380 魔法少女すーぱーシルフ(上) sage 2010/10/16(土) 21:11:31 ID:5h3AEk/k
魔法。
空を飛ぶ魔法、恋を叶える魔法、悪い人をやっつける魔法。
魔法が使えたら、それは誰もが一度は夢見る事。
けれどもいつかは分かる、そんな都合の良い魔法なんて存在しない事を。
空を飛びたいのならパイロットに、恋を叶えたければ告白を、悪い人をやっつけたければ自衛官になろう。
そうやって、みんな自分の力で夢を実現しようとする。
魔法っていうのはその切欠に過ぎない、本当の魔法は自分の力、だから。
だから、今更魔法少女になんて誘われてもすごく迷惑だ。
381 魔法少女すーぱーシルフ(上) sage 2010/10/16(土) 21:11:51 ID:5h3AEk/k
”要は、私のお母さんは魔法少女で、私にも素質があるから後を継げっていう事?”
《はい、人間の黒い心、誰かを×したい、誰かが居なくなれば良いのに。
そういう気持ちに形を与える悪の勢力と戦う、お母様は立派な魔法少女でした》
”そして、あなたはお母さんのマスコットっていう事?”
《はい、HALと書いて、アルと呼んでください。
フランス語ですので先頭のHは読みません》
”かなり身の程知らずの事を言っているような気がするんだけど。
大体、マスコットって普通動物じゃないの?
猫とか、フェレットとか……”
目の前にあるそれは、動物どころかただの黒い直方体にしか見えない。
《それはもう昔の話です。
今時は生体マスコットなんて、非常食位にしかなりませんね。
現在の魔法戦は戦略、戦術、戦闘の直結を要求されるシビアな戦いです。
だから、多数の情報を瞬時に処理できる人工知能でなければバックアップは不可能です。
私もこのボディは端末でして、本体は木星にあるんですよ》
”じゃあ、これは魔法で木星から会話しているの?”
《いえ、ワームホールを利用した量子通信です。
あと、シルフさんとは脳波の読み込みですね》
”……魔法じゃないんだ。
それに、マスコットだったら何で魔法を使わずに郵送で来たの?”
《空軍のレーダーよりは税関を誤魔化す方が安上がりで簡単だったからです》
”……”
《言いたい事は分かりますが、その方が正確で効率が良いんです》
”もう、どうでも良い”
はぁ、どうして私はこんな話を真に受けているんだろう?
《それは真実を伝える魔法を使わせて頂いておりまして》
ばつが悪そうに、自称マスコットが答える。
そんな都合の悪い所を埋めるような魔法の使い方ってどうなのだろう?
”いくら何でも手抜き過ぎだと思わないの?”
《そうなのですが、その、あまり本筋に外れた所に時間を裂けませんので……》
”分かったわ、もうそういう事にして良いから”
私は投げ遣りになりながら答えた。
《すいません、本当にすいません》
アルがその黒い表面にorzをする光のモーションを浮かび上がらせる。
むしろ馬鹿にされているような気がする。
382 魔法少女すーぱーシルフ(上) sage 2010/10/16(土) 21:12:15 ID:5h3AEk/k
今日は朝からそんな調子でずっと騒がしかった。
お兄ちゃんとのデートに胸を弾ませていた私の元に一つの小包が届いたのが発端。
送り出し人は私のお母さんの名前。
不審に思いながらも開けてみると、突然こう言われた。
魔法少女になりませんか? って。
もちろん、すぐに断った。
何度も、何度も断った。
そんなごたごたが一段落してからやっと私達は出発できた。
今、私とお兄ちゃんは動物園のライオンのスペースに来ている。
でも、全然ライオンさんの事を楽しめていられない。
《あ、見てください、シルフさん!!
ほら、あくびしてますよ、やっぱりかわいいですねー》
それというのも全部これの所為だ。
「シルフ、退屈だったか……?」
お兄ちゃんが不安そうに私に聞いてくる。
「そ、そんな事全然無いの、すごく嬉しい!!
