互いに剣をぶつけ合い、馳せ違い、素早く振り向いてまた剣を叩き付け合う。
先程までの、会話を交えつつの緩やかな闘いとは打って変わって、柳生宗矩と
倉間鉄山の動きは激しいものとなっていた。
共に気力と体力を消耗し、既に会話する余裕も舞う余力も残ってはいない。
決闘の終りが近い事を悟った二人は、残った力を振り絞って斬り結ぶ。
だが戦いの最中、ふと鉄山の足が止まる。
まだ疲れた訳ではなく、己が何時の間にか
明楽伊織の屍の間近に居る事に、いや、宗矩にそう誘導された事に気付いたのだ。
この位置では明楽が立ち回りの妨げとなるが、仲間の身体を跨いだり踏み越えるのは鉄山としては抵抗があった。
状況をどう立て直すか……だが、鉄山に迷う暇も与えず、宗矩が必殺の剣を振り下ろす。
素早く身をかわす鉄山だが、宗矩の剣の軌道は明楽の死体へ向かっており、咄嗟に鉄山は剣を出してそれを防ごうとする。
ある意味では、それこそが会話や負傷により鉄山の気力が消耗している何よりの証拠。
今更、宗矩の目的が死者を辱める事にある筈もなく、振り下ろされる剣は中途で軌道を変えて鉄山のがら空きの腹を薙ぐ。
「む!?」
咄嗟に鉄山は大きく跳躍して難を逃れるが、それこそが宗矩の目論見。
鉄山の上への跳躍によって二人の間合いは大きく離れ、落下によって再び近付く。
この状況ならば片手斬りによる迎撃が妥当な選択となり、片手斬りならば片腕の傷による制約は極小となる。
傷による不利が消え去る一瞬の好機に勝負を決めてしまおうと、宗矩は必殺の一撃を放とうと構え……慌てて身体を傾ける。
空中に居る鉄山が剣を構え直しつつ、空いた手で鞘を投げ付けて来たのだ。
無論、宗矩とて鞘を飛ばす手を予想していなかった訳ではないが、予想外だったのは、飛来する鞘の凄まじい勢い。
甘んじて受ければかなりの痛手となるし、片手斬りで鞘を払えば勢いを殺がれて剣撃へ対応できなくなるだろう。
それで仕方なく身を傾けて避けたのだが、そんな不安定な体勢からの一撃で鉄山を仕留められる筈もなく、鉄山は無事に着地。
どうにか体勢を立て直して宗矩だが、鉄山の気勢の乗った構えを見て、性急な仕掛けを断念した。
鉄山はゆったりと剣を回し、それと共に剣に込められた力が増して行くのが感じられる。
まるで、天地宇宙と一体化してその力を剣先に集中させているかのように……
既にかなり力が溜まっているようであり、下手に妨げるのはむしろ危険と宗矩は判断し、自身も気力を高め直す。
鉄山の剣からは凄まじい力を感じるが、これだけ力が籠もると超重量の大剣のようなもので、そう自在には扱えない筈。
溜まった力を完全に制御するなら、おそらくは上段からの振り下ろし一択。
つまり、回転する剣が頂点に達した時、鉄山は仕掛けて来るという事。
そう読んだ宗矩は、気息を整え、拍子を読んで鉄山の振り下ろしに合わせて自身も渾身の一撃を叩き付ける。
二人の剣が真っ向から衝突し、やはり剣勢で劣る宗矩の剣が折られ、剣尖が飛ぶ。
とはいえ、この結果も宗矩の予測の内。
折られる事を計算して軌道を調整していた宗矩の剣先は、折られた勢いで鉄山の顔を目掛けて飛んで行く。
鉄山は即座に顔を傾けてかわすが、その動きで剣の勢いは失われ、宗矩はそこに己の剣を絡ませ、軌道を逸らして振り切らせた。
下段に振り切った鉄山の剣を、宗矩の剣が上から押さえ込む。
だが、片腕に重傷を負った宗矩が長く鉄山の剣を抑えておける筈もなく、また宗矩にその意図もない。
宗矩の剣は己の剣を跳ね除けようとする対手の力をも己のものとして跳ね上がり、鉄山の剣もすぐ後を追う。
