外伝・タバサと仮面 「森の仲買人」




 タバサはシルフィードに乗り、ガリア王国の上空を飛んでいた。
 ガリア北花壇警護騎士団のシュヴァリエである彼女はある任務を受けていた。
 しかし騎士団とは名ばかりで実質ガリア王家の汚れ仕事を一手に引き受けている組織であった。
 タバサが今回受けていた任務もまた国内や国外で起こる様々な面倒ごとの後始末の一つであった。
 ゲルマニアとの国境沿いを埋め尽くす通称<黒い森>と呼ばれる森の一角になるエギンハイムの村、
 そこに彼女は向かっていた。

 シルフィードはバサバサと翼を羽ばたきながら背中のタバサに語り掛けていた。
「もうすぐ国境なのね。森が見えてきたのね。それにしてもおなかすいたの。すいたのーのーのー」
「うるさい」
「でもさっきお城で食べられなかったのね。シルフィこのままだとおなかすいて倒れてしんじゃうのね」
「村についたらご飯にする」
「ほんと?おにくも食べれる?ほんと?」
「約束する」
「うれしいな。うれしいな。おにくのためならシルフィ頑張るのね。おにくおにく。るる。るー、あれお姉さま、何かくるよ?」

 エギンハイム上空に差し掛かった時、任務であった「村に被害を及ぼしている翼人の掃討」の対象に当てはまる四人程の翼人戦士がタバサを迎え、飛んできた。
 翼人は高度を取りながら飛ぶシルフィードを見上げ警戒するように距離を取りながら、
 一人の翼人が呪文を口ずさみ、他三人の翼人もそれに続いた。
「茂りし葉は契約に基づき<力>を得て竜を退ける矢と化す」
「「「矢と化す」」」
 すると森から矢のように鋭く尖り、鉄片のように硬くなった無数の葉がシルフィードの行く手を遮るように射掛けられた。
 同時にタバサが杖を振るって氷の粒を含んだ風で、飛び来る葉の矢を薙ぎ払った。

「はぐれ風竜ではないぞ!メイジの使い魔だ!」
 一人の翼人が叫んだ。
 タバサはすかさず杖を構えなおしてルーンを唱えた。
「まて!我らに害意はない」
 翼人の一人がそういってタバサに静止を求めた。
 タバサは無言のまま杖を向けていた。
「はぐれ風竜が村へ向かってくるのと早合点をし、追い払うための威嚇のつもりだったが、まさかメイジの使い魔とはつゆ知らず。先ほどの無礼は謝らせてもらう」

 そういって翼人たちは恭しく頭を下げた。
 そう言われて見ると先ほどの翼人の攻撃はタバサが手を出さなくても大きく狙いを外れ、シルフィードには当たらなかっただろう、
とタバサは思い、杖を下ろした。
 それにそのまま空の制約無しに飛べる翼人を上空で相手にするのは分が悪かった。
 速度では風竜であるシルフィードは誰にも負けないが、タバサを落とさずに小回りを利かせて飛ぶのは難儀である。
 タバサ自身も<フライ>で飛べなくも無いが、そうすると他の呪文を詠唱する事ができない。

「御理解頂き感謝する。こちらは大事な式の準備で何か大事があってはならぬと警戒していた所だ。
そなたはどちらに向かっていたのか聞いてもよいか?」
 タバサはこの任務「対象」を前にして、どうでるか悩んでいた時、シルフィードが口を挟んだ。
「お姉さまは大事な任務でエギンハイムの村に用事があるのね!だから早く通すのね!」
 態々相手に『自分が敵です』と宣言してしまったシルフィードに対してタバサは杖でぽかぽかと頭を叩いた。
「痛い!痛いのね!」

「驚いた、風韻竜か。絶滅したと聞いてその種の姿を見なくなってしまって久しいが、まだ生存していたのか」
 そう驚いた翼人はパサパサと翼を羽ばたかせながら再びタバサに向かって語りかけた。

