月曜の午前、悟史は大学の大教室で須藤さつきの講義を聞いていた。

何度かサボりがてら、講義を聞きに来ていたが途中で帰っていた。
しかし、今日は違う。
講義を聞き終わり、帰ろうとする須藤さつきに声を掛けた。

「須藤先生、これ見てください」
一枚の紙をさつきに渡す。
さつきは悟史のことは覚えていないようだった。

紙を受け取ったさつきの顔色が変わる。
その紙にはUMAカフェの場所と地底人の全身写真とマスクオフでハッキリと須藤さつきと判る写真が載せられていた。

ジッと紙を見つめるさつき。
不意に何か思い出したようで、睨むように悟史を見る。

そして、「これって、出入り禁止に対する嫌がらせ?」強い口調で言い放つ。

悟史はとぼけた顔で「裏面も見て下さいよ」と。

裏面には、UMAスタッフパーティと書かれ、悟史の家の場所と日時。
持ち物に地底人の着ぐるみと書いてあった。
それにマスクオフでの集合写真が印刷されていたが、顔が判るのはさつきだけであった。

「脅し?」悟史を睨み、強い口調のさつき。
「どう、解釈していただいても」と悟史は言い残し大学を後にした。

さつきが来るかは分からないが、あの悔しそうな顔見ただけで、悟史は満足していた。


パーティと指定した当日、なぜか悟史はドキドキしていた。
もしかすると、ワクワク?
自分の気持ちの整理もついていないとき、チャイムが鳴った。
覗き穴を覗くと、大きな鞄を持ち、かなり不機嫌そうなさつきの姿がそこにあった。

悟史は笑顔で迎え入れるが、さつきは一言も喋らない。
「コーヒーでいいかなぁ?」悟史が聞くと、「ええ」強い口調で返事が返ってきた。
「ソファにでも座ってて」と声をかけて、コーヒーを準備する。

突然、リビングから「きゃあ!」と悲鳴が聞こえてきた。
コーヒーを運び、悟史がリビングへいくと、さつきが立ち上がりソファの上を指さしていた。

さつきの指さす先には、発泡ゴムでできたクッションが、クネクネとイモムシのように動いている。

「なに?これ?」驚きでさつきの声は高くなっている。

「ああ、これ、クッション」
「森村美優入りの」
「河童のといった方がいいかな」とさつきを見る。

それを聞いたさつきは色々と悟史に質問しようとしたが、出てきた言葉は「あの美優ちゃん?」だけだった。

悟史は「そう」と答え、どうなっているのか説明し始める。
「まずは彼女にラバースーツを着て貰い、汗をかいても外に漏れないようにしてます」

「全身をラバースーツに包まれた彼女をさらにラップで包んでいます」
「両足を揃え、膝を曲げた状態、そして腕は体の側面につけ、肩が後ろになるまで、胸を張った状態にしてラップを巻いています」

