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【 -無職 遊園地へゆく- 】

実家に戻って、はや三週間。
無職になって何日たったか…。
無気力になると、こうも時の流れが早いとは知らなかった。
出版業の不況っぷりは最早、驚く価値すら無いものだが
我が身に降りかかってくると、やっぱり驚くものだった。
始めは優しく迎えてくれた親も一週間もすると疎ましくなって来たのか
「早く職を捜せ」と(当然だが)小言を言うようなった。
だがどうにも、その気になれない俺は人目を避けながらブラブラと土手沿いを歩き
川を眺めながら時間を潰す。
ひと足どころか、四五足はやく味わう人生の黄昏時。
土手に寝そべりながら飲む缶コーヒーは現実逃避の味がする。
そんなある日メイプルランドが閉園になるという話を耳にした。

メイプルランドは小さな遊園地だ。
ただ遊園地自体、森の中にあるので空から見るとそれなりに大きく見える。
小さいながらも、観覧車からジェットコースターまで一通り揃っていて
幼稚園や小学校の遠足の定番の場所だった。
俺自身、親に何度か連れて行ってもらったし遠足でも行った。
当時の事を思い出すとノスタルジックな気分になり
楽しかった想い出が次々と甦る…。
と同時に言い様のない寂しさに捕らわれた。

次の日、俺はデジカメを手にメイプルランドに向けて車を走らせていた。
これも何かの縁だろう。
時間がある内に、想い出の場所がなくなる前に、懐かしの風景を焼き付けることにした。
森の中に続くひび割れたアスファルトを走る。
気持ちの良いくらい道が空いている。
何故か対向車線まで空いている。
そしてその答えは、眺めの良い駐車場に集約されていた。
広い駐車場は平日とはいえ、見事にガラガラだった。
(本当に営業してんのか…?)
不安になりながらもデジカメを手にゲートに向った。

入園料1200円を払いゲートをくぐりエントランスに出る。
と、ここまで来て違和感を憶えた。
記憶の中のメイプルランドと様子が違う。
俺の記憶では、もっと野暮ったい遊園地だった筈だが、かなりシャレた造りになっている。
売店のオバさんに聞いてみると、八年程前に一度リニューアルしたとの事。
(最後に来たのが確か小学生の時だったから……)
ずっしりと重い落胆に襲われた俺は、ジュースを買いベンチに座って呆けた。

何と言うことはない。
想い出の場所など、とうの昔になくなっていたのだ。
溜息をストローに吹き込みブクブクさせながら、周りの見慣れぬ遊園地を眺める。
目の前を横切る親子連れがチラリと俺を見た。
ふと気付いたのだが…他人から見ればイイ歳こいた男が平日の昼間
一人で遊園地に遊びに来ている様にしか見えない訳で…。
それは間違いではないのだが、その事に気付いてしまうと急に恥かしくなる。
俺はジュースを一気に飲み干し、ベンチをそそくさと後にした。
ここまで来てしまったのだから仕方が無い。
開き直りつつ当初の目的通り園内を撮影することにした。

一通り園内を周ると当時の面影があちらこちらに有った。
ほとんどの乗り物は、塗装と飾り付けを変えただけのような気がする。
あの頃、豪華に見えたここの設備も大人になってから見ると…
特に都心の大型アミューズメントパークと比べると、悲しい程地味に見えた。
案内の看板は色あせ、鉄柵の隅には錆びが浮いている。
【ご利用の際は係の者にお申しつけ下さい】の看板が掛けられ
停まったままの乗り物もいくつかある。
遊園地という華やかな空間と経営難という現実とのギャップが
物悲しさを一層際立たせ憂鬱な気持ちにさせる。
「はぁ…」
空しい溜息をつき、俺は帰ることにした。
流石に一人で乗り物に乗る勇気も気力もない。
とぼとぼとゲートに向う途中、エントランスの広場に女の子が立っていた。