「ところでエギンハイムの村に用があるのであれば我らが案内しよう」
 タバサが任務を受けた時は、エギンハイムの村人が切り倒して生計を立てているライカ欅の一つに翼人たちが住み着き始め、
 その翼人たちが村人を害していると聞いていたのだが、目の前の翼人との会話の様子から何か情報が食い違っているようだった。
 詳しい状況を把握するためにもタバサはおとなしく翼人の案内に従う事にした。
 そうして村へと案内されたタバサとシルフィードはそこで見た光景に驚いた。
 住人二百人程の小さな村ではあるが、あちこちに花で拵えた飾りがしてあった。そしてせっせと飾りつける村人に混じり、何人かの翼人も忙しそうにものを運んでいた。

 タバサを案内した翼人がゴツイ一人の男を呼び寄せると
「サム殿、こちらのメイジがこの村に用事があるそうだ。そして先ほど見た風竜はこの方の使い魔だそうだ」
 とタバサを村の顔役らしいこの男と引き合わせ、四人の翼人はその場を離れた。
 サムと呼ばれた男はタバサのマントと手に持つ杖を確認し、横でおとなしくしている風竜に少しビクつきながら聞いた。

「も、もしかしてお城の騎士さまで?」
 タバサは頷いて、短く自分の地位と名前を述べる。
「ガリア花壇騎士、タバサ」

「つかぬ事をお聞きしますが、もしかして翼人退治の件で?」
 タバサはこくりと頷いた。
「やっぱりそうでしたかい。せっかく来て頂いてなんですが、実はその依頼を取り下げようと思っていたところだったんだ」
 と申し訳なさそうに目の前のゴツイ男はぺこぺことした。
「どういう事?」
 会話の間、村の様子を観察していたタバサには村人達と翼人達が敵対しているようには見えなかった。
「確かに数日前までは俺たち村の連中は翼人たちといがみ合って自分たちだけで翼人たちに立ち向かうところだったんですわ。
何せ領主さまに何度も翼人退治の願いを出してもナシのつぶてにされて来たので」
「でも、この様子は?」
「へぃ、見ての通り村の連中と翼人たちとは取りあえず和解する事になったんで。その証といってなんですが今日、
俺の弟のヨシアと向こうの翼人のアイーシャって娘との結婚式があるんで、それで皆こうして準備しているんだ」
 そう言われて見ると忙しそうに動く村人たちはどこか陽気な雰囲気の中で作業していた。
「和解?」
「ああ、まだ皆が皆、翼人どもを完全に信用したわけじゃないが。村に立ち寄った仮面の男の計らいで、
取りあえずは共にやって行こうと言う事に落ち着いたってわけよ」
「仮面の男について詳しく教えて」
 タバサは、興味深げに聞いた。

 サムと呼ばれた男はタバサに説明した。数日前に鉄仮面を被り、白い鎧を着込んだ衛士姿をした男が村を訪ねてきたこと。
 その仮面の男は依頼主が明かせぬために、自分の身分を隠し、秘薬の触媒となる材料を求めてこの『黒い森』までやってきていた。
仮面の男は周辺の木々にできる蜂の巣から)極少量しか採取できない特殊な蜜を探し求めていた、
 しかし空高く伸びるライカ欅に出来るその蜂の巣はその仮面の男一人では手が出せなかった。
 そこで仮面の男はライカ欅に住まう翼人たちを尋ねた。翼人たちは突然現れた人間の男を信用する事は出来ない、
 とその場では男の頼みを断ったが、中々食い下がらないその男に代わりに交換条件をだした。
 住みかにしているライカ欅に生える寄生植物の宿木によって木々が最近弱ってきている事で翼人たちは悩んでいた。
 しかし数が少なく、大事な子育ての季節で忙しい翼人たちでは宿木の駆除にまで手が回らなかった。
 そこで仮面の男がライカ欅に生える宿木を駆除してくれるのであれば、翼人たちがたまに採取している蜂の蜜を分けてくれると約束した。
 そして仮面の男は再び村へやってきて、サムの弟のヨシアを含む何人かを人手として雇い、翼人たちが住まうライカ欅の幹に生える宿木を取り払った。
 取り除かれた宿木はその場でその仮面の男が村人から買い取った。
 わざわざそのようなものに金を出して買い取る事を雇われた村人たちは不思議に思ったが、
 聞けば何でも木々に寄生し生命力の強い宿木は秘薬の触媒として価値があるのだそうだ。

