狂もうと 第6話

285 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/29(土) 20:55:48 ID:lvpi+VMi

――俺には一卵性の双子になる妹が存在する。

勉学やスポーツは優秀で、周りの人間に期待され産まれてきた主人公のような妹だ。
普通一卵性というものは少なからず性格が似るそうなのだが、俺は似てるとは思わない。
周りから顔が似ていると言われる事は多々あったのだが…それも俺にはピンとこなかった。

別に零菜に対して嫌悪感を抱いている訳では無い…しっかりとした妹をもって兄として誇らしい。
嫌悪感を感じているのは零菜にでは無く自分自身。
零菜と違って何をするにも行動力がなく、勉学も中の中と平凡な才能しか見いだせなかった。
別に俺はそれでも構わなかったのだ…。
俺と零菜は別々の身体を持った人間。

しかし、周りの目はそれを許さなかった。
ある日、親戚の集まりで零菜の話がでた時、一人の酔った親戚が口にした言葉で俺の何かが砕けた。

――零菜ちゃんは良く育ったのに優哉はダメだったな。

酔っぱらいの戯言………そう、酔っぱらいの戯言に気づかされたのだ。
その戯言に対して零菜が放った言葉…。

――私は普通に生活しているだけです。

零菜の“普通”が俺の“越えられない壁”なのだと思い知らされた…。


286 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/29(土) 20:58:38 ID:lvpi+VMi
だから俺は高校卒業後、すぐに家を出た。
零菜の傍に居ると俺があまりにも惨めだから…。
家を出る時、零菜から「一人暮らしをして何をするの?」と言われたが、それに対してちゃんとした答えを導き出せなかった。
何故ならただ零菜から離れたかったからだ…。
黙る俺に向かって零菜が「逃げるだけなら楽なものね」と背中越しに呟き、自分の部屋へと姿を消したのだが、零菜が部屋へ入るまで、言い返す事もその場から動く事もできず、ただ「あいつの事を妹と思うのはもうやめよう……絶対に邪魔になるだけだ」
そうひねくれた考えを頭の中で浮かべることしかできなかった。
実際アイツは間違いなく俺を兄として見ていないはず……さっき俺に向かって言った「半身である兄」と言うのも嫌味なのだろう。

それほど俺を毛嫌いしている零菜が、何故か俺の家で……目の前で微笑みながら紅茶の入ったコップに口をつけている。
いろいろな疑問が頭に浮かんだが、真っ先に頭に浮かんだ疑問を零菜に聞いてみた。

「なぁ…なんで俺達の家を知ってるんだ?」
この家は親戚はおろか家族にすら教えていないのだ。
何故教えていないかと言うと、ちゃんと自立するまで親類とは距離を取りたかったから。


287 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/29(土) 21:01:19 ID:lvpi+VMi
実際は由奈の存在でメチャクチャになってしまっているのだが…。
しかし、由奈に大きなかりがあるので強く出ることも儘ならない…一人暮らしを始めた頃、洗濯やら夕食やら学生の由奈にすべて任せっきりだったのだ。
自分の事で精一杯だったとはいえ、学校帰りに一時間かけて俺の家に来て、二時間かけて実家に帰るのは大変だっただろう…。
しかし、そんな負い目を省いても由奈は可愛らしい妹だと俺は思っている。
少し?無茶をする所があるけど、由奈が結婚するまでは俺が守ってやりたい。
まずは彼氏を作ってもらうと有難いのだが…。

「ちょっと……何よその目?」
俺の視線に気がついたのか、由奈が此方へ視線を向けてきた。
ジトーっとした目付きで軽く睨んでいる。

「ふふ……優哉は貴女の男事情が気になるそうよ?」
零菜が飲み干した紅茶のカップをテーブルにゆっくりと置いた。

「お兄ちゃん………どういう事よ?」
今度は目力を強めて此方を睨み付けてきた。

「いや…べつy「由奈に早く彼氏作って結婚してほしい…そんな所かしら?」
零菜は自分自身の考えを口に出すように俺の考えている事を軽く話した。


288 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/29(土) 21:02:07 ID:lvpi+VMi
何故だろうか?俺は零菜の考えてる事なんて想像すらできないのに、零菜は俺の頭を透かして見てるんじゃないかってぐらい俺の考えを読むのが上手い。
これも才能の一種なのだろうか?
だとしたら嫌な才能だが…。

「私は自分が必要と思ったモノしか執着しません。零菜さんこそ早く結婚すれば?てゆうかお兄ちゃんの考えを読むのやめてもらえませんか?」
テーブル下で由奈が俺の膝へと手を乗せると、突然爪を立てて強く食い込ませてきた。

