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『きっと、壊れてる』第4話(1/8) sage 2010/06/16(水) 22:50:43 ID:nSYXAKzd
私立T大の校舎は少し都心から離れている事もあり、広々した敷地にある。
正門から向かって右手のA棟には研究室や事務室。
左手にはまだ建てられたばかりでピカピカのB棟。一般教室や食堂、サークル活動室などがあった。
このB棟の食堂は、一般的な学食のように安いだけではなく、毎日変わる日替わり定食がおいしいと評判で、
近くの他大学から昼休みに忍び込む者が出るほど人気があった。
白石巧は、その食堂の隅の方にあるテーブルで、1杯190円かけそばを啜りながら、数少ない大学の友人である狩野一平を説得していた。
「なぁ、頼むよぉ!映画研究会だっけ?そこに知り合いがいるって言ってたじゃん。」
「そりゃ、いるけど・・」
「じゃあいいじゃん!」
「嫌だよ」
「なんでだよ!すごい美人なんだぜ?歳もオレらと同じぐらいだし」
「いいか?仮にお前が映画サークルの奴だったとして、そんな会った事もない奴を主役に使ってくれと言われて、
『はいそうですか』と言えるのか?しかも学校関係者でもないんだろ?気まずいし、俺なら絶対断るね」
簡単ではないと思っていたが、ここまで頑なに拒否されると予想していなかった巧は絶望した。
一平が映画サークルに知り合いがいると聞きだすまでは順調だったが、例の黒髪の美女とその相手役を主役に映画を作ってくれ、
という要求はさすがに無理があったようだ。
「お願い!この通り!聞いてみるだけでも!」
巧は両手を顔の前で拝むように合わせ、一平に懇願する。
「え~、面倒だなぁ」
心底嫌そうな顔をしていた一平は、『昼食を2回ご馳走する』という巧の言葉にも首を縦に振らず、
『あきらめな』と巧の肩を叩き食堂を後にした。
「サークルが使えないとすれば、自分で人を集めるしかないか・・・。」
巧はテーブルに一人残り、フーっと一息つくと状況を整理しようと思った。
まず、映画なんて高校生の頃、親が新聞屋に貰ったタダ券でしか観に行った事がない。
演技の経験はなし。監督の経験もあるわけがなし。
簡単に言えばどうやって映画を作るのか、どのような役割分担をすればよいのかもまったくわからなかった。
頭を抱えた巧は黒髪の美女を思い出す。
ツヤのある黒髪、叩けば折れてしまいそうな腕、目眩がしそうなほど良い匂い。
どうしても抱きたかった。
もし人生に捨てる物がない状態で出会っていたら、有無を言わさず襲っていたかもしれない。
この下卑た発想は性欲だけではない。きっと恋だ。オレの中にある恋心が暴走しているのだ。
自分がこんなにも情熱的で、粘着質な人間とは気付かなかった巧は、それを認めたくないように頭を左右に動かし、
雑念を振り払うように席を立とうとしたが、流行りのメロディーがそれを止めた。
「♪~♪~」
「電話か・・!!!」
青い携帯電話の表、小さい窓ディスプレイを見ると、『公衆電話』と表示されていた。
巧はあの黒髪の美女だと信じて疑わなかった。
「もしもし」
「私」
「あっ!はい」
声なんてあの日少しだけ聞いただけなのに、すぐわかった。黒髪の美女だ。
「今大丈夫かしら?」
「うん、大丈夫!」
「そう、先日話していた続きなんだけど」
「あ~映画の話だよね!?申し訳ないけど、もうちょっと待っててもらえない?」
巧は申し訳なさそうな声を出す。やっぱり駄目でしたとはとても言えなかった。
「そう、まぁ元から大して期待してないから」
「えっ!?」
どうやら今日の黒髪の美女は機嫌が悪いらしく、冷たい言葉を巧に投げつけてきた。
「もし無理そうなら、映画はもういいわ。それよりあなたにやって貰いたい仕事があるの」
11 『きっと、壊れてる』第4話(2/8) sage 2010/06/16(水) 22:51:31 ID:nSYXAKzd
「仕事?」
「そう、仕事。報酬は・・そうねお金は払えないけど、何がいい?」
「えっ・・・」
「私が叶えられる範囲で望みを言って」
「えっ・・あの・・」
「やるの?やらないの?」
「や、やるよ!じゃあその代わり今度どこか遊びに行かないか!?」
「遊びに?私と?」
「あっあぁ!駄目かな?」
「・・・いいわ」
黒髪の美女はそう言うと、じゃあまた連絡するわ、と言って電話を切った。