メイプルランドのマスコット《ケーキちゃん》だった。
白とピンクのエプロンドレス姿で腰まで届きそうな二本の三つ編みオサゲ。
昔は、もっと巨大な頭でエグイ顔立ちだった気がするが、可愛らしいデザインに一新されている。
その横を素通りする田舎のヤンキーといった感じのカップルと、可愛くないガキを連れた親子連れ。
一生懸命に手を振るが、ものの見事にシカトされていた。
悲しそうに俯くケーキ。だが気を取り直したのか胸を逸らし辺りを見回し…。
俺と目が合った。
でかい瞳の顔がこっちをピタリと捕え、次の瞬間両手を振りながら俺の方に走って来た。
(うおっ…)突然の出来事に驚く。
そして目の前に来るとスカートの裾を広げながら身体を傾け挨拶してきた。
「あ…どうも…」
彼女?は、どうやら写真用のポーズをサービスしているらしい…。
慌ててカメラに収めると次に口に手をやり微笑みを隠すような仕草。
それを撮ると次のポーズ、また撮ると次のポーズ。断るのも悪いので結局十枚ほど撮った。
「悪いね。サービスしてもらって、それじゃ…」
帰ろうとする俺の腕をガシッと掴む。
「え゙?」
意表を突かれ、あっけに取られてる俺の腕をグイグイ引っ張り
どこかに連れて行こうとする。
「ちょ、待て。引っ張るな。引っ張らなくても着いて行くから!」
その言葉に引く手を緩め、それでもシッカリと手を握り俺を誘導していくケーキ。

「ここは?」
着いた先は、ファンシーショップとかギフトショップとかいう類の店だった。
いかにも女性向け子供向けのグッズが並び、ちょっと遠慮したい空間だ。
クッキー缶やマグカップなどにマスコットのホット君とケーキちゃんがプリントされ
結構な値段で並べられていた。
「…ひょっとして、ここで何か買え…と?」
俺の問いにコクコクと何度も頷くケーキ。
「はぁ…」今日、何度目かの溜息をつき俺は店の中に入った…。

驚いた事に店の中にまでケーキが入ってきた。
なるべく安い品を物色する俺に、無駄にデカイぬいぐるみや目覚まし時計?などを奨めてくる。
それらを断固拒否し200円のキャンディ一袋でお茶を濁そうとしたが
レジに行かせまいと、俺の腕をつかむ。
結局500円のクッキー缶を上乗せする事により妥協点を見出した。
レジのオネーさんが笑いながらバーコードを読み取る。物凄く恥かしい…。

「それじゃ…おいっ!」
店を出て帰ろうとする俺の腕をまた掴み別の場所へ。
今度は薄汚れたプリクラの前だった。
「今度はプリクラを撮れと?一緒に?」
コクコクと頷くケーキ。
「はぁ…」どうにもムゲに断ることが出来ない。
愛らしい面の下で汗まみれで頑張っている娘(多分)を想像すると、どうにも気が引ける。
俺の中で、こういった着ぐるみを着る人は売れないで苦労している役者という偏見があった。
代金は当然俺が出すことになる。
「背景は何がいい…?」
すっと、ケーキが指差す。

大きなハートの中でギコチナク笑う俺と微笑むケーキ。
もっともケーキの顔は、終始微笑んだまま固まっているが…。
『もっと自然な笑顔で!スマイルスマイル♪』
(!?)撮られる瞬間、ケーキが喋った。
いきなり着ぐるみが喋った事に驚く。
≪ハイ!チーズ!≫プリクラから鼻にかかった変な声が響く。
「…喋っていいのか?」
確か、遊園地の着ぐるみが客と喋るのはNGだったはず。
『ホントは、いけないんだけど。今なら誰もいないから』
確かに二人きりだ。
だが初対面の…それも遊園地のマスコットに親しくされる憶えはない。
ひょっとして中に入っているのは、知り合いだろうか…?
『ここまで付き合ってくれたゲストは、あなたが初めてだから嬉しくて』
(ああ…)なんとなく納得がいった。普通は恥かしくてすぐに逃げてしまうのだという。
「いや、俺はただ…」
流されただけ…と、続けるのに躊躇いを感じる。
「なんか楽しそうだったから…」誤魔化すようにそう答えた。

