ゲストと写真を撮ったり遊んだりする事をグリーティングというらしい。
客と一緒に遊ぶのも仕事の内ということだ。
それは、あくまで子供を対象にしたモノ、じゃないかと思うのだが
ケーキは俺を観覧車に案内し、俺より先にゴンドラに乗り込み手招きする。
しっかりケーキの分まで乗り物券を取られた。
何か納得いかない…。
ちょっと躊躇いつつ中に入り、向いに座る。
目の前には、ちょこんと座るケーキ。
白の靴下に赤いリボン付きの靴。
服装はピンクと白のエプロンドレス。
スカートからはペチコートのフリルがちょっとだけ見える。
腕や脚は、白と肌色の中間のような色のタイツに覆われ
生身の部分を完全に覆い隠していた。
顔はバイクのフルフェイスより二回りは大きそうだ。
おおきな瞳と小さな突起のような鼻。笑ったままの口は、ピンクの舌と赤いメッシュ生地。
頬には、ソバカスが画き込まれ、ほんのりと朱が混じっている。
こうして見ていると結構可愛いかもしれない。
窓の景色がゆっくりと下がって行き、ゴンドラが木々を抜け視界が開かれてゆく。
「…観覧車って面白いか?」
俺の問いにコクコク頷く。
「お前が乗りたかっただけだろ?」
《バレたか》とジェスチャー。
「普通に喋れよ」と突っ込みを入れた。
「そういえばツガイ…じゃないお兄ちゃんとペットは?」
『え…?』
俺の質問に面の中から素っ頓狂な声が響いた。
「吊りズボンの兄貴と他の動物達を全然見ないんだけど」
『あっ…ああ…えと…その…』
俺の質問にゴニョゴニョと言葉を濁す。
「もしかして経費削減…?」コクンと頷くケーキ。
話によると人件費を浮かせる為、キャストの数を減らしたという。
ホット君とメイプルに入る役者さんは、休日など客足が見込める時にしか来ないらしい。
その日以外は、彼女(中身の方)がホット・ケーキ・メープルの
三体を代わる代わるやっているのだという。
『でも他の人が入ったキャラクターに入るのは、ちょっと…えへへ』
確かに他人の汗が染みついた着ぐるみなど普通、着たくはないだろう。
ついでに『えへへ』などという笑い方をする女を初めて見た。
ちょっと感動。
『だから、どうしてもって時以外、私はケーキちゃん一筋です』
そういって胸を張る。
「ケーキちゃんって…この世界長いの?」
『うふふ。ひ・み・つ♪』
じっくり見ていると、仕草や喋り方が大げさというかアニメっぽいというか、
しかもそれを素でやっているようだ。ひょっとしたら職業病かもしれない。
サービス業に従事している人が、休日関係のない場所で
思わず「いらっしゃいませ」と言ってしまう様に。
「ミッ〇ィに勝てるくらい演技が上手いよ」と、お世辞を言ってみる。
『ホント?うれしーなぁ~。あはは』
どうやら演技でなく本当に喜んでいるらしい。
一々ケーキの動きが入って紛らわしいが、声のトーンが若干高くなった気がする。
「ところで…」気付くと、もう観覧車の終わりが近づいていた。
「他の場所にも案内してくれないか?もう少し話もしたいし」
『え!?…あっ…うん♪』
俺の言葉が予想外だったのか、驚きつつも嬉しそうに頷いた。
これも演技かもしれないが…。
次に連れて行かれた所はサイクルコースターという奴らしい。
スキーのリフトみたいな自転車に乗り
五メートル程の高さに設置されたレールの上を走る乗り物だ。
二人ならんでキコキコとペダルを漕ぐ。
箱型自転車が空中に伸びるレールの上をゆっくりと進む。
それを見た地上のガキが指をさす。
(何やってんだ俺は…)
当初の目的を思い出したが
このレールを一周しないと終わらないので必死にペダルを漕いだ。
流石に第三者の眼がある所で着ぐるみと遊ぶというのは恥ずかしい。
(とにかく、人目がなくて余計な金を使わない所を捜さないと…)
そしてペダルを漕ぐ内にいいアイデアが閃いた。
「なぁ、これが終わったら森の広場に行かないか?」
『森の広場?』
【 -秘密の森園- 】
遊園地北側の森に芝生の広場がある。ここなら誰も居ないだろうと俺は踏んでいた。
行って見ると案の定、誰も居ない。
俺はケーキをベンチに座らせ「すぐ戻るから」と言い残し
ファーストフードの店に向ってダッシュした。
店に駆け込みメニューを物色すると
写真付きでデカデカと存在を主張するメイプルサンドというのが眼に飛び込んで来た。
20センチ位に切ったフランスパンに
ハム・サラミ・スモークチキンなどが野菜と一緒に、これでもかと詰め込まれている。
どの変がメイプルなのかは謎だ。
一個450円は高い気もするが、それとアイスティを2個づつテイクアウトしてもらう。
10分後、出来たてのサンドが入った紙袋を手に広場に急いだ。
