狂もうと18話

637 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 22:59:45.07 ID:RLqqe5pm
「由奈~、これ何処に置くんだ~?」

「それはそこに置いといて。こっちの小さなダンボールは食器だから食器棚に入れといて」

「はいよ~、この箱はなんだ?」

「それは私の服。お兄ちゃんの服は赤い丸がついてるでしょ?」
リビングに散乱するダンボールのなかで、俺と由奈は朝っぱらから整理に追われていた。
実家から帰宅した1ヶ月後、突然由奈が「明日引越しするから荷物まとめてね。いらない物は全部捨てていくから」と言われて夜逃げの如く二日前にこのマンションに引っ越してきたのだ。
家を出る時何故か由奈に荷物をすべて確認され、勝手に必要な物必要でない物をわけられ俺の荷物はダンボール二個に収まる程度になってしまった。
俺と違い由奈の私物はダンボール箱(大)八個分…いったい何が入っているのだろうか?
まぁ、女性だから荷物もかさ張るのだろうけど…。

「ふぅ…これで終わりね」

「そうだな…もう昼だし」
あらかた整理し終わると、携帯を開いて時間を確認した。
朝の六時から整理を始めたから既に七時間近く整理に夢中になっていたようだ…。
空になったダンボール箱を片付け、小さなテーブルをリビングの真ん中に置いた。


638 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:00:16.06 ID:RLqqe5pm
まだ前のマンションにあったテーブルを組み立てていないのだ。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」
由奈が持ってきた料理をテーブルに置くと、二人で小さなテーブルを囲んで食事を取る事にした。
由奈が作る朝、昼、夕の三食を食べていつも思うのだが、作る毎に料理の腕が上がっている気がする。
それに2ヶ月は料理が被る事もないほどのレパートリー豊富な腕前なので、子供のように今日は何が食べれるんだろ?と浮かれる回数も一回や二回では無い。
家事と仕事を両立する由奈は間違いなく良い嫁になるはずだ。

「んふふ~、なんか新居に初めて引っ越してきた新婚さんみたいだね?」
期限良さそうに鼻歌を歌いながら食事に手をつける。

「行儀悪いから鼻歌やめなさい…でも本当に日に日に料理の腕が上がるな。レストランでも開いたら?」

「お兄ちゃんと二人でならいいよ~私が料理作って、お兄ちゃんが私の横で私が作った料理味見する係り」

「誰が接客するんだよ。誰か雇うのか?」

「はは、雇う訳ないじゃん。食堂式よ食堂式。作ったらカウンターまで客が取りにくるの」

「レストランじゃねーだろ。まんま食堂だよそれじゃあ……ん?電話だ」


639 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:00:43.74 ID:RLqqe5pm
ポケットから携帯を取り出して画面を確認する。

「零菜…?」
そう言えば零菜や空ちゃんに引越しした事を伝えていなかった…もしかしたら前のマンションに行って此方へ電話してきたのかもしれない。
携帯の通話ボタンを押して携帯を耳にあてた。


「もしもし?」

『もしもし?勇y「……あぁ、忘れてた…」
おもむろに由奈が横から俺の携帯を奪い取ると、バキッ!と逆に真ん中から真っ二つにへし折ってしまった。
突然の由奈の行動に俺はただ唖然とそれを見ているだけ…

「お、おまえ突然何を…」
俺の弱々しい声を無視して、へし折った携帯をゴミ箱に放り込むと、カバンから俺のとは違う真っ白な携帯を一つ取り出した。

「今日からこれがお兄ちゃんの携帯ね」
テーブルの上にその白い携帯をコトッと置くと、何事もなかったように食事へと戻った。

由奈が置いた携帯を手に取り、中を確認する。


「……なんかこれロックかかってるけど…」

「ん?あぁ、一応通話とメールだけできるようにしてあるから。アドレス帳も開けないよ?また知らない人の番号登録されるの嫌だし」

「これ…俺の携帯になるんだよな?」
由奈の前に携帯を差し出し確認する。


640 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:01:21.87 ID:RLqqe5pm
「そうだけどなに?文句でもあるの?」
差し出した携帯を見ることなく軽く俺を睨んだ。
簡単な話、俺と由奈専用の携帯電話ということだ。
前の家から20kmほど離れた場所にある、いりくんだ住宅街の中のマンション…。由奈の仕事場からも距離が離れてしまったし、間違いなく前のマンションより不便だ…由奈はこのマンションが気に入ったと言っていたが本心は違うのだろう。
それを追求することもできるのだが、追求した所で引越しが無くなる訳でも無い。

