第11話 「稀なる客人」







 トリステイン城下町の一角にあるチェルノボーグ監獄で、土くれのフーケは刑が決まる裁判の日を待っていた。

 フーケはどんな極刑が待ち構えているのかぼんやりと粗末なベッドで考えていた。
「あれだけ、貴族どもをコケにしてやったんだ、縛り首が妥当かねぇ・・・・・・」
 する事も無く、ただひたすら待つだけの身なので寝ようと思い、フーケは目をつむった。
 しかしフーケはふと鉄格子の向こうに何かを感じた。嫌な気配がした!
 フーケは目を開けると長身の黒マントを纏った人物が立っていた。顔は白い仮面で覆われて、マントから長い杖が突き出ていた。
「おや、こんな寂しい場所に客人なんて、珍しいわね」
 フーケは仮面を被ったこの人物は口封じのために送られてきた刺客だろうと当たりをつけていた。
 貴族から盗んだ物の中には裁判を通じて明るみにでたら、所要主にとってはまずい品が幾つかあった。
「あたいが何故ここに収容されたかおわかりになりますでしょうかね?見ての通り、どう足掻いてもあたいは極刑は免れない、だから裁判で何を盗んだかしゃべる気はさらさら無いさ。と言うわけで、あんたを送った依頼主の所にとっとと戻って伝えな、『あんた等から盗んだお宝は、全部あたいと一緒に土の底の地獄まで持っていってやる』てね」
 黒マントの人物は口を開いた。年若く、力強い男の声だった。
「勘違いしてもらっては困る。話をしに来た『土くれ』よ、いや、それともマチルダ・オブ・サウスゴーダと呼んだ方がいいか?」
 かつて捨てる事を強いられた貴族の名を口に出されたフーケは顔から血の気が一気に引いた。
「あ、あんた、一体何者?」
 フーケの問いに、男は笑って言った。
「我々はハルケギニアの将来を憂い、我々の手でハルケギニアを一つにするために国境を越えて立ちあがった貴族の連盟さ」
「はん!その貴族連中がこんなコソ泥に一体何の用が?」
「我々は無能な王家を打ち倒し、そして、我々有能な貴族が政を行うために、優秀なメイジが一人でも多く欲しい。
我々の同士とならないかね?『土くれ』よ」
「で、あたいがそれを断ったら?」
「今聞いた事を、この場で土の底の地獄まで持っていって貰う」
 フーケは笑った
「露骨に脅していくなんて、いやらしいったらありゃしないわね。その『我々』と呼んでいる連盟とやらはなんていうんだい?」
「味方になるのか?ならないのか?どっちなんだ?」
「これから旗を振ってやる組織の名前は、先に聞いておきたいだけさ」
 男はポケットから鍵を取り出し、鉄格子についた錠前に差し込んで言った。
「レコン・キスタ」




