411 魔法少女すーぱーシルフ(中) sage 2010/10/20(水) 21:04:09 ID:BRhPIVxv
倒れたお兄ちゃんは、体勢を直して片膝を付いた。
切られた部分のシャツが裂かれ、太く黒い線が肩から腰まで延びる。
「ったく、格好付けるもんじゃないな、死ぬほど痛い」
私の方へ首だけ向けながら、苦々しげにお兄ちゃんが呟く。
「逃げて、お兄ちゃん!!
どうして、なんでこんな事してるの!?」
《シルフさん、落ち着いてください。
お兄さんにはシルフさんだって分かりません。
それよりも我々の本隊が来ます、今のうちに逃げて下さい!!》
”うるさい!!”
「本当は俺の大事な子を探してたんだ。
だけど、君を見ていたらその子にそっくりでさ」
お兄ちゃんはまた影を見据える、だからお兄ちゃんの顔はもう見えない。
「見た目の話じゃない。
そうやって、無理をしてでも誰かの為に戦おうとするところとか。
なのに、皆に理解されないでいるところとか。
寂しそうなところ、健気なところ」
しっかりと刃先を地面に立てる。
「あと、自分を大切にしてくれないところとかが、悲しくって。
それで、君が危ないのを見たら体が自然に動いちまったよ」
刀を杖の様にして立ち上がる。
「君は、シルフと同じで幸せにならなきゃ駄目だ。
だから、こんな所で死ぬ必要なんて無い、逃げろ」
「お兄ちゃん、もう止めて!!」
影が刀の切先をすうっとお兄ちゃんへ向ける。
「さてと、じゃあもう一回行ってみようかぁ~?」
お兄ちゃんも刀を影に向けて構えなおす。
けれど、体がぐらりと揺れてその場に崩れ落ちる。
412 魔法少女すーぱーシルフ(中) sage 2010/10/20(水) 21:04:37 ID:BRhPIVxv
「毒……か…?……まず…体……が…」
「嘘、お兄ちゃん!?」
倒れたお兄ちゃんを必死で抱き留める、体が冷たい。
「君は……逃げ…ろ」
「嫌だ、お兄ちゃんを置いてなんて、絶対に嫌!!」
けれど、お兄ちゃんの目は虚ろになり、その間にも体はどんどん冷たくなって行く。
「お願いだから、お兄ちゃんと最後まで居させて!!」
「逃…げ……」
お兄ちゃんの声が途切れた。
静かに影が刀を振り上げる。
どうやら、私たちの会話が終わるのを待っていてくれたようだ。
「……結構、優しいのね」
当然、影は答えない。
私はお兄ちゃんの体を強く抱き締める。
「いいわ、早くして。
私はもう戦う気なんてないもの」
「何を…言って…る……良いから……逃げ……て」
お兄ちゃんが最後の力を振り絞って必死に私へ語りかける。
でも、嫌だ。
《シルフさん!!
せめて、あなただけでも逃げてください。
お兄さんの思いを無駄にする気ですか!?》
「ば……か…、逃げ…」
影が振り上げた刀を正中に戻し、突きの体制になる。
二人の胸を同時に貫く、そういう影なりの気遣いなんだと思う。
もう一度、力を入れてお兄ちゃんを抱き締める。
間違っても離したりしないように。
うん、大丈夫。
私かお兄ちゃんのどちらかが犠牲になれば、片方は逃げられるかも知れない。
でも、私はお兄ちゃんの居ない世界で生きたくないし、お兄ちゃんの居ない世界にも行きたくない。
大丈夫、怖くなんてない。
大丈夫、お兄ちゃんが一緒だから。
……これで最後なんだからちゃんと言わないと。
413 魔法少女すーぱーシルフ(中) sage 2010/10/20(水) 21:05:09 ID:BRhPIVxv
「お兄ちゃん、ずっと言えなかったけど、わた《あの~、すいません、お兄さん》
私のずっと言えなかった言葉は場違いに暢気な通信で台無しにされた。
《忘れてましたけど、お兄さんはラテン語少し読めるんでしたよね。
お忙しいところ申し訳ありませんが、ちょっとこれを読んでいただけませんか?
あ、頭の中で読んでいただければ結構ですよ、読み取りますから》
そう言いながら、虚ろなお兄ちゃんの目の前に文字を投影する。
”いや、あのさ、俺達これから死ぬんだけど?
ていうか、今、その子が何か大切な事を言おうとしてなかったっけ!?”