だから諦めている…。

「ごちそうさまでした。それじゃあ………んふふ~」
俺より先に食事を終えると、由奈が悪戯気に俺の顔を見てニヤつく。
意味が分からず、なんだよ?と問いかけると、座っていた体制のまま膝を引きずり此方へ擦り寄ってきた。

「はぁ……まだ飯食べてるだろ?」
食事をしている俺の後ろに移動すると、腹部に腕を回して鼻を背中に擦り付けてきた。
猫のように甘える仕草を見せ、腕と足でガッチリと体をロックしている。

「やっぱりこれだね~。休みの日にお兄ちゃんと二人で……す~…はー…す~…はーぁ…」

「……俺の背中はどんな匂いがするよ?」
鼻息が背中の一部を撫でる。


641 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:01:50.30 ID:RLqqe5pm
ムズムズするので体をくねらせると、逃がさないように力一杯抱きしめてきた。

「お兄ちゃんの匂いぃぃ~ぃがー…ぁー…」
完全に自分の世界に入り込む由奈を諦め、ご飯を口の中へ掻き込む。

「ん?由奈携帯鳴ってるぞ」
由奈のカバンの中から着信音が聞こえてきた。
わかりやすく舌打ちをすると、俺の背中から離れてカバンから携帯を取り出した。

「…もしもし?」
由奈が電話に出るのを確認すると、由奈と俺の食器を抱えて流し台へともっていった。
水を張り食器を中へと沈める。
食器を洗ってしまおうかとも思ったのだが、まだ片付けていないダンボールが残っているのだ。
先にそれを片付けようと思い食器が水の中に沈むのを眺めた後、由奈の元へと戻った。

「はいはい、分かりましたよ!行きますから会社から動かないでジッとしていてください!」
乱暴に通話を辞めると、カバンの中へと携帯を放り込んだ。
何故かキッと此方を睨んだ後、泣きそうな表情を浮かべて項垂れる由奈…由奈に近づきどうした?と問いかける。

「うちの会社のアホ社長が何かやらかしたみたいなの…今から会社に行かなきゃ」


642 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:02:16.12 ID:RLqqe5pm
「そっか…なら俺が由奈のダンボール以外を片付けておくよ。由奈のダンボールは由奈の部屋に放り込んどくから明日にでも片付けな」
小さなテーブルを折りたたみ、端に寄せると車の鍵を掴んで由奈に手渡す。
それを受けとると、一度大きなため息を吐き捨て重い足取りで玄関へと歩いていった。

「はぁ…早く帰ってくるからおとなしくしててね、お兄ちゃん」

「子供扱うみたいな態度とるなよ…お前が帰ってくるまでにリビングのダンボールは片付けておくから」
後ろ髪引かれるように玄関を出ていく由奈を見送ると、リビングへと戻った。
半分ぐらいまでは片付けた…後半分だ。
まぁ、殆どが由奈の私物なので由奈の部屋に移動させるだけ。
まずはテーブルや棚を組み立てて、それから食器や小物を出して……



「んっ?誰だろ?」
何から手をつけようか頭の中で整理していると、玄関からインターホンの音が鳴り響いた。
たしか由奈が宅配物が届くかもしれないって言ってたから多分それだろう。
再度リビングから出て玄関へとむかった。
玄関へと到着すると、ドアの穴から外を確認する。



「………」
覗き穴から目を離して首をかしげてみる。


643 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:02:49.46 ID:RLqqe5pm
このマンションの場所は誰にも伝えていないはず…由奈本人がそう言っていたから間違いないと思う。
再度覗き穴を覗き込む。

「……」
――やっぱり居る。
悪魔みたいな笑みを浮かべて立っている。
仕方ない……どうせ居留守使ってもバレるのだ。
頭を掻いて鍵を外すと、ゆっくりと扉を開けた。



「今度は扉を開けるの早かったわね、勇哉」
扉前には、真っ黒のワンピースを着た零菜が立っていた。
キリッとした表情も相まって、どこか憂いを帯びている。


「誰から聞いたんだ?まだこの場所伝えていなかっただろ」

「聞かなくても分かるからとしか言いようがないわね…中に入ってもいいかしら?」
返答せず体を少しずらして通れるスペースを作ってやると小さく微笑み俺の横を潜るように通り抜けた。
通りすぎた瞬間、髪から香る甘い匂いに目が無意識に零菜の髪を追った。
シャンプーか香水か分からないが、良い香りだ。
それを顔にだすことなく零菜をリビングへ通す。

「ダンボールだらけね…ビデオデッキはある?」

「デッキ?あるけど…何か見るのか?」
零菜の右手には小さなアタッシュケースが握られている。
中に何が入っているのだろうか?