 そうした些細な事から始まった事ではあったが、村人たちと翼人たちの双方で『互いに協力して得られるものがある』という事に気づきだした者たちがでてきた。
 以前から翼人の娘の一人と交流があったヨシアの強い勧めもあって、
 互いの種族の要望を話し、聞き合う場を持つために仮面の男を仲介人として仲を取り持ってもらった。
 そこで村の者は作物や人手のいる労働力を翼人の者たちに提供する事になり、
 代わりに翼人たちの方は空の上から街で売れそうな珍しい秘薬の触媒を探したり、村の連中を街まで運ぶ仕事をしてくれるという事で互いに協力していく事を決めた。

「と、それを機会に何でも以前から弟が密かに付き合っていた翼人の娘との結婚式を挙げてしまおう、とトントン拍子に決まったんでさ。
式が済んだら、翼人退治の依頼を取り下げようとお城に使いの者を出すつもりだったんですが、
その結果こうして騎士さまに無駄な足労かけさせちまって本当にすまねえ」
 とサムは頭を下げた。
「その後、仮面の男は?」
「せっかく弟が出る式があるんだから、出席して欲しいと頼んだんですがね。
村の連中と翼人たちの間を取り持った後に何かこう黒い杖を取り出して、何か魔法みたいなのかけて、帰っていっちまったよ」
 そして何かを思い立ったかのようにサムは続けた。
「そうだ、騎士さまもせっかくこんな所まで来て頂いたんだ、その仮面の男の代わりとは言ってなんですが、式に出席していただけねえですかい?―」
 タバサは任務を遂行する必要がなくなったのであれば長居をするつもりはなかったので、断ろうと思っていたところ、
「―盛大なご馳走も用意してあるんで、食べていってくださいよ。それにお城の騎士の公認下で式が挙げられれば弟たちも喜びますと思うぜ」

 『ご馳走』と言う言葉に耳をピクッと動かせたタバサは、シルフィードと交わした『村についたら食事をする』という約束を思い出し、
 取りあえず形だけでも式に出席する事に決めた。

 タバサは新郎新婦に城の騎士としてその仲を認めるというくだりを含めた簡潔な挨拶をした。
 騎士の祝福を受けたヨシアとアイーシャの二人は大層喜んで感謝の言葉を述べた。それをタバサは聞きうけると、
 早々にご馳走の席へシルフィードと共に挑んだ。
 そうしてタバサとその使い魔は満足するまで用意された料理を食べ尽くしたので、
 式の終了を待たずに周りに簡単な別れの挨拶をして出発した。

  そうしてタバサはシルフィードに跨り、上空を飛んだ。
「おにくいっぱい食べれたのね。今回の任務はたくさんおにく食べるだけでとっても楽だったのね!
 お姉さまも危険な目にあわずに済んで誰だかわからないけど仮面の男に感謝!感謝!
こういう任務ばっかりならシルフィも大歓迎なのね!結婚式も綺麗だったのね!・・・・・・」
 と、魔法学院に戻ったら、こうしておしゃべりが出来ないシルフィードの口が静まる事を知らず、
 タバサはうるさいと文句を言いながら本を読みつつ聞き流し、魔法学院への帰路についた。






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最終更新:2009年07月30日 20:44
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