132 : 普通の兄妹でありたい! 2010/08/24(火) 18:44:32 ID:/udSiF4E
一人暮らしをはじめて半年が過ぎた。
もともと、親との折り合いが悪く、自分のことや炊事洗濯はやってたから、苦にはならなかった。
むしろ慣れない事のほうが少なくて我ながら吃驚した。
アイツは元気だろうか…。
いやいや、アイツのためだ。
これで良い、これで良いんだ。
俺は無造作に置かれていたリュックサックを手に取り、仕事へと向かった。
アイツは俺がフリーターだと思っているはずだ。
俺はアイツに気づかれないように慎重に就職活動を進めてきた。
移動資金とアパートの契約料を貯めるのに時間は掛かったが、できるだけ遠くに行きたかった。
できるだけ遠く。
アイツに気づかれないように。
部屋に入り浸る妹がうざくなかったと言えば嘘になる。
実際、うざかった。
それに対して内心喜んでる自分がいやだった。
いつからか、布団に潜り込んでいて、あれは本気で嫌だった。
兄貴の体にキスマークつけるかフツー…
ただ、あの頃は打てば離れていくと思っていた。
本当はそんなことしたくなかった。
限界だった。
こんな状態のままじゃだめだ、俺もアイツも。
だから家を出る事にしたんだ。
幸い、雇ってくれる仕事先が見つかった。
給料は以前働いていたころと比べると低い(多分アイツの給料よりも低い)が贅沢は言ってられない。
それに人付き合いがあまり得意でない俺でもできそうな仕事と上司がいい人なので、やりがいも感じてきた。
…ったく、何で俺がこんなことをしなきゃならんのか。
俺だって人並みに女性と食事したり友人と旅行に行きたいんだ。
さて、明日は休みだ。
ゆっくりゲームでも…。
俺は部屋の鍵をドアノブに挿した。
?
開いている。
俺は鍵を掛け忘れたのかと思いながら自室に入るとそこには居るはずのないアイツが居た。
133 : 普通の兄妹でありたい! 2010/08/24(火) 18:45:08 ID:/udSiF4E
「―――お帰り、兄ちゃん。」
な、んで。
「ご飯もう少ししたら出来るから待ってて。」
なんで。
何でだよ。
何でアイツがここにいるんだ?
「今日は兄ちゃんが好きなゴーヤのチャンプルだよ。
どうせ、コンビニ弁当しか食べてないんでしょ?
あとは、チキン南蛮とネギトロのサラダ作ったから。」
「あ、ああ。」
テキパキと夕食の準備をする妹に圧倒された俺は従うしかなく、結局何も言えないまま出された料理を食べた。
「ねえ、何で私がここにいるのか不思議で仕方ないんでしょ?」
だが、先に切り出したのは妹のほうだった。
食事と洗物が済んで一息ついたところだった。
妹は腕を組みながら頭を傾け俺を見つめた。
傾けたときに妹の長い髪がサラリと彼女の頬を流れていった。
俺は声を出そうにも釣上げられた魚のようにただ口をパクパクすることしかできなかった。
「兄ちゃん、ご丁寧に住民票移したんだね、そこから調べればすぐに判った。
…思ったより時間かかっちゃったけど。」
そこまでする必要あるのかよ。
「大家さんに『身内だ』って言ったらすぐに合鍵くれたわ。」
何が目的なんだよ。
俺を一人にさせてくれよ。
自立させてくれよ。
「…帰れよ。」
「帰るにしても、この辺の最寄駅から新幹線の駅へ行くまでに終電が出ちゃうわ。」
「…お前、仕事は?」
「辞めたわ。
あ、心配しないで、こっちで職場見つけたから。
兄ちゃんを見つけるのは何てことなかったけど、職場を見つけるのに苦労したのよ?
おかげで半年も掛かっちゃった。」
134 : 普通の兄妹でありたい! 2010/08/24(火) 18:45:53 ID:/udSiF4E
絶句
聞きたい事は山ほどあったが、それを声に出す事が出来なかった。
ただ判ったのは、俺の居場所なんて簡単に見つかってしまっていた事だ。
だが、住民票を移した覚えはないぞ。
「もともと、あの会社は辞めるつもりだったし…。
だから、しばらくここに居ていいかしら?
