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幸せな2人の話 5 sage 2010/09/18(土) 00:17:58 ID:peQxVOkY
初めはあれだけあった駒も次々と討取り、討取られ、もう盤面にまばらに散っているだけになっていた。
雪風は言うだけあってかなり強く、気付けば3時間近い熱戦が続けられている。
まあ、これで多分俺の勝ちだろうが。
黒いキングの前に白いビショップを置く。
「それで、ここでチェック・メイトって言えばいいのか?
きざったらしいルールだな。」
「ええ、兄さんの勝ちね……」
雪風が渋い顔をする。
「序盤の展開がいい加減すぎたな。
お前は遊んでいた積りなんだろうが、後に繋がらない手筋がいくつもあったぞ。
要は相手が初心者だと思って手を抜きすぎるなって事だ。
まあ、また暇なときに相手してくれ。
勿論、その時は本気でだが?」
「本気よ、全身全霊全力の」
よく聞こえなかった。
「ん、何だ?」
「いいえ、何も言ってないわ、早くそれを片付けて。
遅いけどお昼にしましょう、私のとっておきの店を特別に教えてあげるわ」
不機嫌そうに答える。
そういう意外と負けず嫌いな雪風を見てつい苦笑してしまう。
713 幸せな2人の話 5 sage 2010/09/18(土) 00:20:03 ID:peQxVOkY
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少し不機嫌そうな雪風と俺は大学から地元まで戻った。
俺の住んでいる町の商店街の入口にはいつから存在したか分からない細い通路があって、
その通路の先には名前の分からない喫茶店がある。
俺は入ったことが無かったが、ここが雪風お気に入りの店だそうだ。
そこで今俺は、雪風お勧めのBセット(チキンスープ、サラダ、パン)を食べているのだが、驚いた。
スープが信じられないくらいに旨い、鶏肉にこんなポテンシャルが本当にあるのかって言うぐらい旨いんだ。
これはもう肉からして完全に別物だ、相当特別な鶏肉を使っているに違いない。
「いや、本当に旨いなこれ!!」
思わず賞賛が俺の口から漏れる。
「そうでしょ~。
ここはね、このチキンスープだけは本当においしいんだよ~」
雪風が満足げに答える。
「でも注意してね、ここでの食事はこのBセット以外を頼んでは絶対に駄目だから」
「他は旨くないのか?」
「ええ、それもね、まともに喉を通らないぐらいに。
実は私も一度だけ食べたことがあるの、吐きだしたわ、口に入れてすぐ」
よほどの味だったのだろう、思い出している雪風の顔が歪む。
「で、今日はおいしい昼ごはんえを食べて満足、という訳には行かないのが残念だな」
俺の言葉に雪風は不機嫌そうな顔をしながら、ことりとスプーンを置いた。
「ええ、ルールはルールだものね。
良いわよ、兄さんは私に何を聞きたいのかしら?」
「何でシルフを焚き付けるような真似をした?」
714 幸せな2人の話 5 sage 2010/09/18(土) 00:20:26 ID:peQxVOkY
「何でって、私達が本当に幸せになれるようにしているだけだよ」
「私達が?」
「うん、兄さんだって分かっているんでしょ。
シルフちゃんは兄さんの事を男の子としてずっと好きだったっていうのを」
「さあな、何かの間違いだと思うよ。」
「あはは、兄さん、こういう所は分かりやすいね。
嫌な事を聞かれるとすぐに顔に出る癖は昔から直らないね。
苦虫を潰したみたいだよ?」
そう言って嬉しそうに笑った。
「まあ、シルフちゃんはもっと分かりやすい子だから兄さんでも気付いちゃうよね。
それじゃあ、いつからシルフの気持ちを知っていたのかな?」
「……ずっとだよ、初めはあいつは俺の事を唯一の理解者だと思って、ずっと俺の側に居た。
それが、いつからか愛情とごちゃ混ぜになって、それでも段々と愛情の方が上回ってくる。
そして、今はそれでも俺の側の居場所を選ぶか、居場所を捨ててでも愛情を選ぶかで悩んでいる。
まあ、あくまで俺の勘だがな」
俺の言葉に雪風は目を丸くする。
「それって、全部分かっていたって事?」
「ああ」
「そこまで分かっていてずっとシルフのお兄ちゃんでいたの?
どうして?
