George(2007-3-12)
≪魑魅魍魎 美食の宴≫第二章 天狐
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「はぁ… 本当に戻ったんだなぁ…」
「…そうでやんすねぇ…」
「ウン・・・」
ここ老舗旅館「
黒塚亭」の二階で、切り切りトリオの三匹が疲労感と脱力感に
その身をさらしていた…。
しかし不思議な事に、それと同時に妙な安堵感でいっぱいである事も事実で
あり、今この瞬間が意外と心地よかった。
記憶が戻った事も理由の一つではあるが、実のところ女将鬼婆の調合した
精神安定剤と疲労回復を兼た漢方薬のお蔭だと言う事に、三匹は気付いて
はいなかった。
あの後女将にあれこれと聞かれ、洗い浚い知っている限りの事を白状したが、
不思議と後悔の念は三匹にはなかった。
女将はその後、旅館の仕事の為に部屋を出て行ったが、意外な言葉を三匹
に残して行った。
「部屋にある物は自由に使いな… 働くんだったら食事も風呂も世話して
やるよ… うん?」
ゆらりゆらりと軽い足取りで消えていく女将を思い出しながら、網切が呟く…。
「しっかし、それにしてもあのバ… いやいや、女将には驚いたな?!」
「へい、あっしも自分の目を疑いやしたよ… まさかあんなベッピンだった
なんて… 本当の姿がアレだって言ってやしたよねェ?」
「ああ… ったく、俺様がこんな事言うのも変な話だが… 妖怪って奴ァ本当
見た目じゃわかんねェもんだよなぁ…」
「・・・ウン」
「…そう言や女将、゛この姿、宗旦以外に見せるのは久しぶり″とか何とか
いってやしたよね?」
「んあ? ああ、言ってたな…」
「・・・ウン」
二階の窓の外からは、ポカポカとした日向の匂いが漂って来る。
先ほどから何か考え事をしているかのような網切に、子分の髪切り「髪助」
は気付いていた…。
初めは女将による「まいんどこんとろーるの術」の後遺症かとも思ったが、
髪助自身の意識をとうにハッキリしていたし、仲魔の黒髪切り「黒吉」の様子
を見ても、普段と何ら変わらないのは一目瞭然である。
「あのぉ、親分… どうかしたんでやんすか…?」
「んあ? おう、いやなぁ… これからど~すっかなぁと思ってな…」
「へっ?」
「フッ… 何か俺達ぁ、上の連中から見放された感じがしてなぁ…」
「ああ、そうでやんすねェ…」
「ウン・・・」
「俺達がここの連中にとっ捕まった時だって、誰も助けに来なかったみてェ
だしなぁ…」
「・・・・・・」
女将からこれまでの自分達の経緯を聞かされた三匹は、正直自分達の
所属する組織に疑問を抱き始めていたのだった。
組織にとって、自分達の存在価値はあるのだろうか?
自分達は組織の捨駒に過ぎなかったのか?
しばらく三匹の間を、沈黙が支配する…。
「あっしと黒吉は… どこまでも親分に着いて行くだけでさぁ」
「ウン!」
「フッ… ありがとよ」
髪助の言葉に少し照れくさそうに応える網切であったが、すぐに表情を
変えると別の話題に切りかえる。
「そう言やさっきの話しだがな? ほら、女将が゛宗旦以外に見せるのは
久しぶり″ってヤツ!」
「あ、へいへい!」
「ウン!」
「ってこたぁ… まさかアノ二人はよぉ !?」
「!!」
三匹の顔がイヤラシイ表情へと変わる。
「ぎゃっはっはっはっはっ!! んな事ある訳ねェよなっ?! 狐と鬼婆が付き合って
たなんてよぉ !!!? ぐははっ!! ヤカンヅルが茶を沸かすぜ、なあっ?!!!」
「ひぃ~っ!そうでやんすよ、んな馬鹿な話っ!! でも面白いでやんすなっ!!!!」
「ウン!!」
「がははは・・・ はぁ・・・ 」
「ひひひぃ・・・ ふぅ・・・ 」
「・・・・・・」
再び、しばしの沈黙が訪れる…。
「いい奴等だなぁ… あいつ等… 」
「でやんすねェ… 」
「ウン… 」
「まいんどこんとろーるの術」の実験台にされた挙句に、キツネ亭でいい様に
使われた事が、そんなに良い待遇には思えないのであるが、単純な分だけ
考え方もプラスで楽である。
しかしながら、普通敵の刺客を生かしておくなど人間界はおろか、妖界では
考えられない事であるから、やはりあの三凶と言う存在、他の妖怪達とは
どこか器が違うようである。
外では遠くの方で、以津真天が鳴いている。
「ねえ親分… 何つうかその… あっしは学が無ェもんで難しい事は
よっく解かんねェんでやんすがね? …あっし等はあっし等の道っつうモンが
あるんじゃねェかなぁ~と思うんでやんすよ…」
「・・・ウン」
「あっ… 出過ぎた事言っちまって申し訳ねェんでやんすが…」
「いや… そんな事ねェぜ髪助!」
「へっ?」
前までの網切であったなら、今の髪助の言葉に対して即座に怒鳴りつけた
であろう…。
しかし、今回の一連の騒動で、網切は親分としての器に磨きが掛かった
ようであった。
「俺達には俺達の道がある! そうさ… いつでも答えは一つじゃねェ!!
正しい物とそうで無い物を完璧に見極める事なんかできやしねェ!!!!
…でもよぉ、自分の信念に反する事だけは解かる気がするぜっ!!!!!!!!」
「お… 親分っ!!!!」
「ウンッ!!!!」
「今、俺達切り切りトリオが成すべき事は、もらった義理はキッチリ返すって
事よっ!! そうだろ?髪助!黒っ!」
「へ、へいっ!!」
「ウンッ!!」
網切が立ち上がる。
続けて髪助と黒吉も立ち上がった。
「行くぜお前達! 俺達の居場所が決まったぜっ!!!!」
そう叫んだ網切を先頭に、切り切りトリオの三匹は鬼婆の住処である
黒塚亭を後にした…。
その足は、元自分達が所属していた組織、天狐軍団の居城のある
千邪ヶ谷へと向っていた…。
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最終更新:2016年08月05日 21:32