出発の時点では宗矩が先だが、折れた剣で存分に斬る為に大きく踏み込まねばならず、その分だけ鉄山の剣に近付く事になる。
どちらの剣が先に相手を切り裂くか、それとも相討ちか、全ては二人の剣客としての技量で決まる……そう思われたのだが。
「待て!」
思わず宗矩が叫ぶが、そんな事は無意味。
宗矩の言葉が音に変換され周囲に響く頃には、既に三日月宗近が切り上げの途中でのめった鉄山を切り捨てていた。
「……」
無言で佇む宗矩の傍には、倒れた倉間鉄山の躯。その背には折れた剣尖……先程、宗矩が飛ばして避けられた物である。
かわされても旋回し戻って来て敵の背を刺す特殊な投法を宗矩が使った、という訳では勿論ない。
近くで決闘を見守り、外れた剣尖を掴んで鉄山を目掛けて投げ付けた者が居たのだ。
決闘の最中に第三者の横槍、しかもそれで決着が付いてしまうなどという事態は、決して宗矩の望むところではなかった。
だから思わず制止の声を上げてしまったのだが、剣はこの好機を逃さずに鉄山を斬ってしまう。
如何なる理由で生まれたものであろうとも、敵に隙を見出したのならば、そこを衝くのは剣客として最低限の礼儀。
宗矩はそう思ってしまうし、である以上は如何に不本意な展開であっても、剣を止める事など出来はしない。
父の遺志や家族を守る為に他流との立ち合いを避けていた頃と同様、この生真面目さが宗矩の剣客としての充足を妨げていた。
「……友矩か。忠長殿は亡くなられたか?」
宗矩は決闘を邪魔された事については触れず、潜んでいた己の子、友矩に話し掛ける。
「はい」
興味なさげに答える友矩の懐には、徳川家光の頭蓋で作られた盃。最早、仇であった忠長の事など忘れたのだろうか。
「そなたはどう致す。宗冬を助けるか?」
次期将軍が内定していた忠長と、黒衣の宰相として重きをなしていた天海の突然の死。
戦国の気風はかなり薄れているとはいえ、これから幕府が大きく揺らぐ事は間違いない。
政権の混乱は躍進の為の好機ともなり得る訳で、こうなる事を宗矩に知らされていた宗冬は今頃、その為の準備をしている筈だ。
宗冬は決して暗愚ではないが、親の目から見れば頼りない面もあり、友矩が傍で支えてくれれば安心できるのだが……
「いえ」
友矩の声と同時に、刀が打ち合う音が響く。
跳躍して斬り付けて来た友矩の一撃を、宗矩が折れた刀で辛うじて防いだのだ。
「以前、上様が仰せられました」
宗矩から跳び離れると、友矩は遠くを見つめる眼差しをして呟く。
「友矩の剣は美しい、父上よりも、兄上よりも、天下の如何なる剣客よりも優ると」
言って愛おしそうに盃を撫でる友矩。
ここで言う上様とは、忠長では無論なく、前将軍であり友矩と深い仲であったと噂される家光の事であろう。
「ですから、私は上様の眼が確かであった事をこの地で証明し、それをもって上様への供養と致します」
確かに、友矩も相当の剣客ではあるが、父や兄に優る、まして天下一などというのは愛人ゆえの贔屓目と取るのが普通の考え。
友矩自身もそれくらいは自覚しているが、無双の剣客が集う御前試合に優勝する事で家光の言葉を真実にしようというのだ。
呪殺される家光に対して何もできなかった事が、無謀とも言える過剰な供養を友矩に決心させたのか。
「父上がこの先も勝ち残れば、いずれお命を頂く時が来るでしょう」
それだけ言うと友矩は宗矩に一礼して姿を消す。
「……そうか。では、いずれ」
思う所は色々とあるだろうが、宗矩はその一言だけを答える。
宗矩は既に家を捨てて一介の剣士となっており、子がどんな生き方を選ぼうとも口出しのできる筋合いではない。
