狂もうと 第5話

254 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/26(水) 12:12:37 ID:f4lI9zbR


「……」

「拗ねるなよ…しょうがないだろ?」
妹である由奈がリビングの窓から悲しそうに空を見上げている。
由奈が見上げる空からは大粒の水の玉が降り注ぎ、雷光が空を何度となく染めている。
別に雷や雨ぐらい家の中だから問題無いのだが……由奈の気合いの入った服装を見てそんなことは言えなかった。
由奈だけでは無く俺も外出する為にある程度のオシャレはしたつもりだが、由奈は俺と違って女の子……いや、二十歳を迎えた女性に女の子は失礼か…。
とにかく、由奈の化粧やら服やらで時間を食ってる間に天候が悪くなり、買い物は中止となった。
車があるのだから別に濡れる心配は無いのだが、俺が「これは無理だな…」と言う言葉を真に受けてショックのあまり車の存在を忘れているのだろう。
絶望にうちひしがれた表情を浮かべ、未だ空を睨み付けている。
もう、この辺で許してやるか…。

「由奈……車があるから雨や雷ぐらいなら問題ないんじゃないか?」
ため息を吐き、後ろから由奈へ話しかけた。
昨日の出来事の仕返しのつもりだったのだが、まさかここまで表情を崩すとは思ってもみなかった…。

「はぇ?…………あぁーーー!!!車あるじゃッ、痛ッ!?」


255 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/26(水) 12:13:23 ID:f4lI9zbR
青天の霹靂のようなリアクションを見せ、空を見上げていた顔を勢いよく此方へ振り向いた。
その為、無理な首振りで首筋を痛めたようだ…。

「どうする?行くのか行かないのか?」
痛めた首筋を押さえ座り込む由奈の頭に軽くチョップする。

「う~……行く!」
首と頭を両手で押さえ、涙目になりながら立ち上がる。
床に転がっているカバンを雑に拾い俺の腕を強引に掴み玄関へと歩き出した。
仕事上いつもキリッとしたスーツを着ているので、由奈の普段着もそちら寄りに傾く事が多いのだが今日は珍しくスカートを履いている。
細く綺麗な生足が悩ましい…

「実の妹になに考えてんだ俺は…」

「え?何が?」
ブーツを履き終えた由奈が、玄関のドアノブに手を掛けキョトンとした表情で首を傾げてきた。

「なんでも無い…早く行こう」
靴を履き、ポケットに財布があるか確かめると(携帯は由奈にへし折られたのでリビングにあるゴミ箱の中だ…)由奈が今か今かと待つ玄関ドアまで歩み寄った。






「……ん?おい、誰か来たんじゃないか?」
ふと、硝子ばりの玄関扉に薄くぼんやりと人影のような陰が写っていることに気がついた。


256 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/26(水) 12:14:33 ID:f4lI9zbR
由奈も気がついたようで、ドアノブに引っ掛けていた指をスッと後ろへ引っ込めた。
此方から開けてもいいのだが、いきなり開けて驚かすのも悪いので人影の動向を見る事にした。
数秒後、ピンポーンと聞き慣れたインターホンの音が家の中に響いた。
お客なら当たり前の行動なのだが、由奈と俺は何故か肩をビクつかせた。
居留守を使ってるような気持ちと言えば分かりやすいだろうか…。
使ってるような気持ちと言ったが、別に居留守を使うつもりなど無いので、すぐにまた由奈が客であろう人影を出迎えるべくドアノブへ手を掛けた。
そしてゆっくりとドアを開けた。




「はい、どちら様でし…ょ…」
――本来ならリビングにあるモニターで顔を確認して、ドアを開けるべきか開けないべきか判断するのだが、二人とも靴を履き終え、出掛ける寸前だったのでわざわざリビングに戻らなかった。
多分…いや、絶対に俺はモニター越しにこの人影を見ていたならドアを開けなかっただろう……。


「由奈?誰が来たんだよ」
人影と対面した由奈が何故か固まっているので人影が誰か確認するべく由奈の肩上から顔を覗かせた。


257 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/26(水) 12:16:05 ID:f4lI9zbR
腰まで届く程の長くて黒い髪にすべてを見透かすような狐のような細い目……由奈と違って足を見せない白いロングスカートを履き、首には薄いピンクのストールを巻いている。
身長も百七十センチほどと、女性では高いほうだろう…。
たしか雑誌のモデルをやっていると親戚から聞いた気がする…。
だからだろうか…雨を背景に立つその女性は、一枚の絵そのものだった。


「久しぶりね?由奈…優哉」
小さく呟いたはずなのに、その言葉は強い雨の音でもかき消せなかった。
懐かしそうに俺達の顔を眺めると、ストールを人差し指でクイッと引っ掛け笑ってみせた。
その表情に背筋が凍りつくのが分かった。

「なにしてるんですか……零菜さん」
零菜…二年ぶりに聞く名前。

「ふふっ…あら?会いに来ちゃダメだったかしら?可愛い妹と……」
由奈から目を反らし俺の顔に…いや、俺の心に目を向けた。

「半身である兄に」
クスクスと笑い細い目をより細めた。

久しぶりに見る歪んだ笑顔…その笑顔はまさしく俺の…


「…零菜」


――妹のモノだった。


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最終更新:2011年01月31日 20:18
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