第20話 「夢追い旅」





 休日の虚無の曜日、
 ルイズは自室で一生懸命に『始祖の祈祷書』の白紙のページとにらめっこをして、姫の式に相応しい詔を考えていた。
 しかし、何も書かれていない本を読んでもまったく参考にならず、一文も思いつかないでいた。
「こんなもので、一体皆どうやって詔なんて思いつくのかしら」
 過去何百年と続いたこの伝統ならばこそ、この祈祷書のどこかに書き記した者がいたかもしれない、と思いルイズは全ページをくまなく探してみた事もあったが、印どころか染みすらもなかった。
 うー、と小さく唸りながらルイズが悩んでいると、ドアのノックの音がした。
「開いているわ」
 ドアがガチャリと音を立てて開くと、気障ったらしい格好をしたギーシュがいた。
「やあ、ルイズ。ブロントさんがどこか知らないかね?新しく作ったゴーレムの<レンジャー>型を彼に見てもらいたくてね……」
 ルイズは一つ溜息を吐くと、白紙の祈祷書を閉じ、胸に下げたパールを通じてブロントと何かを会話した。
「アウストリの広場で待っている、ってよ」
「そうか!アウストリか。分かった、助かったよ」
 ギーシュはブロントの居場所を聞き出すと、そのままそそくさと広場へと向かって行った。
「もう、ドアぐらい閉めて行きなさいよ……」
 ルイズは椅子から立ち上がり、ギーシュが開けっ放しにしたドアを閉めた。
 また落ち着いて始祖の祈祷書を眺めようと椅子に座った時、またノックの音がした。
「もう、今度は誰?開いてるわよ」
 扉が開くと、今度はメイドのシエスタが訪ねてきた。
 ブロントが連れてきたエルザと言う子と最近仲良くしている子らしいとルイズはブロントから聞いていた。
 「あ、ミス・ヴァリエール。突然お邪魔してすみません。ブロントさんを探しているのですが、どこにいらっしゃるのかわからないでしょうか?ちょっと料理のレシピの事について意見を頂きたくて……」
 ルイズはやれやれ、と首を振ると素っ気なく答えた。
「今ならアウストリ広場にいるわ」
「広場の方ですね!ありがとうございます。読書中の所、失礼いたしました!」
 シエスタはぺこりとルイズに頭を下げて、去って行った。
「まったく、どいつもこいつも……開けたら閉めて行きなさいよ」
 ルイズはめんどくさげにまた立ち上がり、部屋のドアを閉めると、今度こそ邪魔されまい、とドアの鍵をかけた。
 再び椅子に座り、ルイズが祈祷書を開くと、またまたノックの音がした。
(今度は誰よ!もう!虚無の曜日だと言うのに忙しいわね)
 ルイズは居留守を決め込み、ノックの音を無視して本を見つめ続けて考え込んだ。
 ノックがやむと、今度はドアノブがガチャガチャと回され、鍵がかけられたドアがガクガクと乱暴に震える。
(ノックして返事が無いのなら、勝手に入ろうとするな!鍵がかかっているんだから諦めなさいよ!)