彼等が剣客として生き、その道が自分の進む道と交わるのならば、全力で相手をするのみ。
御前試合主催者たる忠長が死んだとなれば、最早この地で剣客の訪れを待つ意味もなく、宗矩は対戦相手を求めて歩き出す。
心中に蟠る諸々の感情を押し殺し、己の思う剣士としての道を歩もうと努めるのだった。
【倉間鉄山@バトルフィーバーJ 死亡】
【残り三十五名】
【へノ壱 森の中/一日目/午後】
【柳生宗矩@史実?】
【状態】腕に重傷、胸に打撲
【装備】刀(銘等は不明)
【所持品】「礼」の霊珠
【思考】
基本:出会った剣客に勝負を挑む
柳生兵庫助が振り下ろす剣を受け止める
徳川吉宗だが、大剣の圧力に抗しきれず僅かによろめく。
更に振り下ろしの勢いを活かして剣を回転させ柄で突き、すぐさま柄に身体を寄せての横薙ぎ。
柄打ちを受け止めて手が痺れた吉宗は、続く横薙ぎを地に転げて辛うじてやり過ごす。
間合いと重量に優れた大刀による連続攻撃を、吉宗は持て余していた。
正午に響いた主催者の声に気を取られた隙に仕掛けられ機先を制せられたのもあるが、より大きいのは兵庫助の変幻自在の攻め。
剣士との対戦経験は豊富だし尾張柳生の剣も熟知している吉宗だが、兵庫助は槍術や新当流の薙刀術まで駆使して攻めて来る。
加えて、超重量武器を振るいながら兵庫助の動きは止まる事なく、前の一撃の慣性力を利用して加速し続けていた。
いずれ凌ぎ切れなくなる事は自明だが、兵庫助が動き続けているのには剣の重量故に止まれば再始動が困難という事情もある筈。
そして、相手が勢いを殺さぬよう動き続けなくてはならないとわかっていれば、上手くやれば移動方向を誘導する事も可能。
どうにか大太刀をかわしつつ場所を変え、吉宗は近くの大きな木の陰に入り盾とした。
一時でも兵庫助の動きを止め、再び加速する暇を与えずに斬り込む戦術だったのだが……
「!?」
兵庫助は止まるどころか更に加速し、木など存在しないかのように切り裂き、陰に居る吉宗を狙う。
袂を斬られつつどうにかかわした吉宗は、続く一撃もどうにか受け止めるが、剣の保持が甘くなったのを兵庫助は見逃さない。
流れに沿って動かしていた大太刀を急に切り返し、不意を衝かれた吉宗の剣は、横に弾かれ、倒れつつある木に突き刺さる。
一度大太刀を止めた兵庫助はゆったりとそれを持ち直し切り下げるが、倒木に深く刺さった吉宗の剣は容易には抜けず……
「ほう……。それで、この後どうされる?」
剣を抜くのが間に合わないと見て、咄嗟に刀を手放して兵庫助の太刀を白刃取りで防ぐ吉宗。
だが、兵庫助の言う通り、問題はこの後。
真剣白刃取りは無刀取りの一手ではあるが、一撃を防いだ後の処置に難のある技。
相手が格下の剣士ならばともかく、腕が同等なら刃を手で挟んで保持する自分よりも、柄を握る敵の方が有利なのは当然。
咄嗟の場合に一撃を凌ぐ貴人の護身術としてはそれでも良かろうが、今の吉宗には助けに入る御庭番も仲間も居ない。
それでも必死に堪えていると、いきなり剣が強く引かれてもぎ取られる。
このまま競り勝っても致命傷は負わせられないと見た兵庫助が、倒木に刺さった吉宗の剣を踏み台にして高く跳んだのだ。
兵庫助が圧倒的に有利な状況を捨てた事を訝りつつも、渾身の力を籠めて自分の刀を引き抜く吉宗。
だが吉宗が剣に意識を集中させたその瞬間、兵庫助の大太刀が予想よりも早く突き込まれた。
兵庫助が空中から太刀を飛ばして来たのだ。
真剣勝負の経験は豊富な吉宗だが、普段は御庭番などに守られている事もあり、飛び道具への対応は得手とは言えない。
