坂田銀時は全力で駆けていた。
目指すは城下にある破壊された商家……だが、実はそこに急いで駆け付けなければならない理由が特にある訳ではない。
御前試合の主催者達が試合の様子を見物するのに使っていた鏡に映された光景が真実ならば、志村新八は既に死んでいるのだから。
今から駆け付けたところで銀時には死者を活かす技などないし、闘いが終って久しい商家に未だ仇が残っている筈もないだろう。
銀時が全力疾走しているのは本当は急いでいるからではなく、ただ新八の死を知った事による激情が引き起こしたもの。
故に、別に何か銀時の目標となるようなものが見付かれば、その足はたちどころに疾走から静止に変わる。
「よう、姉ちゃん……いや、柳生友矩だったか?」
銀時が立ち止り見据える先の物陰から現れたのは、侍女に化けて御前試合主催者徳川忠長に侍っていた剣士。
その正体が柳生友矩という剣客らしい事は忠長の最期の言葉や芹沢達の話から聞き知っている。
友矩が主催者陣営の中でどのような役割を果たしていたかは銀時には知る由もない。
ただ、死に行く忠長への態度を見れば忠長に心服していた訳では全くない、という事くらいは想像がつく。
ならばまずは穏健に話をするという選択もあった筈だが、今の銀時の精神状態でそれは無理な相談。
近付いて来る友矩に対し、腰に差していた木刀を威圧的に抜いて見せる。
結局は、それが銀時を救う事になった。
ある程度まで距離を詰めた友矩は、いきなり跳躍して銀時に切り付けたのだ。
幕府の暗部をも担う柳生家の一員として、隠密働きの為に伊賀に由来する忍びの技をも身に付けていたからこその身軽さと俊敏さ。
そして何より、殺気どころか気配すらも薄めたままの攻撃が友矩の急接近に対する本能的な反応を遅らせる。
銀時があらかじめ木刀を構えていなかったら無傷では済まなかっただろう。
「ちいっ」
銀時は心中の苛立ちをぶつけるように、荒々しく友矩を迎え撃った。

元々、銀時の剣術は行儀の良さとは無縁だが、特に今は気持ちのささくれが剣の荒々しさを更に増す。
だがその嵐のような攻撃を、友矩は柳がしなるように凌ぎ、受け流して反撃する。
「てめえ、本当に柳生か!?」
友矩と自分の知る柳生家の者達との剣筋の差を感じ、そして己の攻撃が往なされ続ける事への焦りから銀時は思わず毒づく。
「貴方と私の故郷は異なる歴史を歩む異なる世界。同じ柳生であっても剣には違いがあります。そして……」
今まで気迫を敢えて隠して静かに戦い、言葉すらも淡々と発していた友矩が、ここで僅かに語気を強める。
「そして、貴方の世界の柳生に勝った貴方を討つ事で、どちらが真の柳生であるかを此処に示します!」
強い気迫は力を生むが、同時に力みと堅さにも通じるもの。
友矩の決意表明がそのしなやかさを損なう方向に働くのを察した銀時は、体を大きく回転させて渾身の一撃を叩き込む。
「何ィ!?」
木刀が友矩に命中したと見えた瞬間、銀時は手応えのあまりの軽さに危険を感じて咄嗟に跳躍。
空中で一転して着地した瞬間、その背から血が噴き出す。
「くっ」
かなり深い傷……あと僅かでも跳躍が遅れるか位置がずれていれば致命傷になってもおかしくなかった程の。
「真の柳生だと……」
あの時、銀時の木刀は確かに友矩にヒットした。
だが、友矩はその瞬間に剣撃と同じ方向に跳躍して衝撃を受け流し、剣を振り切った隙を衝いて攻撃して来たのだ。
そもそも、どんな剣士でも攻撃の直後には隙が生じるもの。
だからこそ剣客は相手の攻撃を紙一重で躱し、或いは紙一重の間合いを稼いで攻撃を当てる技を研鑽する。
しかし、攻撃を当てられてもダメージを受けず即座に反撃できるのならば、そんな技術を無意味化する程の切り札となり得よう。
相手の剣を瞬時に見極める剣客の眼と忍び並の身軽さの合わせ技……友矩の父への己こそ無双の剣客との宣言には相応の根拠があった。