巧はまた彼女の名前を聞くのを忘れたままで、頼まれる予定の仕事内容すら確認していなかったが、
デートの約束をしてくれた事に頭がいっぱいだった。叫びながら校内を走り回りたい衝動に駆られる。
「いよっしゃあぁぁぁぁぁぁぁ~!!!!!」
走り回るまではいかないものの、歓喜の大声を張り上げた。
その時食堂にいた全員が巧を怪訝そうな顔で見たが、巧はまったく気にならなかった。
巧の人生は今、再び輝きを取り戻しているかのように見えた。
昼の錦糸町駅前。
初夏ということもあり、日中の最高気温は28度まで上がっていた。歩く人達は皆ゲンナリとした表情をしている。
村上浩介は喫煙所でタバコを吸いながら、玉置美佐が来るのを待っていた。
当初は美佐の方から、海の方へ行きたいという提案があったが、茜と元々出掛ける予定だった場所に美佐を連れて行く気にはどうしてもなれず、
ちょうど見たい映画があったのだ、と浩介が強引にデート場所を指定したのだった。
「ごめ~ん、お待たせ!待った?」
「いや5分程度だから気にするな」
今日の美佐はグレーのトップスに黒のショートパンツを穿いていて、健康的な色気が美佐によく似合っている。
「今日は何観るの?」
「・・・」
しまった、と浩介は思った。出掛け先を変えた事で一安心してしまって、肝心の何の映画を観るのかはまったく決めていなかった。
「・・・今何を上映してるんだ?」
「はー?浩介が観たいのがあるって言ったんでしょ!?」
「・・・スマン」
「"スマン"じゃない!」
「ごめん」
「もー!海行きたかったのに。まぁいいや、せっかくだし何か適当に観ようよ。晩御飯は浩介のおごりね」
浩介は美佐のこういう物事を引きずらない性格も気に入っていた。
もしこれが茜なら、言葉には出さないものの無言のプレッシャーを与えてくるに違いなかった。
「あぁ、悪いな」
「ううん、映画も久しぶりだし。あっ!暗いからって変なことしないでよね!今は付き合ってないんだから!」
「わかったわかった」
そうだ、美佐は意外にそういう境界線をしっかり引くタイプだったなぁ、と浩介は思い出し苦笑いした。
適当に、恋愛物と思われる映画を選び、入場してから席に座る。美佐が中央寄りの一番端で、浩介はその隣だ。
週末だからか、そこまでおもしろそうでもない映画にも関わらず、館内はかなりの人で賑わっていた。
席を取ってすぐに、手洗いへ行っていた美佐は席に戻ると、小声で浩介に話しかけた。
「まだ上映してないのにけっこう暗い。本当に何もしないでよねっ!」
「わかったって」
「よろしい。じゃあご褒美にこれあげる」
「ん?あぁコーラか。気が効くな」
「べっ別にアンタのためじゃないんだからっ!」
二人の間に沈黙が走る。
「・・・さっきからお前喋り方が変だぞ?どうした?」
「ツンデレというやつよ」
美佐は真面目な顔をして実生活では聞きなれない単語を言った。
12 『きっと、壊れてる』第4話(3/8) sage 2010/06/16(水) 22:52:29 ID:nSYXAKzd
「は?」
「だって!雑誌に書いてあったんだもん!男はツンデレが好きだって!」
浩介はネットサーフィンをよく行うので"ツンデレ"という言葉は理解していたつもりだったが、
実際にやられると反応に困るものなんだな、と思い美佐に忠告した。
「美佐。ああいうのはな、ゲームの中の女の子とかがやるから良いもんなんだぞ?」
「えっそうなの?じゃあ"はにゃ~ん"とかは? 私が言ったら萌える?」
「それこそ聞いた事ねぇよ!後、どんな場面で使うんだよそのセリフ!」
あまりの美佐のズレ具合に思わず慣れないツッコミを入れてしまった浩介だったが、冷静になりもう一度美佐に諭す。
「いいか、美佐は美佐でいいんだ。余計な情報に振り回される必要はない。しっかりしてくれよ。もう25だろ?」
「浩介」
「ん?」
「私が浩介に『可愛らしい』と思ってもらおうとしている事については何も触れないんだね」
美佐は上目遣いで浩介を見ながら、浩介があまり口に出してほしくなかった事を持ち出してきた。
「・・・」
浩介は当然気づいていた。
美佐は浩介とヨリを戻したがっている。この間、品川のバーで飲んだ時から薄々感づいていた。
しかし、4年前の別れ間際の美佐の言葉が記憶の底から蘇ってくる。
もうあんな思いをするのはコリゴリだった。
そして何より茜との事がある。