普通ならそこまで来てしまったら思いに応えたり、否定したりするでしょ!?」
「それこそシルフは望んでいないからだ。
あいつは愛情と居場所の二つを天秤にかけて居場所を選んだ。
現状を維持し続けるって言うのはそういうことだろ?
その居場所を俺が壊すって言うのはお兄ちゃんとしてやるべき事じゃない」
「そんな建前をよくも言えるものね。
この前の夜シルフちゃんは泣いていたんだよ?」
昔のシルフの泣き顔を思い出して、胸が痛んだ。
けれど、今はそれを顔に出すような時じゃない。
「それでも、シルフは今の居場所を選んだ」
715 幸せな2人の話 5 sage 2010/09/18(土) 00:21:03 ID:peQxVOkY
「兄さんのやり方って、最低だね」
「どういう意味だ?」
「だって、都合の悪い事を全部私やシルフちゃんに押し付けて、自分だけは責任を被らない方法を選んでるよ?
そうだよね、シルフちゃんの気持ちに応えるのって、受け入れるにしても、否定するにしても面倒だよね。
だったら、初めから気付かない振りをして放っておけば、シルフちゃんは自分から兄さんへ踏み出す勇気なんて持てないもの。
それに、例えあの子を苦しませているのを誰かに咎められても、シルフが答えを出すのを待ってるんだって辛そうに言えば良いし。
その後であの子との複雑な家族関係でも語れば、もう誰も兄さんたちにそれ以上言えなくなるわ。
そうすれば誰もあの子の背中を押せなくなるから、ずっとシルフちゃんは踏み出せなくなる。
あ、あとさっき勘って言ったのも上手だよね、あくまで自分の勘なら確かめる義務なんてないもの。
うんうん、兄さんってやっぱり頭が良いね~」
すごいね~、賢いね~、と白々しく感心する。
「そんな訳無いだろ、冗談なら大概にしてくれ。
俺はそんな事をしているつもりなんてないし、考えた事だってない」
シッテルヨ、ダカラサイテイナンダッテワカラナイノカナ?
雪風が何かを呟く。
「今、何か言ったのか?」
雪風の何かは小さすぎて聞こえなかった。
「ううん、こっちの話だから気にしないでいいわ」
「そうか、まあ良いさ。
それよりも、私達が本当に幸せになれるっていうのはどういう事なんだ?」
雪風の追及を反らす為に話題を変えようとする。
雪風はくすりと笑った、逃がさないよ、とでも言うように。
「言ったとおりの意味よ。
兄さんは私達がこのままの関係で良いの?
さっき言ったみたいにシルフちゃんの想いに気付かない振りを続けるつもりかしら?」」
「良いも悪いも無い、今のままで問題なんて無いんだ。
シルフが踏み出さないのは今の方が良いって思っているからだろ?
それぞれ思う事はあるだろうが、それでも何も変わらないのは俺達が今の生活で満たされているからだ。
なら、それを崩さないように見守るのが俺のすべき事なんだよ」
「そんなのが本当に、シルフちゃんや私を大切にしてるって事だって兄さんは本気で思っているの?」
俺の顔を訝しげに雪風が覗き込む。
「だから、さっきから何が言いたいんだよ?」
716 幸せな2人の話 5 sage 2010/09/18(土) 00:22:14 ID:peQxVOkY
「本当は、兄さんが自分の居心地の良い場所を手放したくないだけじゃないかな?
自分の為なら何でもしてくれる素直な妹と自分の事なら何でも理解してくれる便利な妹。
兄さんはそういう2人がいるのがとても心地良いの。
でも、面倒くさいからそれ以上に私達を自分の近くにまでは寄せたくない、そういう我侭でしょ?」
いらっとした。
誰かに同じ事を言われても俺はそのまま無関心に流せるだろう。
だが、雪風に言われると、自分の心がそのとおりに変化してしまうように思えてしまう。
まるで、腹の中を抉られて、見たくも無い自分の汚物を引きずり出されて、
本当の兄さんはこんなに醜いんだよ~、と嘲られているように感じて、不愉快になる。
「ああそうかい、だったらもう俺に付き合わなきゃ良いだろ?
