黒い百合

157 名前:黒い百合[sage] 投稿日:2011/03/02(水) 15:15:21.60 ID:7/qq4o/m
『DLTB』と呼ばれる3年前に発売され、日本で爆発的にヒットした意識を仮想世界に繋げることで、仮想世界で自身が作成したキャラクターになって遊ぶ
オンライン・ネットゲームがある。
空想と言われていたが現実のものとなったせいか、今では総プレイヤーの数が600万を超えていると言われている。
このゲームをプレイした人間は町並みやフィールド、モンスターやNPCなどがあまりにもリアル過ぎて現実と区別が出来ないと口々に言う。
このゲームの名前である『DLTB』はおそらく何かの略称であると考えられるが、何の略称かは公式でも明らかとなっていない。
英単語が四つからなる文章の頭文字をくっ付けたのだろうが誰にも分からなかった。
このゲームは未だに完成していないため度々アップデートが行われていて、プレイヤーの限界Lvは70までしかない。
さらに公式において職業は初級職から始まり、中級職、上級職、最上級職、ハイエンドがあると公表されているがLv70のプレイヤーでも中級職までである。
そのことから鑑みてもLvの最大上限が最低でも100、最大でいくつまでになるのかはまだ予想が出来ていない状況だ。
故にアップデートが進めばさらにプレイヤーの数が増えることが見込まれている。
多くのプレイヤーが存在している『DLTB』だが、都内に住んでいる浅倉 悠もその多くのプレイヤーの一人だ。

悠の家族構成は父、母、妹、悠の4人家族であるが現在は高校を卒業した後、働いて一人暮らしをしている。
悠は家族、特に一つ違いの妹と離れたいがために、誰にも告げずに故郷から去っていった。
上記のことから分かる通り、悠と妹の仲は傍目から見ても悪く見える。
悠自身も妹に勉強でも運動でも、あらゆる分野において負けていて、馬鹿にされていること妹を快く思っていない。
妹に叩きのめされて、周りから妹と比べられて精神が疲弊しきっている状態で出会ったのがこの『DLTB』である。
妹はゲームなど類はやらないタイプだし、悠自身もゲームをやらないタイプだったので気分転換にやろうと考えたのが高校2年のときだ。
品切れが続出する中、発売日に予約してやり始めてから早3年、妹は両親のそんな下らないものはやるな、と言う苦言を華麗に無視して、嵌りに嵌ってプレイを続けた結果、
最早古参組みの廃クラスの一人である悠だった。
そして仕事から帰宅して、明日から3連休の悠は早速『DLTB』を起動する。
意識が仮想世界に繋げられて、悠は自身の作成したキャラクターであるトモ〈Tomo〉になり、中世のヨーロッパのような町並みが目に映った。
『DLTB』の中には複数の都市や町が存在しており、ある都市を拠点に登録すると、ログイン時に登録した都市から始まる。
そして悠が今いる大都市カオミカは悠の拠点であった。
悠のキャラクターの性別は男性であり、どういう仕組みか分からないが『DLTB』ではネカマやネナベが出来ない使用である。
因みに名前は名だけの名前と、名と性の名前があり、凝っている人は性まで付けて面倒な人は名前だけと言うのが大体だ。
悠のキャラクターであるトモはLv70で職業はアサシンにしている。
なぜアサシンかというとダンジョンやフィールドで敵を警戒出来て、盗賊よりも攻撃的な職業だからだ。
周りは友人など一緒に始めたりしてパーティーを組んでいるが、一人で始めた悠は性格的なものもありソロが基本的である。
そのため索敵と攻撃が両立出来るアサシンは便利だったし、魔法を主力とする後衛でなくても初級魔法ならどんな職業で使えるためアサシンはソロの悠にとっては理想の
職業だった。
しかしパーティーなどでは特化した職業同士が組んだ方が強い上、ソロが圧倒的に少ないためアサシンは人気のない職業のの一つである。


