部屋の奥にあるドアを開けると通路があった。
そこも消防法など眼中ねぇ(無い)!といった感じの空間。
夢の舞台裏とは、こうも汚いモノかと逆に感心する。
通路の一番手前の部屋に通されると
そこには、安っぽいテーブルとパイプ椅子が四脚、それに予定が書かれたホワイトボード。
ゴミ袋には、ゴハン粒の張り付いた弁当容器がギッシリ詰め込まれている。
どうやらここがケーキの住みからしい。
『ねぇ?「キャラクターの中に入りたいなぁ~」とか思ってない?』
「はぁ?」
(イキナリ殺風景な部屋に連れて来て、何を言ってるんだコイツは?)
『ちょっとの時給でもいいから、遊園地の最後を見届けたいとか
わずかな日給でもいいから、キャストとしてゲストを楽しませたいとか
ノーギャラに近い報酬でいいから着ぐるみを着て舞台に立ちたいとか思わない?』
「…思うって言ったら…どうなる?」
『ジャ~~~ン!!今なら先着一名様限りでオオカミのバター君になれま~す』
そう言いながら壁に張られたポスターを指差す。
色あせたポスターにはメイプルランドの全キャラクター写っている。
その中に一人背の高いマヌケな顔をしたオオカミがいた。
「…なってどうする?」
『メイプルランドの有終の美を飾るお手伝いができま~す』
「………」
どうやらオオカミの着ぐるみを着せて何か手伝わせたいらしい。
「ここって、ド素人の手も借りたいくらい人手と金がないのか?」
『うん!』
開き直ったような返事をされた。
「…ここに来るのだってタダじゃないんだけど…。金払ってタダ働きみたいな真似するなんて
おかしな宗教にハマってる奴じゃなきゃ出来ない相談だな」
『タダなんて言ってないでしょ!本当にショボイだけよ!』
「似たようなモンだろ?いくら俺が暇人だからって無理過ぎ。
安く済ませようとしないで、専門の役者に頼めよ」
俺がキッパリ断るとケーキは落ち込んでしまった。
いや、落ち込んでいるのは中の彼女なのだが
やはり、ケーキが落ち込んだように見えてしまう。
『あ、あの…なんて言うか…今から依頼しても、結局稽古に時間が掛かるっていうか…その…』
何だか急に歯切れが悪くなった。
「稽古?休日には他の役者も来るとか言ってなかったけ?熊とか兄貴に入る」
『本当は、ここの社員がクジ引きで入っているの…。
今、入っているのは40過ぎの営業の人が二人…』
「…まぢで!?」
コクンと頷くケーキ。
俺は、くたびれたオジさん二人が
メルヘンチックな着ぐるみに入るシーンを想像してちょっと気の毒になった。
『そんなキビシイ現状でも最後くらいはキャラクターを全員だして、パレードして花火上げて
華やかに〆ようって話になって…けど、みんな一杯一杯で人手が足りないの…』
うつむきながら、首をゆっくりと横に振る。
こんな時までキャラクターに成りきらなくても、いいと思うのだが…。
『そこで住所不定無職さんの出番!』
「……いや…住所はある」
『とにかく暇な、あなたの出番なのよ!』
ビシッと指まで差して来た。
そんな宣言をされても困る。
「…幾等なんでも冒険し過ぎだろ?素人出してイベントが台無しになっても
知らん…っていうか、オレ責任なんて取れないぞ」
『その辺は大丈夫。何かあったら私が全部被るから』
何故か自信満々に胸をはるケーキ。ここまで言われると断り辛い。
「わかった……わかったよ、そこまで言うならやってやるよ。
ただし、俺は無知・未経験のカンペキな素人だからな」
実に恩着せがましく言ってみる。
本音を言うと話を聞いている内に、ちょっと興味が湧いて来たのだ。
『うんうん。大丈夫大丈夫♪きっと出来るから♪』
ケーキが俺の手を握りながら嬉しそうに保証する。
そして次の日、その保証の根拠を思い知らされる事になった…。
【 -マスコットとマスコット- 】
彼女に関して驚く事が四つあった。
1 髪を出すと、角度によっては可愛く見える。
2 チビッコい癖に実は年上。
3 着ぐるみを脱ぐとアニメっぽい言動が止む。
そして最後は…。
ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピピィィィィッ!!
「ほらっ!回転が遅いっ!もっと脚上げてっ!」
『ま、待てっ…待って…死ぬ…』
「もう、へばったの?根性以前の問題ね。今時幼稚園児だって、そんな泣き言いわないわよ」
(#コイツはぁぁぁ!!)