あ、ほら、あの子なんか家で飼いたいなって思う」
するとお兄ちゃんは笑いながら、近くにあった露店に向かって歩く。
「そうだな、ライオンは飼えないとしてもこれはどうだ?
って、あれ、シルフ?
シルフ、どこ行った!?」
383 魔法少女すーぱーシルフ(上) sage 2010/10/16(土) 21:13:10 ID:5h3AEk/k
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最悪の気分。
せっかくお兄ちゃんとのデートだというのに、私はお兄ちゃんを不愉快にさせてばっかりいる。
もし、これでお兄ちゃんに嫌われてしまったら……。
そんなの、絶対に嫌だ。
本当に最悪。
もっと悪い事にその胡散臭い自称マスコットの言う敵が今この場に出現してしまったようだ。
出来る事ならば、お兄ちゃんの手を引っ張ってすぐに動物園から出て行きたかった。
でも、敵はお兄ちゃんのすぐ近くで今のままならお兄ちゃんも危険だとアルは言う。
だから、お兄ちゃんを守る為に、私は渋々、とても不本意だけど、嫌々、魔法少女として、
今回だけは仕方なく、二度とやる気はないけど、必要最低限度だけ、戦う事にした。
《では、確認します。
魔法少女の基本任務は偵察です。
出来るだけ多くの情報を収集し、敵の危険度が低ければそのまま排除。
敵の危険度が少しでも高ければ我々の本隊から応援を要請後、撤退します。
基本的には帰還する事が絶対条件の安全なお仕事です》
”あれが、危険度の高い敵……?”
私の目線の先には等身大のぬいぐるみが暴れていた。
その周りで、観光客が楽しそうに写真を撮っている。
どう見ても動物園のアトラクションにしか見えない。
《はい》
”分かったら、早くして”
本当に馬鹿らしくなってきた。
もう何でもいいから早く終わらせてお兄ちゃんの所に戻ろう。
それから、いっぱい甘えたい。
《では、変身しましょう、コールサインは「すーぱーシルフ」です》
もう、いちいち指摘するのも面倒臭い。
はぁ、と私は一度溜息を吐きだした。
384 魔法少女すーぱーシルフ(上) sage 2010/10/16(土) 21:14:23 ID:5h3AEk/k
「すーぱーシルフ、インゲージ!!」
一瞬で私の体が光に包まれ、魔法少女としての服装が体を包む。
長々と変身のシーンを入れられるのかと思っていたので、それは良かったんだけど。
だけど、その変身後が……。
”アル!! どういう事なの!?”
《はい、スーツの種類はいくつかあるのですが、
今回は緊急だったのでお母様が愛用されていた物を用意しました。
まずかったでしょうか?》
魔法少女の格好は私からみればまずい所だらけだ。
青と白で塗り分けられた、スクール水着のような形のボディースーツにニーソックス、グローブ。
むしろ、どこにまずくない要素があるのか教えて欲しい。
そして、何よりもまずいのは……
”これじゃあ、顔が丸見えじゃない!?”
こんな魔法痴女としか言えない物を着ているのをお兄ちゃんに見られたらと思うと泣きたくなる。
《大丈夫です、魔法的なジャミングが掛けられいますので、今のシルフさんはシルフさんとは認識されません。
だれが見ても魔法少女すーぱーシルフとしか認識できないんです。
あ、それから、カメラに写ってもジャミングでぼやけますから安心ですよ》
そんな事を言われても、はっきり言って気休めにしかならない。
私が気にしているのはお兄ちゃんにこんな恥ずかしい恰好を見られたくないっていう事なのに。
”それに、お母さんが本当にこれを着ていたの?”
《ええ、最初から最後まで》
”私を産んでからもしていたって事は、お母さんって30過ぎまで魔法少女をしてたんだよね?”
