とある兄の話

52 とある兄の話 sage 2010/03/08(月) 13:35:13 ID:MUybMQ0n
朝の台所に味噌汁のいい匂いが広がる
…日本人の朝食は和食、異論は絶対に認めない
文句のある奴はフリーダイアルに掛けてくれ
無駄なことを考えていると、そろそろご飯が炊ける頃なので、二階に上がる
ある部屋の前に止まりノックをするが、部屋の主が動いている気配がなければ、起きる様子も無い
ため息を一つ吐き、何の迷いもなくドアを開ける
家族とはいえ、許可も無く他人の部屋を開けるのはマナー違反だが、本人から許可を得ているので問題ない
部屋を開けると一人の少女がベットの上で惰眠を貪っていた
いつも通りなので、何の感動も無く相手を起こす作業に移る
左にフライパンを持ち、右にオタマを構えて打ち鳴らす
カンカンカンカンカンッ!!!! と鋭い音が部屋中に響き渡り、少しうるさい
かなりの大音量だが、どうやったらゲームの様にモンスターにダメージを与えることが出来るのだろうか…
そんなバカなことを考えていると、この部屋の主がのっそりと起き上がる
「んん…お兄ちゃん、うるさいよ…」
「恨むなら、自分の寝起きの悪さを呪え。朝ご飯が出来るから早く降りて来い」
「了解です~」
まだ糸目だが、多分大丈夫であろう
このまま二度寝すると、今度はオタマから繰り出される必殺技が飛んでくるのを理解しているはずだからな

ここで俺の家族を紹介しようと思う
家族は妹の片瀬 月(かたせ つき)のみである
母親は俺が物心が付く前に亡くなってしまったらしい
片親になってからの父は必死に働いた
共働きだった為もあるが、母の死を振り切るためにも仕事に励んだのだろう
その結果、月の世話が俺に回ってきたのは言うまでも無い
しかし、無茶な行動が祟ったのか数年後、父は疲労からの病気により床に伏せることになる
俺が中学1年の頃に多額の保険金と月を幸せにしてやってくれと言う言葉を残し父は息を引き取った
俺はたった一人の肉親の月を大切に育て、共に暮らしてきた
そのお陰かは分からないが、朝に弱いや苦手な科目が多い、料理が下手などの欠点はあれども元気に育っていった
容姿は身内贔屓を差し引いても、高位であるだろう
その容姿と完璧じゃない所が合わさって、学校ではかなり人気があり、俺に紹介してくれと言う声が多かった
ちなみに俺はある一点を除いて、可も不可も無くを地でいくので割愛しておく

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

朝食を食べ終わり、学校への通学路を月と共に歩く
「…月よ。もう少し寝起きが良くなってくれば兄として嬉しいのだが」
「私が朝に弱いのは仕方ないじゃん。それにお兄ちゃんに起こしてもらうのは嬉しいから許して欲しいな。…出来ればもう少しやさしく起こして欲しいけど」
「却下だ。あの技が一番早い」
この会話から分かるように、俺と月の仲はかなり良い


53 とある兄の話 sage 2010/03/08(月) 13:39:50 ID:MUybMQ0n
どれくらいかと言うと、何かと俺が居れば月も付いて来ることが多いくらいブラコンである
友人からは俺と月の仲はブラコンでは説明出来ないくらい異常とのこと
…少し考える
確かに俺と月の仲は相当良いが、それは家族愛、兄妹愛であるだろう
しかし、可能性が限りなく低いと思うが、もし月が俺に抱いている感情が家族愛ではなく、一人の異性としてなら…俺は月の想いに答えることはありえないだろう
兄妹で愛し合うことは茨の道だし、何より俺が月を妹以外として見ることが出来ない
俺は父と月を幸せにすると約束した
だからこそ月には人並みの幸せを送って貰いたい…
「お兄ちゃん!」
「うわっ!」
俺が考え事をしていると、月が俺の耳元で大きな声を出し、その声に驚いてしまう。
「無視しないでよねお兄ちゃん」
「悪い、それで何の話だ?」
「全く、ちゃんと聞いていてよね。今日は何の日でしょうか?」
…今日は……2月14日だから、そういえばお菓子企業の策略日か
「バレンタインデーか」
「正解。これがお兄ちゃんへのチョコだよ。夜更かしして作ったチョコだから味わって食べてね」
…朝に弱い癖に、何をしていることやら。
だが月からのチョコは正直に嬉しいので素直にお礼を言っておくことしよう
「ありがとな、月。そういえば俺以外に渡す奴は居るのか?」
そういうと月は俯いて黙ってしまったことを鑑みるに、俺以外に渡す奴は居ないのだろう
…兄としては微妙に複雑な気分である
「…お兄ちゃん以外に渡す奴なんて居ない」
「そうか…」
気まずい雰囲気から俺達は会話を転換し、学校へと向かった

