幸せな2人の話 6

190 幸せな2人の話 6 sage 2010/09/27(月) 01:32:38 ID:UAuQBQvZ
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暫らく俺を物欲しそうに見つめた後、雪風はいたずらがドッキリが成功した時のようにくすっと笑った。
「さあ、選手宣誓はこれでおしまい。
 私、こういう息の詰まる展開って苦手なの、そろそろいつもの私達に戻ろっか?
 兄さん、今日の晩御飯は私が作るんだけど何が良い、今日の雪風は頑張っちゃうよ~?」
その言葉と共に彼女はいつもの俺が知っている雪風に戻った。
「そうだな、ハンバーグじゃダメかな?」
おれも、いつも雪風にそうしているように答えた。
「分かったわ、兄さんの大好きな和風ハンバーグね。」
「俺は和風が好きなのか?」
「ええ、大根おろしがた~くさん載っているポン酢風味のソースが兄さんの好物よ。
 兄さんにとって何がおいしくて、何が嫌いかなんて顔をちょっと見れば分かるわ。
 ふふ、勿論分かるのは料理だけじゃないよ?」
そう言って、ふふん、と得意げに胸を張る。
「それじゃあ、兄さんは先に帰ってて。
 私は買い物をしてから帰るわ」
雪風は少し早足で歩き出した。
夕日で伸びた影の背丈くらいに俺達の距離が開く。
ぴたっと、歩みを止めて、くるりと雪風が振り向く。
「そうそう兄さん、兄さんは一つだけ勘違いしているよ。
 私はね、兄さんのことが欲しいし、それに愛してるの。
 でも、私は兄さんの事が嫌いでもあるんだよ。
 そうやって私の心を読める癖に、私の事を理解してくれない。
 私の欲しいものは何でもくれるのに、一番欲しいものはくれない。
 本当に、兄さんって一体何なのかな?」
そう言って、雪風はまた歩き出す。
夕日が影になって雪風の表情は見えなかった、どんな表情だったのかはだから分からない。


191 幸せな2人の話 6 sage 2010/09/27(月) 01:35:27 ID:UAuQBQvZ
雪風が立ち去った後も俺はそこから動く事だ出来ず、立ち止まって夕暮れの雲をぼんやりと見ていた。
「俺は、お前の知ってる通りの俺だよ」
細長い巻き雲が青と紫がかった赤に塗り分けられている。
「理解していないだと?
 理解していないのは雪風だってそうじゃないか」
誰に対してでもなく呟く。
俺にとってシルフは大切な妹だ。
都合の良い玩具だなんて思った事は絶対にない。
昔、初めてシルフを見たときは本当に悲しかった。
他人から拒絶され続けて、誰も信じられないって顔をしてたんだ。
そのシルフが俺や雪風と一緒に生活する中で少しずつ明るくなってくれて、それが嬉しかった。
そして、もっと笑って欲しい、もう暗い顔なんてして欲しくないなって思った。
その気持ちに雪風の言うような卑怯な嘘なんて全く無い。
確かにシルフがいつも俺の事で悩んでいるのも知っていた、でも俺も悩んでいた。
悩んで、それでもシルフが踏み出さないのなら、今のままで良いって俺は決めたんだ。
そして、シルフがその先を口にするまではずっと気付いてない振りを続けていようって。
雪風もきっと俺の考えを理解してくれているんだと当たり前の様に思っていた。
だから、雪風にあんな事を言われるなんて思ってもみなかった。
それにいつもならあんなにきつい言い方は絶対にしない。
俺の弱い所をちゃんと汲み取って、もっと優しく嗜めてくれる筈なのに。
……自分勝手な言い分なのは分かっているけど。


192 幸せな2人の話 6 sage 2010/09/27(月) 01:35:55 ID:UAuQBQvZ
俺はずっと雪風とは何でも通じ合っているんだって思ってその事を疑った事さえ無かった。
なんせ、いつもあいつは俺の事なら何でも理解してくれて、俺のする事なら何でも笑ってくれていたから。
それは雪風が俺に合わせていてくれただけ、だったんだよな。
俺の事が異性として好きだから俺の我侭を聞いていた、か。
じゃあ今までずっと本当の気持ちを言えず、本当は望んでない事にも笑っていたのか?
それなら、あいつも辛かったんだっていうのは分かる。
分かるよ、だけどな……
「だからって、あんな言い方はないだろ。
 二人のことを大切に思っていたし、そう付き合ってきたんだ。
 ったく、雪風だってそうだよ、あいつだって俺の事を何でも分かってくれるのに、
 一番大事な事を理解してくれないじゃないか」
そうぼやく自分がとても惨めで、情けなく感じられる。
何とか隠そうとしていたが、本当は雪風の言葉は一つ一つが辛くてしょうがなかった。
さっき雪風から突き放された時は、まるで母親から見捨てられた子供のような泣きたい気持になっていた。