159 名前:黒い百合[sage] 投稿日:2011/03/02(水) 15:17:47.89 ID:7/qq4o/m
悠はリアル過ぎる町並みを歩いていると、見知った二人が居た。
「アキラとジュン、昨日ぶり。二人ともやっぱりログインしていたんだな、相変わらずログインするのが早すぎるよ」
悠がそう呼び掛けるとアキラとジュンよ呼ばれた二人が振り返る。
「昨日ぶりトモ。トモだって十分早いじゃないか。人のこと言えないよ」
先に返事を返したのは悠にアキラと呼ばれた、黒い髪の毛を肩まで伸ばして眼鏡を掛けている青年だ。
彼の職業は中級職で最も一般的なナイトで、Lvは現在の上限である70に到達している。
「おっすトモ。そうだぞ。自分のことを棚に上げておいて何言ってるんだか」
アキラに続く形で挨拶を返したのがジュンと呼ばれたパラディンの青年だ。
彼の容姿は中二病を具現化したような銀髪でオッドアイという色々とアレなものだ。
しかし言動は至って真面目なものなので、おそらくネタであろうと悠は確信している。
悠がこの二人と知り合ったのは当時の最難間のダンジョンに挑戦するときに、一人ではクリア出来ないので臨時のパーティーを募集した頃からの付き合いだ。
アキラとジュンも悠と同じソロプレイヤーであり、同じダンジョンを挑戦しようとしていたため渡り舟だったのだろう。
その後、基本的には三人ともソロで活動しているが、こうして出会うと挨拶する関係になり、たまにパーティーを組むような間柄になった。
「これでも早く仕事が終わった方なんだぞ。それにしてもいつもならこの時間なら外に居るのに、こうして駄弁っているのは珍しいな。何を話してたの?」
「それは決まってんじゃん。明日のアップデートの話だよ。」
「そうそう。しかも明日のアップデートは今までにない大規模なものになるって話だからな。」
どうやら二人が話していたのはアップデートのことだった
今回のアップデートは情報によると、上級職が解禁されて、Lvの上限も大幅に上がり、様々なマップが開放されるとのことだ。
悠自身も非常に楽しみにしており、明日のアップデートされる18:00前からログインするつもりでいる。
「やっぱりアップデートのことは話題になってるのか。二人も勿論アップデート前からログインして徹夜でやるつもりなんだろ」
「というか三連休の初日にアップデートするなんて、思う存分楽しんでくださいということだと思うけど」
「廃人としては当たり前すぎるな」
確かに当たり前だが、別段廃人ではなくても当てはまると悠は考える。


160 名前:黒い百合[sage] 投稿日:2011/03/02(水) 15:18:27.11 ID:7/qq4o/m
ログインしている時にアップデートするのは危険じゃないかという声もあるが、過去2回ともログインしていても大丈夫であったし、メーカーも安全を保障しているので、
九割以上のプレイヤーはアップデート直後から遊ぶため18:00前からログインするだろう。
「アキラとジュンはこれからどうするんだ?俺はこれから前に言ったレアアイテムのドロップするまで狩るつもりだけど」
「まだやるのかよ、あれ。あれは天然記念物クラスだぞ」
「そうだよ。まだ発見数も三桁入ってないという話だし、諦めたら?」
「それの方が賢いかも知れないけど、どうしても欲しいからな。そう簡単には諦めるつもりはないぞ」
この『DLTB』では職業で覚えられる魔法の他に、モンスターが極稀に落とす系統外魔法の覚えるための魔法書がある。
悠が欲しがっているのもモンスターが落とす系統外の魔法書だ。
「いくら言っても無駄そうだな。とりあえず頑張れよ、トモ」
「気のない激励をありがとう。じゃあな、明日にでもまた会おう」
悠は二人に別れを告げて歩き出し、アキラとジュンも挨拶をして見送った。