そう思われてまで、俺は雪風やシルフに側に居て欲しくなんてないし、必要も無い」
「兄さんって平気でそういう事を言うよね。
自分の言う一言でどれだけ人を傷つけられるのか、少しは考えた方が良いよ?」
俺を見据えて毅然と雪風は言う。
けれど手の震えを隠しながら言うそれは、怯えの裏返しのようにしか思えない。
「だったら何て答えれば満足してくれるんだよ?
本気でお前やシルフがそう思っているなら、俺なんて放っておけば良いだけだ。
恋人を作る、両親に俺を引き離させる、俺を見捨てる方法なんて幾らでもある。
それなのに俺の側から離れないで、俺を非難するなんて話がおかしいじゃないか?」
「理由なんて、兄さんだったら簡単に分かる事じゃないの?」
「分かる訳ないだろ」
「分かるわ」
「分からない」
「分からないの?」
「分からないよ」
そんな不毛な問答は、はあ、という雪風の大きく溜息で打ち切られた。
「そうなんだ、本当に分からないんだね?」
雪風は呆れた表情で答えを言った。
717 幸せな2人の話 5 sage 2010/09/18(土) 00:23:19 ID:peQxVOkY
「私は兄さんの側に居たいから、兄さんに捨てられたくないから。
だから兄さんの我侭に従っているの、少なくとも私はね。
兄さんの望みを満たしている限り、兄さんに都合の良い存在でいる限り、
誰にだって兄さんは居場所を与え続けてくれる、兄さんはそういう人だもの」
「なあ、まるで俺がお前を玩具にしているような言い方だな?」
「違うと思っていたの?
私はそういう意味で言ったんだよ。
兄さんは私を玩具にして、私で遊んで、飽きたら何の躊躇も無く私を捨てる。
勿論、もっと良い玩具を手に入れたってそうするでしょうね」
「俺はそんな事は絶対にしないってお前なら分かるだろ。
お前も、シルフも……」
雪風がシルフという言葉に反応して楽しそうな顔をする。
「シルフちゃん? ああ、シルフちゃんもそういう意味だととても都合が良いよね。
ひょっとしたら血が繋がってない分雪風より便利かも。
ほら、あの子は兄さんが言う事ならどんな事でも喜んでしてくれるよ、勿論誰にも言わないで。
それに、兄さん好みの体つきをしているから、くすくす。
シルフちゃんが何でもするって言ってくれたときに、本当は期待してたんじゃないの?
ねぇ例えば、兄さんのベッドの下にあったDVDみたいに、首輪を付けて四つん這いにさせて……」
「雪風、いい加減にしろよ。
もう喋るな」
今日の雪風は変だ。
別に雪風はいつも能天気でボケボケっていう訳じゃない、寧ろそんなのは俺達の前だけだ。
今日みたいに外に居る時は逆で、実際の歳以上に大人びている。
けれど、どんな時でも雪風は許される範囲と許されない範囲の境界をちゃんと弁えている。
俺の妹の雪風は特にこんなふざけた事は絶対に言わない。
718 幸せな2人の話 5 sage 2010/09/18(土) 00:23:45 ID:peQxVOkY
「喋るな、へぇ?
兄さんは気に入らない事があったら、そうやって私の口を噤ますんだ?
なら、さっき言ったとおりじゃない。
シルフちゃんが泣いてるのを知らん振りで、兄さんはへらへら笑って?
私にはそんな兄さんが間違ってないって言わせる気?
それが兄さんの家族としてのあり方?
良いわ、兄さんがお望みならいくらでもそうしてあげる」
雪風が馬鹿にするように言った。
そして、薄笑いを浮かべる。
「兄さんは正しいし、シルフちゃんが泣くのだって想いを伝えられないあの子の自業自得。
兄さんは全然悪くない、悪いのはシルフちゃんを苛めた雪風と母さん。
ごめんなさい、兄さん、雪風が全部悪かったわ
これからは兄さんの言うとおりにシルフちゃんがどんなに泣いていても無視するし、あの子の相談なんて乗ってあげないわ」
本を読み上げるように澱み無く全てを言い切る、くすりと笑う。
「こういう風に私が言えば、兄さんは満足してくれるんでしょ?
無神経で、いい加減で、自分勝手で、本当に兄さんらしい考え方よね?
どう、これで十分なんでしょ?」
「違う、俺が言いたいのは……」
そこまで出して言葉が詰まる。
じゃあ言いたいのは、何だ?