193 幸せな2人の話 6 sage 2010/09/27(月) 01:38:51 ID:UAuQBQvZ
俺にとっては雪風もシルフも特別な存在なんだ。
決して見捨てたりなんてしない、俺はそんな薄情な奴じゃない。
はっきりと言える、雪風もシルフの事も大好きだって。
けど、それでも雪風が言うなら、俺のしていた事は間違っているのか?
そんな訳は無い、雪風が間違っているんだ。
もし雪風の言うとおりなら俺はただの馬鹿じゃないか、絶対に違う。
でも、俺の事もシルフの事も一番知っている雪風が言うなら……。

帰路の間ずっと考えていたが何をどうすればいいのか分からなかった。
とりあえず、玄関まで迎えに来てくれたシルフをぎゅうっと抱きしめてみた。
それはシルフがして欲しいとずっと思っていたけど言えなかったことだって、俺は知っていた。
それに今の俺にとってどうしても必要な事でもあって。
顔を真っ赤にして固まるシルフは暖かくて、とても良い抱き心地だった。
何だかほっとして、気持ちが落ち着いた。

ただ、一つ問題が増えてしまった。
一部始終をご覧になって、俺の真後ろでニコニコと笑ってらっしゃる妹様にどう弁解するば良いのだろう?


194 幸せな2人の話 6 sage 2010/09/27(月) 01:39:13 ID:UAuQBQvZ
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さっき姉さんから電話があった、もうすぐお兄ちゃんが帰って来るって。
電話越しにそう私へ伝える姉さんはとても楽しそうだった。
それを聞いてから玄関で待ち続けてる。
今まで、何をやってもお兄ちゃんは喜んでくれなかったけど、きっと今度は大丈夫。
だってお父さんだって喜んでくれたんだもの。
もう本当のお父さんやお母さんの事は殆ど覚えていないけど、それでも覚えている事がある。
お父さんが駅に着いたからお迎えしてあげようねって、お母さんが言って一緒に玄関で待ってて。
それでお父さんがドアを開けると、お帰りって言いながら抱きつく。
その時のお父さんの嬉しそうな顔はまだちゃんと覚えている。
それはお兄ちゃんに出会う前の私の、少ししかない楽しい思い出の一つ。
だから絶対に大丈夫。
大丈夫、なのに不安になってしまうのはどうしてかな?


195 幸せな2人の話 6 sage 2010/09/27(月) 01:41:38 ID:UAuQBQvZ
「ただいま、ってシルフ!?」
「お帰り、お兄ちゃん」
「あ、ああ。
 ……雪風に言われたのか、ここで待ってろって?」
そう確認するお兄ちゃんの顔はとても怖かった。
自分の体が縮こまるのが分かる。
どうしよう、私はまたお兄ちゃんを困らせるような事をしたのかな?
「え、あ、ううん、違うの。
 昔、お父さんにこうやってあげたら、凄く喜んでくれてたのを思い出したから。
 だから、お兄ちゃんも嬉しいかなって、思って……」
「どれぐらい、ここで待っていたんだ?」
「多分、30分ぐらい、だと思う」
恐る恐る、怯えながら答える。
私がが質問に答えるとお兄ちゃんは安心したように表情を緩めた。
「そうだったのか。
 ごめんな、そんなに待たせちまって。
 それに、こんな問い詰めるような聞き方をしちゃったのも、ごめん」
「大丈夫、お兄ちゃんは悪くないわ。
 それよりどうしたの?
 お兄ちゃん、すごく辛そうな顔してる」
「ん、辛そうな顔をしているのか?
 そうだな、ちょっとだけだが、ほんの少しだけ辛い事があったんだ」
そう答えるお兄ちゃんはちょっとなんて軽い事には見えない位とても悲しそうで、それが嫌だった。
私が好きなのは笑っているお兄ちゃんだから。
「ねえ、私に何か出来る事は本当にないの?
 私なんかじゃ役に立てないかも知れないけど……。
 それでも、お兄ちゃんの為なら私は何でもするよ」
もうこの言葉を何回言ったかなって心の中で苦笑する。
お兄ちゃんは一度だって私にお願いをしてくれた事なんて無いけど、それでもいつも言わずにはいられない。
「本当に何でも良いのか?」
「うん、私はお兄ちゃんに喜んでもらいたいの。
 私はお兄ちゃんの、恋人、だから」
例え、お兄ちゃんにとっては押し付けられただけでも。
それでも、私は恋人なんだから。