二人で住めるくらい広い部屋は、また落ち着いてから見に行きましょ?」
眩暈がした。
妹が何を言っているのか理解出来なくなっていた。
「は、はは…。」
なぜだか笑えてきた。
ただ、理解できる事は妹が俺の部屋にいることだった。
ああ、俺だって人並みに彼女を作って友人と旅行したりしたかった。
そりゃ、人付き合いは苦手だが、幸い職場で部署は違うが気の合う同年代の野郎と仲良くなれたと思っている。
そんな事が脳内を駆け巡っていると気がつけば翌日の朝になっていて、自分のベッドで妹と向かい合って眠っていた。
枕元に置いた時計を見ると、まだ6時前。
外は薄暗い。
俺は夕べから起こった出来事を思い出そうとしたが、その記憶は曖昧になっていてよく思い出せなかった。
それから数分して、ぼんやりとだが、妹と一緒に狭い浴室に入った事や背中を流してもらった事、
体を拭いてもらって寝巻き代わりのスウェットを着せてくれた事の記憶の断片映像が甦って来た。
いい年して何をしているんだ。
なんか今までしてきた事が馬鹿らしく思えてきて、俺は寝床から起き上がり、部屋を出た。
気づけばアパートの近くを流れている河川の堤防を歩いていた。
堤防の河川側へ降りて河川沿いに腰をおろした。
一体、何のために俺はこんな地まで来たんだろう。
一体何のために…
何のために…
135 : 普通の兄妹でありたい! 2010/08/24(火) 18:46:31 ID:/udSiF4E
一度出直すか…俺は元来た道を戻ろうと立ち上がった瞬間立ち眩みがした。
しまった…。
後ろは河川が迫っている。
まあ、このまま落ちても良いか。
そう思いながら目を閉じたが、いつまでたっても体が濡れる感触は訪れなかった。
俺は川に落ちなかった。
ゆっくりと瞼を開けると、見覚えのある人物が抱きついていた。
妹だ。
「…何してるの?」
「立ち眩みしただけだ。」
どうしてここが判ったとは聞かなかった。
どうせ、捉ってしまうのだから。
「そんなに、吃驚した?」
「…。」
「…ふふっ。
ねぇ、何時、部屋見に行く?
あ、そういえば…」
…
「…兄ちゃん、聞いてる?
聞いてないでしょ、私の話。」
妹は俺の顔を覗き込んだ。
「…帰るぞ。」
早くこの場から逃げ出したかった。
いや、むしろ妹から離れたかったが、そうもいかないので、妹を促そうとした。
そんな俺の腕を、妹がものすごい力で掴み引きとめた。
「車で、来たから。」
俺は妹が自家用車を所有している事を忘れていた。
促して帰るつもりが、逆に促されてしまった。
俺の手を引く妹がなぜか、遠く感じた。
助手席に促され、俺のアパートまで帰ると思いきや、町外れの安ホテルの一室に連れ込まれていた。
途中降りて逃げようと思ったが助手席のドアはチャイルドロックされており、降りることが出来なかった。
ホテルまでの道中、帰る方向が違うと言ったが、それも聞き入れてもらえなかった。
よく考えたら、夕べも自家用車で来ているのならそれで帰れと言えば良かったんだろうか。
いや、帰るはずが無い。
136 : 普通の兄妹でありたい! 2010/08/24(火) 18:47:18 ID:/udSiF4E
「…何のつもりだよ。俺、金もってねーよ。」
「ココでなら、ゆっくり話せそうだから…。」
ゆっくりと振り向いた妹の顔に、畏怖を感じた。
その瞳は俺を見つめてはいるが、どこを見つめているのかわからなかった。
「ねえ、あなたは私のこと嫌いなの?
私はあなたが好きです。
ずっと、ずっと…。
あなたは…?」
「だから、それは…」
「私は、あなたの気持ちが聞きたいの。」
言葉を遮られた。
「…。」
今、目の前に居るのは一体誰なんだ?
妹の形をした異物に見えた。
だがしかし、兄貴に好きかどうか聞く事自体が馬鹿げてる。
こいつは俺の妹で…好き嫌いと聞かれたらもちろん前者だ。
だが、こいつが聞いているのは…。
どう考えてもおかしいだろ。
「俺はお前より収入低いし、キモオタだし、親にも嫌われているからな。
それに比べて、お前は頭良いし、欲しいもの…」
「私は兄ちゃんが欲しいの。」
俺の言葉は鋭利な妹の言葉に遮られてしまった。
「お前みたいな美人が俺の事好きなはずねーだろ!」
「俺は兄貴だろーが、お前みたいな綺麗で頭のいい女が好きなんていうのは俺が兄貴だからだろ!
勘違いすんな。」
何言ってんだ俺。
支離滅裂じゃねえか。
「ちくしょー…ちくしょー…。」
俺は膝から床に崩れ落ちた。
妹は中腰になり、俺を抱きしめた。
137 : 普通の兄妹でありたい! 2010/08/24(火) 18:47:46 ID:/udSiF4E
「ねえ、ジュンイチはワタシのこと好き?嫌い?」
妹は俺を抱きしめながら、耳元でさっき言った言葉を囁いた。
「私はずー…っと好きだよ。これからも。」
妹の唇が俺の耳朶をなぞっている様に感じた。
「俺の事は諦めてくれよ。
お前なら、いい男できるよ。」
「そんなの要らない。」
間髪いれずに遮られた。
「…っ、俺はモテネーし、キモいし。何が良いか…」
「全部。」
妹は俺の目を見つめながら即答した。
妹の目はそれを反らす事は許さないといった迫力があった。
何度も同じ事を言うなと無言の圧も感じられた。
何も言えずにただ呆然と妹の目を見つめていたら突然キスをされた。
「だから兄ちゃんはモテナイんだよ。」
妹は首を片側に傾けて微笑んだ。
「そうやって何時までもグチグチとしてるから兄ちゃんモテナイんだよ。
私はそんな兄ちゃんも堪らなく好きだけど。」
「モテナイクセにカッコつけちゃってさ、私に彼氏作れ?