今回も辛うじて回避するものの完璧ではなく、吉宗の身をかすめた達はその袖と袴を貫いて地に縫い付ける。
そして、間髪入れずに鞘を構えた兵庫助は空中から吉宗に叩き付けた。
「くっ!?」
片手足を封じられた吉宗は、やむなく片手斬りで鞘に対抗するが……予想よりも遙かに軽い手応えに、漸く兵庫助の意図を悟る。
鞘の一撃は吉宗に片手で剣を振るわせる為の見せ太刀。
剣と鞘が接触する瞬間に兵庫助は鞘を放し、決死の一撃を空かされて流れた吉宗の手首を掴み、瞬時に刀を奪う。
兵庫助の意図が奪刀にある事を見抜いていた吉宗が、抗うどころかどう取られたのか理解すら出来ない程の神業。
上泉伊勢守が考案し、柳生石舟斎が編み出した無刀取り……完成させたのは尾張柳生だと言わんばかりの妙技。
白刃取りを見せた吉宗により洗練された無刀取りを使う事で、こちらこそが新陰流の正当だと誇示しているのだろうか。
そのまま吉宗が剣を奪われ空手になった腕を引き戻す間も与えずに、手にした剣を突き込む。
対する吉宗も、力任せに袖を引きちぎって自由になった手を振り翳し……
武器を振られる直前、吉宗の手刀が手首を打ち、衝撃で武器が飛ぶ……鎌が。
そして次の瞬間、兵庫助の剣が、鎌の持ち手……乱入し兵庫助に斬り付けようとした曲者を両断し紙人形へと返す。
「果心の式神か」
それが何故ここに現れ、どうして兵庫助を襲ったのか、それはどうでも良い事。
問題は、乱入者の存在に吉宗の方が先に気付き、咄嗟に兵庫助に使おうとしていた手で兵庫助を助けた事だ。
手刀で手首を打って刀を落とさせる……兵庫助の技に比べれば粗雑だが、これも無刀取りの一つの型。
乱入者の不意打ちを受けた状況でこれを使われたなら、兵庫助も刀を取り落していた可能性は否定できない。
故に、曲者を斬った返す刀で吉宗を斬ろうと思えば斬れたかもしれないが、兵庫助はそれを試みはしなかった。
余計な邪魔が入った事で、ここで吉宗を斬っても勝ったとは言えないと考えたからこそ。
無論、周囲の状況変化や相手の予想外の行動をも利用してこそ兵法であり、何が起きても構わず敵を討つべきとも言えよう。
だが、敵に斬られるかどうかの瀬戸際で、咄嗟に第三者の乱入から勝負の相手を庇ったのは、吉宗の貴人らしい気高さの顕れ。
そして、この誇り高い人格の形成にあたっては、為政者の為の剣と化した江戸柳生の修練が少なからず寄与している筈。
なのに返礼する事なく吉宗を斬ってしまったとして、兵庫助はとても吉宗に勝ったと胸を張っては言えない。
貴人の剣と化した江戸柳生を真の意味で剣者の剣たる尾張柳生が打ち破るべき時機は、もう少し後だという事だろう。
「続きはまたの機会に致しましょう」
それだけ言うと、兵庫助は吉宗に一礼し、踵を返す。
「何処へ参られる」
「こちらには縁のある者が幾人か来ており、また約定を交わした者もありますれば、一応、挨拶をして参ります」
吉宗の問い掛けに簡単に答え、刀を返して大太刀を引き抜くと兵庫助は歩み去る。
彼の言う「挨拶」がさぞや剣呑なものであろう事は察しがついたが、吉宗は兵庫助を止めも追いもしない。
主催者の討伐に向かった仲間の事が心配だったのもあるが、何より一剣士としてこの先達への強い敬意を吉宗は抱き始めていた。
兵庫助と再会した暁には恥かしくない動きを見せねば、などと頭の隅で考えつつ、吉宗は仲間の後を追う。
【にノ陸/街道/一日目/午後】
【柳生利厳@史実?】
【状態】健康
【装備】柳生の大太刀
【所持品】「義」の霊珠
【思考】基本:?????