644 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:03:20.54 ID:RLqqe5pm
俺の視線に気がついたのか、アタッシュケースをダンボールの上に置くと、中から黒いビデオテープを二個取り出した。

「なんだそれ?」
ビデオテープを指差して零菜に問い掛けた。

「これはね…愛がいっぱい詰まっているモノよ」
愛が詰まっている?
差し出すビデオテープを手に取り、ビデオテープに目を向ける。
ビデオテープには小さな文字で勇哉と書かれていた。
“勇哉”と書かれている横には色褪せた文字らしきモノが見えるが、薄くなっていてまったく読めない。
何故か勇哉という文字だけがハッキリと書かれているのだ。

「これ見るのか?てゆうかこれかなり古そうだけど…」
いつ頃のビデオテープなのだろうか?
ちゃんと見れるかかなり怪しい。

「大丈夫よ…私は何回も見てるから」

「何回も見てる?なんで俺に見せるんだ?」

「貴方が見なきゃ、このテープの存在理由がないからよ」
存在理由?また訳の分からない事を…。

「分かった…んじゃ、デッキ出すからちょっと待ってろ」
ビデオテープを零菜に手渡して、ダンボールを開ける。
ダンボールの中にはデッキとゲームの本体とゲーム数本が入っている。
どれも俺が数十年使っているものだ。


645 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:04:03.76 ID:RLqqe5pm
奥にある一つのカセットゲームを手に取ってみた。
とくにこのゲーム…初めて母から買ってもらったレースゲームには愛着があり、夜遅くまで由奈や母と…そして零菜と…。

――零菜と?

「……なぁ…」

「なに?デッキ動かないの?」
上から見下ろす零菜にカセットゲームを見せた。
初めは、はぁ?と言った感じでカセットゲームを見ていたのだが、零菜の表情がゆっくり…確実に変わっていくのが分かった。

「お前とこのゲームしたことあったっけ?」
カセットゲームを零菜に手渡し問い掛けた。
ゲームは基本、由奈としかしたことないのだが、何故か脳裏に幼い頃の零菜が浮かんできたのだ。

「……このゲームはお母さんに買ってもらったのよね?勇哉…お母さんはこのゲームを“誰と誰”の為に買ったか覚えてる?」
数十秒間カセットゲームの表を見た後、カセットを裏返して確認するように俺に質問してきた。

「うる覚えだけど…たしか俺と由奈が母さんにお願いして……てゆうかカセットの裏に名前書いてないか?」
別に誰かに取られるとかではないけど、何故か自分達の物だと子供心に主張したくて書いた覚えがある。

「えぇ……書いてるわね…ッ」


646 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:04:36.29 ID:RLqqe5pm
細い瞳で俺を睨み付けると、カセットを裏返して此方へ見せてきた。
カセットの裏にはクレヨンで“ゆうき、ゆな”と書かれている。
俺が頭で想像していた通り、やはり俺と由奈の名前が書かれていた。

「これがなんだよ?」

「由奈の文字…少し色変でしょ?」
再度カセットゲームに視線を落とす。
確かに…由奈の文字だけ色が混ざったような色をしている。

「だからなんだよ?クレヨンなんだから消して書いたり消して書いたりを繰り返せば色だって混ざるだろ」
子供なら文字の書き込みを失敗したらクレヨンを手で消して上からまたクレヨンで書くなんて当たり前の事だ。

「そういうことよ…消せば前の文字はもとから存在しなかったかのように人間は上から書かれた文字を信用する……」
カセットゲームに書かれている由奈の名前を人差し指で強く押すと、力を込めて下に引いて見せた。
ゆなと書かれていた文字が、爛れたように消えている。