 ルイズが心の中でそう叫んだとき、扉の鍵がカチリ、と音を立てて外れた。
 バーンとドアを開け広げた先にはキュルケが立っていた。
「やっほー!ブロントさんいる?って、なんだヴァリエール、やっぱりあんたいたんじゃない。ノックが聞こえたのなら返事ぐらいしなさいよ。このあたしに居留守使うなんて、良い根性しているわ」
 キュルケは飄々とした態度で、部屋を見渡してブロントの姿を探している。
 一方ルイズはわなわなと震えていた。
「ちょっと!ツェルプスト―!何勝手に<アンロック>の魔法を使っているのよ!学院内で<アンロック>を使うのは禁止されているはずでしょ!あんたまさかわたしが居ない時もこうして勝手にはいってきているわけ?」
「やあね、ブロントさんに会うためか、あんたをからかうためじゃなかったら、こんな飾りっけの無い部屋にあたしがやってくるわけないでしょ。ドアの鍵も何かのはずみで外れたんじゃなくて?おほほほ」
 キュルケは笑って誤魔化した。
 ルイズは祈祷書を閉じると、不機嫌そうに声を荒げた。
「それで、今回は一体どっちの用事よ」
「残念ながらあんたをからかいに来たんじゃないわ。ブロントさんに少し頼みたい用事があるのだけど、彼は今どこにいるのかしら?」
「ブロントなら今アウストリ……ってツェルプスト―、あんたが一体ブロントに何の用事があるっていうのよ」
「アウストリ広場ね?そう、ありがと。じゃあまたね!ヴァリエール」
 聞きたい事を聞き出せたキュルケは、満足気な顔で手をひらひらと振ると、<フライ>の魔法を使って部屋の窓から飛び降りた。
「ちょっと!ツェルプスト―!待ちなさいよ!あんたがブロントに用事なんてろくな事じゃないでしょ!」
 ルイズはキュルケを追いかけよう窓に乗り出したが、<フライ>の魔法も使えないルイズが窓から飛び降りるには少し高すぎた。
肌身離さず持ち歩かなければいけない始祖の祈祷書を手に取ると、ルイズは部屋を飛び出してアウストリ広場へ向かって駆け出した。

 一方そのころアウストリ広場、
 平日の昼休み時なら生徒達などで賑わうのだが、休日になると広場も人気も寂しい場所となる。
 広場にはブロント、ギーシュと数体の弓を携えたゴーレムの姿があった。
 広場の一角にある木の枝から、板で作った的がぶら下がっており、矢が数本ほど的に刺さっていた。
「そいつが弓矢の適正距離って奴だ!近すぎず、離れすぎず。よく覚えておけよ!」
 壁に立てかけられたデルフリンガーが、生き生きとギーシュに武器の扱いに関する意見をだしていた。
「でも、実際の戦闘でこの距離を維持するのは難しい問題だね」
 ギーシュはうーんと考え込んだ。
 そこに一部始終を見ていたブロントがやってきた。
「そこで敵をひきつけ抑え込む盾役の存在が必要不可欠」
「それだと仲間に矢を当ててしまう危険性があるじゃないか」
「それほどでもない」
「いや、そう簡単に言ってもだね……」
「相棒、ちょっとやってみせてやんな。にいちゃん、相棒の弓に軽くでいいから<固定化>をかけてやってくれ」
 ブロントがどこからともなく自分の弓のローゼンボーゲンを取り出すとそれをギーシュに手渡した。
「僕はドットクラスだから、あまり長くは持つ<固定化>はできないよ」
 ギーシュは造花の杖を振って、ブロントの弓に<固定化>の魔法をかけた。
 弓は淡く光ったと思うと、次第に光が消え去り、また何ともないただの弓の姿に戻った。
「これで少しぐらい電撃にも耐えられるはずだよ。それにしても、その左手で武器を持つと、魔法がかかっていない武器を持つと壊れるだなんて。不便というか、何かこう冷たい感じがするというか」
 ギーシュは弓をブロントに返し、数本の矢を渡した。
「よし、じゃあ、にいちゃん!的の前に敵をひきつける盾役だと思って一体ゴーレムを立たせな!」
 ギーシュはデルフリンガーに言われたように、<パラディン>のゴーレムを生成すると、それを的の前に立ちはだかるように立たせた。
「こんな感じでいいのかい?的がまったく見えなくなってしまうが」