「なぁに、言いたい事があるならちゃんと言ってくれないと分からないよ?」
「それは……」
言い返せない俺を見て勝ち誇ったように、口に手を当てて雪風が哂う。
「くすくす、ごめんなさい。
ちょっと調子に乗りすぎたわ、さっきのチェスの仕返しね。
でも、これはずうっと誰よりも兄さんを知っている雪風が見た、兄さんなんだよ?
良いよ、私はそれでも。
兄さんと居られればどう扱われても別に良いわ」
でもね、と一言間を空けてからまた言葉を続ける。
「じゃあシルフちゃんはどうかな?
私、あの子の事までは分からないから。
あの子は兄さんと恋人になって、ううん、その先の事をいつも夢見てる。
それでも、シルフちゃんは今のままで幸せだって本気で言える?」
雪風が真剣な表情で俺を睨む。
俺はその視線から顔を逸らす。
「それは……、シルフが決める事だ」
「兄さん、私は質問しているんだよ?」
無言で目の前の皿に目を落とした、スープはもう冷めていた。
砂糖や胡椒と一緒に並んでいた赤い唐辛子ペーストを掴み、掬って、スープに落としてかき混ぜる。
「兄さん!!」
俺は雪風を無視して、闇雲にスプーンを口に運んだ。
それでも、雪風は言った。
「それは、……ジャムだよ、ぷっ、くっくっく、あはははは」
雪風は吹き出した。
俺は別の意味で吹き出した。
719 幸せな2人の話 5 sage 2010/09/18(土) 00:24:14 ID:peQxVOkY
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あははは、くすくす、あははは。
夕暮れ時、人気の無い道に笑い声が聞こえる。
さっきの場面がツボにはまったらしく、帰り道でも雪風は笑いっぱなしだった。
「くすくす、本当に兄さんは面白いね。
どうして一番重要な場面を、ああもぶち壊してくれるのかしら。
おかげでシリアスな雰囲気が台無しになっちゃったじゃない。
くくく、本当にもうお腹が痛くてしょうがないわ」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい」
勿体無かったので何とか食べようとしたがジャムの味が邪魔して口に出来る味では無かった。
いや、そもそもジャム自体が一体何なのか分からない正体不明の代物だったぞ、あれ。
雪風はそんな悪戦苦闘する俺が相当面白かったらしく、何とか真剣さを保とうとしても笑いがとまらないという状態だった。
結局、諦めて素直に爆笑する事を選択してしまった。
こういう所の潔さは雪風らしいと思う。
「あ~、笑わせてもらったわ。
やっぱり兄さんと居ると本当に、楽しい」
そう言って大笑いする陽気ないつもの雪風は、さっき俺を問い詰めた少女と同じには見えない。
「なあ、雪風?」
「な~に、兄さん、くくく」
「さっきお前が言った私達の幸せの、私達、にはお前も含まれているのか?」
「え? くくく、それは勿論、しっかり組み込んでいるわ、くくく」
雪風が笑った。
「それは、シルフの望みとは両立しないんじゃないか?」
笑い声が止まった。
「どうして、分かったのかしら?」
雪風が笑う、だがさっきと違いそれは全く動きの無い笑みで。
「確証は無かったが、薄々と。
シルフと違って上手くやっていたと思うよ。
正直なところ、ただの世話焼きな妹なんじゃないかとも思っていた。
もっとも、さっきの話を聞いて気付かないなら相当の間抜け、だと思う。
ついでに言えばお前のお願いの内容も大体予想がついたよ。
そういう事なのか?」
「ふふ、兄さんは余分な事には本当に鋭いんだよね、嫌になっちゃうわ。
あ~あ、こんなところで私の賭けって終わっちゃうんだ」
「賭け?」
「ああ、良いのこっちの話だから兄さんはもう気にしなくて。
本当にもう、兄さんは……、困ったものね。
分かったわよ、私は兄さんを愛しているわ。
勿論、女としてね、どう気持ち悪い?」
雪風が吹っ切れたように告白した。
それを言う事が義務かのように淡々とした事務的な口調で。
720 幸せな2人の話 5 sage 2010/09/18(土) 00:24:35 ID:peQxVOkY
「俺はそれでも構わない。
お前もシルフみたいに昔からそうだったんだろ?
