ブリーダー仲間の一人がバンドを結成した。
そのライブをやるから見に来てくれと頼まれた。
ペットとして飼っているタブンネに「お出かけしよっか?」と聞くと、
「ミッ♪」と鳴いて嬉しそうに尻尾を振っていた。
ライブとはいっても小さなライブハウスで何組かのバンドが順番に演奏していくタイプの小規模なものだ。
ライブハウスはまあまあ盛況といったところで、それなりに人が集まっている。
人の多さにタブンネは目を白黒させて……あれ? どこ行った?
「あー、タブンネがいるー」「ホントじゃーん」
「ミウゥ~」
知らない人に囲まれておろおろしていた。
どうも人の流れに巻き込まれたらしい。なにやってんだ。
タブンネを連れ戻し、自分用にコーラ、タブンネ用にサイコソーダを買う。
人間と比べると背の低いタブンネにも見えるように、最前列へと強引に移動する。
そろそろ始まるかな?
ライブはそれなりに盛り上がりを見せて進んでいった。
途中、機材が倒れたり、機械の故障によるハウリングがひどかったりといったトラブルはあったものの、
俺をふくむ観客は大いに盛り上がっていた。
タブンネは耳を押さえてうずくまっていた。
耳のいいタブンネにとって最前列はきつかったかもしれないな。
ちなみに、ブリーダー仲間は「ああっ、ピックがぁ!?」と見事にやらかし、会場から苦笑いを受けていた。
ひときわ歓声が大きくなる。
今日のメインのバンドの登場らしい。かなりの人気があるようだ。
演奏が始まると歓声はさらに大きくなり、一気に盛り上がっていく。
メタルかぁ。普段あまりきかないジャンルだけに新鮮な感じがする。
「ちょっと止めて」
突然、ステージで歌っていたボーカルの人が演奏を止めさせる。
どうしたんだと会場がざわめく。
「さっきから気になってたんだけど、そこのピンク」
視線の先には、相変わらず耳を押さえてうずくまるタブンネがいた。
そうだよなあ。自分たちが歌ってる時にこんな態度のやつがいたら腹が立つよなあ。
ボーカルの人がタブンネをステージに上げる。
「ミッ? ミッ?」
タブンネはかなり困惑しているようだ。
会場中から何が始まるのかとステージに注目が集まっている。
「せっかくライブに来てんだから、そんな丸まってないでタブンネちゃんも楽しもうぜ!」
会場のあちこちから「オォー」という声が上がる。
どうやら乗り切れてないタブンネのために特別に間近で演奏を聞かせてくれるらしい。
こんな機会めったにないぞ。よかったなタブンネ。
そして演奏が再開される。
「ミッヒャァァァァ!?」
ライブが終わって家に帰る。
タブンネはうつろな顔をしている。
うーん、間近で演奏を聞くのはやっぱりきつかったか。悪いことしたな。
「ごめんな、タブンネ」
そう言って頭をなでてやると「ミィ…」と無理をしているのがわかる笑顔を向けてくる。
……そんな顔されたらしょうがないな。
「よし! おいしいもの食べて帰ろう!」
「ミィッ♪」
今度は心底うれしそうな顔で、尻尾をふりながら抱きついてくる。
タブンネの歩くペースに合わせながら、とある場所に向かうことにした。
店内に入ると客はほとんどいない。まあ、当然だ。
カウンターに行き「オレン風味の炊き込みオボン」を注文する。どっちだよ。
タブンネといっしょに特等席で料理が来るのを待つ。
……さて、いまのうちに耳栓の用意をしておこう。
料理が運ばれてくると、タブンネはキラキラと目を輝かせていた。
普段、おみやげとして買っていくこの店の食べ物はタブンネの大好物なのだ。
タブンネが食べ始めて5分ほどたったとき、俺たちの目の前のステージに1匹のポケモンが上がる。
この時間の店内BGM担当のバクオングだ。
この店に来る人間はそのことを知っているから、この時間は店内が閑散とする。
タブンネは「嘘だよね?」という顔で俺を見てくる。
耳栓をつけた俺はにっこりと微笑んでやる。
「ウガァァアッァァァアッァァァ!!」
「ミュッヒィィィィィィィィィィ!?」
バクオングのハイパーボイスとタブンネの絶叫が素敵なハーモニーを奏でる。
やっぱバクオングの声は素敵だね。
店を出るとタブンネの顔からは血の気が引いていた。
足取りもふらふらとおぼつかない。
「ホントにごめんな、タブンネ」
そう言ってやると、涙目で、無理やり作った笑顔を向けてくる。
その顔が見たかったんだよ。
そういう顔されたら、もう一度その顔を見たくなるのはしょうがないことだよね。
「……タブンネ、特別ミュージカルを観て帰ろうか?」
「ミッ!?」
(おしまい)
最終更新:2015年02月18日 20:32