 疑問に思うギーシュをよそに、ブロントは弓を横に倒した独特の構えで矢をゴーレムと的に向けた。
 そこにデルフリンガーがギーシュに向けて解説をし始める。
「別に相棒の構えなんてしなくてもいいけどよ、あんな感じに的を狙ってだな……」
「的が見えないんじゃ、当たる訳ないじゃないか」
 ブロントはさほど狙いを済ませた感じも見せず矢を射ると、いとも簡単に、立たせたゴーレムの向こうにある的にスコーンと矢を当てた。
「な?簡単だろ?」
 さも当たり前な風に語るデルフリンガーにギーシュはつっこむ。
「できるか!」
「そうか?相棒は特に弓がうまいってわけじゃねえし、あいつのいた所じゃ仲間に当てないで矢を射るなんて初心者でもできるって言っていたぜ」
「いや普通できないから、そんな事」
「にいちゃんも修業が足りねえなあ」
 デルフリンガーがカタカタと鍔をならして笑う。
「なんだと、剣のきみに何がわかる!」
「剣だからこそわかるんだよ。にいちゃんも外見ばっかり気にしてないで、中身もちったあ鍛えな」
「剣のくせに減らぬ口だな!」
 ギーシュはデルフリンガーと口論し始めた。

 その時、ブロントを探していたシエスタが広場にやってきた。
「あ!ブロントさん!探しましたよ」
 ブロントは弓を下げて、どこかにしまい込んだ。
「何か用かな?」
「ええ!実はですね、エッちゃんになにかおいしい物を作ろうと思いまして、この前エッちゃんに何が好きか聞いたらなんか『真っ赤な物』が好きだと言っていたんですよ」
「ほう」
「それで私の村に伝わる名物料理の一つで、真っ赤なマリナーラソースを使う船乗り風ピザでも作ろうかと思いまして。それでそのソースを作ってエッちゃんに見せたのですけど……うまく作れなかったのか、エッちゃんがちょっと嫌そうな顔をしていたので……」
 シエスタは自分で作った真っ赤なソースが入った瓶をブロントに見せてみた。
 ブロントは少し考えて、なぜエルザが嫌がったかの理由すぐに思い浮かんだ。
「にんにくがいけないのが確定的に明らか」
「ええ!?エッちゃんってにんにくがダメなんですか?そうですか、そうなるとマリナーラは作れないなあ。あれはにんにくが決め手だから……」
 シエスタはソースの瓶を手に持ったままがっくりとうなだれた。
 ギーシュとデルフリンガーが何か言い争い、ブロントとシエスタが料理のレシピ談義をしていると、キュルケがタバサを連れて広場にやってきた。
「あらま、皆さんお揃いで。でも人手を集める手間が省けて丁度良かったわ」
 キュルケは手に持った何枚もの羊皮紙のたばをブロントに手渡した。
「ほう地図か」
「聞いたわよ、ブロントさん。あなたって冒険者なんですってね。危険を承知で未開の地を冒険する男、ああ!あたしそういう困難に立ち向かっていく男の人に弱いの」
 デルフリンガーを鞘に押し込めて、ようやく黙らせる事ができたギーシュがキュルケに問いかける。
「それとこの地図は何か関係あるのかね?」
「見ればわかると思うけど。それ全部、宝の地図よ。それで宝探しとかに詳しそうなブロントさんを誘いに来たわけ」
 宝、と聞いてブロントの眉がぴくりと動く。
 ギーシュは胡散臭げに地図を何枚か見比べる。
「なあキュルケ、言っては何だが。これらの地図、とても胡散臭いんだけど」
「そりゃ魔法屋、露天商、雑貨屋、情報屋……色々回ってかき集めたものですもの。ほとんどが外れかもしれないけど、中には本物が混じっているかもしれないじゃない」
 うむむむ、とギーシュは顎に手をやって唸る。
 地図の何枚かは危険なモンスターや凶暴な亜人が生息する場所を示している。
「なんかとっても危険な場所の地図もあるみたいなんだけど」
「簡単に取れる場所に宝なんて残っているわけないでしょ。危険な場所だからこそ本物があるかもしれないじゃない。それに、あんたには丁度いいんじゃない?そのゴーレムを使って経験積みたいんじゃなくて?」
 経験、と聞いてブロントの眉がぴくぴくと動いた。
 そこに話を聞いていたシエスタが会話に入ってきた。
「その宝探しはどの辺を探すのでしょうか?」