帰っていないか不安だったがベンチに座るケーキを見付け、胸をなで降ろす。
「悪い悪い。待たせたね」と紙袋を置き隣に座る。
「喉乾いたろ?ついでにパンも買って来たから一緒に食おう」
袋から紙に包まれたメイプルサンドを取り出し差し出す。
『わぁ~~~!ありがと~~~♪』
大げさに喜びつつもパンを膝の上に置き、そのままじっと俺の方を見つめてくる。
「…食べないの…?」
『ケーキはお腹一杯だから後で貰うね♪』
「じゃぁ…こーちゃ…」
『喉も乾いてないから、あ・と・で・貰うね!』
後でを強調し有無を言わせない。俺の思惑などバレバレのようだった。
もそもそと一人パンを齧り咀嚼する。その様子を隣でじっと見詰めるケーキ。
妙な空気の流れる時間が過ぎて行く…。
時々吹き抜ける風が心地良かった。
(いっその事、無理矢理取ってみるか…)
サンドを食い終わり、手持ぶたさになった俺の頭に不穏な考えがよぎる。
(そんな事したらやっぱり怒るよな…)
怒るどころか、警察沙汰とは行かないまでも営業妨害で叩き出されるかもしれない。
それに怒らせたら元も子もないのだ。
「…あ~…その~…着ぐるみの中って暑くない?」
『ケーキはケーキだよ。中に人なんていないよ』
キャラクターを演じる者としての模範的な回答が返ってきた。
「お前、観覧車の中でココの裏事情バラしてたろっ!」
俺の突っ込みをシカトし、足をブラブラさせ鼻歌を歌いながらあさっての方を向く。
いい加減じれったくなって来た。
「素顔が見たい」
直球ド真ん中の言葉を投げ掛ける。
『この遊園地が閉園になるまで毎日来てくれたら見せて上げる♪』
(お前は平安貴族かっ!)
焦らされているのを実感し、ちょっとムッときた。だから売り言葉に買い言葉で
「よし判った!無職のパラサイトを舐めるなよ!」と口走った。
風が吹き抜ける。中で呆れているのが雰囲気で伝わって来た。
「朝一に来て毎回スタンプラリーをしてもイイくらい暇だからな」
ぐぅの音も出ないほど呆れているのか、ケーキは動かなかった。
『そんなに見たい?』
動かないまま20秒くらい過ぎた後、ケーキが不意にそう言った。
「見たい!」間髪入れずに答える。
『どーしても?』
「どーしても!!」
『それじゃぁ…ねぇ…』
面を取っている所を他のゲストに見られないよう、広場の脇にあるトイレの裏手にまわる。
涼しく薄暗い木陰の中、一応男女二人きりというシチュエーション。
彼女が顎の下から手を潜り込ませ、面を固定しているベルトを外している。
ナンにせよ、秘密を見せて貰うというのは、ドキドキするものだと実感する。
ただ着ぐるみの頭を取るだけなのに、モザイクが掛かるような部分を
見せて貰うくらい期待と興奮が膨らむ。
ベルトが面の中から垂れ下がった。
どうやら外れたようだ。
そして左右の耳の辺りを手でおさえながらゆっくりと面を持ち上げた…。
・
・ ・
こういう時は、どういう顔をすれば良いのか…。
中からアンダーマスクによって楕円にくり貫かれた、汗まみれの顔が出て来た。
(…びみょう…だ…。)
飛び切り不細工という訳ではないが、色気のカケラもない。
もしかしたら、ちょっと可愛い中学生(♂)と言ってもバレナイかもしれない…。
微妙な顔がニッコリ笑う。
汗まみれで毛穴の汚れが目立つ顔が俺に笑いかける。
面は、まだ両手で持ち上げたままだ…。
俺は面の上に両手を乗せ、ゆっくりと沈めた。
やっぱり、まじめに働こうと思った…。
気まずい空気が流れる。
彼女は、無言のまま面のベルトを閉めている。
この後どうしたものか考えつつ、空しい努力をしていた事を後悔していた。
(さて…どうするか…)
取り合えず礼を言って、この場を去るのが無難な気がする。
そんな事を考えてた時、不意に赤いモノが目の前に飛びこんで来た。
「ゔご!!」
それはケーキの頭だった。
身長差を計算に入れたケーキの頭突きが俺の顔面にクリーンヒットした。
衝撃で後につんのめり、尻餅をつく。
『あっ!ごめんねぇ~。着ぐるみって、前がよく見えないもんだから。つい♪』
「…『つい』じゃねー!この三流マスコット!」
顔がジンジンと痛む。
『ホント、前にお客様がいたなんて…あ゙!!』
とぼけた口調が一転、何やら本気で驚いている。
「…ん?」
只ならぬ様子に、痛む鼻の辺りを触ると血がにじんでいた。
「あ~くそっ。ティッシュティッシュ…って、ねぇ(無い)…」
生憎、ポケットから出て来たのはチリ紙を入れる役目を終えたビニール屑。
『あ…あの…大丈夫?』
ケーキが本気でうろたえている。
俺は鼻血よりも、そっちの方が驚きだった。
取り合えずサンドに付いてた紙ナプキンを鼻に詰め芝生の上に寝転ぶ。
