テキ屋の仕事

「親方、戻りました」「ご苦労さん、早速始めてくれ」「へいっ!」
ここはとあるテキ屋の仕事場。
あちこちで秋祭りを控えているので、テキ屋にとってはかき入れ時なのです。
売り物の準備をする若い衆が、右へ左へと忙しく働き回っています。

「チィチィ!」「チィチィチィチィ!」
今帰ってきた若い衆はベビンネの仕入れ担当でした。
軽トラックの荷台から、ベビンネがぎっしり詰まった箱を何個も下ろし始めます。
生まれて間もないベビンネ達は、訳もわからずチィチィと大騒ぎしています。

「はいオス、こいつはメス、こいつもメス」
ベテランのテキ屋がベビンネの性別を一瞬で見分け、ぽいぽいと別の箱に放り投げます。
小さく未発達なベビンネの性器は、毛皮を掻き分けないと見えない場合が多いのですが、
そこは経験豊富なベテラン、簡単に識別できるようです。

「チィィ…」
箱に投げ入れられ、顔をしかめたオスのベビンネ達の表情がひきつります。
オスを集めた箱の前には、鋭いハサミを持った若い衆が座っていたからです。
「よーし、大人しくしとけよ」
若い衆はベビンネを1匹つかまえると、無造作に股間をまさぐり、
可愛らしい小さな性器と睾丸を引っ張り出すと、ハサミでちょん切ってしまいました。

「チギャビャァァーー!!」
激痛に泣き叫ぶベビンネを、若い衆は隣にいる見習いに手渡しました。
見習いはベビンネの股間に傷薬を適当に塗ると、側の箱に放り込んでいきます。
この去勢作業は、雌雄を一緒の箱に入れた際に勝手に繁殖されるのを防ぐ措置です。
本来なら睾丸だけ除去すれば済む話ですが、手間がかかって面倒なので、
性器もろともまとめて切除し、傷薬で誤魔化すテキ屋が多いようです。

箱の中には痛みでのた打ち回るベビンネがどんどん増えていきますが、
横にいる数匹の回復係のタブンネがいやしのはどうを放つと、
泣きじゃくりながらも少しは痛みが引いたようです。
回復係のタブンネ達は猿轡と手錠を噛まされ、衰弱しきっていますが、
売り物にするベビンネの方が優先なので、死ぬまでこき使われます。

「チィッ!チィッ!チィィーー!!」「こら、暴れるんじゃねえ!」
恐怖に耐えかねた1匹のベビンネが、若い衆の手の中でもがいています。
若い衆は構わずにハサミをふるいましたが、手元が狂い、
性器と睾丸周辺の肉を大きく切り取ってしまいました。
「チギャッ!!」
ベビンネは一声叫ぶと体をビクンと震わせ、動かなくなってしまいます。
どうやら痛みでショック死してしまったのでしょう。

「マサ、まだまだだなあ。売り物は1匹でも無駄にするんじゃねえ」
「へい、すみません」
「ちょっと貸してみな、もっとリズミカルにやるんだ」
去勢作業を見ていたテキ屋の親方は、若い衆からハサミを受け取るとお手本を示します。

「それ」「チィ!」「それ」「チィ!」「それ」「チィ!」「それ」「チィ!」
親方は実にテンポよく、なおかつ素早く正確にベビンネの性器と睾丸を切り取っていきます。
薬を塗る係の見習いが、追いつかなくなるくらいの勢いで去勢が進みます。
「とまあ、こんな感じだ。わかったな」「へい、ありがとうございます!」
ハサミを返してもらった若い衆は、再び作業に取り掛かりました。
指導の甲斐あって、性器と睾丸を捨てる箱がたちまち一杯になりました。

一方、先程仕分けされたメスのベビンネ達ですが、中年のテキ屋によって
第二次の仕分けをされてゆきます。比較的大きい者、小さめな者、普通の者に分けてゆきます。
メスの用途はもっぱら食用で、この中年のテキ屋は加工担当の職人なのです。