「場所?そうね、ここにある地図はトリステイン西部のものが殆どかしら」
 それを聞いてシエスタはぽんと手を叩いてある案を切り出した。
「ちょうどわたしの故郷の村が西の方にあるんですよ!もしよろしかったらわたしの村にも寄ってください!田舎の村ですけど、色々と名物料理がある事でちょっと知られているんですよ。わたしも一緒に連れて行ってくれるのであれば、色々御馳走もできると思います!」
 料理、と聞いてブロントは眉をぴくぴくぴくと動かした。
 キュルケは溜め息を吐いた。
「ダメよ。あんた平民でしょ?平民なんか連れて行ったら足手まといになるわ」
「バカにしないでください!わ、わたしこう見えても……料理ができるんです!」
 キュルケとギーシュがずっこけた。
「そりゃきみ……」
「料理ができてもねえ……」
 キュルケとギーシュの反応を見てブロントが口を開いた。
「おいィ?お前らは馬鹿すぐる。良い食事が冒険者にとって重要なのは火を見るよりも明らかなのは確か。食事を馬鹿にする奴はそのまま骨になる」
 ブロントの言葉にシエスタが続く。
「そ、そうですよ!食事は大事ですよ?宝探しって、野宿したりするんでしょう?保存食料だけじゃ、物足りないに決まってます。わたしがいれば、どこでもおいしいお料理が提供できますわ」
 冒険のプロからそう言われたのであってはキュルケもぐぅの音もでなかった。
 それに、キュルケもギーシュも貴族だったので、まずい食事には耐えられない。
「仕方ないわね。でもあなたお仕事あるんでしょう?勝手に休めるの?」
「コック長に『ブロントさんのお手伝いをする』って言えば、いつでもお暇はいただけますわ」
「わかったわ、勝手にしなさい。とにかくブロントさんが乗り気になってくれるのであれば誰がついてこようがいいわ」
 キュルケは頷くと、一同を見まわした。
「さて、そうと決まったら早速出発よ!」
 キュルケの言葉にタバサは頷くと、口笛を吹いてシルフィードを呼んだ。
 しかし、空からシルフィードがやって来るより先に、広場の向こうからある人物が走ってきた。
「待ちなさあああい!」
 ルイズが本を片手に物凄い速さで駆け寄って来る。
 それを見てキュルケは自分の額を手でぴしゃりと叩く。
「あっちゃあ。ヴァリエールが来る前に出発したかったけど、無理みたいね」
「はあ、はあ、主人の……はあ、はあ、わたしを差し置いて、勝手に使い魔を、連れだそうと、はあ、はあ、してるんじゃないわよ、ツェルプスト―、はあ、はあ」
 息を切らせたルイズは数回深呼吸をして息を落ち着かせてから続ける。
「わたしも、ついて行くわよその宝探しに。あの、その、自分の使い魔がどんな風に仕事をしているのか、ご主人様のわたしが知っておく義務があるから」
 キュルケは鼻で笑った。
「ヴァリエールのものであるブロントさんを、ツェルプスト―であるあたしが奪い取ろうとしているんじゃないかって心配だからでしょ?」
「そんなんじゃないわ!使い魔の主人として……」
「まあ、いいわ。ヴァリエールの目の前から奪い取る、と言うのもあたしらツェルプスト―家のやり方らしくて一興だわ」
「やっぱり!そういう魂胆だったのね!」
 そう言い争い続けながら、賑やかな一同はやってきたシルフィードに乗ると、そのまま宝探しへの旅へと飛び立った。


 一同は数々の胡散臭い地図を頼りに、トリステイン各地を回った。
 怪物が蔓延る洞穴の中、獰猛な獣がうろつく深き森、怪鳥が飛び交う岩場。
 どこも宝が潜んでいそうな曰くつきの場所ではあったが、どこも必ず『危険』はあっても、肝心の宝はすでに取られた後であるか、精々銅貨数枚程度のものでしかなかった。
 一同が最後に向かった地図の場所はその中でも特に危険とされた場所だった。
 数十年前に打ち捨てられ、廃墟となったとある開拓村の寺院である。

 ルイズ、キュルケ、ギーシュ、タバサの四人はその寺院から身を隠すように木の陰に隠れていた。
 まもなく、ブロントがその寺院が打ち捨てられた理由を連れだしてくる手はずだった。

[――ここに十匹いるんだが――]