ジャージ姿にホイッスル、パイプ椅子に踏ん反り返り、足まで組んでる。
その内、竹刀でも持ち出しそうだ。
《きっと出来るから♪》の意味は、《いきなり着ぐるみに入れて動作からダンスまで
徹底的に叩き込めば、きっと出来るから♪》という意味らしい。
暑さと酸欠のサウナ地獄。
鼻はすぐ馬鹿になり、最初に感じた面のイヤな臭いを感じられない。
臭いを気にするより酸素を貪り食う方が先だ。
「ほらほら、さっさと立ち上がりなさい。
そんなんじゃダンス憶える前に遊園地が終了しちゃうわよ」
『その前に…俺の意識が終了しそうなんですけど…』
「意識なんていらないから、考えずに身体で憶えなさい!」
『いや、そう言う意味じゃなくて…』
「立たないならチャック縫い付けて、口からゴキブリ放り込むわよ」
『…お前ってオニだな…』
10カウント寸前のボクサーみたいに、よろよろと立ち上がる。
もう、ひと夏分の汗を流した気がする…。
朦朧とする意識の中、鏡に写る自分の姿が目に入る。
寸胴で短足でコミカルな顔のオオカミ。
特徴は、脛の部分だけ黒いタイツで膝上からフカモコ毛皮が膨らみ
遠くから見るとスゴい短足に見える。
例えるならアメリカンドッグみたいな脚というべきか…。
バター君の表情は、開いたままの口から舌が垂れ下がり
ちょっと逝っちゃってる様な眼をしている。
このマヌケヅラの中から垂れ下がる、首隠し毛皮のせいで通気性が悪い事この上ない。
これが今の俺の姿だ。
無職からオオカミになるなんて、誰が予想出来よう…。
「『お前』じゃなく『先輩』でしょ!バイトくん」
まぁ、確かに雀の涙みたいなバイト代でも雇われた身分には変わりない。
しかし、お客様から下っ端バイトになった途端、この豹変ぶり…。
『ボクは、素顔の先輩よりケーキちゃんの方が好きです』
チクリと嫌味を言ってみる。
「私はバター君をイジメてる自分が好き♪」
『……。』
(こいつイイ性格してるよなぁ…)
基本的な動作や演技を三日間、みっちり叩き込まれ
とうとう園内デビューする事になった。
と言っても、お客に愛想を振りまくだけだが。
それでも俺一人では心配なのでケーキがサポートに付く事に。
お互いの着替えを手伝いながら、遊園地のキャラクターになっていく。
着替えるといっても、タイツを着た状態なので、色気のある話ではない。
先輩が身体を入れた後、エプロンドレスを引っ張り上げチャックを閉める。
小物を用意し面を被せ、仕上げに身だしなみを整える。
ふと、気付いたのだが着替えをサポートしている時の先輩は何故だか嬉しそうにみえた。
『いい?明くるく元気に!ゲストの前で喋っちゃダメよ』
『うぃっす!』
『…バター君。返事は「ハイ」…いいわね?』
『うぃっす!了解です!』
『…バター君。もしかして頭悪い?』
『うるさい赤毛。俺の方が真のマスコットだという事を証明してやる』
すでに、吹っ切れた俺は無駄にテンションが高い。
『もしかして…暑さで頭やられちゃった…?』
『うるさい!今から俺と勝負だ!お客に人気がある方が勝ち。
負けた方は、バツゲーム』
『別にいいけど…、勝ち負けの判定は誰がするの?』
『俺の主観!』
ケーキを置き去りにし園内へ。
そこには、普段と違った世界があった。
着ぐるみ姿でゆく、生身では味わえない世界。
黒目のサングラスと口の隙間から、夢の国を覗き見る。
まるで【隠れん坊】の時、物陰から鬼を覗いている気分。
自分であって自分でない感覚。
この上なく目立つのに誰だか判らないという矛盾。
暑苦しい着ぐるみに入りたがる奴の気持ちが少し理解出来た。
・
・
・
・
主観に頼らなくても、結果は俺の圧勝だった。
エントランス広場に着く前から、子供たちが駆け寄って抱き付いて来る。
手を繋いだり、抱き上げたりで引っ切りなしに写真を撮られた。
垂れ下がるシッポと手に付いている肉球が強力な武器となり
チビッ子達をメロメロにしていく。
まさにフカモコの勝利。
商売敵であるケーキの方を見ると見事に閑古鳥が鳴いていた。
『…ふっ』
その様を鼻で笑い、追い討ちに指を差して大笑いしている仕草をする。
彼女の演技指導がさっそく役に立った。
控え室に戻ると一足先に戻っていた先輩が、見た事もない優しい笑顔で俺を迎えた。
ケーキの頭を取り、アンダーマスクを首まで下げ、汗に濡れた髪が光っている。
口惜しがって文句を言ってくると思っていた俺は、その笑顔に戸惑った。
「どう?初めてのグリーティングは?楽しかった?」
『え…あ、うん…。』
意外な問い掛け。
「…よかった。初めて会った時、元気がなかったから心配だったの」
『………』
頭を殴られたような衝撃。
ひょっとして、彼女は俺を励ます為に、この仕事に誘ってくれたのだろうか…?