もし浩介が美佐とヨリを戻したとしても、茜には報告しなければいけない。
どんな反応をするのだろうか。昨夜の茜の言葉を思い出す。
『私だって嫉妬ぐらいするのよ?』
そうなのだろうか。もし本当に嫉妬しているのなら、茜は今日美佐と出掛けるのを阻止する立場にあるのではないか。
茜は逆に美佐と出掛ける事を勧めてきた。
浩介は『よくわからないな』と呟き、これ以上この場で考える事ではないと考えて、美佐の方を見た。
「そろそろ、始まるぞ」
「えっ?あっ・・うん」
前方にあるスクリーンはまるで浩介の窮地を救援するかのように、横に広がり上映を開始した。
「あなたが好きです」
「オレも好きだ」
映画が開始されてから約1時間が経った。
ちょうど主人公の男とヒロインが、花火大会で告白しあうというシーンがスクリーンには映し出されている。
上映時間から推察すると、どうせこの後何かの問題が起きて二人でそれを解決しハッピーエンドになるのだろうな、と浩介は冷めた目でスクリーンを見つめていた。
頭の中に先ほどの美佐の言葉が聞こえてくる。
「私が浩介に『可愛らしい』と思ってもらおうとしている事については何も触れないんだね」
「・・・」
昔から美佐はそうだ。媚び過ぎず、冷た過ぎず男に接し、的確に相手がドキリとするような発言や表情をする。
男慣れしているからか・・・。
いや、美佐は付き合った人数は俺を含めて3人だと言っていた。
俺と付き合っていた2年間はしょっちゅう俺と会っていたし、勉強だってある。
そんなに男遊びするヒマはなかったはずだ。
浩介は頭の中で整理をすると、チラリと美佐の横顔を覗いた。
美佐は映画に夢中で、浩介の視線に気付かない。
『きっと"天才"なんだろうな』と浩介は思った。
異性に好かれる天才。稀にこういう人間は存在する。
浩介も一時期その"天才"の虜となった。
いや、現在もそれは続いているかもしれなかった。
今こうして美佐の事ばかり考えているのが証拠だった。
13 『きっと、壊れてる』第4話(4/8) sage 2010/06/16(水) 22:53:44 ID:nSYXAKzd
その時、浩介の右手に上から優しく包み込む他人の手の感触があった。
先ほど上映中に隣に座ってきた人だ。
たださえあまりおもしろいとはいえない映画なのに、途中から観て満足できるのだろうか、と浩介は思っていたところだった。
おそらく、自分の手すりと間違えたのだろうと手を離すのを待っていると、一向に離す気配がない。
それと他人の手を間違って握ってしまい慌てる気配もない。
不審に思った浩介は顔の角度を軽く横に向けて隣の人物の様子を確認した。
「!!!!!」
浩介の時が止まる。
茜だった。
ツバの深い帽子を被っていて少し見ただけでは気付かないが、髪の香り、手の感触、集中して感じ取れば、まぎれもなく茜だった。
何事もないように茜はスクリーンに顔を向けている。
思わず、声を上げそうになったが美佐が横にいる事を思い出し留まる。
浩介は茜に喋りかけるわけにはいかなかった。
美佐は映画を観てはいるものの、浩介が横を見て誰かと会話していれば、何事かとこちらに気づいてしまう。
そうなってしまう事だけは避けたかった。
すぐさま顔をスクリーンの方向へ戻すと、浩介は映画に集中しようとしたが無理だった。
先ほどまで美佐の事を考えていたのが嘘のように頭は
真っ白になり、冷や汗をかく。
茜の事しか考えられなくなっていた。
"天才"は身内にもいた。
浩介は茜がいつの間にか隣の席から消えるまで、義務を果たすかのように茜の事を考え続けた。
夜の10時。風俗店のネオンが煌びやかに光っている。
浩介と美佐は映画館の近くのチェーン居酒屋で晩御飯を食べると、駅の改札前まで来ていた。
「じゃあ、ここでな」
浩介は自宅が歩いても帰れるぐらいの距離だったので、歩いて帰る事にした。
美佐には少し食べ過ぎたから運動だ、と言ったが、
本音を言うと、美佐にまた映画の上映前に言われたような事を言われるのが怖かったからだ。
「ひど~い。こんなに可憐な乙女を独りで帰らせるなんて!」
まだ美佐は拗ねている。
「どうせ、2駅ぐらいしか一緒じゃないだろ。今回は歩いて帰らせてくれよ」
「え~・・・じゃあ私も歩いて帰ろうかな」
「は?」
「ほら、私と浩介の家なんて路線は違えど、大した距離離れてないじゃない。」
「いや、そうだけ・」
「決まり!行こう!」
