KARASU(2007-1-13)
伝吉と別れた京介は、コンビニで「コンビニDEキツネ亭」を数種類と悪衛狸明日と恐怖と派山バーガーとカップ麺幾つかを買い、数週間ぶりに自宅兼店に戻った。
からりと引き戸を引くと、店には三匹の妖怪がいた。
一匹は最近雇ったアルバイト、化け鴉の唯野鴉。
そしてあとの二匹は、こんな辺鄙な場所に姿を現すなど滅多に無い妖怪だった。
夜行と、柳葉である。
「おや、先生に、お嬢も。こんな所までよくおいでなさいやした」
「久し振りじゃのう。暫く噂を聞かなんだが、健勝なようで、何よりじゃ」
「暫く人間界で忙しくしていたものですから」
良介はコンビニの袋を持って、厨房へ入っていく。
「デミグラスとお茶漬けとバ王、どれにしやす?」
「店長、私お茶漬けが良いです」
「じゃあワシもお茶漬けを」
「私はバ王でお願い」
調理…と言っても湯を沸かすだけの飲食店にあるまじき調理をされたインスタント食品が机に並んだのは、それから十分も経たないうちだった。
「それで…良介さんや」
「はい」
「天狐の事はもう聞いておるかね?」
「ええ、ついさっきですよ。帰って来たら変なチラシはあるわ先生だけじゃなくお嬢まで出張ってるわで、大変みたいですねェ。もうちょっと人間界でのんびりしときゃ良かった」
この言葉には流石の夜行も苦笑いするしかなかった。
「ちょっと、自分の店潰す気なの?」
「潰れねえよ、これでも繁盛してるんだぜ?」
柳葉の言葉に軽口を返し、良介はバ山を掻き混ぜている。
今日、三度目の夕食である。
「で、どうしてこちらまでいらしたんで、先生方?」
「うむ、単刀直入に言おう。御主、ワシ等の仲間にならんか」
「お断りします」
あまりにもきっぱりとしたやりとりに、見ていた女性陣がはらはらとする。
「何故じゃ?」
「あっしは徒党は組まない主義でね。心配なさらずとも、あっちとも組んだり致しやせんよ」
「ただ、『依頼』ならばその限りではない。そうじゃろう?」
「そうですね、依頼されりゃあね。で、先生はそれが怖いんで御座いやしょう?」
良介は、閻魔帳を撫でる。
「御主の徒党嫌いは知っておったがのう…」
「他の事なら幾らでも聞きやすが、こればっかりはご勘弁を」
「何故、そうまで頑なになる?」
「あっしは、死神で御座いやす。この閻魔帳には、あっしにも数え切れねえほどの名前が書いてある。これを閻魔様から預かる事が出来るのは、死神大学校の卒業試験合格者のうち、上位十匹だけというのが死神界の掟で御座いやしてね。その閻魔帳を私利私欲のために使って自滅していく死神を、あっしは数え切れないほど見て来やしたよ。恨み辛みを背負わなければ、ただ淡々とこの店を守って、何でも屋としてこき使われて、死神として妖怪生を送れる。それで良いと、思っておりやす」
「閻魔帳は私利私欲のために、使えるのか?」
「ええ、年を二重線で消して書き換えれば、その通りに寿命が変わる。それができるのは閻魔様と一握りの死神だけ」
「御主もできるんだな?」
「できやす。でも、やりたくない。あっしは、依頼されても良心が許さない事はやりやせんよ。だから本当に、大丈夫ですって」
ふむ、と夜行はお茶漬けを掻きこんでいく。
しかし、今まで黙っていた柳葉が再び割り込んできた。
「貴方が嫌でも、止むを得ず味方をせざるを得なくなる、という状況は考えられなくないでしょう?」
「じゃあお前が金を出せよ。そうしたら、そっちのために働いてやらあ」
言われた言葉に、柳葉は黙る。
良介は、やらない、とは言っていない。
金さえ出せばいいのだから、正論だ。
「そうそう、金を貰ってないから働きやせんが、『うっかり独り言』を今から言いやしょう。…今日、伝吉さんと太郎そばで会いました」
ぶっと麺や米粒が飛び出す音がしたが、良介は構わず進める。
「太郎そばに被害無し。あっしの正体を明かしやしたから、ここに来るかもしれやせん。それと、あっしは宗さんと伝吉さんの仲違いが誤解である証拠を握っておりやす。伝吉さんをそっちに引き込むか、少なくとも恨みが無くなれば、もうちょっと楽になるんじゃないでしょうかね。あの方が向こうと組んでいる理由の大部分は、宗さんへの恨みで御座いやすから。それを持ってくるように頼んでくれる方がいりゃあ良いんですがねえ。…以上、独り言終わり」
しん、と沈黙。
「御主、何故今まで黙っておった?」
「普通に仲が修復できるならその方が良いと思っておりやしたんで。あそこまでこじれてるたァ、閻魔様でもご存知あるめェ」
はああ、と夜行と柳葉が溜め息を吐いた。
「店長、お茶要りますか?」
「あ、悪衛狸明日があるから、そっちにしてくれ」
「はい」
ややあって、液体の入った四つのグラスが置かれた。
「積もる話もあるが、今夜はこれでお暇しよう」
「そうですか」
「また、来る」
「いいえ、何度も先生を呼びつける訳には行きやせん。次はこちらから伺います…ああ、明後日、
黒塚亭で依頼妖怪と会う約束が御座いやすんで、その後、いかがです?」
「分かった、黒塚の婆も今回の事では関係者だ。奴も同席させる。他にも増えるかもしれんが」
「ええ、あっしは構いやせん」
良介は笑って、グラスを空にした。
「ご馳走様」
「お粗末様で」
「良介さん、次は良介さんの手料理にして下さいね」
「考えておく」
二匹は、何故か唯野に頭を下げて出て行った。
「何、何だったんですか?」
「一般妖怪なのに迷惑掛けて悪かった、って事だろ。唯野、お前も上がって良いぞ」
「はい、お疲れ様でした」
唯野は前掛けを外し、失礼しますと言って帰って行った。
「さて、これであっしの手札は仕舞いで御座ンすよ…先生。後は、そちらがどう出てくるか…」
しゅるり、と閻魔帳を広げてみる。
最初に書かれた時のまま、私欲のためには使われた事の無い閻魔帳。
暫く、自分の担当で寿命が近い者はいないようだ。
漸く店を開けられる。
そして、この件の流れを見守る事も。
どちらかから依頼が来るか、それとも来ないか。
最終的に平和になればそれで良いのだが、それももう暫く時間が掛かりそうだ。
「…よし」
良介は閻魔帳を巻き取ると、帯に挟んで戸締りを始めた。
最終更新:2016年08月05日 21:34