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

…今日は月から貰ったチョコを除き全滅である
貰ったチョコが妹以外に無いことに多少のショックを感じつつ、家に向かうことにした
歩き出してから少し経つと、突然声を掛けられた
「ちょっと待って、片瀬君!」
振り返るとクラスメートの木村さんが居た
「どうしたの? そんなに慌てて」
「その、ね。え……っと。これを受け取って欲しいの!」
そういって差し出してきたのは、ハート型の大きなチョコレートである
…これは俺にも春が来たのかと考えるが、ぬか喜びの可能性も高いと心理的予防線を張っておく
そんな俺を嘲笑うかのごとく、木村さんはさらに衝撃の告白をしてきた
「それね、本命だから勘違いしないでね。その、答えはいつでもいいから。じゃあまた今度ね!」
と言って走り去ってしまった
後に残るのは呆然と立ち尽くす俺と、周りから奇異の視線を投げ掛ける人々だけであった
「俺の時代が来たかもしれないな…」


54 とある兄の話 sage 2010/03/08(月) 13:46:22 ID:MUybMQ0n


家に帰宅後、木村さんにどんな答えを返すかを真剣に考える
…傍から見たらベットの上でゴロゴロと芋虫のように転がる姿であるため、冗談のようだが
とりあえず答えが見つからないので、夕飯の準備に取り掛かるとしよう
そろそろ夕飯が出来る頃合だが、月の帰りがかなり遅く心配してしまい、作り終えたら探しに行こうかと考えていると、玄関から月の声が聞こえ安心する
「お帰り。いつもより遅いから心配した…てっ、何でそんな服が汚れているのか?」
帰ってきた月は至る所に汚れが目立ち、まるで畑作業をしてきたようだ
「大丈夫。少し友達と公園で遊んでいたら、童心に返っちゃって。シャワー浴びてくるから。因みに今日の晩御飯は何?」
「あ、ああ。今日はお前の好きなビーフシチューだ。」
「本当に! ありがとうお兄ちゃん!」
そういって月は浴場の方に向かって行く
…まあいいか。煮込み終わったことだし、盛り付けておこう
そうして、あらかたテーブルに運び終わると、ジャストタイミングで月が上がって来た
晩御飯を食べながら取り留めの無いことを話していると、月は不意にたずねて来た
「お兄ちゃん。今日は私以外からチョコは貰った?」
「ん、ああ、一個だけ貰えたよ。今年もお前以外からは貰えないと思ったが奇特にも俺に渡してくれる人がいたよ」
そう答えを返すと月の表情が固まり、次第に俺でも見たことが無いくらい怖い表情に移り変わっていく
「そう、なんだ。誰から貰ったの、お兄ちゃん。クラスメート? 後輩? 先輩? もしかして彼女とかだったりするの?」
「く、クラスメートだよ」
月の様子があまりにもおかしく、つい返答に詰まってしまった
その後月はブツブツと呟いて、何やら思案しているようなので様子を見ていると、急に笑顔になって話しかけてくる
「そっか、よかったね」
「あ、ああ、今年も月以外に貰えないかと思ったけど、貰えてよかったよ。そ、そうだ月。明日からの土日の休日にどこか遊びに行かないか?」
月の様子が怖くなり、咄嗟に話を変える
それが功をそうしたのか、月の表情が普段に戻り一安心し
その後は特に問題は無かったが、あの時の月の様子はあまりにも異常だ。
しかし、これ以上考えると嫌な想像しかできないので、これ以上は深く考えず床に就いたのであった

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

…日常は常に続くもの。
自身はそう考えていたし、これからも続くものだと思っていた
だがそんな考えは、休日明けの学校のHLで見事に打ち砕かれてしまった
「…みんなに非常に残念なお知らせがある。実は、このクラスの木村が昨日遺体で見つかったようだ」
あまりの衝撃的な事実に呆然としてしまが、さらに話を聞いていると、木村さんは先週の金曜日から行方不明とのことだったのでさらに驚愕してしまう
…そうすると、あの日チョコを届けてくれた後、何者にか殺されたと言うことだ
「追って葬儀の日程などを連絡するから、皆も行ってあげてくれ」
俺は先生の話が聞こえないくらい愕然としていた


55 とある兄の話 sage 2010/03/08(月) 13:50:32 ID:MUybMQ0n
「先輩、おはようございます」
この日は茫然自失なり、家に帰ろうとすると後ろから声が掛けられる
振り向くと、月の親友の崎野さんが居た
「あ、ああ、おはよう崎野さん」
「こんな所で何をしているのですか、サボりでしょうか?」
確かに今の俺の状態はサボりであっているが、そんな俺と話している崎野さんもサボりだとツッコムのは負けなのだろうか
「…今日は学校に居る気分になれなくてね」
「まあ、そんな日もありますよね。突然話が変わりますけど、もし先輩にとって大切な人が罪を犯したらどうしますか?」
本当に突然と何の脈絡の無いことを聞いてくる
だが聞いてくる崎野さんの顔はどこまでも真剣で冗談を言っているように見えないので、俺も真剣に考えることにする
…そして俺は十分に考えて答えを出し、それを崎野さんに伝えると驚いた顔をして、話を掛けてきた
「…先輩は強いのですね」
「強いわけじゃない。ただ優先順位がしっかりしているだけだ」
「それを世間一般では強いと言うのだと思います」
クスクスと笑いながら崎野さんはそんなことを言ってくる
「とても面白い答えが聞けました。それでは私は授業に戻りますのでお大事に」
やっぱりサボりかよと思いながらも、突然身を翻した崎野さんを見送る
だがそんなことよりも考えなくてはいけない懸案事項が出来てしまったので、俺はそちらを考えることにした