それでも、今まで俺達は上手くやってきた、なら別に問題なんてない」
俺の言葉を聞いて、雪風は呆れたようにため息を吐いた。
「そうだね、兄さんならそういうかもって思っていたわ。
あのねぇ兄さん、普通はそういう道を外れた妹なんて気持ち悪い、
近寄るなって言って遠ざけるのが常識だと思うよ?」
「否定して欲しいのか?」
「あ~、出来れば受け入れて欲しい、かな?」
困ったように目線を逸らす。
「なら、俺は否定したりはしないよ。
常識は大事だが、自分の見聞きしたものをそれで否定するって言うのはおかしいと思う。
俺と雪風はずっと一緒に居たんだからな。
俺はお前の事が妹としてだが、信頼しているし大好きだった。
そしてその雪風の中には今言った気持ち悪い要素も入っていたんだろ?
なら、俺はその要素だって含めてお前を気に入っていたっていう事だ。
今更何をどうしろって言うんだ、何も変わらないだろ?」
「ふうん、兄さんの言ってる事は理屈としては正しいのかもね。
で、それって私は兄さんに期待しても良いって事?
兄さんは私のお願いを聞いてくれるのかな?」
そう尋ねる雪風の笑顔は強張っていた。
「……それは無理だ、悪い。
俺はお前と兄妹でいる事を望んでいる。
だからって、お前の望みを否定はしない。
少なくとも、シルフや他人を傷つけない限りは」
「はぁ、100点満点の模範的な答えね。
本当に不器用に模範的っていうか、理不尽なくらいに寛容っていうか……。
兄さんって、一体何の積りなの?」
その溜息には少しだけ失望が含まれているように見えた。
721 幸せな2人の話 5 sage 2010/09/18(土) 00:24:55 ID:peQxVOkY
「何って、そんなもんはお前の方が良く分かっているだろ?」
「兄さん、そういう平等って本当に大切なものが無いからできるんじゃないかな?
普通の人は兄さんみたいにはなれないの、絶対に。
大切なものがあるなら、私や、それにシルフちゃんみたいに偏っていて、歪んでいて、一つに傾くの」
「傾いている、雪風がか?」
「そうだよ、私の全ては兄さんに偏っているわ、それに兄さんへの想いだってそうよ。
さっきは兄さんを愛しているって言ったけど本当はそんなに綺麗なものじゃないよ。
兄さんが欲しいの、兄さんから全て奪って、縛り付けて、何処にも行けない様に閉じ込めたい。
私にとっての兄さんってそういう特別な存在なんだよ?
それでも、兄さんは今までのままでいられるの?」
さっきの俺の答えが気に入らないのだろうか、雪風は若干いらついた口調で問い直す。
「言っただろ、何も変わらないって」
俺は喫茶店で問い詰められた時と同じ事を答えた。
それを聞いて、俺に背中を向けた。
そして、兄さんには敵わないね~と声だけは楽しそうに雪風は笑った。
「あはは、ねえ、兄さん。
今まで兄さんに私のお願いを聞いて欲しくて賭けをしたのって何回あったか覚えてる。」
「悪い、覚えてない」
「正解は10歳の時から数えて29回でした~。
では、その内兄さんが勝ったのは?」
「それは簡単だな。29回、負けた記憶がないから全勝だ。」
「ふふ、正解。
じゃあ、これから30回目の、ううん、最後のゲームをしようよ。
くすくす、もう全部ばれちゃっているから、私、宣言するね。」
そう言ってくるりとこちらに振り返る。
雪風が俺に顔を近づける、笑っているのに笑っていない。
「私は、兄さんを雪風の物にする。
そして、私は、兄さんを永遠に縛り付けて閉じ込める、くすくす」
「俺が約束を守らなかったら?」
「くすくす、大丈夫よ、兄さんは約束を破れない人だって知ってるもの。
それに、別に兄さんが約束を守ってくれなくても良いわ。
私が勝てば、私は兄さんを自由に扱う権利が有るんだっていう気持ちの整理が付くから。
そうしたら兄さんはずっと私の物になる」
お互いの顔が俺にくっつくという時に、雪風は表情を緩めて、顔を離した。
「あ、そうそう。
けど、安心していいよ。
私は、兄さんもシルフも傷つけないから」
最後にそう付け加えた。
そして、物欲しそうな目をしてゆっくりと俺の胸元から顔まで視線を這わせる。
雪風がそういう目をするのを初めて見た。
最終更新:2010年09月19日 22:46