* * *

悠が今居るのは五番街道と言われているフィールドだ。
非常に在り来たりだが、現在『DLTB』の中でもトップクラスの難易度を誇る場所である。
しかも、不思議なこと奥には行き止まりがあるだけで、ボスも居ないし宝箱も存在しない。
隠しダンジョンがあるのではないかと様々なことを試して見たが、結果は芳しくなかったので、アップデートをすれば先が出来るのではないかというのが一般的な見解だ。
悠が欲しがっているアイテムを落とすモンスターはスライムLv20と言うモンスターだ。
『DLTB』では基本モンスターとそのフィールド特有のモンスターで構成されている。
フィールド特有のモンスターはそのフィールドでしか現れないのだが、基本モンスターはどこにでも現れる。
同種の基本モンスターの違いはLvである。
基本モンスターはLvが5あがること色が変わり攻撃方法が増えたり変わったり様々な変化が起き、最初は如何に弱いモンスターであろうと、Lvが高くなると結構油断で
きなくなる。
難易度が高いフィールドであればあるほどLvの高い基本モンスターが現れ、現在悠が戦っているスライムLv20も高Lvの基本モンスターだ。
このスライムLv20の特徴は物理攻撃無効である。
故に基本的には弱点属性の攻撃魔法か、エンチャントと付加した物理攻撃が対処方となる。
悠はアサシンであるため有効な攻撃魔法を撃てないので、エンチャントを付加するアイテムを使い攻撃している。
しかも、ここに来る前に大量にエンチャントを付加するアイテムを購入しているので、かなり長持ちするはずだ。
この『DLTB』の戦闘はターン制ではなくリアルタイムでの戦闘が行われる。
しかし、HPやMPの他に攻撃や魔法を行うことで減少するAPがある。
APは効果の高い攻撃や魔法を行えば多く減少し、効果の低いものに対しては少量しか減少しない。
しかもAPが切れるとペナルティとして、少なくない時間攻撃や魔法の使用が不可能になるため、自然回復やAP回復アイテムで小まめに調整しなければならない。
気分としては有名な某狩りゲーをリアルにして、魔法などファンタジー要素を加えたものが近い。
しかもフィールドの特性やモンスターの特技により、モンスターが際限なく出現することもあり、そんな有難くないことまでもリアルだったりする。
さらに言うと、どんな攻撃も必中という概念はなく、それなりのホーミングはあるものの、ホーミングが強い攻撃ほど威力が低くなる。
故に効率的に攻撃が出来るかはプレイヤーの腕に掛かっている。


161 名前:黒い百合[sage] 投稿日:2011/03/02(水) 15:19:29.24 ID:7/qq4o/m
今、悠の目の前には5体のスライムLv20と犬を大きくしたようなモンスターのガルムが2体居る。
ガルムがその鋭い牙で噛み付こうと襲い掛かり、スライムLv20は非属性の中級魔法のフレイムレインを放つ。
悠はアサシン特有の素早さを使い、ガルムの噛み付きを交わし、小さな火の玉が大量に降ってくるフレイムレインの効果範囲を抜ける。
そして悠は2体のガルムに近づいて、攻撃後の隙を付いて持っている大きな鎌で攻撃する。
悠の攻撃を受けたガルムは余りのダメージの高さによろめいてしまう。
その隙を逃さず悠は連続で大鎌で切り付けると2体のガルムの霞のように消えた。
本来のアサシンは攻撃力は高くないため、こんなに早くガルムを倒すのは不可能だが、悠はソロなので攻撃よりのパラメータに育てている。
さらに悠はアサシンの武器は基本的にダガーなどの短剣などだが、アサシンが唯一使える攻撃力の高い大鎌を愛用している。
大鎌は形状などから非常に熟練度が上がり難いと評判の武器で、しかもナイトやパラディンが使える大剣や長槍より攻撃力が低く、愛用しているプレイヤーは少数だ。
悠は大鎌を一目見たときから使いたい考え、最初は熟練度が上がり難い為、攻撃が当たらないことを我慢しながら使い続けた結果、今ではかなりの熟練を見せている。
しかも悠のもっている大鎌〈ブラックサイズ〉は、とあるアンデッドのボスが落とすレアで非常に攻撃力が高い。
なので、悠はソロでも十分な攻撃力を手に入れている。
しかしその反面、アサシン特有の一撃必殺などのスキルを保有していないため、悠の育て方が一概に正しいとは言えない。
ガルムを倒した悠はスライムLv20との距離が開いて、周りにモンスターがいないのを確認し、APが回復するのを待つ。
APが回復したらアサシンのスキルである気配遮断を使いスライムLv20達の後ろに回り、スライムLv20が気づいていないことを確認して、大鎌の範囲攻撃のスキルである
“弧月”を放つ。
その攻撃でスライムLv20達は悠に気付き、自身のバネを用いて突進をしてくる。