「ね?消すのは簡単でしょ?」
歪な表情は何処かへ消えて、いつもの表情に戻っている。

「は?意味が分からんけど…このゲームやりたいのか?」
零菜からゲームを奪い取ると、仕方ないといった感じでゲーム機をテレビに接続した。


647 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:05:18.24 ID:RLqqe5pm
「はぁ?ちょ、ちょっと…何を考えy「だからやりたいんだろ?早く座れよ」
隣のフローリングをバシバシ叩いて座るように零菜に訴える。
また何かブツブツ言うのかと思ったのだが、意外にも素直に隣に腰を落としてコントローラーを手に取ってくれた。

「よ~し、んじゃ俺はこのキャラでいいや。早く選べよ零菜。コースもお前が選んでいいぞ」

「え?あ、うん……それじゃ、私はこれで…」
二人でキャラを選んでコースを零菜に選ばせると、ゲームをスタートさせた。
十年以上前のゲームなのだが、しっかりと作られているので今でもたまに由奈とする時があるのだ。
由奈の場合、負けそうになるとすぐにスピードが早くなる裏技を使って俺を抜こうとする…それに対抗して俺も裏技を使うと怒るのだ。
理不尽極まりない…。

「なんだ?お前下手くそだな…てゆうかコントローラー逆だよ逆」

「うるさいわね…ゲームに慣れてないんだからしょうがないでしょ」

「そこにバネがあるだろ?それ踏んだらゴール近くまで飛べるぞ」

「本当に?それじゃ……?……ちょっと……池に落ちたけど?」

「そりゃバネなんか踏んだら池に落ちるだろ。なんだお前はズルでもしようとしたのか?」


648 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:05:49.82 ID:RLqqe5pm
「なによその嫌がらせ!?ゲームに慣れてないって言ってるでしょ!?」

「甘いな。男は女にゲームで負けるイコール死だ」

「妹に対して言うことじゃないわね。もう騙されないから」

「その壁乗り越えたら近道だぞ。今度はマジで」

「……本当でしょうね?」

「……あぁ…」

「………なんか知らない民家の庭に落ちたけど?」

「それ不法侵入じゃねーの?壁なんか飛び越えるなよ」

「なによそれ!?勇哉が飛び越えろって言ったんでしょ!」



なんだろう…普通に零菜と遊んでいる――。
あり得ない事なのに当たり前の事をしている。
でも不思議と違和感は無い。
やっぱり昔、俺は零菜と普通に遊んでいたのだろうか?
何となくだが、覚えているような覚えていないような…よく分からないが多分俺は零菜とゲームで遊んだ事があるのだろう…。

「んじゃ、此処で待っててやるから早く来いよ」
ゴール手前でビタ止まりすると、コントローラを手放した。

「……また何かするんでしょ?」
疑いの目を一度此方へ向けるとテレビに目を戻して、走り出した。

「あっ、見えてきたわよ……勇哉のやることは分かってるのよ。どうせ私が近づいたら走り出すんでしょ?」


649 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:06:19.95 ID:RLqqe5pm
そう言うと俺のコントローラを奪い取り太ももに挟むと全力疾走でゴールに突っ込んできた。

「はは、そんなことするかよ」

「もう騙されないって言ってッん!?」
ゴール直前零菜が操作するキャラの車が突然スリップすると、そのままクルクル回って俺が操作するキャラの背中にドカッ!
ぶつかった勢いで俺のキャラはゆっくりと前に進みゴールした。

「……なにしたのよ?」

「ぶはっ、あり得ないだろ!なにしたのよじゃねーよ、お前が勝手に滑って突っ込んできたんじゃねーか!」
テレビを指差してゲラゲラ笑い転げると、突然零菜が掴みかかってきた。

「あんた何か仕掛けしたんでしょ!?あんな滑りかた普通しないわよ!」

「イデデで!髪の毛引っ張るなよ!俺のコントローラーはお前が挟んでただろ!」
フローリングの上でドッタンバッタン零菜と転げ回る。
家族が見たら目を疑うんじゃないだろうか?
俺と零菜がこんな事してるなんて…とくに由奈に知られたら――