加工職人は小さめなベビンネを分けた箱を持つと、作業場の一角に移動します。
そこにはガスボンベ式のコンロが2台置いてあり、その上には高さ30センチくらいの鍋が煮えています。
片方の鍋はドロドロに溶けた水飴、もう片方も溶けたチョコレートで満たされています。
これから「タブンネ飴」と「チョコタブンネ」を作るというわけです。

加工職人はベビンネを1匹掴み出すと、肛門に割り箸をグサリと突き刺しました。
「チギャァァー!!」
泣き喚くベビンネをキッチンバットの上に転がし、職人は次々と割り箸を突き刺してゆき、
そして10匹そろったところで、悲鳴を上げるベビンネをまとめて水飴の鍋の中に沈めてゆきます。
「チギ、ゴポ…」
密度の高い水飴の中とあって、悲鳴も聞こえません。
水飴の表面から突き出た割り箸の左右で10匹分の両足がバタバタ動き、尻尾も揺れていますから、
まだ生きてはいるようですが、わずかに気泡がコポ、コポと断続的に浮かび上がってくるのみです。

その間に職人は、今度はチョコレートの方に取り掛かります。
「チヒィィィィ!!」
水飴の中でもがく仲間の姿を見て、必死で抵抗するベビンネ達ですが、
それも空しく割り箸を刺されると、チョコレート鍋の方に沈められました。

そこまで終わると職人は、最初の水飴の鍋の様子を伺います。
もはや気泡はほとんど上がってこなくなり、ベビンネの足や尻尾の動きも大分鈍くなっているようです。
そこで職人は火傷防止のための厚いゴム手袋をつけると、割り箸を鍋から引き上げました。
全身水飴まみれのベビンネ達を、キッチンバットの上に置いてゆきます。

「フィイイ…フィイイ…」
もはや虫の息だったベビンネ達でしたが、辛うじて救い出され、必死に酸素を貪っています。
顔の周りに水飴がまとわりつき、目も開けられないような有り様ですが、
なんとか口の周りだけを拭って、懸命に呼吸しているようです。

その間に、チョコレート鍋の方のベビンネが弱ってきたようですので、
職人はそちらの10匹も引き上げて、キッチンバットの上に並べました。
同じようにチィチィと喘ぎながら、必死で口をパクパクさせて息を吸っています。

水飴組の方は何とか息も整ったようで、今度は逃げ出そうと試みますが、
全身が水飴まみれで、しかも割り箸が刺さったままとあっては、そもそも立ち上がることすらできません。
ひっくり返ったまま、手足をジタバタ動かすのが精一杯です。
職人はその様子を確認すると、そのベビンネ達をもう一度水飴の中に沈めていきます。
「ゴポァ…!」
弱々しい悲鳴が鍋の中へ消え、再びバタバタする足と尻尾を横目に、
職人は今度はチョコレート組を鍋に再投入しました。あとはこれの繰り返しです。

こうして絶命寸前で引き上げ、息をつかせてからまた鍋に沈めるという工程を5、6回繰り返し、
全員息絶えたところで陰干しにすれば、「タブンネ飴」と「チョコタブンネ」の出来上がりです。
子供でも齧れるように小さい固体を選び、こうして手間隙をかけてミィアドレナリンを十分抽出することで、
美味しい縁日菓子ができあがるのです。
早々と死なせてはミィアドレナリンが熟成されず、ただの生肉の味になってしまうため、
これは年季を経た加工職人でないとなかなか難しい、根気の要る作業なのでした。

加工職人は「タブンネ飴」と「チョコタブンネ」を50本ずつ作って陰干しにしたところで、
先程仕分けされた比較的大きいメスベビンネの箱の前に座り込み、胡坐をかきました。
箱の中のベビンネ達は、水飴漬けやチョコ漬けにされた仲間の悲鳴をさんざん聞かされ、
プルプル震えては抱き合ったり、涙を流したりしています。

職人はハサミを手にすると、その中の1匹の尻尾をつまんで持ち上げました。
「チヒィー!ピィィー!」
甲高い悲鳴を上げるベビンネの尻尾を、根元からバッサリ切断します。
「チビャアアアア!!」
床にボテッと落下し、激痛で転げ回るベビンネを別の箱に放り込むと、
次々とベビンネの尻尾を切り取っていきます。
さっきの若い衆より手慣れており、性器よりは切り取りやすい尻尾ということもあって、
あっという間に30匹ほどの尻尾を切り終わりました。