162 名前:黒い百合[sage] 投稿日:2011/03/02(水) 15:20:06.72 ID:7/qq4o/m
しかし悠はあっさり攻撃を避けて、返しの刃でHPが減っているスライムLv20をどんどん狩って行き、やがて一匹残らず消えていった。
因みにモンスターは撃破して落とすお金は自動に自身の財布に入っているいく仕組みだ。
パーティーの際はメンバーの誰が倒してもパーティーが指定した財布にお金が行く。
悠は消えていくスライムLv20を眺めつつ、目的のアイテムが出現しないかを眺めているが、出現する様子は一切ない。
その様子に悠はため息を吐き一人ごちる。
「今日だけで500匹くらい狩ってるのになぁ……通算ならどれだけ狩ってるのだろうか。『DLTB』には物欲センサーが存在しているじゃないかと疑うよ」
しかし悠がそう呟くのも仕方がないだろう。
悠はすでにスライムLv20だけでも1万匹は最低倒している。愚痴の一つは吐きたくもなる。
しかし、あれからエンチャントのアイテムが尽きるまで狩ったが目的のアイテムは出ることはなかった。

* * *

悠は目的のアイテムが出なかったこともあり、大都市カオミカ歩く足取りはどことなく重い。
見る人が見ればどこか暗いオーラ纏っているようにも見えるだろう。
そんな悠に声を掛ける二人が居た。
「何そんな暗い顔してんのよ。そんなんじゃ幸せ寄ってきても自主的に去っていっちゃうよ」
「そうですよぉトモさん。どんな時でも笑顔が一番です」
その声の方に振り向くと比較的友好関係があるギルドに所属している、ネトゲ仲間の女性二人が居た。
「あ、ラピスさんにライトさん、久しぶり」
悠はとりあえず暗い顔と言われたことを置き、当たり障りのない挨拶をする。
悠にラピスと呼ばれた女性は薄桃色の長い髪の毛をストレートに流した、切れ長の目の強い印象を受ける美人とも言える女性だ。
彼女の職業は女性としては少ない狂戦士であり、彼女の背丈と同じ位の長さの巨大な大剣が一際目を引く。
もう一人のライトと呼ばれた女性はソバージュが掛かった綺麗な金髪で、少し垂れ目気味のどことなくおっとりとした印象の女性だ。
彼女の職業は神官であり、悠は彼女のおっとりとした性格かぴったりな職業だと思っている。
二人とも此処、大都市カオミカに拠点を置くトップギルドの一つであるExtraと呼ばれているギルドのメンバーだ。
正直、悠としては何が特別なのかは分からないが、どうでもよいことなので突っ込まないでいる。
「未だに欲しいアイテムが出ないから落ち込むなと言われても無理です。正直、物欲センサーの存在しているじゃないか考えるぐらい」
「あ、まだあのアイテム出てないんだ。ここまで来たら諦めるか交換も視野に入れておいた方がいいんじゃない」
ラピスにアキラとジュンと似たようなことを言われて、悠はさらに気が滅入ってしまう。
悠は、どうしても欲しいが、諦めることも視野に入れるぐらい目に見えて意気消沈していた。
あまりのへこみっぷりにラピスとライトは慌てて話題の変更を試みる。
「そういえばぁトモさん。私たちのギルドに入ってくれることを考えてくれましたかぁ」
「そうそう、ギルドに入った方が色々と便利なんだから。トモだったらいつでも歓迎するよ」
悠は心の中で又かとため息を吐く。
ギルドへの勧誘は結構頻繁に行われていて、悠はその度断っている。
ラピスやライトも誘ってもまず断られると分かっているが、何度もアプローチをしていて、挨拶代わりみたいなものになっていた。
「その話はいつも通り断らせて貰うよ。今のところ加入すつ必要性があんまり見当たらないからね」
その言葉に二人は残念そうに見えない顔で「残念(です)」と答える。
うまく会話の変更が出来たのか、三人は明日のアップデートやら他のギルドの情報など、取り留めのない会話をしていく。
そして悠は結構時間が経っているため、別れの会話を切り出した。
「そろそろいい時間だし、明日のアップデートに備えて落ちるよ」
「そうだね。私たちもそろそろ切り上げようと思ってたから、落ちるとするね」
「それでは皆さん、さよなら~」
そうして三人はログアウトしていく。
悠は目を開けると見慣れた自室が見え、窓から綺麗な満月が部屋を照らしていた。
眠気を襲ってくるのを堪え、きびきびと布団に向かい、そのまま潜る
どうやら相当眠かったらしく、布団に入って数十秒で深い眠りについてしまった。