だとしたら、全タイで嘘ストリーキングをやらせようとしてた俺は、どうしようもない馬鹿だ。
さっきまでハシャいでいた自分が物凄く恥かしい。
やはりこの人は、小さくても年上の女性(ひと)だった。
そして自分はデカイだけガキだ……。
『先輩…ありがとう…』
ショックから立ち直りポツリと呟く。彼女は、何も言わず微笑んでいた。
その微笑みをサングラス越しに見つめる。
その笑顔がすごく魅力的に見えた。思わずこのまま抱きしめたくなる。
見詰め合う、着ぐるみオオカミと微笑み少女?
兎に角、何か言わないと気まずい…。
『ところで、バツゲ…』
「バター君から見て、あれは引き分けよね」
途端に笑顔がひきつった。
やっぱり、単に誤魔化したかった、だけかもしれない。
【 -終わりだよ。 全員集合!- 】
休園日。いよいよ、フィナーレに向けての練習が始まる。
大きな鏡が張られた稽古部屋にメイプルランドの全キャラクターが集合した。
吊り半ズボンの男の子ホット君。
エプロンドレスの女の子ケーキちゃん。
樹の妖精ミックス。
熊のメープル。
アライ熊のシロップ。
狼のバター。
兎のミルク。
総勢七体ものキャラクターが一同に会した。
ちなみにミックスは妖精と言っても、羽根のはえた可愛らしい奴ではなく
カエデの葉がウロコ状に重なった松ボックリみたいな体形にサンタ顔が付いている。
はっきり言ってキモい。
そしてそれらのキャラクターに入っているのは…。
俺と先輩を除いて、一番若いのは兎のミルクに入る三十路を一歩こえた女性。
普段は、園内にあるレストランで働いているらしい。
他は…あまり言いたくない。
ホット君が娘に「お父さん!臭い」と言われた事を嘆く。ミックスが次の職場の事を憂う。
メイプルとシロップがそれに同調する。
クジ引きで負けたり、背が低いからと言う理由で選ばれた男達。
それでも最後のイベントを成功させようと、悲壮感漂う決意に満ちている。
言わば覚悟を決めた男達だ……そして、その熱意は見事な空回りを見せた。
(動きがゼンゼン合わねぇ…)
ミックスとメープルが1テンポ遅れるのは重たい着ぐるみの所為だろうか?
あと、ダンスが終わって腰を叩くのも勘弁して欲しい。
不安を抱えながらも練習の日々が過ぎる。
男達は、数日遅れの筋肉痛に耐えつつ営業日の僅かな時間に練習し
初日と比べると随分観られるモノになっていた。
何だか偉そうな言い方だが
干物にされかけた俺と比べれば、まだ甘いと言えよう。
しかし、あの厳しいレッスンは本当に必要だったのだろうか?
地味顔だのなんだのと言った事への報復ではないだろうか?
ひょっとしたら、バイト自体が先輩の壮大なしっぺ返しかもしれない…。
だが、それだけは信じたくない自分がいる。
俺としては、好意的な理由で誘ってくれたと信じたい…。
残念ながら初めてのグリーティング以来、進展らしい進展もせず
先輩と後輩の馴れ合いのような日々が過ぎた。
このメルヘンチックなアルバイトも、もうすぐ終わりを告げる。
その時、俺はどうなるのか…。
また、ズルズルと無気力な日々に戻るのか?
そうなったら今度はいつ、立ち直れるだろうか…?
『先輩は、ここが終ったらどうする?』
グリが終り控え室に戻った俺は聞くのを躊躇っていた質問を投げ掛けた。
『……』
先輩は無言。
『もしかして、地方のテーマパークへ行くとか?』
そうなったら、バイトが終わった時点で彼女ともお別れだ。
だが、幸い彼女は首を横に振った。
長いオサゲが背中に当りペチペチと、かすかな音をたてる。
『先輩、付き合ってる彼氏とかいるの?』
ペチペチ…。
『彼氏もなく行く宛てもない先輩に提案なんだけど…』
『……』
ケーキの笑顔がじっと見つめる。
『先の見えない者同士、一緒に暮らさないか?』
『…え?』
『つまりアパート借りて、そこを拠点に就職活動しませんか?と言ってる訳だ』
ポカンとするケーキ。だが、次の瞬間堰を切ったように笑い出した。
『笑うのは、返事をしてからにしてくれ』
『だって…変な人だとは、思ってたけど、ここまでとは…』
この人に変人扱いされるのは、心外だ。
『一応、これでも真剣なんだが…』
『判ったわよ。その提案にのって上げる。けど、一つだけ聞かせて』
先輩の口調がまじめな物に変った。
『素の私とケーキちゃんをやってる私。どっちが好き?』
『ケーキちゃん』
一秒も考えず即答した。
最終更新:2017年03月29日 21:50