狂もうと 第25話

482 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 01:57:10.26 ID:3EA3xCbY (2/18)
金色に輝く月に照らされ光輝く白い雪。
見上げる空からは近年希に見る大粒の雪が降り注いでいた。
空から目を反らして、金網から下に視線を落としてみる。車のヘッドライトが蟻の行列の如く並んで信号待ちをしている。
都会では空を見上げるより高い場所から下を見下ろした方が景色がいいのかも知れない。
そう思わせるほど車のヘッドライトはきらびやかに光輝いていた。
この光りの中には最低一つの命が入っている…もしかしたら数秒後に消える命もあるかも知れない。そう考えると、他人事でも命の儚さに少し身震いがする。

「そう思わない?」
金網から指を放して後ろへ振り返る。

「……あら…足音消したつもりだったんだけど、気づかれてたのね」
ニコッと誰もが見惚れるような笑みを浮かべ暗闇から姿を現した黒髪の女性。
綺麗な黒髪が夜風に靡き、立っているだけで何億もする絵に見えるのはやはりモデルと言う肩書きがあるからだろうか。
もし絵になるなら題名は『雪夜から舞い降りた天使』?
ありきたりな画家ならそれぐらい臭い言葉を並べるかもしれない。
私が題名をつけるなら『闇夜から更に闇を引き連れた悪魔』といった感じ。


483 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 01:57:40.63 ID:3EA3xCbY (3/18)
それほど私と他人とではこの女性に対しての見方が違うと言うこと。
簡単な話、私はこの女性が世界一嫌いなのだ。

「貴女の匂いは“臭う”からすぐに分かるのよ零菜さん」
金網に背中を預けると、軽く鼻を摘まむ仕草を見せてやる。
そう…数日前に空ちゃんが突き飛ばしたはずの零菜さんが、私の前に立っていたのだ。
意識を取り戻しているのはなんとなく分かっていたのだが…頭には包帯が巻かれ、右腕にはギブスをしているだけだ。
犯罪を犯してまで突き飛ばしたのに、これだけの怪我じゃ殆ど意味が無い。
入院していると聞いていたので病院服ぐらいは着用していると思っていたのだが、普段着と何ら変わらない…いや、普段より小綺麗なぐらいだ。

「酷い言われようね。こんな身体でも優哉は満足してくれていたみたいだけど?」
挑発するように自分の身体を撫でて見せると、私と一定の距離を取ったまま私と対峙する。私を警戒しているのだろう…それ以上私に近づいてくる事は無い。

「あんたとつまらない会話する為に来た訳じゃないの。これ…なんで私が此処へ来るの分かったの?」
ポケットから携帯を取り出すと、零菜さんに画面を向けた。


484 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 01:58:29.52 ID:3EA3xCbY (4/18)
画面には『屋上へ。お姉ちゃんより』とだけ書かれている。
このメールが私がこの病院の駐車場へ到着した瞬間送られてきたのだ。
完全に行動を先読みされていたという事になる。
お兄ちゃんが零菜さんに拐われた日から最大限注意してきたつもりなのだが…。

「どうしてかしら?」
携帯画面なんて見える距離じゃないのにわざとらしく首を傾げると、此方へ歩み寄ってくる気配見せないまま私の顔へと視線を戻した。
なめてる…完全に私をおちょくってる顔だ。

「まぁ、いいわ。めんどくさいから死んでよ」
言葉を偽る素振りすら見せずにポケットに携帯を放り込むと、スタンガンを取り出し零菜さんに向けた。
「そんなもので人は殺せないわよ」

「別にこれで殺そうとは思わないから。
動けなくなったら貴女がお兄ちゃんに使った薬で顔潰して屋上から捨ててあげる」
もう片一方のポケットから小さな小瓶を手に取り零菜さんにちらつかせた。お兄ちゃんの目に流し込んだ薬物…警察が言うにはあれは硫酸だそうだ。
目に硫酸を流し込むなんて死んでもおかしくなかったそうなのだが、運が良かったのかそれとも初めから目だけを潰すつもりだったのか…。
奇跡的に幸か不幸か失明止まりだった。


485 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 01:59:04.98 ID:3EA3xCbY (5/18)
「そんな事したら確実にバレるわよ?」