《でもお母様は綺麗な人でしたからね、10代と言っても全然違和感がありませんでしたよ》
”そういう問題じゃないんだけど?”
《因みに、お父様の方はそのパートナーとしてフルフェイスのマスクに黒マントで、》
無言でアルを地面に叩き付けた。
私の中で何か大切なものが壊れた音がする。
385 魔法少女すーぱーシルフ(上) sage 2010/10/16(土) 21:16:20 ID:5h3AEk/k
《何をするんですか!?
私は精密機械なんですよ!?》
アルは抗議をしながら私の肩辺りにまた戻ってくる、傷一つ付かずに。
いっそ壊れてくれれば良かったのにって本気で思う。
”はぁ、それで私はあのぬいぐるみを倒せばいいの?”
私はその抗議を無視して、構える。
色々と言いたい事はあるけど、もうどうでもいいから戦って早くお兄ちゃんの所に戻りたい。
《止めてください、まだアクティベーションが済んでいません!!》
”アクティベーション?”
《はい、変身はあくまでスーツを着るまでなんです。
ですから、防御力は上がっても、肉体強化付加や攻撃魔法はまだ使えません。
アクティベーションを行うことでこれらの機能は解禁されます。
つまり車で言うなら鍵を回すようなものです》
”何でもいいから早くして”
《了解です、いまから読み上げる呪文を復唱してください》
”いいから早く”
アルの背面に光り輝く文字が浮かぶ。
《解除コード:Petite et accipietis,pulsate et aperietur vobis》
”え、今、何を言ったの?”
黒い表面には気まずそうな汗の模様が浮かんでいる。
《ラテン語です……》
”日本語の呪文はないの?”
《私はお母様のマスコットだったように本来は欧州向けでして、申し訳ありません》
汗の模様が更に増えた。
《だ、大丈夫ですよ。
ほ、ほら、私の後についてきて下さい。
レッツ・リピート!!》
そう言って、Petite et~、と流暢すぎる発音でアルが呪文を繰り返す。
「ペティ、てぇ、え……、えっとその後に何?」
《……》
”……”
なんだか、小学校で居残り学習をさせられているような気まずさが漂う。
「わ、私は無理だけど、お兄ちゃんはちゃんと読めるんだよ!?」
気まずさに耐えかねて、私は良く分からない言い訳を口走ってしまった。
ぬいぐるみ達も呪文が唱えられないのは想定外だったようで、先に手を出して良いものなのかと悩んでいる。
空気が重い。
386 魔法少女すーぱーシルフ(上) sage 2010/10/16(土) 21:17:57 ID:5h3AEk/k
「……」
私は一番近くでまごついている猫のぬいぐるみにつかつかと歩み寄った。
足を開いてしっかりと腰を落とす。
左腕を弓を引くように真っ直ぐ後ろへ引く。
そして、そのまま一気に首を手刀で打ち抜いた。
ぶち、という鈍い音とともにその首が千切れ、傷口からどす黒い何かをばら撒きながら床に落ち、ごろごろと転がる。
うん、大丈夫。
《あの、シルフさん、ふつう彼らって攻撃魔法じゃないと打ち抜けないのですが……》
”出来るのだから問題ないでしょ?”
《問題無いといえば無いのですが、魔法少女としてのイメージの問題はあるわけでして……》
”大丈夫、お兄ちゃんはそういう事気にしないからっ!!”
私の隣に近づいた熊のぬいぐるみの首をハイキックで飛ばす、首無しの体がぐにゃりと崩れる。
のこり8体の影も首を締め折ったり、胴体を蹴りで貫通したりして順次片づけた。
「後は、あなたで終わりね」
残りの一体を睨み付ける。
けれど、その最後のもふもふとした犬のぬいぐるみは何か様子がおかしかった。
膝をついて、まるで嘔吐をするように体を震わせる。
そして、背中が裂けて、どす黒い何かが這い出す。
《コード99999 甲種支援・要請》
機械らしい、全く抑揚のない声をアルが発した。
その先には刀を持った少女の形をした影が立っていた。
387 魔法少女すーぱーシルフ(上) sage 2010/10/16(土) 21:18:48 ID:5h3AEk/k
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上下左右、死角となりうるあらゆる方向から刀が飛び交う。
まるで同時に何本もの刀で切りつけられているかのように感じるほど速い。
それを直観と反射神経で避け、弾く、考えてから動く余裕なんて無い。
《シルフさん、危険すぎます!!