踏み込んで来る友矩に対して再び剣を振るう銀時だが、その攻撃に先程までの勢いはない。
何せ、一撃を当てたとしてもそれを無効化し反撃し得る技を友矩は持っているのだ。
強力な攻撃が相手を倒すどころか自身に大きな隙を作る事にしか繋がらないとあっては、銀時が怯むのも無理ないだろう。
だが、反撃に備えて手控えた攻撃では友矩を止められる筈もない。
銀時の攻撃の合間を縫って放たれた友矩の一撃が、銀時の肩に深々と突き立つ。
そして更なる一撃に移ろうとした友矩の動きは、銀時が咄嗟に筋肉を締めて刺さった刀を抜くのを妨げた事により、一瞬だけ止まる。
この一瞬の隙を銀時が見逃す筈もなく、放たれた強烈な一撃により友矩は吹き飛んだ。

「くっ」
どうにか立ち上がる友矩だがダメージは大きく、足元がふらつく。
先程、友矩が木刀の一撃を無効化したのは、銀時の攻撃の流れに身を委ねる事で衝撃とエネルギーを自らを損なう事なく発散させた為。
だが今回は、刺さった剣を銀時に抑えられた為に木刀の力に逆らう事を強いられ、ダメージを打ち消しきれなかったのだ。
「やっぱりそうか」
肩を抑えて蹲りながら言ってにやりと笑う銀時を見て、友矩は歯噛みした。
この闘いで初めて有効打を与えられた銀時が笑うのは無理ないとしても、直前に友矩が付けた肩の傷も相当の物。
如何に銀時がタフでも、相手の一撃を敢えて受けて反撃の機会を作るなどという無茶はそう何度も出来まい。
差し引きすれば友矩の優位は揺らいでいない筈なのだが、友矩の心中には焦りが生じ始めている。
焦りの原因は、今の攻防に如実に現れた判断力の差。
銀時は相手の一撃を受けながらも、瞬時にそれを反撃に結び付ける戦術を思いつき実行した。
対する友矩は、本来ならば銀時が木刀を繰り出した瞬間に刀を手放して躱すのが最適手であっただろう。
重傷を負った状態で渾身の一撃を繰り出せばどんな剣客でも直後はまともに動けなくなるのは不可避。
あの一撃を無傷でやり過ごしさえすれば、一度は手放しても銀時から剣を回収する機会はいくらでもあった筈だ。
しかし、友矩はあの一刹那ではそこまで考え付かず、自身の剣に固執してまともに木刀を喰らう事になった。
無論、一瞬にも満たない時間で精密な戦略を考え付くのは通常ならば不可能事ではある。
だが銀時と戦っているのが友矩ではなく、父や兄であればどうだったか。
精緻な頭脳で、或いは野獣の如き勘で、瞬時に選ぶべき行動を正しく掴んだのではないかと、友矩には思えるのだ。
そして、この一瞬の判断力こそが、天下無双を争う超一級の剣客と、凡庸な剣客とを分ける決定的な差なのではないかと。

この御前試合は真剣勝負により天下無双の剣客を選び出し、蠱毒により無双の剣客を真に究極の存在と為す為の儀式。
当然、参加者にはあらゆる世界の中から無双の剣客たるを競うに相応しい化け物ばかりが集められている。
兄十兵衛や尾張の厳包はこの見方によっては栄誉ある参加者として選ばれたが、友矩は選ばれなかった。
正規の参加者以外にも宗矩や石舟斎や利厳は御前試合を掻き回し補完する存在として途中から参加したが、友矩は違う。
彼がこの島に来たのは、主催者の名目上の首領である徳川忠長が、兄への意趣返しとして友矩を侍らせる事を強く求めたから。
無意味に忠長を荒れさせるのを厭うた果心居士が友矩を連れて来る事を提案し、宗矩がそれを呑んだに過ぎない。
そうでなければ今頃、弟の宗冬と共に主を失った幕府を建て直し混乱の中で柳生家を守ろうと奮闘していた筈だ。
忠長も果心も、宗矩ですら、友矩を御前試合の参加者達と伍して腕を競う程の存在とは認識していなかった。
「それでも……」
友矩は懐から杯を取り出す。
無惨に殺された上に頭蓋を杯に加工され金箔を貼られた友矩の想い人、徳川家光。
その家光への供養こそが、今の友矩の唯一の行動原理だ。
「もうやめねえか?オレも他に行く所があるしな」
哀しげに杯を見詰める友矩に銀時が提案するが、友矩は無言で首を振る。
「たとえ、世間の者が、妖術使いが、父上が認めなくても……私自身にさえそう思えなくても!」
友矩は絞り出すように叫ぶ。
「上様が私こそが最高の剣士と言い遺された以上、私はそれを真実にしてみせる!」
家光への強い思いによって自らを鼓舞すると、友矩は己の知る限りの新陰流の奥義を以て銀時に立ち向かった。