* * *

翌日、悠が目を覚ましたのは昼の12時を少し過ぎた頃である。
十分に睡眠が取れたのかその意識ははっきりしていて、今日は徹夜でやっても大丈夫だと悠は思った。


163 名前:黒い百合[sage] 投稿日:2011/03/02(水) 15:21:38.38 ID:7/qq4o/m
とりあえず洗面台で顔を洗い、コンビニで買ったおにぎりを三つほど食べて、部屋に戻ると携帯に電話が掛かっていた。
ディスプレイを見ると仕事の同僚の名前が表示されており、悠は電話を繋いだ。
『おはよう。もう目が覚めているんだね。感心感心』
「と言っても目を覚ましたのはついさっきなんだけどね」
聞こえてきたのは若い女性の声である。
彼女の名前は真鏡名 晴香(まじきな はるか)と言い、悠が仕事場で一番仲の良い関係だ。
晴香も『DLTB』をやっており、彼女は悠も知っているラピスである。
入社してからお互い緊張していて、隣同士であったため話を掛けたの二人の初対面だ。
その関係から顔を合わすと何かと話すようになり、互いに「DLTB」やっていることを話、今のような関係にまでなった。
「それでどうしたの?アップデートまでそんな時間はないけど」
『あ、うん。実はね、お願いがあるんだけど、……いい?』
晴香はどことなく言いにくそうに言葉を濁し、悠に尋ねてくる。
「用件にもよるけど構わないよ」
『その、ね。アップデートまで時間があるからこれから二人で会わない?』
どう見てもデートのお誘いなのだが、悠はお出掛けのお誘いだと暢気に考えている。
しかし悠は、これからどうしても外せない用事があった。
「ごめん、今日はこれから区役所の方に行って、色々と手続きしないといけないんだ」
『そう、なんだ。無理言ってごめんね』
「謝ることはないよ。でも折角誘ってくれたんだから晴香が良かったら、明日か明後日のどちらかに出掛ける?」
晴香の気落ちした様子に、悠は内心慌てて誘った。
すると晴香の気落ちした様子がどこへやら、食いつくように返事を返した。
『本当に!?それじゃ明後日にお出掛けに行こう!?絶対だからね!?』
「了解しました!」
晴香のあまりの剣幕に悠は背筋を伸ばし、敬礼しながら返答する。
そして晴香は再度念を押し、会話が終了したので電話を切った。