「そんなヘマしないわよ。替え玉なんて腐るほどいるでしょ?“篠崎”には」
小瓶をポケットにしまい込むと、スタンガンを向けたまま零菜さんに歩み寄る。
一歩一歩ゆっくり歩み寄る……が、零菜さんは眉一つ動かさず私を見つめたまま立っているだけだ。

「怖がらないのね。私が殺さないとでも思っているの?余裕かましてると知らないうちに地獄へ真っ逆さま…ってなってるかも」
歩く足を止める事なく零菜さんに話しかける。
それでも零菜さんはその場から動かない。

「ふん……さようならお姉ちゃん」
零菜さんの顔から数十センチ前で嫌味を呟き腹部にスタンガンを押しつけると、零菜さんに対して向けたことの無いほどの最後の笑みを向けてやった。

「えぇ、向こうで家族三人仲良く暮らす事にするわ」

「………………どういう意味よ?」
私の笑みを写すように、零菜さんの顔も満面の笑みを浮かべた。
私が零菜さんの腹部に押し付けたスタンガンのスイッチを親指で一押しすれば全てが終わる…世界一邪魔な女がこの世から消えていく姿を見れるのだ。
早く押せ…早く押せ…自分に何度も言い聞かせ奮い立たせる。


486 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 01:59:30.75 ID:3EA3xCbY (6/18)
「どういう意味?そのままよ。向こうではお母様も待っているはず。
そうなればまた家族三人で仲良く暮らせるって言ってるのよ…あ、もし私のお腹に子供が居たら家族四人になるわね」
再度スイッチに掛けた指に力を入れると、それを見計らったかのように零菜さんが意味深な言葉を並べ出した。
「……一歩でも動いたらスイッチ入れるから」
スタンガンを押し付けたまま再度ポケットから携帯を取り出すと、お兄ちゃんが入院している病院に電話した。

「もしもし?303号室に入院している篠崎 優哉の家族のモノですが、優哉は今病室に居ますか?」

「ふふ…綺麗な月ね」
私の顔を見て鼻で笑うと、どうせスイッチなんて入れられないでしょ?と言わんばかりに一歩後ろへ下がった。
空を見上げて指を差し出す姿に、不覚にも見とれてしまった自分が腹立たしい…。

「わかりました。はい…いえ、もういいです」
携帯を切ると、零菜に再度目を向ける。

「あんた…お兄ちゃんを何処に連れていったのよッ」
携帯を握る手に力が入ると、ミシミシと音をたてながら携帯が軋んだ。
殺してやりたい…メチャクチャにして早く殺してやりたい。
頭の中へ自分の歯軋りの音が直接響いてきた。


487 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 01:59:59.09 ID:3EA3xCbY (7/18)
「まだ、大丈夫。9時回って連絡がなかったら私の所へ連れてきてと伝えてるわ。
まぁ、その時私が何処に居るかは貴女次第ってことね」
スタンガンを持った私の手の甲を人差し指でなぞると、自分からスタンガンに腹部を強く押し付けてきた。
腕時計に目を落とす。
8時50分…。

「私の半身が勝手気ままに生きてるのは気持ち悪いでしょ?だから一緒に連れていってあげるの」
私の目を覗き込むように顔を勢いよく近づけてくると、何処か惚けるように頬を赤く染めた。
視点が定まっていない。
コイツ…完全に頭がおかしくなっている。
いや、お兄ちゃんを犯すぐらいだから初めから頭はおかしかったのかも知れない。
零菜さんがデマを言ってる可能性もある…けどお兄ちゃんが拐われたのは事実。
もしかしたら本気でお兄ちゃんと心中する気かも知れない。

「貴女何が目的なの?」
スタンガンを腹部から放して零菜さんに問い掛けた。
私が後ろへ一歩下がると、今度は誰にでも向けるような綺麗な笑顔を私に向けてきた。
その顔が私の怒りを増していく。殺すチャンスはもう無いかもしれない…だけどお兄ちゃんの無事をまず確かめないと。


488 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 02:00:26.72 ID:3EA3xCbY (8/18)
「どうやってお兄ちゃんを病院から連れ出したの?」
病院には警察が五人居たので完全に油断していた…。

「あら、貴女がお願いしたんでしょ?病室でお兄ちゃんを見ててくださいって…ね?」

「……この糞女ッ」
まさかあの警察が零菜さんのグルだとはまったく考えていなかった…。だとすると私が此処に来る事を知られていてもおかしくない。
空ちゃんを消すのを少し早まってしまったようだ…。

「由奈…もし、優哉がこの先結婚したらどうするの?」
唐突に発せられた質問に、私は固まってしまった。突然何を言い出すのだろうか?