外に出て半分コにしたシールをケーキに渡した。
「ホントに、こんなもの欲しいのか?」
俺の問いにコクコクと頷くケーキ。
プリクラを出たので本来のマスコット業務に戻ったようだ。
シールを手に取ると大袈裟にハシャギ、ポケットに仕舞う。
そして俺の顔に近づき耳元で
『ちょっと待てって!』そう言い残し早足で駆けて行った。
(まさか、まだ何かに付き合わされるんじゃないだろうな…)
五分もしない内にケーキは戻って来た。
そして別のポケットから、入園半額の割引券のシートを取り出し俺に渡して来た…。

【 -マスコットの憂鬱- 】

もうすぐグリーティングの時間が来てしまう。
ゲストは少なくなっているのに、ゴミが一行に減らないのは、モラルの問題に違いない。
お陰で慌てて着替える羽目になった。
黄色の作業着と帽子をテーブルの上に脱ぎ捨てて、洗いざらしのタイツに身体をもぐり込ませる。
鏡には、顔の部分だけ露出した自分の姿。
全身タイツは自信のない顔を強調されているみたいで好きになれない。
恥かしいので、さっさと着替える。
白のソックスを履きハンガーに掛けられたエプロンドレスを手に。
「…ちょっと…臭う…かな…」
ドレスみたいな特別な衣装は、タイツみたいに洗濯機に放り込めばOKと言う訳には行かない。
取り合えず消臭剤を吹きかけて、誤魔化しておく。
ドレス自体、全部一体になっている着ぐるみなので簡単に着れるのは良いが、かなり厚手な上に重い。
唯一の問題点である背中のチャックを一人で難なく閉められるのは、ちょっとした特技だと思う。
ドレスを着た後にカボチャみたいな下着を履き、リボンの付いた皮靴を履けば身だしなみは、ほぼ完成。
仕上げに棚に置かれた赤毛のお面を手にする。
髪が赤いのは、赤毛のアンをイメージしているからだ。
中から固定用のベルトを引っ張り出し、それを取っ手代わりに面を被る。
視界が極端に狭くなると同時に、耳障りな呼吸音が響き渡る。
鼻には時間のたった汗の臭い。
面の中に染み付いた臭いは、いくら消臭剤をかけても気になった。
面をきっちり固定し、鏡の前に立ちくるりと一回転。
スカートとオサゲが広がり宙を舞う。
『よし!カンペキ』

ここに来て5年が過ぎた…。
5年経って、まさか一人で着替える羽目になるとは思ってもいなかった。
その頃は、まだスーツアクターやダンサーも沢山いたのだが…。
客の急激な落ち込みに併せてパレードが中止になりイベントの回数も減り続けた。
今やパレードに欠かせないフロートは、車庫で眠ったまま。
使われなくなった着ぐるみは、ビニールに包まれながらホコリを被っている。
悲しいけど時代の流れと言うしかない。
一緒にいたメンバーも引退したり、条件のいい場所に移ったりで次々と辞めていった。
私も誘われたがどうしても、この遊園地を見捨てる気になれず結局残ることにした。
社員でさえ自分の持ち場は自分で掃除し、時に雑用をこなし
時にチケットを切り、時にお客を誘導する。
そんな涙ぐましいコスト削減も時代の流れには逆らえず近々閉園を迎えることになってしまった。
私の今の仕事は、主に園内の掃除とケーキちゃんの着ぐるみを着てゲストを楽しませることだ。
一応、ホット君というキャラクターとメープルという熊のキャラクターは、休日にだけ出るが…。
中に入っているのは普段、営業で旅行代理店をまわっているNさんとEさん。
共に40過ぎで子持ち。
クジ引きで決まったらしいが、その実状を知った上で必死に繰演する二人を見ると心が痛い…。
だからこの事は、色々な意味で知られてはイケナイ機密事項だ。
(よしっ!そろそろ行くぞっ!)
時計を確認し自分に気合を入れ出発!
関係者以外立ち入り禁止の重い扉を開け、いざ夢の国へ。
そして一歩を踏み出した瞬間、私の心はメイプルランドの住人ケーキちゃんになる…。