幼少の頃よりの修練で、剣の技量に関しては友矩も相当の腕を身に付けている。
技の完成度では、物心つく前から父兄や柳生の高弟達に鍛えられた友矩の方が銀時よりも勝っているかもしれない。
それでも友矩が銀時に及ばないのは、目まぐるしく変わる状況の中での瞬間の判断力に絶対的な差がある為。
……ならば初めから判断などしなければ良いだけの事。
新陰流の奥義の一つ、西江水。
心を無にする事で無限に広げ、大河を、更には三千世界をも一呑みにして一体化する奥義だ。
さすれば氷雪で足を滑らせた時に頭で事態を認識するより先に重心を調節して転倒を防ぐが如く、考えるより先に最適の行動を選べる。
西江水は祖父石舟斎ですら老境に到って漸く達した至上の境地であり、友矩は未だそれを完全に会得した訳ではない。
だが、ここは通常の世界ではなく、三千世界を統括する仏により島一つを除く全てが切り捨てられたごくごく小さな宇宙。
大河を呑み干し宇宙と一体化するのは至難であっても、それが小さな川と島一つしかない世界であれば話は別。
しかも、この小さな世界は御前試合の為に法則を調整された、剣士との親和性が異常に強い世界だ。
友矩が意識を集中させ没我の境地に到ると、忽ちの内にこの小世界そのものが友矩の中に入り、一体化した。

嘗て、柳生石舟斎は猿楽金春流との奥義交換の際に、新陰流の奥義として西江水を提供したという。
それは西江水が柳生の重要な秘技であったからでもあるが、西江水に猿楽と親和性が高い側面があったからでもある。
猿楽が簡素な小道具と舞台で宇宙を表現し、調和のとれた曲舞で人々の雑多な行いを表現するとすれば、西江水は丁度その逆。
無我の境地にある友矩の認識からは銀時も、他の全ても消え去り極度の単純化された世界だけが残った。
銀時の繰り出す技もその他のあらゆる要素と統合され、友矩にはごく単調な流れとしてのみ認識される。
友矩はただその流れに身を委ねるだけで、現実の世界では完璧に銀時の攻撃の裏を掻き、不可避の状況で必殺の一撃を放てるのだ。
しばし流れに合わせて舞っていた友矩は、唐突にその舞いが終端に達した事を悟った。
流れの終端、即ち闘いの結末……つまりは、対戦者である坂田銀時の死。
それを意識する事で、友矩の意識は無我の境地からゆっくりと醒め……ている最中、いきなり強烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。

覚醒した友矩の目に映ったのは、拳を大きく突き出した坂田銀時。
銀時に殴られて吹き飛ばされたのは明らかだが、その前に西江水で銀時を仕留めた筈……
そう思ってよく見ると、銀時のもう一方の手に握られた木刀に、半ば切り込む形で友矩の剣が食い込んでいる。
友矩の必殺の一撃を、銀時が木刀を盾にする事で防いだという事か。
刃が血塗れている所を見ると銀時も無傷ではなかったようだが、仕留めるには至っていない。
無我の境地に到り、己に為し得る至上の剣を振るい終えて尚、銀時を討てなかったのであれば、その意味する所は一つ。
柳生友矩は所詮、坂田銀時や、彼のような最高級の剣客達と競うには器の足らない二級の剣士だったという事。
「そ…そんな事は……」
家光の言葉を否定するような事実は、決して認める訳にはいかないのだ。
愛人への想いを糧に必死に立ち上がろうとする友矩だが、殴られて脳震盪でも起こしたのか身体に力が入らない。
銀時もそれなりに負傷しているとはいえ、得物を奪われた上に身体も動かないでは勝負は決まったようなもの。
だからなのか、口を開いた銀時の語調はひどく穏やかだった。
「もう、やめとけよ」