164 名前:黒い百合[sage] 投稿日:2011/03/02(水) 15:23:33.95 ID:7/qq4o/m
悠が区役所に行って帰ってくる頃には、もうアップデートの30分を切っていた。
アップデート前にはどうしてもログインしたい悠は、急いでシャワーを浴びてログインする。
それが功を奏したのか、ぎりぎりアップデートの10分前にログインすることが出来た悠はこれからの予定を考える。
とりあえず新しいマップに行きたい悠は、五番街道を目指すことにした。
前々から行き止まりである五番街道は、アップデートしたらかなりの可能性で先が出来ると考えられている。
方針が決まった悠は早速五番街道の方に足を向けた。
そして、時間がアップデートである18:00になった瞬間、足元で激しい地震が起き、悠は突如気持ち悪くなってその場で蹲ってしまった。
そのまま一分ほど蹲っていると、いつの間にか地震が収まり、頭がおかしくなりそうな気持ち悪さは消えた。
今までアップデートしても何も問題なかったのに、今回の異常に不思議に思う悠。
悠は何か非常に拙い異変が起きているのではないかと考えていると、操作端末に連絡が届いた。
操作端末とはiPad位の大きさの装備変更、フレンド登録、登録した人との連絡、アイテムを入れる大きな袋や財布の代わりなど様々用途に使う端末だ。
画面を見てみるとそこにはアキラのフルネームである〈Akira Kisaragi〉の文字が見える。
先ほどの頭に過ぎったことや、今までない異常の連続に不安になりながらもアキラと端末を繋いだ。
そして、その不安は現実のものとなる。
「アキラ、一体どうしたんだ?」
『どうしたもこうしたもないよ。ログアウトが出来なくなった。つまり僕たちは『DLTB』の中に閉じ込められたんだと思う』
あまりのことに悠は呆然としてしまうが、慌てて気を取り戻し操作端末のログアウトボタンを探す。
そしてログアウトボタンが存在しないことに気づいて、アキラの言ったことを信じなくてはならなかった。
「原因は?やっぱりあの地震みたいなのが原因なのか?」
『おそらくね……システムの方に何か問題が発生したんじゃないかと思うけどまだ何も言えないね。何があるか分からないから今は動かないほうがいいよ』
「確かにな……」
そしてそこまで言って悠は今、自分はまずい状況にいることに気がついた。
それはすでに五番街道に入り口に入ってしまったことである。
もしアキラの言ったことが正しくて閉じ込められたのだとしたら、自身が死んだら生き返らないでそのまま死んでしまう可能性があるからだ。
悠は慌ててアキラに事情を話し端末を切ることにした。
「アキラ悪い!今、俺は五番街道にいるからもう切る!」
『っ!分かった!早く逃げて』
そして端末を切り、逃げようとしたがすでに遅かった。
なぜなら悠の目の前にガルム10頭の群れが現れたからだ。
悠の背中に嫌な汗が流れる。
今まではゲームだったから気軽に出来ていたが、アキラの考えからすると自身は浅倉 悠ではなくトモとして、実際にこの場所に立っていることになる。
つまり目の前の存在と命を掛けた戦いを行わなければならないのだ。
ガルム達がうなり声を上げて近づいてくると同時に、悠は自身の武器である大鎌〈ブラックサイズ〉取り出す。
そして五頭のガルム達は悠に襲い掛かって来た。
咄嗟に避けて距離をとり、気配遮断を使おうとして気配遮断がうまく使えないことに気づく。
まるでゲームでの戦いではなく実際の戦いであるかのように。
ガルムはそんな悠の戸惑いを待ってくれることもなく、残った五頭が鋭い牙で噛み付こうとする。


165 名前:黒い百合[sage] 投稿日:2011/03/02(水) 15:24:43.93 ID:7/qq4o/m
慌ててガルムの攻撃を避けて、すれ違うガルムに切りつけるが、攻撃が当たらなかった。
どうやらスキルだけではなく通常の攻撃もうまく出来ないようだ。
「(何が起きているんだ!?もしかしたら『DLTB』が現実化したからゲームと現実は違うと言うことなのか!?)」
あまりの事態に混乱してしまいながらもガルムの攻撃を避けていくが、遂に悠は囲まれてしまう。
「万事休すか……」
ガルム達がじりじりと近づいてくる。
ゲームなら問題ないのに実際にやるのでは違うもんだなと考え、ふと頭の中に気配遮断や大鎌スキルの使い方があるのが分かった。
そのことに気づき思考していくと、悠はある事実に気がついた。
今の自分は浅倉 悠にしてはありえないほど身体能力が高いと言う事実に。
「(つまりこの体はトモであり、意識は俺と言うことで実際とのギャップが起きているのか?どこかで見たような知識だけあって経験が無い状態なのだろうか?)」
悠は一か八かで自身が浅倉 悠ではなくトモであると強く念じ、思い込もうとする。
そしてガルム達が一斉に襲い掛かってくると同時に、大鎌スキルである自身を中心に半径数メートルに渡って攻撃する“月閃”を放った。
どこかぎこちなさを残すそれはガルム達の命を残さず刈り取り、ガルム達は霞のように消えていった。
悠は直ちに道を引き返して、五番街道から脱出することで、何とか助かることに成功した。