(はぁ…)
夢の国は、今日も暇だった。
都心の遊園地が閉園になると決まれば、それを惜しむ客で混雑するらしいが
田舎のマイナー遊園地では、それすら叶わなかった。
ポツポツといるゲストに手を振っても写真すら撮ってもらえない。
それどころか、さっき掃除した場所にタバコをポイ捨てする場面を見てしまい悲しくなった…。
落ち込みつつも気を取り直し辺りを見回す。
狭い視界にカメラを手にした男性を見つけた。
待ち望んでいた 《閉園を惜しむ客》 に違いない!私の直感がそう告げる。
猛然と駆け寄り、ポーズを決める。
男性は、ちょっと怯えていたが快く?写真を撮ってくれた。
背もある。
顔も悪くは無い。
これを逃がす手はない。
このゲストに特別サービスをすることにした。もちろん仕事も忘れてはいない。
まずは、キャラグッズのお店へ行きお土産をねだってみよう♪

【 -無職 ふたたび- 】

2日後、俺は半額券を手に再び遊園地の前まで来ていた。
どうにもあのマスコットの中身が気になる。
面から響いて来た声に聞き覚えはない。
だが声自体が可愛く(ひょっとしたら物凄く可愛いコが中に入っているのでは…)
と、淡い期待が膨らみ好奇心が押えられなくなった。
ちょっとワクワクしながら園内に入…って。
ゲートをくぐってて肝心なことを思い出した。
マスコットとはいえ、必ずしも居るとは限らない。時間帯やお客の入り具合。
それに他のマスコットが出ている可能性もある。
ここの遊園地には、兄貴のホット君なる吊りズボンの男の子とか
メイプルという某 蜂蜜大好き熊のパクリっぽいキャラとか、他にも何匹かいた筈…。
とんでもない無駄足になる不安に駆られながら客の多そうな場所を捜した。

(いた!)幸いあっさり見付ける事が出来た。
今日は腕に小さなバスケットを抱えている。中に入っているのは多分キャンディだろう。
それを子供に配っている。
飴を貰った子供は、お礼?に手を振りケーキもそれに応える。
だがやはり子供は子供なのですぐに興味を失い親をせかして移動していった。
後には、ポツンと佇むケーキ。
その様はブームが去って中古屋ワゴンの主(ぬし)になっている
アーティストを見たようなせつないものがあった。

声をかけるべきか躊躇っていると、前と同じように眼があった。
そして同じように視線をロックし一直線に駆け寄ってきた。
「よ…よぉ…」
ぎこちなく笑う。
『来てくれたの!ありがとー♪』
今日は、いきなり喋り出した。ある意味VIP待遇かもしれない。
「折角貰った券だし…」ポケットから半額券の残りを取り出しヒラヒラさせる。
「…それにしても相変わらず人気がないんだな」
照れ隠しに、そんなことを言ってみた。
それを聞いたケーキは、プンプンと怒った仕草。
とっさに喜怒哀楽を身体の動きで表現する辺り、流石プロだと感心する。
「ところで…」
ここまで来たは良いが、その先のことは考えていなかった。
いきなり 《お面取って顔を見せてくれ》 とは言い辛い。
(携帯の番号でも聞いてみるか…?)
いや…浦安に行って黒ネズミに同じお願いをする場面を想像すると…
やっぱり非常識に思える。
ケーキが(どうしたの?)と言わんばかりに俺の顔をじっと見つめる。
「あ…え、と…どこかオモシロそうな場所ない?」
心を見透かされた気がして、シドロモドロになりながらそう応えた。

最終更新:2017年03月29日 21:41