兄ちゃんのせいで彼氏作れなくなっちゃったんだよ?」
「この半年私がどんな思いだったか理解できる?
もう、兄ちゃんなしじゃ生きていけないよ?」
「兄ちゃんだってずっと私の事気にしてたくせに…。」
「バレてるのよ?あなたの気持ちなんて…。」
「それにね、蹴ったり打ったりされた時兄ちゃん、顔とかお腹には絶対に打たなかった。
知ってるよ。」
「いい加減素直になってよ…。」
俺は…。
俺は弱虫だから、壊れるのが怖かった。
138 : 普通の兄妹でありたい! 2010/08/24(火) 18:48:17 ID:/udSiF4E
「お前は、妹だよ…。
どうあがいたって他人にはなれない。」
「そんなの、判ってる。」
「判ってないよ、お前は。」
「だって…。」
「俺は嫌いだよ。
どこに行くにも着いてくるし、ナニは見られるし、オナホやおかず本捨てられるし、合コン行くの妨げられるし。」
俺はそう言うと、妹は顔を上げてまた俺の顔をジッと見つめてきた。
「キモイ兄貴とばっかと居ちゃ、お前の将来が駄目になると思った。」
何が良いのか何が駄目なのかもう判らなかった。
「…嫌いだよ。」
「ウソツキ。」
「ウソツキ。」
妹は二回言うと、俺を抱きしめてきた。
「もう、何も言うな。」
今度は俺が妹の口を自分のそれで塞いだ。
すべてが白く霞んで見えてきた。
真っ白なペンキを勢いよくぶちまけるような感じだった。
ただ、白いのに何も見えないのに柔らかくて、暖かかった。
「」
気づけば夜中の丑三つ時を過ぎていて、目の前にいる女はまだ満足していないかのように喘いでいる。
「あっ、馴一好きっ、好き…!」
いつの間にか俺を呼び捨てに叫び、一心不乱に俺を求める妹。
俺は自分の中にある砦がまだ聳え立っているのを感じていた。
しかしその砦はある一言でたちまち崩れ落ちてしまう。
言ってしまえば楽にはなれる、だが…。
心のどこかで弱虫な自分が、言うなと叫んでいた。
もう、後戻りできないところまで来ているというのに。
139 : 普通の兄妹でありたい! 2010/08/24(火) 18:48:55 ID:/udSiF4E
「ふぅっ、好き、大好きっ。
ずっと、そばに、いて、よ…!」
コイツはこんなにも愛情表現をしてくれているのに、俺はそんな妹に対して言い知れようの無い違和感と畏怖を感じた。
それから。
何度、逝ったんだろう。
さすがに頭がぼやけて来た。
意識が朦朧としている。
だから、箍が外れてしまったのかもしれない。
それは妹と向かい合うように抱き合ったときに無意識に出た言葉だった。
言うつもりなんてもちろんなかった。
「…愛してる。」
その言葉は俺にとって死に値するものと等しくて…。
なのに…
俺は自分が何を言ったのか一瞬理解ができなくてはっと妹の顔を見ると、目から大粒の涙を流していた。
それから、妹は俺のその言葉を聴いて安心したのかのようにそのまま気を失った。
俺は妹からゆっくり離れて改めて時計を見ると、朝の6時を回ろうとしていた。
もう、何も考えたくなくて俺もそのまま眠りについた。
140 : 普通の兄妹でありたい! 2010/08/24(火) 18:49:23 ID:/udSiF4E
兄ちゃん、やっと見つけた。
もう、離れたくない、離したくない。
兄ちゃんに近づく女は許さない。
兄ちゃんと二人きりの生活…。
兄ちゃんと添い遂げたい、一生面倒見てあげたい。
兄ちゃん、馴一、ジュンイチ。
ああ、好きよ。
好き。
このまま時が止まってしまえば良いのに…。
____________
アパートに戻る途中見つけたチェーン店で一日ぶりの食事を採った。
食べている間中向かい側に座っている妹にじっと見られている気がして、なるべく妹のほうを見ないようにして食べた。
それからアパートに着き2人掛けのソファに腰を下ろた。
そのときに気がついたが思ったより体力を消耗していたらしい。
帰ってきて急に疲れが出てきた。
暫く休憩をしていると、隣に妹が寄り添うように…俺の腕を抱きしめるように座ってきた。
コイツは疲れていないのだろうか、そう聞こうと思ったが止めた。
今日はもう、ゆっくり休みたかった。
俺はふと本当にこれで良いのか自問自答してみた。
それに…
ああ!
この2日の間で俺の決意は崩れてしまった。
今はこれで良いと自己暗示してみたものの…。
いつかそれが無意味なものになってしまうのではないだろうか…。
わかんね。
妹は俺を見つめていたらしく俺と目が合うと、笑顔を浮かべた。
今の俺には妹のその笑顔が苦しく感じた。
それに、
休日は今日までで明日から仕事へ行かなければならない。
ため息が出た。
普通の兄妹でありたいのに、俺は妹から逃げられない。
最終更新:2010年08月30日 05:23