「ミッミッ♪」とNを抱き締め返すのだった。
だが、世間の風は予想以上に厳しかった。
疑惑追及を避けて外出しなくなったNの代わりに、タブンネはあちこちへお使いを頼まれたが、
「ポケモン支配を企むN議員とタブンネ」といった形で、セットで悪者に仕立て上げられていたので、
レポーターには追い回され、小学生には石を投げられ、サラリーマンのサンドバッグにされ、
経験値狩りのトレーナーにボコボコにされ、通りすがりのポケモンにも唾を吐かれるという有様で、
毎日家に帰る頃には生きているのが不思議なくらいの体たらくであった。
それだけではなく被害は妻子にも及んだ。
家に「裏切り者」「クズポケモン」「死ね」と落書きされたり、生ゴミを投棄されるうちはまだよかったが、
ある日帰ってみると、タブンネ小屋がメチャクチャに壊され、妻タブンネと子タブンネが血まみれになっていた。
聞いてみると、人間達が襲撃したのだという。
傷薬のおかげで怪我は治ったし、小屋もすぐ建て直してくれて、庭に侵入できないよう
セキュリティ設備もNが万全にしてくれたが、妻子の心の傷は深く、ストレスであちこちハゲができてしまった。
もうこんなところにはいられないと涙ながらに訴える妻タブンネを、タブンネは必死で説得した。
これは一時的なものだ、いつかNが潔白だと証明されるから、それまでもうしばらく辛抱してくれと。
しかし「チィィ…」と弱々しく鳴く子タブンネの姿を見ると、心が揺らぎそうになるのであった。
そんなある日、いつものようにボロボロフラフラになって家に帰り着いたタブンネだったが、
迎えに出て来るはずの妻子の姿が、今日は見えない。
もしかして家出してしまったのかと不安に駆られたタブンネが小屋に走り込むと、
妻子はゴロンとうつぶせで寝転がっていた。
(昼寝していただけか・・・)安堵したタブンネは「ミッミッ♪」と妻タブンネを揺すって起こす。
ところが返事がない。不吉な思いに駆られ、抱き起こしてみる。
妻タブンネは死んでいた。目はうつろで舌はダランと垂れている。首には紐が巻き付いていた。
「ミギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
絶叫したタブンネは子タブンネも起こそうとしたが、やはり同じように首を絞められて絶命していた。
よっぽど苦しかったのか、まだ目に溜まっていた涙がポロリと零れ落ちる。
その時、タブンネの背後から何者かが紐を巻き付けた。ぐいっと絞め上げてくる。
「ミッ!?ミギュウウウ・・・グヒィィィ!!」
後ろをかろうじて振り向く。
悲しそうな、でも笑っているような、複雑な表情を浮かべたNがタブンネの首の紐を引っ張っていた。
「苦しいかい、タブンネ?」
「ミ・・・ミ・・・ミギュ・・・」(ま、まさかお前が妻と子供を・・・)
「そうなんだ。でもわかっておくれよタブンネ。ボクは今、大変なんだ。
もうすぐ逮捕状が下りるらしいという情報があってね、ボクはまだ捕まるわけにはいかないんだ。
世界中のポケモンと『トモダチ』になるまではね。
だから大切な『トモダチ』のタブンネ、ボクのために死んでおくれ・・・」
「ミギュウ・・・アアアァァァァ・・・・!」
タブンネの意識は次第に遠のいてゆく。
翌朝、各新聞は一面記事でこの事件を書き立てた。
「疑惑渦中のタブンネ、妻子を殺して首吊り自殺。無理心中か」
早速記者会見が開かれ、目を真っ赤に腫らしたNが久々に公の前に姿を現わした。
「皆さん、彼は秘書というよりボクの大切な『トモダチ』でした。
出会った時から今日まで、かけがえのない存在だったのです。
彼が陰で何をしていたかはボクは知りません。
しかしそれは命と引き換えにしてまで罰せられるべきものだったのでしょうか?
家族を道連れにするほど思い詰めていたなんて・・・ボクは・・・ボクは・・・」
涙をとめどなく流しつつ、きっとした表情で会場のマスコミ連中をぐるりと指差した。
「はっきり言いましょう!タブンネを殺したのはあなた達マスコミだ!!
あなた達の面白半分の過熱報道が、彼をここまで追い込んでしまったんだ!!
恥を知れ!ボクの『トモダチ』を返してくれ!!」
会見会場は静まり返った。誰も彼もバツが悪そうに下を向いている。
N自身の疑惑は払拭されたわけではないが、”秘書”のタブンネが死んだ以上、
どうとでも言い逃れできる状況となってしまっている。
それに実際、タブンネの死に対してマスコミ連中は大なり小なり後ろめたい感情があるため、
これ以上追求しようものなら、逆に自分達の方が猛烈なバッシングを食らうだろう。
この一件はもう、うやむやにして自然消滅させるしかない。
「お願いです、もう彼をそっとしておいてあげてください!
彼の不始末はボクの不徳の致すところです。ボクのことはどうにでも批判してください。
ですが・・・もう彼のことは責めないであげてください。言いたいのはそれだけです」
Nは一礼すると、涙を拭いながら席を立った。
その口元に歪んだ笑みが浮かんでいたことには、誰も気づかなかった。
(こんなこともあろうかとタブンネを拾っておいてよかったよ。
ピンチの時に役に立つのが『トモダチ』だからね・・・ククク・・・)
(終わり)
最終更新:2015年02月18日 19:48