「そうね、前に喫茶店で会った女の子…名前は忘れたけど、もしその子が優哉と結婚して、新しい家を買って、二人で新居に移った時、貴女はどうするの?」
唖然とする私を無視するかの如く話を続ける零菜さんに、私は何も返せないまま耳を傾けていた。
喫茶店で会った女性とはお兄ちゃんの元友達の事だろう。
しかし、質問の意味が分からない。
お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなのだから、私からお兄ちゃんが離れる訳がない。
だってお兄ちゃんは私の家族なのだから。

「優哉は“新しい家族”を手に入れて、優哉の名字をあの子が貰うの」


489 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 02:01:20.47 ID:3EA3xCbY (9/18)
演説でもするように私の周りを回りながら話を続ける。
「あっ、もしかしたら優哉が相手側の名字になるかも知れないわね」
背後に回り込むと、わざわざ耳元で呟きまた私の前まで回り立ち止まる。
足でもかけて転がしてやろうかと一瞬考えたのだが、自分の意識は零菜さんの言葉を何とか理解しようと耳元に集中していた。
お兄ちゃんが違う名字になる?だから質問の意味がワカラナイ――
お兄ちゃんが違う名字になる理由は?私が納得できる理由を言えと言いたい。
そうでしょ?お兄ちゃんと私は零菜さんが信じている血の繋がりなんかよりも絶対に離れない繋がりが――。

「貴女はどうするの?貴女も恋人を探して、新しい家族を手に入れる?結婚して普通の家庭を築いて妻になる?」
新しい家族?結婚?普通の家庭?妻?誰が?私が?私はお兄ちゃんと一緒に生きていくのだ。
他人の妻なんか誰が――。

「優哉の幸せを考えたら、優哉には結婚してもらうのが一番じゃないの?優哉と他人の女の間に子供…頭で想像してみなさいよ」
「…黙れ」
自然とスタンガンを握る手に力が強まる。
一瞬、あの女とお兄ちゃんが仲良く手を繋いで家で寛ぐ姿を頭で想像してしまった…沸いた感情はただ一つ…。


490 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 02:01:46.43 ID:3EA3xCbY (10/18)
――殺意だけ。

あの女の顔を潰しに潰して泣きわめいても許さない。
あんなバカ女ではお兄ちゃんは幸せになれない。

「優哉とあの女は何回身体の関係を持てば子供が産まれるかしら?優哉も一途だから大切にするでしょうねぇ…妻になった女を」

「黙れぇッ!!!」
大声を張り上げ、零菜さんに近づくと首にスタンガンを押しつけ金網に突き飛ばした。
ガシャンっ!と金網の音が屋上に響き渡る。
しかしすぐに闇に飲み込まれ、無音の世界へと戻った。

「お兄ちゃんは私を見捨てないわよ?何故か分かるかしら。あんたと違うのよ…私はあんたとは違うのよッ!!!あんたはお兄ちゃんに妹として見られていないでしょうけどねぇ!」
金網に押し付け零菜さんの耳元で怒鳴り散らす。やはり私の怒鳴った声も闇夜に吸い込まれる。

零菜さん相手に感情的になるのは間違っているのは分かっているのだが、妙にリアルな零菜さんの脳内妄想に完全に飲み込まれていた。

「そう…貴女は妹。だから貴女はお兄ちゃんの妻に口出す権利なんて無いの。理解できたかしら」

「ッ、この!!」
手に持ったスタンガンを振りかぶると、零菜さんの頬に思いっきり叩きつけた。


491 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 02:02:14.60 ID:3EA3xCbY (11/18)
ガツっという鈍い音と共にスタンガンの電池カバーが割れ、中に入っていた電池が飛び散る。
零菜さんの唇から一筋の血が流れ落ちた。
完全に零菜さんのペースに巻き込まれているのは自分でも分かるのだが、知ったふうに核心を突く零菜さんの言葉は私の怒りを煽るだけだった。

「お兄ちゃんは私がいないとダメなのよ!昔からずっとお兄ちゃんは私しかいない!!あんたや空ちゃんやあの女ッ…あんたの母親にもお兄ちゃんは渡さない!!!」
内心本当は私も理解しているのだ…お兄ちゃんの本当の幸せが何かを。