《まま、良いから、良いから、冥途の土産だとでも思ってください》
もし、右足が動いたら、
もし、お兄ちゃんを抱き締めていなかったら、
この空気の読めないポンコツを壊れるまで踏み躙ってやりたかった。
”まあ、そこまで言うなら……。
Petite et accipietis,pulsate et aperietur vobis
(求めよ、さらば与えられん、叩け、さらば扉は開かれる)”
《はい、ありがとうございました、ゆっくり休んでくださいねー》
”お、おう、じゃ、気を取り直してもう一度逝くぞ。
よしっ、……ごめんな…シルフ……雪風…もう……無理…だ”
そんな気の抜けた会話の後、お兄ちゃんの体からゆっくりと力の抜けた。
きっと私の腕の中でお兄ちゃんは最期を迎えた。
414 魔法少女すーぱーシルフ(中) sage 2010/10/20(水) 21:10:08 ID:BRhPIVxv
《コード認証、すーぱーシルフ、FCSオールグリーン》
アルの黒く艶の無いボディから機械音声が響く。
その途端、私の体は強い光に包まれた。
体の中に力が流れ込む。
その膨大な力が背中から発散され、光が巨大な翼の形を作り出す。
《認証成功、これが本当の魔法少女すーぱーシルフの性能です。
最大推力140,000kg、最高速度マッハ3の超高機動型魔法少女です。
超高速追尾弾頭・グリーン、電磁連装砲・グリーン、etc……、オール・グリーン
さー、行きますよー、ここからが高機動型の……》
アルが言い切るよりも早く、私は翼の莫大な推力で飛翔し影を鷲掴みにして、そのまま壁に打ち付けた。
《あの、シルフさん、高機動格闘戦用兵器が……》
誰かがが何かを言っているけど、聞く必要なんて無い。
「……あなたの事はそんなに嫌いじゃないと思う。
お兄ちゃんと一緒に終わらせようとしてくれて。
それに、私とお兄ちゃんの話を待っていてくれた事も……」
ごめんね、すぐ行くから。
でも、もうちょっとだけ、待ってて。
《シルフさん?》
壁に埋まった影に拳を突き立てる。
ゴン、と鈍い音がする、まるで金属の様にそれは堅かった。
手に血が滲む、まるで腕が根元から砕けたみたいに痛い。
けれど、今の私にはその痛みがとても嬉しかった。
お兄ちゃんが受けた痛みを少しでも感じたかったから。
「……だから、先に言っておくわ、さようならって。
私…もう……考える事……できない…から」
415 魔法少女すーぱーシルフ(中) sage 2010/10/20(水) 21:10:55 ID:BRhPIVxv
************************************
初めは金属を叩くような鈍い音だった。
けれど、何回か殴っている内にぐちゅりという音がした。
それからは殴ると、ぐちゃ、ぐちゃという水気のある音がするようになった
すぐに、外皮に相当するだろう部分が破けた。
そして、破けた影の腹の中から、丸い何かや、細長い何かをずる、ずる、と何度も引きずり出す。
もう影はとっくに機能を停止しており、生き物であれば絶命と言える状態である。
それでも、魔法少女は淡々と影の残骸をただひたすら解体する。
周囲には本国から来た援軍が展開していたが、彼女を遮ろうとは試みもしない。
無言でそれを眺めるだけだった。
「あ、あのさ、魔法少女さん。
その、いくら憎いからって、あの。
もうそろそろ、そいつを許してやってくれないかな?」
やや引き気味なその言葉で彼女は正気に戻り、ぼろ布の様になった影の残骸を捨てる。
そして、声を出すよりも、涙を流すよりも早く、声の主に抱きついてた。
「お兄ちゃん!! お兄ちゃん!!」
少女が青年を抱き締める、嘘じゃない事を確かめるように。
「ちょ…、息が……でき…ん」
ただ、ちょっと、かなり力が強すぎる。
《シルフさん、落ち着いてください!!
せっかくさっきの魔法発動で回復したのにお兄さん死んじゃいますよ!?》
「ご、ごめんなさい!!」
魔法少女が慌てて手を離す。
ごほごほ、と青年が首を抑えて咳き込む。
《それから申し訳ありませんが、撤退です》
”え、でももう少し……”
《ですが、お兄さんと接触のし過ぎです。
このままではお兄さんのジャミングが解けて、
魔法少女の正体がシルフさんだと……》
「アル、今すぐ帰ろう!!」
「あ、待ってくれ、魔法少女さん!!」
その言葉に魔法少女が振り向く。
「君の名前、教えてくれ」
「私は……、魔法少女すーぱーシルフ。
さ、さようなら!!」
咄嗟にそう答えて、少女は光の翼で空へ飛翔した。
「すーぱー、シルフ」
一人の、青年の呟きだけが広場には残された。
416 魔法少女すーぱーシルフ(中) sage 2010/10/20(水) 21:12:16 ID:BRhPIVxv
「おい、陽、無事だったか!?」
「よう、圭。
沙紀は大丈夫か?」
「うーん、大丈夫」
疲れた様子の少女が答える。
「しかし、お前らもデートとはね。
まさかここで会うとは思わなかったよ。
あ、そうだ、さっきは勝手に桜花を借りて悪かったな」
そう言って少女に赤く禍々しい刀を渡す。
「しかし、貧血か?