左太ももに潰されるような痛みが走り、眉を潜め由奈に視線を流した。
無表情…に見えるが零菜には聞こえない音量で小さな歯をギリギリと擦り合わせる音が聴こえてくる。
目も少し虚ろで何処を見ているか分からない……まさか零菜が見ている前で変な行動に出る事は無いと思うのだが…。

「私は仕事上難しいのよ。まぁ、結婚できる機会があればするけどね…それと、別に優哉の考えを読んでる訳ではないのよ?……ただ」
由奈から目を反らし吸い込まれるような真っ黒な瞳を此方へ向けてきた。
本当に何を考えているか分からない…。



「ただ、考えてる事がたまに一緒なの……たまにだけど…ね」


289 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/29(土) 21:05:27 ID:lvpi+VMi
小さな笑みを浮かべると、椅子から中腰で立ち上がり、俺の唇に人差し指をピトッとつけてきた。
零菜の意味の分からない行動に固まっていると、ふと足の痛みが薄れている事に気がついた。
いつの間にか由奈の手が、太ももから消えている…。

「ちょっと……お兄ちゃんにあまりベタベタしないでもらえますか、零菜さん?」
足に食い込んでいた由奈の手は零菜の手首をしっかりと掴んでいた。
由奈も笑顔で…ギリギリの笑顔で零菜の手を掴むと、俺の口についていた零菜の指を遠ざけた。
沈黙と共に険悪な雰囲気がリビングを包み込む。
何が起きているのか今一分からないが、ここは早く話を戻したほうがよさそうだ。

「由奈もういいから……それで?なぜ家を?」
由奈の手を零菜の手首から引き剥がし、再度零菜に問いかけた。

「家は貴方の仕事場の社長さんと少し繋がりがあるから社長さんに聞いたのよ。それと此処に来た理由…それは優哉が仕事を辞めてしまったと聞いてね……叔父様が優哉に仕事を紹介して下さるそうよ」

「はぁ!?なんで仕事辞めたの知ってるんだよ!」
驚きの声と共に机を強く叩き立ち上がる。


290 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/29(土) 21:06:34 ID:lvpi+VMi
仕事を辞めた事は大学時代から続いてる友達と隣にいる由奈しか知らないはず。
それに叔父だって?
また親戚に零菜と比べられるのは真っ平ごめんだ。

「さっきも言ったけど、社長さんと知り合いだから聞いたの」

「気持ちはありがたいけど、仕事は自分で探すよ。叔父さんにも丁重に断っといてくれないか?」
わざわざ実家を出てまで離れたのに、戻る訳が無い。
零菜もそれは分かっているはずだ……ただ、頼まれたから来ただけだろう。
やはり零菜も俺の返答を予測できたようで、顔色一つ変えず「そう」とだけ呟き携帯を鞄から取り出すと、何も言わずどこかへ電話をかけた。


「………もしもし?叔父様?私です、零菜です」
零菜が発した言葉に胸が大きく脈打った。

「おまっ」
椅子から立ち上がり慌てて零菜に詰め寄る。
別に零菜に対してなにかしようとかそんなこと考えていなかったが、勝手に身体が動いてしまった。

「えぇ……はい……申し訳ありません……はい、それでは」
此方へ一切視線を向ける事なく電話を終えると、何も言わずに立ち上がり玄関へと歩いていった。
それを慌てて追いかける。




「これ…私の電話番号よ」


291 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/29(土) 21:11:05 ID:lvpi+VMi
玄関で靴を履いている零菜の後ろに立つと、ブランド鞄から小さな紙切れを取り出し、目先に差し出された。
それを手に取り、書いてる数列に視線を落とす。
手渡された時、零菜の細い指が中指の先に触れ、何故かドキッとしてしまった。
それを見た零菜は表情を変える事なく玄関扉のほうへと歩いていく。

「もし…優哉が本当に自立する気があるなら電話してきなさい。
貴方が由奈にもたれ掛かってる間は、由奈も自立できないのよ?いい大人なんだから自覚して行動しなさい。」
此方へ振り返り、しっかりと俺の目を見据え言いたいことを言い終えると「またね」と呟き黒い髪をなびかせ風のように家を出ていった。

「なんなんだ、アイツは…」
微かに残る甘い香水の匂い…昔から零菜が好む香水の匂いだ。
その甘い匂いが零菜の存在を強くこの家に残している。

「俺だって分かってるんだよ…俺だって…」
このままじゃダメな事ぐらい…。





「……何が分かってるの?」
突然後ろから聞こえた声に勢いよく振り返る。
勿論この家に居るのは俺と由奈の二人だけなのだから由奈だろう……だけど、由奈の声とは思えなかったのだ。