「あんたはお兄ちゃんに家族としてすら思われていないじゃない!同じ腹から産まれたからって何が特別なのよ!?あんたはそこらの御曹司でも捕まえて、古臭い家柄と一緒にいつまでも篠崎にしがみついてろッ!!!」
何度も何度も怒鳴り付け肘で零菜さんの喉を圧迫しながら金網に押しつける。
病院内に居る人にはもう私の声が聞こえているんじゃないだろうか?もし、私が此処で零菜さんを殺せば言い逃れはできそうに無い。
だけど私の頭は血のように赤く染まり続け、沸き上がる殺意が溢れだしている。
ギリギリ押さえられているのは、やはりお兄ちゃんの事が気掛かりだからだ。


492 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 02:02:50.90 ID:3EA3xCbY (12/18)
「ふふ…必死な言葉ご苦労様だけど、此処じゃ優哉には届かないわよ」

「うるさいうるさいうるさいッ!他人が口を挟まないで!お兄ちゃんは私だけのものよ!絶対に誰にも渡さないから覚えておきなさいッ!!!!!!」
私だってお兄ちゃんには幸せになってもらいたい…だけど。





――幸せにする相手が私じゃ、なぜダメなのだろうか?
私なら絶対にお兄ちゃんを幸せにできるはず。料理も仕事も全て私がする…お兄ちゃんはただ私の側で幸せになればいい。結婚が幸せ?違う…幸せになるのは相手を想う気持ち…私はお兄ちゃんだけを想っている。
これだけは絶対に誰にも負けない。
こんな女なんかに…絶対にお兄ちゃんは渡さない――。

「貴女はただの独りよがりの子供と変わらないわ。優哉の幸せを願ってるんじゃない…自分の幸せを守る事に必死なのよ」

「おまえッ!!!」
一瞬で頭の血が沸点を振り切る。
地面に落ちた電池カバーの破片を手に取ると、零菜さんの首を締めるように掴んで手を振り上げた。
このまま目に突き刺して眼球をメチャクチャにしてやる…そうすれば痛さで悲鳴をあげる事しかできなくなるだろう。


493 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 02:03:29.56 ID:3EA3xCbY (13/18)
「私が死ねば、優哉も死ぬ。優哉が死ねば私も死ぬ。
私は別に貴女から優哉を奪い取ろうとしている訳じゃないのよ?」
零菜さんの眼球寸前で破片を握りしめた手が止まる。
怒りでぶるぶる震える手を理性でなんとか押さえつけ、零菜さんを殺す勢いで睨みつける。

「はぁ…はぁ…ぐッ、ふざけないでよッ!」
このまま首を締めて殺してやりたい…自然と零菜さんの襟首に力が入る。
細い首に私の指がゆっくりと埋まっていくのを指先に感じる。
このまま曲げれば容易く折れそうなほどか細い。

「私は優哉の子を望む。そして貴女は優哉の全てがほしい……どうかしら…私に提案があるの。貴女にもいい提案だと思うけど?」
またしても唐突に話が入れ替わる。
まず子供を望むって考えに私が賛同するとでも思っているのだろうか?
もし今子供ができたとか戯言をぬかせば、私は鉄の棒を下から突っ込んで掻き出して見せる自信がある。

「チッ……なによ?」
しかし、正直もう零菜さんとの会話に疲れきっていた。
早く会話を終えてお兄ちゃんの安全を確かめたい。
金網の向こう側に突き飛ばす勢いで首から手を押し放す。
もしかしたら、零菜さんを殺すスキを見つける事もできるかも知れない。


494 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 02:03:54.90 ID:3EA3xCbY (14/18)
仕方なく零菜さんの首から手を放して壊れたスタンガンを投げ捨てた。
「ふふ…それはねy「ちょっと待って」
話し出そうとする零菜さんを制止する。
制止した私の手を見つめると、会話を止められた不満からか、零菜さんは初めて眉を歪ませた。
「まず、お兄ちゃんの安全を確かめさせて」
腕時計に目を向ける。8時58分…後2分で9時だ。