「この状態からさらに彼女がコンパクトになるように、ラップを巻き、棒状の発泡ゴムの中をくり抜いた中に彼女を収め、蓋をして完成」

「小さな彼女をさらに小さくし、接着剤で完全に封をしているので、見た目には人が入っているなんておもわないでしょ」と。

クッションに美優が入っていることを知ったさつきは、心配そうにクッションに触れる。

悟史はさつきに「クッションのどちらか片側にまとまった穴があいているから、そこだけは塞がないように」と注意する。

さつきはクッションの穴を探し、耳を近づける。
確かに人の呼吸音が聞こえる。
「大丈夫?」さつきがクッションに問いかけるが、返事はない。

「いい忘れてたけど、彼女は耳栓してるから聞こえないよ」
「それに口には、ボールギャグをしているので、喋ることも」と付け加える。

「大丈夫なの!」強い口調で悟史に尋ねる。
「多分、彼女が望んでやってることだから」

なんてこと、といったリアクションで手で頭を押さえ、発泡ゴムの椅子に座る。

その途端、さつきは声をあげる「ヒャッ、今度はなに?」
再び立ち上がり、振り返るように椅子を見るさつき。

「勢いよく、座るからビックリしてるじゃないか」と悟史がいう。

「だれが?」

悟史は椅子の後ろに回り込み、椅子に手をかけ「紹介するよ、小野寺美香、宇宙人といった方が分かりやすいかな」と。

美優入りのクッションのことを聞いたあとなので、さつきの驚きは半減していた。

マジマジと人間椅子を見るさつき。
確かに、胸の大きな美香が入っていることを証明するかのように、背もたれに胸のような膨らみが2つある。

「どうやって、2人と知り合ったの?」さつきが質問する。

「どうやって?」頭を捻る悟史。
「まあ、君ともこうやって知り合ってる訳だし」とはぐらかす。

悟史は続けて「そんなことより、コーヒーを飲んで、着替えてくれないかなぁ、地底人に」

「あなたの前で地底人の着ぐるみを着れば満足なのね」
「それで、ビラを大学でまかないと約束してもらえる?」

悟史は頷き、「約束するよ」と。

「インナーに着替えたいから、トイレ借りるわ」そう言うと、鞄からインナースーツと地底人の着ぐるみを取り出し、着ぐるみはソファへ。
インナースーツを手に持ってトイレに向かうさつき。
インナースーツは地底人の着ぐるみと同じように土色をしており、ウエットスーツのようであった。

リビングを出ようとするさつきの背中に「着ぐるみ見ててもいいかなぁ?」と悟史が問いかけると、「どうぞ、ご自由に」と返事が返ってきた。
そして、さつきはリビングのドアを強く閉めさっさと出ていってしまった。

さつきが着替えている間、地底人の着ぐるみを観察する悟史。
頭の部分が回すことで取り外しができるようになっていて、頭を外して脱着するタイプ。

着ぐるみ自体はさつきよりも少し大きく造られているが、腕や脚には綿のような物が詰められていて、着ぐるみを着ると中でしっかりと固定できるようになっている。
しかし、関節部分は詰め物がないので自由に曲げ伸ばしができる。

頭の部分も空間的に余裕があるため、長時間の着用が可能であることが分かった。

見事な造りの地底人の着ぐるみに見惚れていて、背後にインナースーツに着替えたさつきが戻ってきていることに悟史は気づいていなかった。

全身をインナースーツに包まれ、顔だけを出したさつきが声をかけると、ビックリして着ぐるみから離れる悟史。

さつきは地底人の着ぐるみを手に取ると、手馴れた感じで足を通し着ぐるみを着る。
腕を通し、大きな3本爪にも指を通し、しっかりと動くことを確認。
最後に頭を被り、回して中の金具に引っ掛けて固定して、地底人の出来上がり。

悟史よりも小さなアルマジロを模したリアルな着ぐるみが「どう?これで満足?」篭った声で悟史に詰め寄る。

その迫力に後ずさりしながら「ああ」と答え、「写真撮らせてもらっていいかなぁ?」と尋ねる。
地底人は「大学にはもう2度と来ないなら」と篭った声で答える。
悟史は手でOKサインをし、「カメラ取ってくるから、座ってて」と。

地底人は美優の入ったクッションを踏まないようにソファに座る。
しばらく待っていたが悟史はなかなか戻って来ない。
さつきはいつもの地底人の着ぐるみの中で緊張が解けたのか、それとも着ぐるみの中が暖かかったのか、美優の入ったクッションに寄り添うように眠ってしまった。

悟史はその様子を隣りの部屋から、コッソリ覗きみていた。
地底人が眠ったのを確認してから、リビングへと戻る。

さつきが先ほど飲んだコーヒーには睡眠薬が入っており、それが効くのを悟史は隣りの部屋でジッと待っていた。

悟史は地底人の頭を回して外す、思ったより効きが遅かったが、さつきはよく眠っている。

まず、よく眠っているさつきの口と鼻を覆うようにマスクを取り付ける。
このマスクは特殊な物で、人の声が動物の鳴き声のように変換される。
おまけにガスマスクのような効果もある。

続いて、地底人の着ぐるみとインナースーツの間に発泡ウレタンを流し込む。
流し込み過ぎると膨張して着ぐるみが破損してしまう恐れもあるので、慎重に作業する。
こうする事でさつきは簡単に着ぐるみを脱ぐことが出来なくなった。

着ぐるみの肘や膝のところにも発泡ウレタンを流し込む。
悟史は着ぐるみを見ているとき、事前に穴をあけて準備してあった。
関節を自由に曲げることのできる箇所に発泡ウレタンを流し込むことで、腕や足の動きを制限し動物のような動きになると考えたのだった。