家に着いてから、俺は今日までの情報を整理した
偶然、自分に好意を抱いている木村さんが、チョコを渡した日に殺された
偶然、木村さんが殺された日に、月が汚れて夜遅くに帰ってきた
偶然、妹の親友の崎野さんは俺に対し、意味深な質問のを投げかけてきた
…ここまで偶然が続いたら、それはもう必然と呼んで構わないのではないだろうか
十中八九木村さんを殺したのは月で、崎野さんはその事実に予想しているのだろう
なぜ崎野さんは警察に届けないのかは知らないが、おそらく月の親友であること関係しているのだろうか
しかし、そんなことよりも俺は月に問わなければならない
これで自分の勘違いだったら嬉しいが、自身の本能がそれは可能性の低いことだと訴えている
これからのことを考えていると下から月が帰ってきた声が聞こえてきた
おそらく崎野さんに俺が早退したことを聞いて帰ってきたのだろう
丁度よい考え、下に向かうと月が話を掛けてきた
「どうしたの?さきちゃんからお兄ちゃんが早退したと…」
「そんなことはどうでもいい。木村さんを殺したのは月、お前だな」
月の言葉を遮り、言い訳が出来ないように断定的に告げる
そうすると月はビクッと硬直し、それが図星であること俺に伝える
「な、何を言ってるの、お兄ちゃん」
「惚けなくていい。何でそんなことをしたんだ」


56 とある兄の話 sage 2010/03/08(月) 13:53:32 ID:MUybMQ0n
おそらく月は近いうちに警察に捕まるだろう
今回の月の犯行は計画的ではなく、突発的なものだから粗も出てくし、日本の警察もそんなに甘くは無い
月は俯いてプルプル震えていると、突然顔を上げて叫んできた
「仕方ないじゃない! あの女は私からお兄ちゃんを、私の世界で一番好きな人を、私の唯一を奪おうとしたのだから!」
…妹はやはり俺に異性としての感情を抱いていたようだ
心のどこかでそうじゃないと否定し、考えてこなかった現実が見事的中してしまった
「だってあの女は私に、妹の私じゃお兄ちゃんと結婚できない、妹は所詮妹だから恋人になれない、と言ってくるから!」
月の魂からの叫びを俺は静かに聞いている
「そんなこと分かっているわよ! お兄ちゃんが私のこと妹としか見ていない事実を! それでも私にはお兄ちゃんしか要らない! なのに、何で他の人お兄ちゃんと私の間に入ってくるの!」
月は涙を流し俺に向かって、そう訴えてくる
俺は静かに月を抱きしめ、落ち着かせるように頭を撫でながら、静かに告げる
「月、お前は馬鹿だな。何で茨の道だと分かっているのに自ら進んでいく」
「だって、だって、だって、だって…!」
どうすれば月を幸せに出来るのだろうか?
そんなことを考えていた自分は、もうすでに詰まれている事実に突き当たってしまった
父と約束し、妹の幸せを優先してきた俺は、すでに月に対し詰まれてしまっていた
月か、それ以外の全てかのシンプルな二択であると考え、俺は自身の考える最善を行動に移した
「時に月よ。イタリア、フランス、ニュージーランド、オーストラリア、ハワイ、ニューヨーク、住むならどこがどこがいい?」
「えっ?」
「呆けてないでしっかり考えろ」
しばらく考えようやく理解したのだろう
月は俺にさらに抱きつき、ごめんなさいと謝り続ける
その様子に俺はため息をつき、世の中ままならないものだなと考えた

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

~視点変更 →崎野~

周りの人達は私と月が親友同士だと思っているがそれは少し違う
私達は同類なだけだ、同じ血のつながった兄を愛してしまった異常な人間
お互いそれを察知し、敵になることは無いからこうして親友のような間柄になれたのだ
そして私が先輩に対し質問した数日後、片瀬兄妹も行方不明になった
ですが私は先輩や月はもう日本に居ないことを知っている
なぜならあの日、先輩は私の質問に対し『そうしたら誰も自分達を知らない場所、海外とかに逃げるよ。なぜかって? よくドラマで罪は償うべきだと言われるけど、
捕まってしまったらその人の人生はもう終わりだよ。だからその人が本当に大切なら俺はそうする。』と答えてました
先輩はその言葉どおり、全てを切り捨てて何処か遠い地に月と一緒に向かったのでしょう
私は月に、兄を手に入れたことを心中で祝福し、自分の兄も先輩みたいなら楽なのになと考えながら、愛する兄の元に向かう。
















…夜の空を飛ぶ飛行機の中で一組の兄妹が肩を寄せ合って眠っている
その日は満月の夜だった

END

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2020年06月17日 10:18
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。