「あんた達何をしてるのよ…」
重い声が突然耳に入ってきた。零菜と掴み合う姿で固まる。
ゆっくりと後ろに振り返り恐る恐る扉へと視線を向けた…。


650 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:06:52.53 ID:RLqqe5pm
「は…早かったな由奈」
そこには一時間前に会社へ向かったはずの由奈の姿が何故があった。
ここから会社まで一時間近く掛かるはず…そう考えると由奈は会社に行かず帰ってきたのか。
零菜から離れて立ち上がると、零菜の手を掴んで立たせた。

「なんで零菜さんが此処に?」
表情は無表情なのだが、目がヤバい。
この目は何かする時の目だ。

「勇哉に用事があったの」

「どうやってこの家を調べたのか知らないけど、お兄ちゃんには貴女へ用事が無いので帰ってもらえますか」
カバンを床に落とすと、零菜の前に移動して玄関を指差した。
いつの間にか零菜もいつもの零菜に戻っていた。
薄い笑みを浮かべて、由奈を見ている。
いや、睨んでいる。

「なんですかその目?用事が終わればもう帰ってもいいですよ」
わかりやすくリビングの扉を開けて零菜に言い放つ。
何故この二人はここまで仲が悪いのだろうか?
俺と零菜は仲が悪いというよりお互いに干渉しない間柄だと思っている。
と言うか思いたい…。
だがこの二人は…とくに由奈は零菜を完全に敵視している。
姉妹だから仲良くしろなんて俺が言える事では無いが、無関心さえ装えないのだろうか。


651 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:07:37.19 ID:RLqqe5pm
零菜が由奈から目を反らして、俺を見てきた。

「…よかったわね。私の気が変わったから貴方より先にこの子から潰すわ」
由奈を指差してそう呟くと、ダンボールの上に置いてあるビデオテープをアタッシュケースの中へ入れ、今度は別のモノを出してきた。
それは一枚の封筒。

「潰す?何それ?早くでていきないよ」
イラついたように壁を叩く由奈。それを無視して由奈に封筒を差し出した。
封筒を数秒眺めた後、零菜の手から取り、中を確認する由奈。
中からは数枚の紙…何かの資料だろうか?

「なぁ、あれなんだよ?」
零菜に近づき由奈が手にする紙を指差す。

「由奈の表情を見ていなさい…面白い事になるから」
面白い事?何か嫌な予感がする…コイツが由奈に何か行動を起こすなんて今日が初めてだ。
背中に冷や汗が流れる…。
由奈が手にする紙に手を伸ばして掴む。
直感的にこれは由奈に見せてはいけないものだと思ったのだ。
しかし、由奈は紙を手放さなかった…いや掴んだまま硬直していたと言ったほうが正しい。

「ゆ、由奈?」
硬直したかと思うと、今度はフルフル震えて俺に視線を向けてきた。
――その目は恐怖一色に染まっている。


652 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:08:07.28 ID:RLqqe5pm
無理矢理紙を奪うように引っ張ると、俺を突き飛ばして紙をビリビリに破いてしまった。

「はぁ…はぁ…なによこれ……あんた何が目的よ!!?」
破いた紙切れを零菜に投げると、零菜に掴み掛かった。
慌てて間に入り込み、二人を引き剥がす。

「こ、こんな嘘の…嘘で固めたモノ用意して!お兄ちゃんこの人追い出して!」

「由奈どうしたんだよ?おまえ由奈に何を見せたんだよ!」
由奈を押さえつけて、零菜に怒鳴った。

「なにって…真実を教えてあげたのよ。いや…由奈は知っているのよね?」
小さくクスッと鼻でバカにしたように笑うと、アタッシュケースを閉じた。

「“家族ごっこ”は終わりにしましょうね、由奈ちゃん?いえ、正しくは――」

「ひっ!?や、やめ!」
真っ青になった顔の由奈を見つめて由奈と俺の耳元で呟いた。







――降崎 由奈さん


653 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:10:09.83 ID:RLqqe5pm
「降…崎…?」
キーンと耳鳴りしているのは由奈の悲鳴のせいか、思考がストップしてしまったせいか…。

「まぁ、空の存在を知らなかったみたいだし、本人も自分の旧姓まではわからなかったみたいね。いえ…調べるのが怖かったのかしら?」
なんだコイツ?
さっきから何を言っているんだ?
降崎ってなんだ?
たしか降崎は空ちゃんの名字だったはず…。