「あんたの言う上様ってのがどんな奴かは知らねえけどな……」
友矩がまともに動けない状態をいい事に、銀時は言葉を継ぐ。
「あんたを最高の剣士だって言ったのが最高の人斬りって意味だったんなら、そいつはとんだ大馬鹿だぜ」
「ッ!!」
家光を馬鹿呼ばわりされて頭に血が上った友矩は、咄嗟に隠し持っていた棒手裏剣を投げ付ける。
暗器として奇襲攻撃に使うのならまだしも、距離の離れた所から投げ付けても銀時に通じる筈もないが……
意外な事に銀時は避けようともせず、しかし手裏剣は急所を外れて肩に突き立つ。
「な?人を殺すのが嫌で、攻撃しても自分から急所を外しちまう奴に人斬りなんて無理な話さ」
銀時の背中に斬り付けた時、肩に剣を突き立てた時も、友矩は銀時に致命傷を与え得たにもかかわらず自ら急所を外していたのだ。
これは友矩自身も気付かない、半ば無意識の行動であったのだが、斬られる側の銀時はそれをとうに察知。
そして今回、手裏剣を手放す直前に銀時の目を見て回避するつもりがないと悟った友矩は、咄嗟に狙いを大きく外した。
こうなれば、友矩も自身が本心では斬人を忌んでいる事を認めざるを得ない。
「名簿には他にも柳生って奴等がいたがそいつらはあんたの家族じゃないのか?あんたにそいつらが斬れるのか?
 別の世界の柳生の負けさえ無念に思って、代わりに仇を討ってやろうとして、なのにいざとなると躊躇しちまうような優しい奴に」
西江水は心を無にして戦う秘技……それは即ち、対手に己の飾らない本質を曝す事でもある。
銀時が無我の状態の友矩と剣を交えて読み取った正体は、優し過ぎる程に優しい、とても人斬りになどなれる筈もない剣士。
「私は、上様の為なら……」
「あんたの上様があんたが人斬りになるのを望んでたんなら、あんたはどうしてあの男、徳川忠長を殺さなかった」
そう、家光の供養と言うなら、まずは仇である忠長を殺すのが本当だ。
忠長の最期の際の態度を見れば友矩の忠長への憎悪は明らかだし、友矩にその気があれば忠長を討つ機会はいくらでもあった筈。
気付いていないのは、他者に共感する能力に著しく欠け、聖杯の万能の力が武芸者の剣に勝ると盲信していた忠長当人だけだったろう。
果心居士も天海も宗矩も、友矩が忠長を殺し家光の仇を討つ可能性を考えてその場合の対策を練っていたのだ。
だが、遂に友矩は忠長を手に掛ける事はなく、かといって助けるでもなく、忠長の自滅を見守ったのみ。
忠長を家光の仇と憎みながら、友矩に忠長を討つ事を留めさせられる理由があるとすれば、それはただ一つ。
「あんたの上様は仇討なんて望んじゃいない。あんたはそれを知っていたからじゃないのか?」
そもそも徳川忠長は家光の弟であったが、兄弟関係は決して良好なものではなかった。
幼少の頃に兄より弟を愛した両親が忠長を後継にと企て、祖父家康が将軍位の安定相続の為にそれを引っ繰り返したのが発端だという。
長じて後も忠長は家光への不遜な言動を繰り返し、腕の立つ剣客を次々召し抱えるなど反逆の準備と思われる行為も枚挙に暇がない。
仮に忠長が先手を打って家光を呪殺しなければ、いずれ家光の側が忠長を改易し、切腹へ追い込んでいただろう事は確実。
だが、家光の側近くに仕え心を通わせていた友矩は、家光が親しく並び立つ事のできない兄弟関係に如何に苦悩していたか知っている。
幕府の安定の為には忠長を排除せねばならない事を知りながら、家光は躊躇い嘆き深く苦悩していたのだ。
生前の苦悩と弟への想いを考えれば、たとえ忠長が自分を殺したのだとしても、弟が友矩に討たれる事を家光は喜ぶまい。
だから、友矩は仇である忠長を憎みながらも、手に掛ける事ができなかった。
「そんな奴が言う最高の剣士が、ただの人斬りが上手いだけの殺し屋な訳がないと思わないか?」
銀時は遂に、友矩が最も触れられたくない核心へと達する。