側らでケーキが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
どうやらゲストに怪我をさせてしまった事に責任を感じているようだった。
「そんな心配するなよ。元はと言えば俺が悪いんだし」
『うん…』
明かにトーンダウンしている。そんなに落ち込まれるとこっちが辛い…。
ふと、おかしな事に気付いた。
俺は落ち込んでいるケーキに申し訳無いと思っている。
けど正直、中の彼女に対してそんなに悪いとは思っていない。
つまりケーキというキャラクターが存在していると認識している。
子供騙しの着ぐるみに、子供よりすっかり騙されているのに驚いた。
「お前って、スゴイな」
『…?』
鼻血男に突然褒められ、ポカンとするケーキ。
まぁ当然だが…。
「中身がどうしようもなく地味でも、着ぐるみを着ている時の君はスゴク輝いているぞ」
落ち込むケーキを励ます為、冗談混じりに褒めてみた。
が…彼女は無言だった。
無言のままスクッと立ち上がり後を向いた…かと思ったら、俺の方に倒れて来た。
「げふっ!!」腹の上に着ぐるみが落ちて来た。
肘が鳩尾に入る。
まぢで痛い…。
『ごめんねぇ~。ほら、着ぐるみって前がよく見えなくて♪』
「前が見えないと後に倒れるのかよ、この糞マスコット!重いからどけっ!」
ケーキは、そのまま俺に寝そべり退こうとしない。
人の身体をクッション代わりにし、鼻歌でメイプルランドのテーマ曲を歌っている。
「退けっての!どかないと鼻血と一緒にメイプルゲロをぶちま…」
いい加減邪魔なので、抱き起こして退かそうとしたが…。
意外に抱き心地が良い。
体形をあわせる為の肉襦袢?とボリュームの有るエプロンドレスが
気持ちの良い弾力になって腕に伝わってくる。
退かすのが惜しくなり、動きが止まってしまう。
この生きた人形を抱きしめながら、妙な時間が流れる。
彼女は嫌がりもせず何事もないように鼻歌を歌っていた。
やっぱりヘンな奴だと思った。
もっとも、鼻からナプキン垂らしながら
着ぐるみに抱き付いている男の方がよっぽど変人かもしれないが…。
『…また来てくれる?』
突然、鼻歌が止みそんな言葉を投げ掛けて来た。
「ん?…あ、ああ。…どうせ無職だしな…」
【 -無職 みたび- 】
また来るという約束通り(毎日はウソだが…)次の日もメイプルランドへ。
半額とはいえ、入る度に取られる入園料が無職には痛い。
今日のケーキは、いつもの広場にボロッちいCDラジカセを置き
そこから流れ出るメイプルランドのテーマ曲にあわせ踊っていた。
(あいつホントに色々やるんだな…)
芸の広さに感心するが、観ているのが親子連れ一組という痛々しい絵面。
何だか見ているこっちが泣きたくなる…。
どうにも声をかけ辛い状況だ。
曲にあわせケーキがくるりと回転する。
目があった気がした…。
確か着ぐるみは視界が悪い筈だし、俺も目立たない場所に居たと思う。
だがケーキの動きが止まり、俺の方をゆっくり振り向いた。
嫌な予感がした。
(こっち来ンなっ!)
目ざとく俺を見付けると一直線に駆け寄り、ガッチリと腕をつかむ。
そして、そのままズルズルと広場に引っぱり出された。
CDラジカセが無駄に明るい曲をエンドレスで奏でる。
広場には明るく踊るマスコットと、それに振り回されるゲストの姿があった。
『ノリわるぅ~っ!』ケーキがブー垂れる。
「一応最後まで付き合ってやったんだ。感謝くらいしろ」
一通りダンスに付き合わされ、見事に晒し者にされた。
しかもケーキにダメ出しまでされる。
痛々しい一人ダンスにギコチナイ野郎の踊りが加わり
寒々しく痛々しいダンスショーになってしまった。
気付くと、さっきまでいた親子連れも居なくなり、通りすがりの客に
チラチラ覗かれるという、目も当てられない状況。
それでも最後まで付き合ったのは、ホンの少しだけ楽しかったからだ。
『まったく、これじゃ先が思いやられるよ』
「…お前、何言ってんの?」
意味が判らない。
(…って言うか俺はどこに連れて行かれるんだ?)
ダンスが終わるとCDラジカセを持たされ、人気のない建物の前に連れて来られた。
白い倉庫のような建物。
その裏側にまわり 《関係者以外立ち入り禁止》 のプレートが掛かった金属製の扉の前に立つ。
「おい、ここって…」
『いいから、いいから♪入って。あ、ラジカセはテキトーな場所に置いてね』
「テキトーって…」
扉を開けた瞬間テキトーの意味がわかった。
車が8台くらい入りそうな部屋に
ダンボールやら何かの機材やらが、それこそテキトーに積み上げられていた。
どうやらここは本当に倉庫のようだ。言葉通りテキトーにラジカセを置き、ケーキについて行く。
最終更新:2017年03月29日 21:46