 リンクパールを通じて、寺院の中に忍び込んだブロントが中の様子をルイズに伝える。
 ルイズはそれを聞いて、静かに他の皆に指で合図して数を伝える。
 皆が静かに頷くと、寺院の方から豚の鳴き声のような咆哮があがる。
 廃墟の扉を蹴り破ってブロントが飛び出し、一同の横を走り抜ける。
 その後には十匹ほどの、身の丈は二メイルもある、でっぷりと太り、醜い顔をした、二本足で歩く豚のようなオーク鬼がブロントを追いかけていた。
 オーク鬼一匹は人間の戦士五人に匹敵する力を持っていると言われている。
 そして何よりも性質が悪いのは、このオーク鬼は人間の子供を好んで食べるため、こうして開拓村などの小さい村を襲って住み着くのだ。
 ふごふごと鼻息荒くブロントを追いかけるオーク鬼達は横に通り過ぎたルイズ達に気づかず、そのまま森の中へとおびき寄せられる。
 全てのオーク鬼が身を潜める四人の横を通り過ぎたあと、ギーシュが生成して木の上に潜めて置いた<レンジャー>のゴーレムで後列を走るオーク鬼に射かける。
 オーク鬼の厚い皮と脂肪が鎧となって、ゴーレムの矢が刺さっても致命傷とはならなかった。
 しかし、オーク鬼の注意を引くには十分で、ルイズ達が事前に打ち合わせ通りに四匹程のオーク鬼を引き抜く事に成功した。
「ぷぎぃいいい!」
 オーク鬼の四人は怒りの咆哮をあげながら、ルイズ達に向かった。
 まず先にタバサが二つの系統を絡み合わせた『水』、『風』、『風』のトライアングルスペル、<ウィンディ・アイシクル>を唱え、水を風で冷やし、作り上げた無数の氷柱の矢を迫りくるオーク鬼の二匹を串刺しにした。
 ギーシュのゴーレムが放った矢と違い、その比でもない威力にて二匹のオーク鬼は一瞬にして絶命した。
 四人がメイジだと言う事に気付いた残りの二匹は、鈍重そうな体に似合わず、敏捷な動きで木々の間を縫いながらルイズ達に迫った。
 キュルケは慌てず騒がず、『炎』、『炎』、炎の二乗<フレイムボール>を放つ。
 狙われたオークは木の幹を盾に炎の塊から身を隠す。
 しかし炎の塊は意思を持ったかのように、木を避けて回り込むと、咆哮をあげる口の中に飛び込み、一瞬で頭を燃やし尽くした。
 残る一匹は氷や炎を巧みに使うタバサとキュルケから遠のき、弱そうに見えるルイズとギーシュの方へと棍棒を振りながら襲いかかった。
 そのとき、オーク鬼の前を阻むように、ふらりと陽炎が立ったかと思うと、青銅の巨漢なゴーレムが姿を現した。
 オーク鬼と謙遜が無いほどに重量感があり、武器も持たず、まるで己が肉体こそ、最強の武器であり、盾である、と誇示するような姿をしたゴーレムであった。
 ギーシュのゴーレムが体ごと、真正面からオーク鬼にぶつかると、物凄い衝撃音を響きわたらせ、オーク鬼の動きを抑え込むようにがっぷり四つを組んだ。
「あまり長くは持たない!ルイズ、やってくれたまえ!」
 ギーシュがルイズにそう叫ぶと、ルイズは慎重に杖を引き抜き、ミリミリと音を立ててぶつかり合う金属と肉の塊に向けて狙い澄ましてルーンを唱える。
 途端、ゴーレムごとオーク鬼は爆発し、金属片が辺りに舞い散らせながら、四匹目のオーク鬼も息絶える。
「使ってみるまではまさかと思ったけど意外といけたもんだね!ええと、なんて言ったけ<リュキシ>?いやそれは槍の方だな。<リィキシ>だったかな?ブロントさんも実際見た事は無いジョブだと言っていたから、うまく行くかは不安だったけど」
 ギーシュは興奮して鼻息荒く語った。
「まだ気を抜く時じゃないわよギーシュ。ヴァリエール、ブロントさんに伝えて、引き抜いた分は終わったから残りを連れて来てって」
「あんたに言われなくてもわかっているわよ」
 ルイズはリンクパールを通じてブロントに報告した。
「こっちの分は終わったから残り連れて来て」

[――一匹連れて行く――]

 リンクパールから返ってきた言葉にルイズは耳を疑った。
 一匹?確か十匹いて、今ここでわたし達が倒したのは四匹。
 と言う事はブロントを追いかけているのは六匹。
 それが一匹とはどういう事か?