 ――トリステイン魔法学院――

   ◆    ◆    ◆    ◆

 ルイズは再び港町の夢を見ていた。以前と同じく美しい街並みではあったが、物々しい兵士の姿をいたる所で見かけた。
 見覚えのある道を歩く中、周りの風景が少し低くなっていた様に感じた。
 夢の中での自宅に辿り着いたとき、以前は胸元付近の高さにあったドアノブが、今ではルイズのお腹の辺りまで下がっていた。
 ノブを回して扉を開けると、そこには例の赤ローブのエルフ女性が人の顔の紋章が施された黄金に輝く盾を携え、
金属製の棍を腰に下げた姿でルイズを迎えた。
『何姉さんいきなり家にいるわけ!?獣人との戦争が始まってから、しばらくは会えないって言ってたのに』
 自分の口から発せられる声にルイズはどこか聞き覚えがあったのだが、まどろみの中でうまく思い出せないでいた。
『――――、元気にしていた?ここで三国首脳会議が近々行われるらしいから、その警護の事前視察として偵察隊を率いるわたしが派遣されたのよ』
『そうなんだ、じゃ、しばらく滞在するんだ?』
『そうね、街の防衛状況や兵力を把握する作業に数日はかかるわ。もっとも、細かい事はわたしと共に来た軍学者の第一人者と呼ばれている方が殆どやってくれるわ』
『それで、暇でする事無いから、うちに遊びに来たって訳?』
『何よ、つれないわね。以前パールで話した時、『戦うためのナイトの術を学びたい』って言っていたから、お姉さん忙しい時間から暇を見繕って教えてあげようと来たのに』
 そういってエルフの女性はプイッと顔を背けて拗ねてしまった。
『ごめん、そういうつもりじゃなかったんだ。お願いだから教えて欲しいんだけど。ねえさ・・・じゃなくて、お姉さま』
 「お姉さま」と呼ばれ機嫌を治したのか、エルフの女性はフフン♪と嬉しそうに鼻を鳴らした。
『そうね、――――には特別にナイトの秘伝を教えてあげるわ』
 そう言ってエルフの女性は苗が鉢入れ取り出し、ルイズに手渡した。
『何これ?植木鉢?』
『そうよ、それには花の種が植えられているわ』
 ルイズは怪訝そうに手に持った鉢をじっと見つめた。
『これとナイトになるのに何が関係あるわけ?』
 エルフの女性は誇らしげに胸を張って、人差し指をチッチッチと振った。
『たった数日間、剣や盾振り回したって教えられる事はたかが知れているわ。それよりもっと重要な『騎士の心得』がそれを育てる事によって学べるわ』
『花なんて育てたって、獣人どもには対抗できないじゃないか』
『わかってないわね。いいわ、お姉さんが一つ話をしてあげる。といってもこの花の種をくれた人達の事だけどね―』
 そうしてエルフの女性は戦場で会った一組の男女の話をした。
 とある王族の生まれであると言う少女とその従者として付き従う遍歴騎士の男。
『その王族出であると言う子は何でも少し前までは花屋の看板娘をやっていたらしいわ。その子は『何か助けられる事は無いか』と今でも前線に参加しているわ』
『兵士でもない、元花屋の人なのに?』
『ええ、その戦場に咲く花の様な可憐な存在のお陰で何人もの兵士達は戦う勇気と希望与えられた。
でもそれは彼女一人で出来る事ではないわ』
『・・・もしかしてその彼女を守っている騎士もいるから?』
『その通りよ。花は咲き誇る事によって初めて周りに色々な感動や力を与えてくれるわ。でも花と言うのはそれまでは凄く脆い存在でもあるの、誰かが守ってあげなければどんな花を咲かせるか、それを知る前に枯れてしまうわ。そしてその守る存在と言うのが『ナイト』と言うわけ』
 エルフの女性はルイズの肩をぽんと叩いた。
『しっかり者のあなたは誰かに守られる『花』と言うより、それを守る『ナイト』に近い性質も持っているとお姉さんは思うわ。本当ならあなたが守りたいと思う者を探す事が一番早いんだけど、流石にあなたの年にはちょっと早いから・・・』
『まさか、それで』
『そう!だから代わりにこの花を育ててみなさい。騎士の心得に色々通じるものがあるはずよ』
『・・・・・・何か適当にそれらしい事言ってごまかしてない?』 
『不満に思うのなら早くあなたが本当に守るべき『花』を見つけることね。でも、それはただの花だと思って侮らない方がいいわ。その種をくれた子によると、花を咲かせるのがとても大変な<夢幻花>だそうよ』
『花なんて育てた事ないんだけど・・・』
『フフン・・・・・・♪お姉さんは抜かりなく世話の仕方はその子から聞いているわ。まずは――』
 そうしてルイズは大人しくエルフの女性から事細やかに夢幻花を育てるコツを教えてもらった。
『――と言ったところかしら。じゃ、お姉さんとの約束よ?『花』が咲くまで必ず守り通す、って』