一:呂仁村址に戻り、そこに居た者と勝負する
二:新陰流の関係者や剣友に会う
【徳川吉宗@暴れん坊将軍(テレビドラマ)】
【状態】健康
【装備】無名・九字兼定
【所持品】支給品一式
【思考】基本:主催者の陰謀を暴く。
一:小兵衛や妖夢と合流して手助けする。
【備考】※御前試合の首謀者と尾張藩、尾張柳生が結託していると疑っています。
※御前試合の首謀者が妖術の類を使用できると確信しました。
※
佐々木小次郎(偽)より聖杯戦争の簡単な知識及び、
秋山小兵衛よりお互いの時代の齟齬による知識を得ました。
睨み合い、殺気をぶつけ合いつつ、少しずつ位置を変えて行く
近藤勇と
土方歳三。
やがて、立会人の
沖田総司を間に挟んだ位置で制止。
これは近藤が沖田を連れているのを見た瞬間から土方が目論んだ位置関係であり、つまり位置取りでは土方の勝ちという事。
もっとも、それは沖田自身が二人の殺気をもろに浴びられるこの位置を望んだ為というのも大きいが、そこも土方の計算の内。
敵の土方だけでなく、沖田までが半ば無意識に己を二人の中央に置こうとするのでは、近藤に打つ手はなかった。
沖田を間に挟んだまま二人は近付き、土方が先んじて突きを繰り出す。
沖田の顔目掛けて突き出された剣は、寸前でかわした沖田の横をすり抜けて近藤へ向かう。
それをいなしての近藤の反撃は、初めから沖田の身体を避けており、回り道の軌道を描く剣を土方は簡単にかわす。
ここも土方の予想通り、近藤は沖田を危険に曝す事を極力避けようとしている。
おそらく、自分と土方が相討ちになっても、沖田が見ていれば自分達の技は受け継がれる、というのが近藤の意図なのだろう。
だが土方は、沖田も含む全員がこの場で死に、全ての技が永遠に喪われても構わず、ただ全力を尽くすと思い定めていた。
更に剣撃の応酬を続ける二人だが、沖田を盾や目隠しとして利用する土方が優位に立つ。
追い詰められ、焦れた近藤は、遂に大きく跳躍、沖田を飛び越えて上空から土方に襲い掛かる。
動きのままならない空中からの攻撃、となれば、地上に居る土方の方の動きも抑えなければ、近藤に勝機は無い。
近藤の気合が高まり、今にも放たれようとするのを感じつつ、土方は全身の力を抜く。
やはり気組みにおいては近藤が大きく勝っており、気迫をぶつけられれば一瞬失神するのは避けられないだろう。
だが、意識を失ったからと言って、必ずしも全く闘えなくなる訳ではないのだ。
睡者が無意識に蚊を叩くように、喪神していても、身体を無意識に動かして敵を斬る事は不可能ではない筈。
無論、蚊ではなく剣では、身体に触れてから反応していては遅すぎる。
剣風を肌に感じてから反応したとしても、とても間に合うまい。
ならば、近藤の殺気を未発の内に感じ取り、先んじて剣を振るうしかないが、その点に関しては土方に成算があるのだ。
この島に来る、土方の体感時間では直前、彼は無数の殺気に取り巻かれつつ戦い、その一つが齎した銃弾によって斃れた。
不可思議なる術で傷は治ったが、身体はまだその時の感覚をはっきりと覚えている。
自身の死は生物が生きて体験する筈のない事象であり、それだけに印象は強く、この島に来て以後、殺気への反応は早くなっている。
その過敏さが近藤の気合術への抵抗を難しくしている面もあるが、この際それは仕方ない。
意志で身体を制御する事は放棄し、二度目の死を避けんとする生存本能に全てを委ねるのが、対気合術用の土方の戦略だ。
全身の力を抜いた次の瞬間、近藤から強烈な気合いが発せられ、土方の意識が飛ぶ。
そして狙い通り、近藤の殺気に応じて土方の身体が自然と動き……別の方向から来た刃に存分に切り裂かれた。
「…………」
近藤は、今しがた己が斬り捨てた土方歳三の屍をじっと見つめていた。
そう、まさに近藤は朋友である土方を斬り「捨てた」のだ。
近藤が、自分の気合術に瑕疵があると知らされたのは、
芹沢鴨と出会い、刀を交換した直後の事。
不意打ちを仕掛けて防がれた近藤は、芹沢の動き出しが以前よりも一拍だけ早くなっている事に気が付く。
その表情を見る限り、不意打ちに気付く前に身体が動きだし、その後で芹沢は初めて近藤の斬撃に気付いたかのような……
一方で、如何に近藤が気組で卓越しているとはいえ、殺気を浴びてあっさりと圧されたのは芹沢らしくない。
また、らしくないと言えば、近藤も、無手の老人の気術に翻弄されるなど、天然理心流の師範としてはらしくない場面があった。
昨夜から胸の奥に燻っていた違和感と目前の光景への疑問が結び付き、近藤は自分達が殺気に敏感になっていると、悟ったのだ。