「それでもっ!」
追い詰められた友矩は叫ぶ。
「これ以外に、私が最高の剣士だと、上様の言葉が正しかったと証明する方法なんて!」
御前試合での勝利が家光の生前の望みと異なる事くらいは友矩も百も承知。
しかし、こうする以外に家光への愛を証明する方法を思い付かなかったのだ。
「私は、上様が御存命の間、上様を守る事も、お苦しみを和らげる事も……何もできなかった」
妖術による呪殺という未知の攻撃に対し、友矩は何もできなかった。
そもそも、家光の死後に果心が宗矩に接触して来るまで、柳生家は家光の死が外からの攻撃の結果である事すら察知できなかったのだ。
呪いの類は柳生家の専門範囲外なのだから当然だが、友矩は責任を感じている。
まあ、聖杯の精が御前試合の参加者達には敵わなかったように、武芸の達人ならばどんな呪いであろうと撥ね退ける事は可能。
だから将軍家指南役たる柳生が家光を達人にまで鍛え上げていれば呪殺される事もなかったと言えない事もない。
もっとも、友矩が感じているのはそんな論理立ったものではなく、恋人を亡くした者の多くが感じるのと同じ罪悪感であろうが。
或いは、本心では人斬りを忌んでいる友矩が御前試合参加を決意したのには、罪悪感からくる自罰的行動とも考えられる。
それとも、己の腕では勝利が不可能である事を本心では承知の上で、敗れて斬られる事を己への罰としようとしたのか。
「上様が亡くなられた今、私に出来る事なんて何もないのに……」
結局、今回の友矩の行動は、家よりも優先して尽くすべき相手と思い定めた家光の喪失による混乱によるものと言えよう。
「俺にはあんたと上様とやらの事情はわからねえけどな」
銀時は億劫そうに頭を掻きながら言った。
「そいつ自身は死んだとしても、あんたの上様の大事なものだとかするべき事まで全部なくなっちまった訳じゃねえだろ?」
上様と呼ばれる程の高位の者、まして死した後も友矩のように深く慕う恋人を持つ者ならば死んで全てが終わる筈がない。
命は尽きても何かを遺し、何かを継がせる事によって生を繋ぐ。
一部の規格外を除けば個体としては弱く儚い人間が地に蔓延る事ができたのは偏にこの力によるものなのだから。
「とりあえずは、上様が大事に思っていたあんた自身をもう少し大切にしてやるところから始めたらどうだ?」
「フッ……」
銀時の決めの言葉を友矩は笑い飛ばした。
「私など、どうなろうと……。しかし、確かに私の為すべき事は他にあるようです」
友矩を最高の剣客と褒め上げたのは、友矩が交わした家光との最後の会話での事。
だからこそ強く友矩の印象に残り是が非でもそれを真実にしようとしていたのだが、考えてみれば家光にとって最も大切なのは幕府。
幕府を盤石にし民を安寧に導く為ならば、家光は弟を殺す事や好かぬ女との間に子を為す事さえも覚悟していたのだ。
そして今、忠長の狂気と果心の妄執により掻き回された幕府は、更に忠長の失踪により混乱の直中にある筈。
結局、宗矩が言ったように、宗冬と力を合わせて幕府を支えるのが、友矩にとっても家光の為にも最善なのだろう。
「ひとまず私は帰りますが、あなたはどうなさいますか?」
わざわざこう聞く所を見ると、友矩はこの島を脱して元の世界へと還る手段をあらかじめ果心辺りに提供されているという事か。
「いや、俺にはここでまだやる事があってね。遠慮しとくわ」
銀時の言葉を聞くと、友矩は腰から珠を一つ取り出すと、地面に置く。
「あちらが落ち着いたらまた戻るかもしれません。その時まで、この宝珠をお預けしておきます」
「そうかい、預かっとくよ」
銀時の返答が届くのとどちらが早かったか、友矩の姿が薄れると消え去った。
そして次の瞬間、銀時は血を吐いて倒れる。
「悪いな、こっちでやる事があるってのは、嘘だ」

心優しい柳生友矩が人斬りに向かないという銀時の言葉は真実ではある。
だが、同時に友矩とて柳生の一族として厳しく剣を仕込まれた剣客でもあるのだ。
ほんの半歩踏み出しさえすれば、人斬りとして修羅の道を歩む事の出来るだけの素地は出来ていた。
普段の戦いでは意識して急所を避けて攻撃していた友矩だが、西江水で無我の状態にある間はそんな事は不可能。
友矩は銀時が木刀で必殺の一撃を防いだと思い込んでいたが、真実は辛うじて即死するのを防いだだけ。
気を張って斃れるのを防ぎ、友矩に自分が人に致命傷を与えたと悟られる事なく帰した時点で銀時の気力は限界に達したのだ。
友矩が置いて行った珠……悌の宝珠が傍で人が死のうとしているのを察知して光り出すが、致命傷は宝珠の力でもどうしようもない。
「すまねえな、新八、神楽、みんな……」
仲間達に詫びながら死に行く銀時。
だが、その末期の表情は、言葉とは裏腹に実に爽やかで晴れ晴れとしていた。

【柳生友矩@史実? 帰還】

【坂田銀時@銀魂 死亡】
【残り二十五名】

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最終更新:2014年04月03日 23:11