最後に地底人のマスクの金具にたっぷりと接着剤をつけて、マスクを被せて回す。
これでさつきは地底人改め、巨大なアルマジロとなった。
着ぐるみを脱ぐこともできず、自由に動くこともできない。
声を上げても動物の鳴き声しかでない。

こんな状態で外へ放置されたらどうなるのだろう。

ふとそんなことを思いついた悟史は、そのまま実行に移す。

まだ、眠っているさつき、いや巨大なアルマジロをダンボールへ入れると、台車に載せ、車へと運ぶ。

そして、家から少し離れた森林のある公園に車を停めると、ダンボールを再び台車に載せ、森の中へ置いて立ち去った。

悟史が引き上げてしばらくしてから、いつもと違う息苦しさと圧迫感でさつきは目覚ます。

目の前は真っ暗。
「あの男、なにかしたな」
さつきはそう言ったつもりだったが、さつきの耳に聞こえてきたのは「ガゥゥゥ、ガァガァ」と動物のような鳴き声。

「え、なに?どうして私の声が出ないの?」
「ガゥ、ガァ?ガガガァガゥガガガゥ?」

言葉が出ないことに戸惑うさつき。
体の回りにはなにか当たるものがある。
慎重に立ち上がると、ダンボールはすんなりと開いたが、周りは見知らぬ夜の森。
おまけに言葉が出ない。

周りにひとけはなかった。
冷静になろうと一旦ダンボールの中へ。

格好悪いが頭を外して、ここが何処なのか確認しようと、頭を回そうとするが腕が思うように曲がらない。
「グゥ、グゥ」動物のような声をあげながら、なんとか頭を回すが接着剤で固定された頭はまったく動かない。

どうなってるの?心の中で思いながら、苛立たしさからダンボールを叩く。
尖った3本の爪はダンボールを貫通する。
反対側のダンボールの壁を支えにダンボールから飛び出した腕を引き入れようとするが、支え側の腕もダンボールを飛び出してしまう。
両腕が使えなくなった着ぐるみを着たさつきの入ったダンボールは、得体の知れない動物の腕が飛び出した奇妙なダンボールになってしまった。

これでは余計に動きが取れない。
それなら、立ち上がればダンボールを破り両腕が解放されると思い、勢いをつけて立ち上がる。

しかし、さつきの考えとはウラハラに湿った土の上に置かれたダンボールの底は水を含み、脆くなっていた為、底が抜ける。
それも脚だけが飛び出した形で。

腕の自由を奪われた次は脚の自由も奪われ、なんとも滑稽な姿となってしまった巨大アルマジロ。

ふと、気がつくと何やら周りが騒がしくなっている。
ダンボールからの脱出に気を取られ、気づかない内に動物のような声を上げていた。

それに気づいた人々が集まって来てしまった。
どうしよう?
こんなリアルな着ぐるみに加えて動物のような声を上げていて人間が入っていると分かってもらえるだろうか?

さつきの想像通り、さつきが少し動くだけで周りが騒つく。
なんとかしなければ、曲がらない脚で必死に駆け出すさつき。

しかし、何かに引っかかり動きが取れない。
暴れて脱出を試みるが、益々動きが取れなくなり、そして動けなくなってしまった。

通報で警察が出動し、網によりダンボールに収まった奇妙な動物が捕獲された。
大きな鉄製の檻が用意され、そこへ押し込まれた後、網とダンボールが外される。
ダンボールで視界を奪われていた、さつきは自分が動物として檻に捕らえられたことを知る。

テレビカメラもその姿を撮影し、報道される。
檻の中で大きな叫び声を上げた巨大アルマジロがトラックに載せられて運ばれていく。

その様子は悟史の部屋のテレビにも映し出されていたが、家に戻った悟史は美優の拘束を解いていた。

人間クッションから解放された美優は、すごく満足そうにしていた。
悟史は美優を見送ると、人間椅子に腰掛け、ニュースを見る。

もうその時には巨大アルマジロ捕獲のニュースは終わっていた。
悟史は人間椅子の中へと繋がるリモコンのスイッチを入れる。

人間椅子は震えるように動き出し、悟史はそれに合わせるかのようにさらに深く人間椅子に腰をかけた。



おしまい
最終更新:2017年04月21日 06:41