美佐は浩介の腕を取ると引っ張るようにして、改札前から駅前広場の方へ躍り出た。
「ちょ、ちょっと、待てって」
「待たない。どうせ週末だもん、いいじゃない」
二人はバスターミナルを抜けて、南の方角に向かって歩く。
道には外国の娼婦かホステスと思われる女性がサラリーマンに声を掛けている。
サラリーマン達がその女性を振り切ると、次はカジュアルなスーツを着た中年の男性が声を掛けているようだ。
夜の繁華街は男性だけで歩いていると、多数の誘惑が彼らを襲う。
彼らを通り過ぎると、いつの間にか腕にひっついたままの美佐が口を開いた。
「ねぇ・・浩介」
「ん?」
「ちょっと寄って行こうか?」
目の前には無数のラブホテルがあった。
どうりで、そういう店の客引きが多いはずだ。
「馬鹿いうな」
「なんでよ。いいじゃない。私、浩介と別れて以来ご無沙汰なんだよ?よく我慢してたと思わない?
それに浩介も今彼女いないんでしょ?お互いメリットがあるじゃない」
「そうだな。だけど、それとこれとは話が別だ。もう昔のような関係じゃないんだ」
「・・・じゃあ昔の」
「帰るぞ」
「えっちょっと!」
14 『きっと、壊れてる』第4話(5/8) sage 2010/06/16(水) 22:54:14 ID:nSYXAKzd
駅での事とは逆に今度は浩介が美佐の腕を引っ張った。
浩介は美佐にセリフ続きを言わせるわけにはいかなかった。
今の浩介では茜と美佐を両天秤にかけて、どちらかを選ぶという事ができなかった。
浩介の脳内では、妹がその両天秤にのっている事自体が異常なのだ、と理性の声が入る。
しかし、浩介は紛れもなく茜に恋する一人の男だった。
駅までUターンしてきた二人はお互い向かい合う。
改札前で、機嫌を損ねた美佐が一歩も動かなくなってしまっていた。
「美佐、帰ろう」
「・・・」
「いつまでもここにいるわけにはいかないだろう?」
「・・・」
「いつまで不貞腐れてんだ。オレも電車で帰るから、行こう」
「じゃあ手を繋いでくれたら機嫌直す」
美佐は下を向いたまま、数分ぶりに口を開いた。
浩介は考える。
女性の方からああいう誘いをするのは、とても勇気がいる事だと理解しているつもりだ。
仮にあのままホテルに入ったとしても、美佐は復縁する事を強要はしなかっただろう。
美佐は復縁についてはあくまで俺の方から言うのを待っている。
そして、最大の譲渡が手を繋ぐ事。
これさえも断ったら、きっと美佐はもう俺の前には現れない。そんな気がする。
どうする・・・。
付き合う事を拒みながらも、美佐とのこの関係も失いたくはない、と思った浩介は自分の弱さを呪った。
「・・・わかった。行こう」
そして二人の手は、時が経たのを感じさせない仕草で、
4年振りに繋がった。
40分後、美佐は家の近くの大通りを一人歩いていた。
この通りは夜でも比較的明るく、女性一人でも安心して歩く事が出来る。
先ほどまで、浩介と繋がっていた掌を見る。汗ばんでいた。
真夏でも汗をあまりかかない美佐は自分で自分を笑う。
今、美佐の心はまるで睡蓮のように純粋で甘美で清純だった。
15 『きっと、壊れてる』第4話(6/8) sage 2010/06/16(水) 22:54:48 ID:nSYXAKzd
浩介・・今日も楽しかったよ。ありがとう。
結局、私のほとんど告白みたいな発言には返答してくれなかったね。
でもいいの。昔浩介を勝手にフったのは私だから。
「妹と変な事してる男なんて最低。気持ち悪いわ。サヨナラ」
4年前、浩介に言ったセリフ。
あの時は私も若かった。
ある日ポストに『村上兄妹は男女の仲』という紙切れが入っていた。
字はワープロで打たれていて、どんな人が書いたのかわからない。
最初はなんの事だかわからなかったし、私達の仲を妬んでいる誰かのイタズラだと思った。
でも、ある日偶然、商店街で仲良さそうに腕を組んで歩いている浩介と茜ちゃんを見た時、私の中で何かがプツンと切れた。
その日のうちに浩介を呼び出して、真意を確かめようとした。
でも浩介は何も言わなかった。
ただ無言でジッと私の目を見ている浩介に逆に圧倒されて・・・私は私を守るために浩介をフった。
ロクに確かめもせず、浩介と茜ちゃんの仲を疑って、プライドが傷つけられて。
後悔してる。
好き。
あなたの優しい笑顔を見ていると、私も幸せな気分になれる。
きっかけは図書館だったよね?覚えてる?