* * *

安全な所にたどりついた悠はその場で大の字に転がる。
悠は、耳元に心臓があるのではないかと言うほど動機が激しく、喉も渇ききって限界だった。
大の字に寝転がってから数分たって落ち着き、ようやく悠はは生き残れたことを実感し、先ほどの戦闘のことを振り返る。
まず今の悠は知識だけがあり、経験がない状態だと言うことが正しいことが分かった。
これからは弱い敵で、どんどん慣れる必要が出来た。
そしてガルム達は死体が残らずに消えて、お金が情報端末に入ってることが確認出来た。
悠にとってはこれは非常に有難く、もし死体が残っていればここまで平静としてられなかったであろう。
「というか、何で俺は逃げなかったんだろうか。やっぱり動揺してて気づかなかったのかな」
悠は今更ながら戦わず、さっさと逃げれば良かったのではないかと気づいたが、決して無駄じゃない経験が出来たので良しとした。
いつまでも寝転がっているわけにいかず、悠は立ち上がり自身の拠点である都市に帰ろうと振り向くと、一人の少女の姿が目に飛び込んだ。
その少女は悠と同じ位の年で、髪も目も服も、そして長い髪を纏めているリボンも白く、それは幻想的なほど美しかった。
とりあえず悠は目の前の女性に挨拶をして様子を見ることにする。
「こんにちは。こんなところでどうしたんですか?」
「いえ、ただ遠くの景色を見ていただけです」
目の前の少女のそっけない態度に困惑して、悠はその困惑を誤魔化す様に右手を右耳に当てる。
すると少女は軽く目を見開く。
その様子に悠は疑問を抱き、率直に少女に問いかけた。
「どうしたんですか?何かありました?」
「…………いえ、何でもありません。それでは私はこれで失礼致します。」
少女はそう言うと拠点にワープするアイテムを使い、その場から消えていった。
悠はその少女の態度に良く分からないものを覚えたが、情報端末に誰から連絡が届いた。
画面を見てみるとどうやらラピスからの連絡で、その場で繋ぐ。
「よ、どうしたの?」
『よ、どうしたのじゃない!心配したんだから!』
するとラピスの怒鳴り声が聞こえて、思わず悠は仰け反る。
『トモに繋がらないからアキラに連絡してみたら、もしかしたら五番街道で戦闘になったかもしれない、て言うから本当に心配したんだから……』
どうやらラピスは悠の安否を気遣っていたようだ。
心底心配したラピスの様子に悠は色々と心配掛けたことに気がつき、素直に謝ることにした。
「ごめん。確かに戦闘になったけど無事だったから大丈夫だよ」
『本当に良かった。あ、今私たちのギルメン集まってんだけど、トモも来る?』
「いや、今回の戦闘で相当疲れたから今日は休むことにする。」
悠はラピスのギルドで色々情報を集めたかったが、精神的にかなり疲れているのですぐにでも休みたかった。
『そんなんだ。それじゃあ、私たち多分明日も居るだろうから起きたら尋ねてね。じゃあね』
「了解。それじゃあ、また明日」
そしてラピスとの連絡を切ると、悠は拠点にワープするアイテムを使い大都市カオミカに戻った。


166 名前:黒い百合[sage] 投稿日:2011/03/02(水) 15:27:18.45 ID:7/qq4o/m
ワープすると見慣れた町並みが見えて、悠はほっと安心させる。
そして町に踏み入れると、先ほど分かれた全身白い少女が立っていた。
「先ほど振りです。お願いがあるのですが、少しよろしいでしょうか?」
「あ、うん。構わないけど」
先ほどまでと違い、どこか明るい様子で声を掛けてくる。
素っ気ない態度で分かれた少女とは余りにも違いが有り過ぎて、悠は困惑を覚えながらも返事を返す。
「実は私、この『DLTB』を始めたのは最近でして、まだLvが低いんです。ですから私が強くなるまででいいです。お礼は出世払いになると思いますが、私と一緒に居てくれませんか?」
「……話は分かったけど何で俺なの。他の人でも構わないと思うけど?」
悠は余りに突然な話に驚きつつ、一番最初に思った疑問を投げつける。
それはこの都市は非常に大きく、またアップデート前までらLvがカンストしているプレイヤーが多いな中、なぜ自分なのかと。
「それはあなたなら信用できるからです。知っていますか?こうして閉じ込められ、様々なことがリアルなった所為か外でレイプされる女性が現れたんです。
他の人は信用できませんが、先ほど話したあなたなら大丈夫だと信用できるんです」
お願いします、と少女は深く深く頭を下げる。
それに対して悠はレイプされた女性のが現れたことにショックを受け、そしてこの少女が自分に保護をお願いするのかが分かった。
確かに悠自身そんなことをするつもりは無いから、少女の見る目は確かなのだろう。
しかし、この少女を保護することは悠にとってはマイナスが大きすぎるので、断るのが賢い生き方であろう。
だが、こうして真摯に頭を下げてお願いする少女を見て助けてあげたいと思うのも事実である。
しばし考えて悠は結論を出した。