196 幸せな2人の話 6 sage 2010/09/27(月) 01:42:22 ID:UAuQBQvZ
「ありがとうな。
 じゃあ一つだけ、シルフにお願いしてもいいかな?
 少しだけ目を閉じててくれないか?」
「え、目を閉じる?」
驚いて、思わず聞き返してしまった。
お兄ちゃんが私にお願いするなんて本当は期待してなかったし、
それに、目を瞑るって言う事はどういう意味なのかも分からなかったから。
「嫌なら良いんだけど」
「嫌なんかじゃない、ちょっと待って。
 ……これで良い?」
慌てて目を閉じると、すぐにとても暖かいもので体を抱きとめられた。
「お兄ちゃん!?」
「悪い、もう一つお願いができた。
 暫らくこうさせててくれ。
 はは、シルフってすごく暖かいんだな、ずっと忘れてたよ」
その言葉と共に私を抱きしめる力が強まる。
これってお兄ちゃんの腕、だよね?
じゃあ私は今お兄ちゃんにぎゅって抱きしめられてて、あ、う、ぁ。
そこまで考えて、もう頭が働かない。
胸がどきどきと鳴り続けて頭がぼおっとする、体が熱い。
お兄ちゃんが私の体をゆっくりと放す。
目を開くと、そこにはお兄ちゃんが間違いなく立っていた。
たぶん実際には10分くらいだったと思うけど、私には何時間にも感じられた。
体がふらっとする。
私は足に力を入れて、そのまま地面にへたり込んでしまいそうになるのを我慢する。
「ありがとう。
 お陰で楽になれたよ」
「あ、え、う、うん。
 私、その、お兄ちゃん、に抱っこされて?」
体にはまだお兄ちゃんの感触が残ってて、それが暖かくて、心地よくて、嬉しくて。
うぅ、自分でも何を言っているのか分からない。



197 幸せな2人の話 6 sage 2010/09/27(月) 01:42:51 ID:UAuQBQvZ
気付いたら私は部屋に駆け戻っていた。
そして、扉を閉めて、今度こそ床にそのままへたり込む。
まだ胸はこんなに鳴り続けている、息も荒い。
こんなの知らなかった。
お兄ちゃんに抱きしめられるって、あんなに気持ち良いんだ。
お兄ちゃんの体って、硬くて柔らかくて、それにあんなに暖かいなんて、知らなかった。


198 幸せな2人の話 6 sage 2010/09/27(月) 01:44:54 ID:UAuQBQvZ
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お兄ちゃんに抱きしめられた後、やっと気持ちが落ち着いた時にはもう2時過ぎだった。
水が欲しいと思って居間の方へ向かうと、こんなに遅いのにまだ明かりが点いている。
それに話し声も聞こえる。
お兄ちゃん達がまだ起きてるのかな?

部屋の中をこっそり覗くとお兄ちゃんが漬物石を抱きながら、足つぼ健康器の上で小刻みに震えつつ正座をしていた。
そんなお兄ちゃんの向かいで姉さんもやっぱり正座をしている、座布団の上にだけど。
「あははは、兄さん。
 私は確かにシルフちゃんを思い遣ってねって言ったよ?
 でも、セクハラしろなんて誰が言ったのかな~?
 だ・れ・が?」
「いや、その、あれは合意の上であって、だな」
「あら、今更言訳をするつもりなの?」
「いや、言訳ではなくて、状況の確認を」
「あははは、兄さんは何か勘違いをしてないかな~?
 私は今、兄さんを裁いてるんじゃなくて、罰してるんだよ?
 もうとっくに兄さんは有罪なんだからね」
「……はい」
しょんぼり、とうなだれるお兄ちゃん。

良く分からないけど姉さんにいじめられているのは確かだったので、お兄ちゃんを助けようと部屋に入った。
けれど、中に居たお兄ちゃんに見つめられた途端に、抱きしめられた時の感触が蘇った。
また頭がぼうっとして、体が火照る。
それで、恥ずかしくなった私はその場から逃げてしまった。
「うふふ、兄さん、今夜は寝かさないからね~?」
そうお兄ちゃんに告げる冷え切った声が背中から聞こえた。
ううぅ、見捨ててごめんなさい、お兄ちゃん。

部屋に戻って頭から布団を被ったのに、私は朝まで全然眠る事ができなかった。



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最終更新:2010年10月04日 00:56
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