 ルイズが使い魔の言った言葉の意味を考えていると、森の奥からきぃきぃ、と弱弱しい豚の鳴き声が鳴った。
 茂みの奥からはぼろぼろの姿になったオーク鬼が一匹だけ飛び出し、ルイズ達に一瞥もくれず逃げている様子だった。
 その後を両手でデルフリンガーを構えるブロントが追いかけていた。
 寺院を出る時とうってかわって、オーク鬼とブロントの立場が逆転していた。
 オーク鬼が寺院の中へと逃げ込むと、ブロントも続いて寺院に突入した。
「ズタズタに引き裂いてやろうか!」
 ドスの利いたブロントの声が寺院から響き渡ったかと思うと、ぎぃーー!と甲高いオーク鬼の断末魔がルイズ達の耳にもしっかり届いた。
 しばらくの間辺り一面が静寂に包まれると、デルフリンガーを鞘に収めたブロントが涼しげな顔をして寺院から歩いてでてきた。
 ルイズ達はお互いに顔を見合わせた。ブロントに聞きたい事もあったが、この雰囲気の中で切り出しにくかった事なので、誰か他にやって貰いたいと目で互いに懇願した。
 タバサはもとより無関心だったので、本を取り出して読み始めている。
 ギーシュはこういう役目は使い魔の主人だろう、とルイズに目を向けたが、ルイズはそのままギーシュににらみ返した。
 ギーシュに一票、ルイズに一票。
 どちらかを決める最後の一票のキュルケに目を向けると、キュルケはギーシュに目を向けていた。
 仕方なく、ギーシュが渋々ブロントに皆の疑問を代表して聞いた。
「や、やあ……ブロントさん。他のオーク鬼はどうしたのかな?きみを追いかけていたのが六匹だと思ったんだけど」
 ギーシュが強張った顔でブロントに尋ねる。
「練習相手にもならなかった」
「え?」
 デルフリンガーが勝手に口をはさむ。
「全部俺様と相棒で倒しちまったってことさ」
「いやー……それは大変だったね。ところで、その、全ての災厄から守って来ると言う秘宝の<ブリーシンガメル>はあったのかね?」
 ブロントはカバンから真鍮製の安物のネックレスを取り出すと、それをギーシュに投げ渡した。
「指にはめてぶん殴れば多分奥歯が揺れるくらいの威力はあるはず」
「幾ら安物でもそういう使い方するものじゃないと思うけど」
 最後こそは、と思ったこの宝の地図も外れに終わったと知り、キュルケ達はつまらなそうな顔をした。

 そのとき、物陰で震えていたシエスタが駆け寄ってきた。
「すごい!すごいです!あの凶暴のオーク鬼達が一瞬で!ブロントさんすごいですっ!」
「それほどでもない。俺が知っているオークと比べればここのは人工的に淘汰されるのが目に見えている」
「ブロントさんがいた所のオーク鬼は違うんですか?」
 ルイズ達は全員この会話に耳を傾けた。
 ブロントがいた国の話の方が、銅貨四枚が良い所の首飾りよりも何倍も興味をそそる話題だった。
 ブロントは掻い摘んでヴァナ・ディールのオークの事を説明した。
 ただ群れるオーク鬼と違って、帝国を築き、強大な軍まで持っている事。
 そして数少ないがオークの中には魔法を使える者がいる事。これに関して皆がとても驚いた。
 更に意外な事に、魔法が使えるメイジはオーク社会の中では腕力の劣る恥ずべき存在として、とても地位が低いというハルケギニアで言う所の貴族と平民の立場が逆転している事。
 そんなオークがとある王国の城壁のすぐ傍に砦を築き上げて、城の外をねり歩き、虎視眈々と王国を攻め落とす機会を待っている事。
 そんな状況でも、昔の大戦の頃と比べれば、至って平和な時代であるという事。
 一通りブロントの話を聞いていた一同は、ルイズも含めて驚きを隠す事ができなかった。
「ブロントさんってどこか違う、と思っていたけれど。もうあたし達と住む世界が違うんじゃないかしら。修羅場をただの日常だと言える人なんてそうそういないわよ」
 何気ないキュルケの一言にルイズはぎくり、とした。