167 名前:黒い百合[sage] 投稿日:2011/03/02(水) 15:27:53.46 ID:7/qq4o/m
「……分かった。保護すればいいんだね?」
そして保護することを少女に告げると笑顔で「ありがとうございます」と頭を下げてくる。
その笑顔が綺麗で、内心ドキドキしたのは悠だけの秘密だ。
「とりあえずフレンド登録するから端末を出して」
「分かりました」
互いの操作端末で自分たちの情報を送信して、悠には少女の、少女には悠の情報が届いた。
そして悠は自分の端末に届いた情報眺めて、少女の名前である〈Lily・White〉の文字を見て僅かに顔を顰めてしまう。
それを見たリリィは悠に疑問を投げかける。
「私の名前に何かありましたか?」
「あ、ごめん。実は俺には妹が居るんだけど、仲は良くなくて妹も俺のこと嫌ってるんだよ。それで妹の名前が花の百合という名前で、Lilyて花の百合のことだから
妹のことを思い出しちゃったんだ。」
「…………そうなんですか。実は私にも兄が居るんですよ。私のとって、とても大好きで大切な兄が。名前はリョウと言うんですけど」
悠はリリーに兄が居ると言われて、もしかしたらリリィは百合かも知れないと考えたが、百合は自分のことを嫌ってるはずだし、名前も違うから勘違いのようだ。
「とりあえずこれからよろしくな。悪いんだけど今日はかなり疲れる出来事があって、早く宿で寝たいから解散しよう。また明日」
「そうなのですか?分かりました。早く部屋に向かいましょう」
「……待て。何で付いて来ようとしてるのか」
悠はあたかも自然に付いて来ようとするリリィを見咎める。
第一、リリィ自身が男にレイプされるのがいやだから保護を求めているのに、悠は同じ部屋に行ったら駄目だろうと考える。
そんな考えを読みとったのか、リリィ極自然に告げる。
「私、言いましたよね。トモさんなら信頼できると。それに守って貰うなら近くに居た方が何かと便利ですよ」
「いやいや!町に居る限りは犯罪はまず起きないから!」
実際問題、本当に事件は起こらない。なぜならどんな小さい犯罪が起こってもその場に警備兵が忽然と現れ、犯罪者を撲滅していくのである。
前にとあるトップギルド10人が故意的に犯罪を起こし、警備兵と戦ったがあっという間に殲滅されたらしい。
悠はそのことを伝えてもリリィは自身の態度を崩さなかった。
「それでも来るまでに時間は少しは掛かりますよね?その間に何をされるか分かりません。トモさん私に一人で恐怖に怯えていろと言うのですね」
悠は本当にリリーが怯えるのか疑問に思ったが、どうせ誤魔化されると思い違う形で反撃する。
「……もし俺が君を襲ったらどうするつもり」
「トモさんになら構いませんよ。それにそういうこと言う人は襲いません」
「……」
もうどうにでもなれと歩き出す悠。
その後、悠はせめて部屋だけは別々にしようと試みるも、あっさりとリリーに逆に説得されてしまい同じ部屋に泊まることになる。

夜中、回りも寝静まった時、一つの影が動いた。リリーだ。
リリーは静かに悠のベットまで近づき、潜り込み、抱きついた。
そして小さく囁く。
「絶対離しませんから。だからずっと一緒に居てくださいね」


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最終更新:2011年05月13日 23:00
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