「あら…忘れてたわ、ギリギリね。」
本当に忘れていたように自分の腕時計に目を向けると、携帯を取り出し何処かへかけた。

「もしもし?もういいわ。優哉を私の病院まで連れてきてちょうだい」
それだけ伝えると、携帯を切り、私に再度目を向けてきた。

「それで提案なんだけど――」
零菜さんの話に耳を傾けること数分――零菜さんの話が終わり、その提案を聞いた私は不思議とどこか頭の中がスッキリとしていた。
提案自体は最低の最悪の狂った人間なら誰でも考えそうな安っぽい提案だった。
お兄ちゃんの未来を奪うような内容だったけど、何となくだが“私の未来”が見えた気がする…。いや、正直もうそれしかお兄ちゃんを手放さない方法が思い付かなかった。


495 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 02:05:18.94 ID:3EA3xCbY (15/18)
はっきり言おう…私は零菜さんの話でお兄ちゃんがあの女を選ぶんじゃないだろうかと、心の何処かで恐怖を覚えてしまっていた。

だから私は…。

「分かったわ」
――零菜さんの提案に乗ることにした。
だけどそれは今だけの話…私と零菜さんはどうなっても姉妹なんて可愛らしい関係には絶対になれないのだ。
無関心を装っていればよかったのに…お互い篠崎という名前の繋がり…もとから切れているような繋がりでよかったのに…それをこの女がメチャクチャにしたのだ。
絶対に許さない…お兄ちゃんを傷つけたこと…お兄ちゃんの視界に無理矢理入ったこと。

――汚い身体でお兄ちゃんを壊したこと――

その罪はいつか償わせてやる。
それこそ自殺したいと思わせるようなやり方で…殺してやる。
小さく燃え続ける殺意を押し殺し空を見上げる。
もう、月は雲に隠れて灰色になっている…照らしていた雪もいつの間にか冷たい空気を残して散っていた。

「それじゃ、行きましょうか」

「えぇ…」
気持ち悪い笑みを浮かべた零菜さんの後ろを着いて歩く。
私も同じような笑みを浮かべているのは容易に想像ができた。
何故なら、つり上がる頬に痛みすら感じていたから――


496 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 02:05:44.60 ID:3EA3xCbY (16/18)
私は今日、本当の意味で“狂っていた”のかも知れない。
そして今日からもっと酷く狂い続けるだろう…私は零菜さんの“おかげ”で決心がついた。
お兄ちゃんの視界に入り込む様々な有害。
今まではそれにお兄ちゃんが惑わされてきただけにすぎない。
だけど、これからはそれもなくなる――目が見えないお兄ちゃんの視界に入り込む存在はもう無い。
視覚が無いお兄ちゃんが頼るのは触覚、聴覚、嗅覚、味覚…。

「零菜さん…貴女何も分かっていないわよ」
零菜さんの背中へ言い放つと、零菜さんが立ち止まり此方へ振り返る。
零菜さんの横を通り過ぎる瞬間、零菜さんの耳元で小さく呟いた。

「お兄ちゃんに毎日話しかけているのは誰?お兄ちゃんと毎日触れ合って来たのは誰?
毎日お兄ちゃんの食事を作っているのは?」

――全部私なのよ?

最後に分かりやすく零菜さんに教えてやると、零菜さんを残して屋上を後にした。

目が見えなくなったお兄ちゃんの耳に自然に入る声は、妹である私の声のみ。

毎日肌と肌との触れ合いをしているのは妹である私――。

毎日お兄ちゃんを包んでいたのは妹である私の匂い――。


497 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2012/01/02(月) 02:07:39.27 ID:3EA3xCbY (17/18)
私、私、私、お兄ちゃんの全てを満たしていたのは他の誰でもない私なのだ。
お兄ちゃんが私を一番信頼し、頼りにしている。
零菜さんや空ちゃんが得る事ができない長年に渡って築き上げた信頼を私はもっている。

要はその信頼を奪う可能性を潰せば、お兄ちゃんは私から離れられなくなるはず。そうなるには他人との繋がりを完全に断ち切るのが一番手っ取り早い。
そう…零菜さんの提案に乗ることが、他人からの繋がりを完全に断ち切る足掛かりになるのだ。
そうなれば邪魔な存在は零菜さんだけになる。
零菜さんとの事で少しの間だけお兄ちゃんには苦痛を与えてしまうかもしれないけど、その苦痛すら私の愛で和らぐと思わせればいい。
実際、私は今以上にお兄ちゃんには愛を注ぐだろう…。

その愛に答えてくれると私は信じている。
そして何度でも断言しよう…形が変わろうともお兄ちゃんは必ず私を守るのだ――。


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最終更新:2012年06月10日 12:55
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