 そうしてエルフの女性がにこりと笑いかけると、その顔と共にルイズが見ていた風景は白く塗りつぶされた。


   ◆    ◆    ◆    ◆



――ィ―――

―お―ィ――

「おいィ!?いい加減起きろといってるサル!」
 ブロントはベッドで寝ているルイズの毛布を剥ぎ取った。
「う・・・えぁ・・・あ、おはよ、ブロント・・・」
 ルイズは寝ぼけ眼をしぱしぱとした。
「寝坊したのは確定的に明らか。今から用意しても時既に時間切れ」
「え”・・・今・・・何時よ?」
「九時を過ぎたとこだが」
 ルイズはガバッとベッドから跳ね起きた。
「何で起こしてくれないのよ!」
「おう、お嬢ちゃんよ、相棒はちゃんと時間通りに起こしたぜ。けどよ、お嬢ちゃんは『うん、わかった。そうするよ』って答えていたから後は自分で起きるもんだと思って相棒と先に厨房に寄っていたぜ」
 デルフリンガーが鍔を鳴らしてルイズの声を真似て裏声をだしながら説明する。
「・・・・・・わたし、そんな事を言った覚えないわよ」
「寝坊対策とかすこし頭を使えばどうでもなる問題を考えもせずに人に頼り切るからこういう結果になる」
 ブロントはため息を吐く。
「・・・何よ・・・まあ、とにかくもう過ぎてしまった時間の事はしょうがないわ。午後の授業は出るから準備を・・・何それ?」
 ブロントは先程から手にもった紙袋から何かを取り出しては口に入れてボリボリと食べていた。
「アーミービスケットを知らないのかよ?」
「あーみービスケット?何が入っているの?」
「小麦粉とライ麦粉にセサミを混ぜて、それにヨーグルトとこの前採って余った蜂蜜を練りこんだ。それをバターで――」
「へぇー、色々入って結構おいしそうじゃない」
 と、ルイズは紙袋から一つビスケットを摘んで口にいれた。
 ポリポリ・・・
「――水分が完全に枯渇的に無くなるまで硬く焼いたものなんだが」
 ルイズは頬をすぼめて「けふっ」っと咽た。一方ブロントは平気な顔でボリボリと食べている。
「けほっ、けほっ、よくこんなパサパサなもの食べられるわね、口の中が一瞬でカラカラよ」
「軍用食だから大してうまくはないんだが。うまいから食べるんじゃない、こうして無性に食べたくなって食べてしまうのがアーミービスケット」
 ボリボリ・・・
「確かに・・・あまり、おいしくはないわ」
 ポリポリ・・・
「おいィ?そう言ってなに二枚目食べているわけ?」
 ボリボリ・・・
「な・・・なんとなくよ!さっきのは味がよくわからなかったから。まだ沢山あるのならちょっとぐらいはいいじゃない」
 ポリポリ・・・
 ボリボリ・・・
 ポリポリ・・・
 ボリボリ・・・
「もう一枚頂戴。思ってたより味は無いんだけれど、ちょっとこれは癖になるかも・・・」
 ポリポリ・・・
「俺は九枚でいい」
 ボリボリ・・・
 ポリポリ・・・
 ボリボリ・・・
 ポリポリ・・・
 ボリボリ・・・
「ヴァリエール・・・何暢気に栗鼠の真似をしているのよ」
 いつの間にかキュルケがルイズの部屋の入り口に立っており、呆れた様子でルイズを見ていた。
「ぶっ!げほっ!げほっ!ツ、ツ、ツェルプストー!?」
「授業をサボって、宿敵ヴァリエールが何しているかと思って来て見てみたら、ブロントさんとイチャイチャしてただなんて。あんたも中々やるわね」
「けほん!イチャ・・・そんなんじゃないわよ!そ、そ、そ、そういうツェルプストーは今授業に出てないでここで何しているのよ?」
「あら、本日の授業は中止になったわ。何でも我がゲルマニア国への訪問を終えた姫殿下が今日この魔法学院に寄ってくるそうよ」
「ええ!?姫殿下が?」
「品評会の時はフーケ騒ぎで色々慌しかったから、改めてのご挨拶じゃないの?とにかく歓迎の式典があるから生徒達は正装して参加との事よ」
 ルイズは口の中のビスケットを慌てて飲み込むと急いで服を着替え始めた。
「こうしていられないわ!ブロント手伝って!水場まで行くわよ!」
 ルイズは制服に着替え終えると、ブロントを連れて部屋を飛び出した。
「やれやれ、殿方を前にしているというのに、ヴァリエールのはしたない様子ったら、まだまだ子供ね。女としてはあたしの圧勝かしら?」
 キュルケはやれやれと両手を広げて肩をすくめた。そして何気無くテーブルに残された紙袋から、ビスケットを一枚手に取った。
「ふーん、こんなビスケットに夢中になっちゃって・・・・・・」
 ポリポリ・・・
「・・・んっ、・・・・こ、これは・・・ちょっと・・・!」
 キュルケは思わず頬をすぼめて「けふっ」っと咽た。