私には手が届かない段にあった資料を、浩介に取ってもらったの。
本当はね、脚立を使えば取れたんだけど、浩介と喋りたくて気付かないフリをしたの。
あの日、階段を上って2階の医療系の資料が置いてある場所に行くと、たまたま近くにあった丸い椅子に座って本を読んでいるあなたが目に入った。
体中に電撃が走ったって表現があるけど、まさにその通りだったよ?
かっこいい人は街を歩けばいくらでもいるけど、あなたはそれだけじゃなくて。
あなたの雰囲気、その何かを背負って生きているような雰囲気。
あなたの顔、その何か罪を犯して許しを請いているかのような顔。
あなたの眼、そのすべてを見通して真実さえ疑っていそうな眼。
あなたのすべてに一瞬で惹かれたよ?
そう、どんな手を使ってでも手に入れたいぐらいに。
浩介と別れてから、お医者さんとかに食事に誘われた事もあったけど、その気になれなかった。
それまでに付き合った浩介以外の二人も、イケメンで良い所のお坊ちゃまだったけど、ただそれだけ。
顔なんて、どうせ私も老けるんだから相手にも多くは求めない。
お金なんて、どうせ私が多く稼ぐから真面目に働いてさえいれば良い。
私が求めるのは悲壮感がある男。
私が自分の手で幸せにしてあげたくなるような男。
フってからの毎日は本当に後悔の連続だった。
それでも、4年もかかったけど、なんとかふっ切れるかなって思ったのに。
ずるいよ。また私の前に現れて。
責任取ってよ。また私はハマってしまう。
今はね、もう怖いものがないの。
浩介が他に好きな子がいても構わない。
さっき浩介は、手を繋ぐの断ったらきっと美佐とは二度と会えなくなるって思ったでしょ?
フフッ昔の私ならそうかもね。
でも残念でした。
そんな事ぐらいじゃ消えてあげないんだから。
もし本当に茜ちゃんと如何わしい事をしていても構わない。
どうせ二人は兄妹。同じ血は一緒にはなれない。
いずれ終わりが来るわ。
私ね、もう離れたくないの。もう二度と離れたくないの。
浩介がどこか遠くへ行ってしまうのなら、今の私はきっと追いかける。
あれ?私ちょっと病んでいるのかな?
必ず浩介を手に入れる。
もう止まれない。
そう、きっと私は壊れてる。
16 『きっと、壊れてる』第4話(7/8) sage 2010/06/16(水) 22:55:23 ID:nSYXAKzd
同時刻、村上家。
浩介は帰宅すると着替えもせずに居間に向かい、既に帰宅しリビングでソファーに寄りかかり本を読んでいた茜に食ってかかった。
「おい茜!どういうつもりだよ!」
浩介の質問を予想していたのか、静かに本をパタンと閉じ、小説を読む時専用の眼鏡をテーブルの上に置き、茜が答える。
「フフッ楽しかったでしょ?スリルがあって」
「ふざけるなよ」
「ふざけてなんかいないわ」
「あんな事をするぐらいだったら、なぜ美佐と出掛けるのを勧めたんだよ」
疑問だった。嫉妬するだけならまだ理解できるが、茜の今回の行動に関しては常軌を逸している。
「・・・そうね、それに関しては私の見通しが甘かったわ。ごめんなさい」
無表情のまま茜は謝罪した。膝の上に両手の握り拳がある。
手をギュッと握り締めるのは茜が謝罪する時のクセだ。
それを見た浩介は、茜が本当に反省しているのがわかり、これ以上責める事もできなかった。
「謝られても困る。とにかく今後二度とああいう事はするなよ?」
「ああいう事って?」
「はぁ?」
「手を握った事かしら?それとも・・・」
「それとも・・?」
「美佐さんの家を突きとめた事かしら?」
「なっ!!!!茜!!」
「冗談よ」
「はっ?」
「冗談。美佐さんが帰宅する後をつけてたら、こんな時間に帰れるわけないじゃない。」
確かにそうだな、と思った浩介だった。
「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」