「メイジのオーク鬼だなんて、考えたくもないね。しかも魔法を補ってもあり余る腕力だなんて」
 そんな化け物を日々相手にしていたブロントに殴られても、まだこうして生きている事にギーシュは改めて始祖ブリミルに心の中で感謝した。
 「結局宝探しはただの討伐の旅になったわね。こうして終わってみるとどっと疲れてきたわ」
 事の発端人のキュルケがぼやいた。
 シエスタが手を叩いて皆の注目を集めた。
「じゃ皆さん、この後はわたしの村に行きましょうよ!ラ・ロシェールの向こうにある広い海に面したタルブ村と言う小さな漁村ですけど、疲れを癒すのには良い場所ですよ!」
「そういう話だったけね。料理はいいけど他に何か見て回る名物とかは無いの?田舎の村で退屈するだけなんて嫌よ」
「ええと?そうです、美しい海があります!」
「海ね、そんな幾らでもあるものじゃなくて、こう村のありがたいお宝!と言った感じな物とかないの?そのタルブとかいう村に」
 ルイズがキュルケにつっかかる。
「呆れた。ツェルプスト―、あんたこの期に及んでまだ宝探しするつもり?」
「あら、見るだけいいじゃない。それでもし手に入るようであればもっといいじゃない。良い宝も良い男も自分から進んで行かないと手に入らないわよ、ねえ?ヴァリエール」
 シエスタは言いにくそうに言った。
「その、ある事には、あります……その村のお宝……」
 キュルケが生き生きと目を輝かせる。
「ホント?それってどんな代物?」
「何百年も前から村の寺院に飾ってあるモノなんですが。『誓いの口』と言って、そのレリーフの口に手を入れて誓いを立てると、偽りの心を持っていた場合、手が抜けなくなる。と、まあどこにでもあるような子供騙しのモノですよ。村の結婚式とかに良く使われますけどね」
「へぇ、面白そうじゃない」
「でもわたしはちょっとその寺院は苦手なんですよね……」
「何?本当に手が抜けなくなった事があったの?」
 キュルケが面白がってからかう。
「いえ、そうではないんですが……あの寺院、でるんです」
「でるって、何が?」
「その……笑わないでくださいよ?」
「いいから、いいから、言ってみなさい。ここまで言われたら気になってしょうがないじゃない」
 キュルケが興味津々になってシエスタに聞く。
「子供の頃見たんです。幽霊がでるのを。血の様に赤いローブを着た女性の幽霊を」。
 突然タバサが凍りつく。精巧に作られた石像の如く、微動だにしない。
「ちょっとちょっと、面白そうじゃない!幽霊だなんて、一度会ってみたいと思っていたのよ……あらタバサ、どうしたの?」
 キュルケは固まったタバサを揺らす。
「行かない」
 タバサが珍しく口を開いた。
「あら?あらあら?もしかしてタバサって……」
「行かない」
 タバサは簡潔に、しかし強く否定の意思を表した。
「へぇ、オーク鬼も恐れないあのタバサにも、怖いものがあったんだ」
 ちょっと悪戯心に芽生えたキュルケがタバサに抱きついてウリウリとなじる。
「大丈夫よ、ちょっと見るだけだから。それに田舎の幽霊なんて大した事ないわよ。それに、実際に会えばそれほど怖くないものだとわかるかもしれないわよ?」
 タバサはひたすら首を横に振る。
「わかった、わかった。寺院にはタバサは着いてこなくてもいいから。でも村まではあなたのシルフィード使わせて頂戴。ここからタルブ村まで歩いて行くなんてまっぴらだからね」
 タバサはしばらく考え込むと、キュルケの妥協案を呑んだのか、口笛を吹いてシルフィードを呼んだ。
 そうして、一行は風竜に乗り、シエスタの案内のもとタルブ村へと羽ばたいた。




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最終更新:2009年10月12日 13:22
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