そう“普段の由奈”の声とは――。


292 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/29(土) 21:12:39 ID:lvpi+VMi
「ゆッぐむぅ!?」
片手で口を塞がれると、先ほど零菜が出ていったばかりの扉へ背中から叩きつけられた。
ガラスが割れそうなほどの衝撃だったので身体より扉を心配したぐらいだ。
背中を強打した痛みで咳き込みたかったのだが、由奈の手が口を塞ぎ、息を吸う事すら儘ならない。

「あの人、おかしくない?私達は仲良く暮らしてるだけでお互いの為にならないみたいな?ねぇ?おかしいでしょ?」
ギリギリと頬に食い込む由奈のツメが痛くて両手で引き剥がそうとする。
が、それを察した由奈のもう片方の腕が背中に回り込むと、小さく舌打ちをした後、勢いよく引っ張られた。
由奈と正面から密着する形になり、上手く手が動かせなくなってしまった。

「私が仕事してお兄ちゃんが家で待てば、お互いの為になってるじゃない!お兄ちゃんもなんで言い返さないの?!」

「ぐっッ、ぷはぁっ!」
なんとか口から手を押し退け、息を大きく吸う。
背中に回っていた手を振りほどき由奈を軽く突き飛ばすと、きゃっと小さな悲鳴をあげた後、段差に躓きその場に座り込んでしまった。

「はぁっはぁ、はぁ…はぁ……由奈、大丈夫か?」
なんとか息を調え、座り込んだ由奈に手を差し出す。


293 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/29(土) 21:14:22 ID:lvpi+VMi
軽く突き放した程度なので怪我は無いと思うのだが、由奈は下を向いたまま微動だにしない…。
どこか怪我したのかと、自分も膝座りになり由奈の顔を覗き込んだ。



「なに……今、私を突き飛ばしたの?それとも偶然手が当たっただけ?ねぇ」
鬱陶しそうに此方を睨み付け俺の手を掴まず自力で立ち上がると、俺の頭上から手を伸ばし、玄関の扉に鍵を掛けた。
頭の後ろでガチャッと鳴った鍵の音に、やっと我に返ったのは俺のほうだった――。

普通の由奈じゃない由奈がいる…。


「ほら、買い物行くんだろ?早く行かないと雨も強まるかも知れないし」
今、家の中に居ると何をされるか分からない。
焦る気持ちを表に出さず、由奈が閉めた玄関の鍵を素早く外しドアを開ける…しかし、扉は半開きのままガチャッと止まってしまった。

「…」
――由奈がドアノブごと俺の手を掴み、開けないように踏ん張っているからだ。

「お兄ちゃん……あまり私を怒らせないほうがいいわ。
一番大切なお兄ちゃんだからこそ、許せない事だってあるの……突き飛ばされた事に対して怒ってる訳じゃないからね?

ただ、お兄ちゃんの事を一番想ってる人間が誰かちゃんと理解したほうがいいと思うの」


294 狂もうと ◆ou.3Y1vhqc sage 2011/01/29(土) 21:16:32 ID:lvpi+VMi
背中越しに聞こえる声に全神経を傾ける。
由奈の柔らかい胸が背中に当たっていたが、それが気にならないぐらい俺の意識は耳に集中していた。それと同時に由奈の甘く冷たい吐息が耳に吹きかかる。

「だからもう一度だけ言うからね?」
濡れた由奈の唇はすでに耳に触れている。





「お兄ちゃんを大切に想ってるのは他の誰でも無く、妹の私……だから、私をあまり怒らせないで―――分かったの?聞こえたならちゃんと返事しなさいよ」
耳元で聞こえた声にただコクッと頷く事しかできなかった…。

「ふふっ…お兄ちゃん大好き!それじゃ早く買い物行こっ!」
耳から離れた唇を少し下げて軽く首筋にキスすると、一度後ろからギュッと抱き締められた。
数秒後、何事も無く俺の前に回り込み、手を掴んで家から俺を引っ張りだした。

由奈とは長年一緒に過ごしているが、未だに普段の由奈から狂った由奈に変わる切っ掛けが掴めない。
兄としてどうかと思うが、そんな俺でも一つ言える事がある。
いや、張本人の俺でしか言えない事かも知れない。


それは…。



――狂った由奈から普段の由奈へ変わる瞬間の安心感は、人生経験上もっとも安堵する瞬間だと言うことだ。


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最終更新:2011年01月31日 20:23
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