「あら失礼ね。私にだってユーモアぐらいあるわ。それに・・・」
「それに?」
「前にも言ったでしょ?私にはそんな事をする必要がないもの」
「言ってる事とやってる事が全然違うぞ」
「ごめんなさい。理屈ではそうなのだけど、感情をまだうまく制御できないの。嫉妬というものはやっかいね。人間の心を蝕むわ」
「・・・とにかく、今日みたいなのは勘弁してくれ」
浩介はヤレヤレといった表情でソファーに腰かけた。
「えぇ、わかったわ。約束する。」
「あぁ」
茜は約束を守る人間だからこれで大丈夫、と浩介は安心した。
17 『きっと、壊れてる』第4話(8/8) sage 2010/06/16(水) 22:55:53 ID:nSYXAKzd
「・・・じゃあ今日の分」
浩介は耳を疑った。
とてもさっきまで反省していた人間のセリフではない。
「おい、反省したんじゃなかったのか?」
茜は浩介が咎めても無視して、浩介のズボンのチャックを開ける。
「おい、茜。いい加減にしろよ」
茜は無視したまま浩介のモノを握り、上下に動かし始めた。
「・・・」
「兄さん、気持ち良い?」
茜はそう聞くと、浩介の右耳の奥まで舌をねじり込ませる。
「うぅ・・」
浩介はなぜか体が動かなかった。
美佐の誘いをあれほど頑なに断ったにも関わらず、茜の行為は止める事ができない。
「兄さん、こうするともっと気持ち良いでしょう?」
茜は亀頭を親指の腹で丁寧になぞる。
「うぅ」
浩介の我慢は限界に来ていた。
ソファーの上に腰かけている浩介は茜を手繰り寄せ、尻ごと抱きかかえる。
茜のライトグリーンの下着をはぎ取った浩介は、もはや茜を抱く事しか考えられなくなっていた。
浩介の上で茜が座ったまま二人は向かい合い、茜が浩介のモノを手に取り、自分の秘部に当て腰を落とす。
阿吽の呼吸だった。
逐一指示しなくても茜は浩介の意図を読み取り、実行してくれる。
「アンッ」
浩介のモノが茜の膣内に入る。
「兄さん」
「ん?」
「今日は早そうね。もう脈打ってるわ。フフッ」
数分後、予想通りなのがシャクだったが、妖しい笑みを浮かべた茜の膣内に、
浩介はいつもより多量に放出したのだった。
その後も興奮が収まらなかった二人は、茜の部屋に移動し、もう一度絡み合った。
マンションのベランダから覗く都心の夜空に見える星は、まるで二人を祝福するかのように瞬いていて、
誰もいない所へ二人が逃げれば、きっと瞬く数も増える。浩介はそう感じながらも茜を抱きしめた。
茜のベットの上で、いつの通り浩介の腕の中で茜が顔を上げる。
「ねぇ、兄さん。麻耶 雄嵩の『鴉』って読んだ事ある?」
「いや、ない。読んだのか?」
「ううん、あらすじを読んだらおもしろそうだったから、聞いてみただけよ」
「お前最近小説の話題好きだな」
「そうかしら?そうだとしたら、そういう気分なのよ、きっと」
確かに茜は読書好きだが、昔はここまで話題に出していただろうか、と浩介は考えたが、あまり思い出せず無理やり納得する事にした。
そんな事よりも、美佐の誘いは断る事が出来たのに、茜のは断る事ができなかった。
その事実について浩介は考えていた。
今日は絶対に拒むつもりだった。
でも茜に触れられると体がまるで茜に忠誠を誓うかのように、俺の意思を無視する。
美佐との違い・・。
それは兄妹である事。
家族である事。
それ以外に何かあるだろうか。
俺は実の妹にしか発情できない人間なのか。
わからない。
もう面倒になってきた。
もうどうでもよくなって・・きた・・。
その日浩介は、いつもは別々に寝ている茜を、初めて抱きしめたまま眠りに就いた。
都心の夜空に見える星は、深夜の時間になればなるほど光を増し、二人を祝福していった。
第5話へ続く
最終更新:2010年06月30日 19:05