箱には蓋が閉められ、この一団に対する今日の作業はここまでです。
とりあえず命拾いはしたわけですが、タブンネにとっては命の次に大事な尻尾が切られてしまい、
痛みとショックでチィチィ泣き叫ぶ声は止みそうにありません。

もっとも、縁日まで寿命が延びたに過ぎず、この一団の用途はタブ焼きと決まっています。
醤油を塗られ、木の串を刺され、網の上で地獄の苦しみを味わいながら焼かれるのです。
今日行なったのは、焼く時に邪魔になる尻尾の切除作業でした。
薬臭くなるので、食用ベビンネには傷薬は塗られません。一晩もすれば再生力で傷は塞がりますから。
ついでに、切り取った尻尾は幸運のお守りと称して、アクセサリーとして売られます。

一方、傷薬といやしのはどうのおかげで、だいぶ痛みはやわらいだものの、
ショックでプルプル震えたりベソをかいたりしているオス、いや元オスのベビンネ達ですが、
彼らが入れられた箱の横に、別の箱が置かれるとぎょっとなりました。
そこには傷だらけで、あちこちに釣り針が刺さったたくさんのベビンネがチィチィ鳴いていたからです。

このベビンネは、「ミニタブ釣り」で運良く釣られることのなかったベビンネです。
しかし釣られなかったとはいえ、こよりの切れた釣り針が耳や口に刺さったままになっていたり、
釣り針で引っ掛けられた傷が大きく残っていたり、見るも哀れな有り様の者ばかりです。
特にやや大柄なベビンネは、たくさんの子供に狙われたせいか、両耳・口・尻尾にまで
針が残ったままで、へたりこんでぐったりしています。

さっきの去勢を担当していた若い衆がやってきました。
箱の中をざっとのぞきこみ、無傷だったり、比較的傷が目立たないベビンネを選んで、
去勢ベビンネの箱の中に放り込んでいきます。
新しい去勢ベビンネの一団とともに、再び「ミニタブ釣り」に送り出されるというわけです。

そして残ったのは、釣り針が刺さったり、傷物になったベビンネばかり。
選ばれずに残されたのが良い事なのか悪い事なのかわからず、不安そうにチィチィ鳴いています。
「おう、これは処分な」「へい!」
若い衆が言い渡すと、見習いは傷物ベビンネの箱を抱えて庭の方に行きました。
その先には焼却炉がありました。別の見習いが可燃性のゴミを放り込み、準備をしています。
傷物になったベビンネは焼却処分にされるのでした。

「チィッ!チィィーーーーッ!」
涙を流していやいやをする傷物ベビンネ達を、見習いは箱をひっくり返して残らず焼却炉に入れました。
さっき若い衆が切除した性器と睾丸の入ったゴミ箱も持ってきて、それもざっと流し込みます。
そして新聞紙にライターで火をつけて放り込み、鉄製の蓋を閉めました。
ほどなく焼却炉の煙突から、もうもうと煙が立ちのぼってゆきます。
「ヂィィィィィィィ!!」「ヂギャァァァァァァァァァ!!」

生きながら焼却される絶叫が、去勢ベビンネの一団の耳にも聞こえてきました。
「ピャァァァ…!」
耳を押さえ目をつむり、ガタガタ震えるベビンネ達。
そこへ加工職人がやってきました。仕分けした内の大きくも小さくもないメスベビンネ達の箱を持ってきて、
去勢ベビンネ達の箱の上でひっくり返しました。

「ピャァァァァ!!」
メスベビンネ達はころころと、箱の中に落下していきます。全部入ったところでこちらも蓋がされ、
去勢組&生き残り組と一緒に、「ミニタブ釣り」行きになるのでした。
このまま餌も与えられず、縁日の日まで保管されるのです。
この中で何匹が1ヵ月後、いや1週間後まで生きていられるのかは神のみぞ知るところでしょう。

縁日で子供達を喜ばせるために、こうしてベビンネ達は命を散らせてゆくのです。

(終わり)
最終更新:2015年02月18日 20:28