 正午前。
 聖獣ユニコーンと水晶の杖が組み合わさった紋章が描かれた王女の馬車が魔法学院の門に到着すると、
馬車の前には紅毛氈の絨毯が敷き詰められた。
「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおな~~~~りぃ~~~!」
 呼び出しの衛士の号令と共に整列していたルイズ含む生徒達は手に持った杖を一斉に掲げた。
 まず最初に馬車から現れたのはマザリーニ枢機卿であった。今は亡き先帝の代わりにトリステインの政治を一手に引き受けていた彼は、
『鳥の骨』の様にガリガリにやせ細り、四十代とは思えぬような老け込み様だった。
 王女の登場を期待していた生徒達は露骨に不満の意を表した。
 しかし、マザリーニは意に介した風もなく、馬車の横に立つと、続いて降りてくる王女の手を取った。
 生徒の間から歓声が舞い上がる。
 先帝亡き後、年若く麗しいアンリエッタ王女は国民から絶大な人気を誇っていた。
 ルイズと共に式典に参加していたブロントは何気なく王女一行を眺めていたが、
横目でふとルイズがはっとした顔になったのに気づき、ブロントはルイズの視線の先を追いかけた。
 その先には鷲の頭と獅子の胴体を持った幻獣の姿があった。背中には貴族が跨っていた。
(ほう、ここはステーキか?それともそれに山の幸串焼きと獅子ケバブを合わせて更なる味の強化か?)
 ブロントが頭の中で調理イメージを巡らせている中、ルイズは始終、
幻獣の上に跨る見事な翅帽子を被った貴族の姿をぽーっと頬を赤らめながら、じっと見つめていた。


 その日の夜・・・・・・

 ブロントは夢幻花の鉢の世話をしながら、時々ルイズの様子を気にしていた。
 式典の時からルイズの様子が少し変で、何かと落ち着きがなかった。
 ブロントの呼びかけにも上の空で部屋をうろうろ歩き出したかと思うと、今度はベッドに座り込み枕を抱いてぼんやりしていた。
「おいィ?何ソワソワしてるわけ?」
 ブロントはルイズの目の前で手を振った。
「え?え?ああ、な、何ブロント?」
 ルイズはハッと気を取り戻すと同時に、ドアがノックされた。
「こんな時間。誰かしら」
 ノックは規則正しく、初めに長く二回、それから短く三回叩かれた。
 ルイズはすくっとベッドから立ち上がり、ドアを開いた。
 そこには真っ黒な頭巾をすっぽりと深く被った人物がいた。
 部屋の外を伺う様に首を回したあと、そそくさと部屋に入ってきて、素早くドアを閉めた。
「・・・・・・あなたは―」
 ルイズが続ける前に、頭巾を被った人物は、人差し指を口元に立てて、
羽織ってるマントの隙間から杖を取り出すと、短くルーンを呟いて軽く振った。
 光の粉の様な物が部屋中に舞う。
「<ディティクト・マジック>?」
 ルイズが思わず尋ねた。頭巾の人物は頷く。
「どこに耳が、目が光っているかわかりませんからね」
 頭巾の人物は若い少女の声をしていた。
 探知魔法で何も無いことを確かめると、少女は頭巾をとった。
 現れたのは、何とアンリエッタ王女であった。
「姫殿下!」
 ルイズは慌てて膝をつく。ブロントもルイズのその様子を見て、続けて膝をつく。
 アンリエッタは涼しげな、心地よい声で言った。


「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」



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最終更新:2009年08月02日 22:19
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