本隊の出撃を要請しました、撤退してください!!》
”その本隊はいつ来るの?”
《10分後です》
”10分もこんな奴を放置したら、
そうしたら、ここにいるお兄ちゃんが危ない”
《けれど、このままでは!!》
”大丈夫!!”
何とか少女の影の腹を蹴飛ばして間合いを取り直す。
周りを見る余裕ができた。
お兄ちゃんは? 駄目、見つからない。
《お兄さんは先に避難したのかもしれませんよ?》
”煩い、黙って!!
お兄ちゃんは絶対にそんな事しない!!”
私は必死に探すのにお兄ちゃんが見つからない。
そのかわり、とても嫌なものはたくさん視界に入った。
私を見る周りの目。
珍しい見世物を見るような好奇の目。
なぜ、早く倒さないのかという蔑みと不満の籠った目。
それから、好色な目。
どれも昔、お兄ちゃんと出会う前から慣れ親しんでいた、吐き気のするような視線。
だから、みんな嫌いだ。
私はなんでこんな事をしているんだろう?
今日はお兄ちゃんとデートをする日だったのに、あんなにずっと楽しみにしていたのに。
早く、お兄ちゃんを見つけてもうこんな所帰りたい。
388 魔法少女すーぱーシルフ(上) sage 2010/10/16(土) 21:20:58 ID:5h3AEk/k
「もう良いでしょ?
そろそろ決めよう、私も帰りたいから」
影はそれに応えるように刀を納め居合の形をとる。
そして、私と影は一気に間合いを詰める。
私は焦りすぎていた。
間合いに僅かに入らない位置で勝負を賭けてしまった。
腕が伸びきってしまったまま、目の前に刀が迫る。
無理やり体勢を崩して避ける。
熱い痛みが走る、傷は無い、代わりに切られた右足に黒い線が浮かぶ。
そのままバランスを失って倒れてしまった。
足が動かない。
負けた、と私には分かった。
一方勝利を確信した影はゆっくりと刀を大上段に振りかぶる。
嫌だ、こんな所で死にたくなんてない。
死ぬのが怖かった。
死んだら、お兄ちゃんと会えなくなるから。
どうして、私はお兄ちゃんとやっとデートができるんだよ。
なのに、なんで私は死ななきゃいけないの?
まだ、お兄ちゃんとしたい事がいっぱいあるのに……。
389 魔法少女すーぱーシルフ(上) sage 2010/10/16(土) 21:22:05 ID:5h3AEk/k
影が刀を振り下ろす。
刀が振り下ろされ左腕がぽろりと落ちた、影の左腕が。
「すごいな、この刀、本当に化け物でも切れるのか。
いつも雌豚なら神でも切れるとは沙紀が自慢してたけど」
「お、お兄ちゃん、どうして!?」
「ん、いや、俺は君のお兄ちゃんではないよ?
御空寺 陽、普通の学生だ。
ただ、ちょっと怖~い幼馴染みから親友を守る為に、剣の腕に覚えがあるがな」
お兄ちゃんが庇う様にして、私に背を向ける。
赤い、禍々しい刀を両手で持ち、刃先を影に向ける。
片腕の影は刀を担ぐようにして、構える。
「君はよく頑張ったんだ。
だから胸を張って、逃げてくれ」
そう言い残して、お兄ちゃんが影と切り合う。
そして、お兄ちゃんが袈裟に切られて、地面に倒れた。
最終更新:2010年10月24日 22:02