この島に来て急に敏感になったとすれば、自分と芹沢に共通する原因としてまず考えられるのは、斬死という体験。
自分達の殺気への感受性の増加が暗殺や処刑によって引き起こされたのだとすれば、土方はそれ以上に鋭くなっているだろう。
己の亡き後、新選組の名を一身に背負った土方は、必ずや後の語り草になるような華々しい死を遂げられるよう工夫した筈だから。
一人の刑吏の殺気を受けただけの自分や、相手が一流の剣客ばかりだったとはいえ泥酔した状態で討たれた芹沢がこうも鋭くなるなら、
おそらくは戦場で無数の敵と渡り合った末の死を選んだであろう土方の気に対する感受性はどれだけ磨かれた事か。
そして、気を探る感覚が十分に鋭い相手には、単に意識を奪うだけでは戦闘力を減退させる効果は低いかもしれない。
つまり、近藤の気合術は、まともな相手ならともかく、黄泉還りが多く呼ばれたこの御前試合では不完全なのだ。
そこで近藤は已むを得ず、以前から考えていた殺気を伴わぬ剣を使う事とし、その為に芹沢に頭を下げてまで、沖田を立会人とした。
俗に、人一人斬れば初段、三人斬れば三段、などと言われる事がある。
さしたる相手でなくとも、とにかく真剣で人を斬殺する体験が、剣士にとって相当量の修行に匹敵する糧となるというのだ。
真剣で人体を斬る事の難しさ、道場の試合と殺し合いの進退の違いもあるだろうが、それだけではない。
例えば軽捷な獣は心得のない人間より討つのが難しいが、百人を殺した人間には百の獣を狩った猟師にはない凄味が備わる。
群れで生きる事を本分とする人には、同じ人間を殺す事への本能的忌避が備わっており、それをねじ伏せるのが一種の修練となるのだ。
だが一方で、斬人を特殊な事と見なす心理が殺気を強め、敵に仕掛けを察知され易くしている側面もあるだろう。
逆に相手が自分と同じ人である事を忘れ、熟練の料理人が魚を捌く時のように、乙女が花を摘む時のように殺気のない剣を放てれば……
幕末の動乱の中、暗殺剣の一つとして考えた事のある一手だが、その時は採用しなかった手でもある。
気組みを重視する天然理心流の剣士にとってそれは邪剣でしかなく、気のない一撃では力が乗らず、不意を衝けても倒すには至るまい。
しかし、気合術と併用し、相手が意識もなく本能的に殺気に反応するだけの状態になっていれば話は別。
かくして、近藤は天然理心流の秘奥である気合術と、天然理心流の剣理に真っ向から反する剣を併せて用いる事を決めた。
そして、そんな剣を親友の土方に使うにあたって、近藤がどうしても必要としたのが沖田総司。
敵に気を向けずに斬るとは、要は草を刈るように虫を踏み潰すように相手を殺すという事。
生涯の友にそんな死に方をさせるのはさすがの近藤も忍びなく、自分に代わり万感の思いを込め土方を見送ってくれる者を欲したのだ。
沖田の、いつも通りにこやかな顔に表れた、師である近藤にとっては明瞭なさざ波を見れば、彼を呼んだ目的が果たされたのは確実。
だがやはり、そんな代償行為では自分が親友を虫けらのように殺してしまった痛みが消えはしない。
と言ってこんな殺し方をした自分に友の死を悼む資格があるとも思えない近藤は、ただその骸の傍らに立ち尽くしていた。
土方の側に近藤を残し、沖田はそっと歩み去る。
本音としては、二人の先達の死闘によって喚起された興奮に任せ、近藤に挑みたいところだ。
だが、長年の友を斬った余韻に浸っている近藤の事を思えば、しばらくはそっとしておくのが礼というものだろう。
沖田は、近藤を土方と二人きりにし、ひとまずは遠くに感じる剣気を目指して進むのだった。
【土方歳三@史実 死亡】
【残り三十四名】
【はノ伍/街道/一日目/午後】
【近藤勇@史実】
【状態】軽傷数ヶ所
【装備】虎徹?
【所持品】支給品一式
【思考】基本:この戦いを楽しむ
一:強い奴との戦いを楽しむ (殺すかどうかはその場で決める)
二:老人(
伊藤一刀斎)と再戦する。
【備考】死後からの参戦ですがはっきりとした自覚はありません。
【沖田総司@史実】
【状態】打撲数ヶ所
【装備】無限刃
【所持品】支給品一式(人別帖なし)
【思考】基本:過去や現在や未来の剣豪たちとの戦いを楽しむ
一:しばらく近藤を一人にしておく
【備考】※参戦時期は
伊東甲子太郎加入後から死ぬ前のどこかです
※桂ヒナギクの言葉を概ね信用し、必ずしも死者が蘇ったわけではないことを理解しました。
※石川五ェ門が石川五右衛門とは別人だと知りましたが、特に追求するつもりはありません。
最終更新:2014年04月03日 22:37