「いったい何の話を…降崎は空ちゃんだろ?」
頭では理解できない。だけど零菜が言おうとしている事は混乱する頭の中でも、なんとなく分かった。
だけど分からない……ハッキリとした言葉を聞くために恐る恐る零菜に問い掛けた。

「おめでたいわね…勇哉。男の浮気が一度や二度で終わるとでも?」
男の浮気…父の事を言っているのだろう。

「あの人の事を言ってるんだろ…それと由奈が何の関係があるんだよ」

「鈍いわね。何故由奈が兄妹にこだわっていたか理解できないのかしら…わかりやすく言うとね」
零菜の顔が無防備に近づいてくる――。

「由奈はお父様と空の母親である降崎 葉子の子であり、長女ってことよ…まぁ、空の実の姉って事になるわね」
由奈が空ちゃんの実の姉…。
腰にしがみつく由奈に目を落とす。


654 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:10:51.52 ID:RLqqe5pm
ガタガタと肩を震わせて、何か呟いている。
――わたし―お兄ちゃんの―わたしが―

これはダメだ…今は話を聞ける状況では無い。
足腰に力の入らない由奈をダンボールの上に座らせると、零菜の前に立った。
どこかスッキリしたような表情を浮かべているのが腹立たしい。

「それで、お前の用事はなんだよ?俺に用があるんだろ」

「相続財産の事なのだけど…私は他人に渡すものは一ミリたりとも無いと思っているのよ」

「財産は当主になるお前の物だろ。俺は必要無いからもう帰れ。そして二度と来るな」
零菜の肩を掴んで強引にリビングから追い出す。
正直、コイツの言った事は信用できない。
俺は今まで由奈を妹だと思って生きてきたし、今更母親が違うなんて言われても一緒に過ごしてきたのだから由奈との関係を変える気も無い。
だけど――だけど、コイツのやった事は絶対に許されることじゃない。

俺は絶対に許さない…。
怒りを押さえて玄関まで零菜の腕を掴んで連れていく。

「お兄ちゃん置いていかないで!お兄ちゃん待って!」
後ろから由奈が追いかけてきた。
俺の背中にしがみつくと、玄関から遠ざけようと必死に後ろへ引っ張る。


655 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:11:21.81 ID:RLqqe5pm
出ていくと思っているのだろうか?由奈の頭を撫でて大丈夫だとなだめるが、震えが治まりそうにない。

「ふふ…あまり私の兄を困らせないでね?優しい兄だッつ!?」
パンッ!と弾けるような音が玄関に響いた。
それと同時に零菜がドサッと床に倒れ込む。

「いい加減にしとけよおまえ…」
零菜の頬を叩いた手を握りしめ、睨み付けた。
これほど怒りを覚えた事は今までにあっただろうか?
頭が赤くなり、今にも零菜をボコボコに殴ってやりたいぐらいだ。
そして零菜に今までに無い恐怖を感じていた。
今まで俺達に関わろうとしなかった癖に今になって何故こんな事を…。


「ふふ…そうよね…」
赤くなった頬を擦りながら立ち上がると、靴を履いてドアノブに手をかけた。

「さすがに、私と違って他人の女の子は殴れないわよね…お兄ちゃん」
それだけ言い放つと、笑顔を保ったまま零菜は玄関から姿を消した。

「由奈、行こう…もう大丈夫だから」
玄関の鍵を閉めて、部屋へと向かう。
部屋に入ると、布団を雑に出して上に寝転んだ。
すぐに由奈も布団の中へと潜り込んでくる。
先ほどより震えは治まってきているが、まだ小刻みに震えている…。


656 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc :2011/09/25(日) 23:12:14.40 ID:RLqqe5pm
由奈を抱き抱えて背中を擦ってやると、由奈も背中に手を回して強く抱き締めてきた。

「お兄ちゃん…私、零菜さん殺すから…止めないでよね」

「由奈…」

「悲鳴あげても…泣いても…絶対に許さない……めちゃくちゃにして殺してやる!絶対に殺す!スカした顔も――人を見下したような目もッ!――全部潰して殺してやる!お兄ちゃんの妹は私一人なんだから!」
胸の中で泣き叫ぶように声を荒げる由奈……由奈が叫ぶ声に俺はどう返答すればわからなかった。
だから由奈が落ち着くまで抱き締めた…ただ、抱き締めることしかできなかった――。


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最終更新:2011年10月21日 22:49
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