いつもあれだけ鍛えてるのに、珍しいな」
「うーん、何だか、体からどろっとしたものが出たような気がして、立眩みしちゃった。
でも、今は妙にすっきりしているんだよねー。
確か、けー君が売店の雌豚と仲良く手を握っているのを見てたら、急に……」
晴れ晴れとしていた沙紀の目がまた、急にどろりとどす黒く濁った。
「……ところで、けーくん、さっきは売店の雌豚と何をしていたのかなー?」
ソフトクリームを受け取った以外に何があるんだ、と二人の青年は思った。
”Nマチ、セーフハウス・ハリー、2300、ゴウリュウ”
陽と呼ばれた青年が視線を送る。
”コピー・ザット、バディ”
そして、けー君と呼ばれた青年は直後、脱兎の如く駆け出した。
「うふふふ、かくれんぼだネー。
イイヨー、100秒待ッテカラオ仕置キシテアゲルカラネー」
417 魔法少女すーぱーシルフ(中) sage 2010/10/20(水) 21:13:05 ID:BRhPIVxv
**********************************
夕ご飯が終わった後、いつもと同じように私たちはお茶を飲んでいた。
珍しく、テレビが点けられている。
画面には荒れる魔法少女、動物園で大暴走とテロップが出ている。
そして、ぼやけた人型がぬいぐるみの首を蹴り千切る姿が写っていた。
《プロパガンダ戦です》
忌々しそうに、アルが言う。
《奴らが憑代に可愛らしいぬいぐるみを使うのはこういう為です。
こうやって、世論を反魔法少女に持っていって、排斥運動を行うのが奴らの手口です。
そのせいで魔法少女側は妙にファンシーな攻撃や光線の使用等、
映像の残虐性を薄める為の対抗策を取る事を強いられます。
お蔭で強力な魔法兵器の殆どは、使用される事もなく備品倉庫にお蔵入りです。
他にも、魔法少女が輪姦される、触手に襲われる等の事実無根のコンテンツをねつ造して、
魔法少女の志願者数にダメージを与えるような事もしばしばです》
私は今日何度目か分からない頭痛に悩まされた。
そんな嫌がらせの様なプロパガンダ戦の何処に魔法を使う必要があるのだろう?
もう飽きるまで勝手にやっていて欲しい、私と関係のない所で。
「ふうん、じゃあ兄さんはこんなの嘘で本当は妖精さんみたいな子だって言うの?」
姉さんが不機嫌そうに指差す。
今日のお茶の時間はもう一つ、いつもと違う事がある。
お兄ちゃんが今日あった出来事を話し続けている事だ。
主にすーぱーシルフについて。
「さっきから言ってるだろ。
妖精なんてそんな程度の物じゃないんだ。
神々しく美しくて、純真無垢で、あれは間違いなく天使だ。
まるで神様の作った芸術品だよ」
その喋りようは、いつも冷静なお兄ちゃんには有り得ないぐらいに饒舌。
これって、どういう事なの?
《すーぱーシルフはお兄さんの目からは全くの他人として映るんですよ。
ですから、あれは客観的に見たシルフさんへのお兄さんの感想ですね》
アルが私の頭の中に割り込んでくる。
”客観的?”
《ええ、家族としての関係を抜いてシルフさんを見た場合です。
つまり、お兄さんにとってのシルフさんは、この世の物とは思えない位美しくて、
神々しくて、純真無垢で健気で、お兄さんにとっての天使そのもの。
いえ、神様の芸術品、シルフさんマジ天使、とさっきから何回もうんざりするほど言っている訳です。
恐らく、吊り橋効果もあるとは思いますが》
418 魔法少女すーぱーシルフ(中) sage 2010/10/20(水) 21:14:16 ID:BRhPIVxv
「ん? どうしたんだシルフ?
顔が真っ赤だぞ、風邪か?」
「何、でも、ないの……」
「ふ~ん、そんなに可愛かったんだその子?」
姉さんが笑いながら、兄さんに尋ねる。
ただ、その笑顔を見ると、私の本能的な部分が震えた。
そんな姉さんの様子も気にならない位にお兄ちゃんは夢中で話していた。
「違うんだ、可愛いなんてレベルじゃない。
あれを表す言葉なんてそもそも無謀、いや愚かだ、な、シルフ?」
「わ、私は見れなかったから、分からないよ」
「そうか、それは残念だったな。
あの子を見れないなんて人生の損失だったよ。
本当に天使が居るっていうのを……」
そう言って、お兄ちゃんがまたすーぱーシルフの事を褒め続ける。
その言葉を聞く度に、私の体が熱くなり続ける。
ついでに、姉さんの笑顔がその度に黒くなっていく。
「私、お風呂に入ってくるね!!!」
とうとう私は耐えられなくなって、居間から逃げ出した。
最終更新:2010年10月24日 22:05