304 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:44:27.93 ID:QwbmmOWb
真っ白なカーテンに真っ白なベッド…綺麗に整頓された部屋は清潔と言う文字しか頭に浮かばない。
その白に統一された小さな部屋に僕は居た。
パイプ椅子に腰かけ、綺麗なベッドに眠るお兄ちゃんを眺めている…。
顔には包帯が巻かれており、今は麻酔の影響で深い眠りについている。
三日前に突然部屋に入ってきた男に襲われ、お兄ちゃんは顔に大きな火傷を負ってしまったのだ…。
何かの薬品を目に流し込まれたらしく、医者が言うにはもう目は見えないそうだ…。
その事実を兄ちゃんになんて伝えたらいいのだろう…由奈姉ちゃんが伝えるからお前は黙ってろって言われたけど…兄ちゃんが壊れるんじゃないかと思うと本当に恐い。
何の薬品か分からないけど、ベッド下から鉄製のスポイトが見つかったので、かなり危険な薬品だと警察は言っていた。
そしてあの男の正体……僕が包丁を背中に突き刺した時に男の帽子がポロっと落ちて顔が見えた。
そして目と目が合い、思い出したのだ。
間違いなく、あの男は零菜をよく迎えに来ていたデブだった…。
それを警察の人に伝えたのだが、昨日来た警察の人に聞くと、どうやら行方不明になっているそうだ。
305 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:45:31.82 ID:QwbmmOWb
そして、不思議な事に零菜を突き飛ばした犯人…あれは僕が突き飛ばしたのだけど、何故かデブが突き飛ばして逃げた事になっていた。何でも複数の目撃証言があったらしく、ニュースでも大きく流れていた。
何が起きてるのか状況が飲み込めないけど、あのデブが兄ちゃんを傷つけたのは許せない。
あのデブは見つけ次第僕の手で殺す…。
兄ちゃんを傷つけたあのデブは絶対に許さない。
それに郵便局員の制服を着ていたあたり、警察が言うにはデブの確信的犯行らしく、殺意を持って兄ちゃんを襲った可能性があるそうだ。
兄ちゃんとデブの間に何があったのか…零菜が知ってるんだろうけど、零菜は生憎集中治療室で意識不明の重体患者として今も目を覚まさない。
それに零菜に目を覚まされたら…でもそう考えると由奈姉ちゃんだって共犯扱いされるだろうから、零菜が目を覚ました時に何か対策を考えていると思うけど…。
とにかく今は、兄ちゃんが目を覚ますまで待つこと…そしてデブとの対戦に備えてスタンガンを常に装備し、由奈姉ちゃんと一緒に兄ちゃんを守ること。
「兄ちゃん…」
パイプ椅子から立ち上がり、兄ちゃんに近づく。
ゆっくりベッドの端に手を乗せて兄ちゃんの顔を覗き込んだ。
306 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:45:54.51 ID:QwbmmOWb
鼻から上は包帯で覆われている…だけど鼻からしたは無傷で綺麗なお兄ちゃんの口がそのまま寝息を立てていた。
「ゴクっ…」
生唾を飲み込み、一度お兄ちゃんから離れると、部屋から顔を外に出して様子を伺う。
「……よし…」
由奈姉ちゃんは兄ちゃんの服を取りに行くために家に戻ってる…戻ってくるのも少し遅くなるはず。
「兄ちゃん、寝てる?」
再度兄ちゃんに近づくと、兄ちゃんの耳元で囁いてみた。
何の反応もしない…麻酔が効いてるみたいだ。
「どうしたらいいんだろ…」
まず、どうしたらいいのか……零菜のビデオを見た時は、初っぱなから既にエッチをしていたので始め方が今一分からない。
「いや…別にエッチな事をしようと思ってる訳じゃないんだ……うん…」
独り言を呟き頭で零菜がしていた事を思い出してみる。
たしか零菜は兄ちゃんに股がって抱きついてキスしてた…舌も入れてた気がする。
「起きないでよ…本当に…」
パイプ椅子をベッドに近づけ座ると、掛布団の中に手を入れて兄ちゃんの手を優しく握る。
そして兄ちゃんの顔を伺いながら、自分の唇を兄ちゃんの唇にそっと近づけた。
「…っ」
唇と唇が触れる瞬間目を瞑って小さくキスをした。
307 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:46:19.89 ID:QwbmmOWb
正真正銘、僕の初めてのキス。
すぐに顔を遠ざけて、兄ちゃんの様子を見る。
動かない…そりゃ麻酔が効いてるんだからキスぐらいでは起きないはず…。
緊張の糸がピンと張る空気の中、もう一度口を近づけ兄ちゃんの唇に口づけした。
「ん…んっ」
今度は一度目より長くキスをしてみた。
唇を離して今度は近くで兄ちゃんの顔を見下ろす。
唇は僕の唾液で光り、未だに小さく息を吐き眠っている。
「……」
ここで引けば取り返しがつくかも…起きても、冗談だよ~ですむ話…。
だけど兄ちゃんは麻酔で起きない。
その根拠の無い理由が私を積極的に突き動かした。
僕の手は兄ちゃんの手から胸へ移動する。
そしてゆっくりとパジャマの中へと指が入っていく。
「うわぁ…暖かい…」
つるつるした肌を震える指で撫でまわし、兄ちゃんの温もりを堪能した。
後は舌を入れるキスを――
――ガラガラガラッ
「――遅くなってごめん。家に帰るのめんどくさいから服買ってきちゃ……何してるの?」
突然扉を開けた由奈姉ちゃんの声に反応した僕は勢いよく手を引き抜き、咄嗟に兄ちゃんに布団を掛け直しているフリをした。
308 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:46:45.17 ID:QwbmmOWb
「い、いや、兄ちゃんの布団がずれてたから……そ、それより由奈姉ちゃん早かったね」
布団を掛け直すフリを終え、パイプ椅子に座り直すと、何故か手を隠して由奈姉ちゃんの方へと振り向いた。
数秒間、僕の顔を凝視していた由奈姉ちゃんは、何か言おうとしていた口を閉じて、部屋にそのまま入ってきた。
息を吐き胸を撫で下ろすと、パイプ椅子から立ち上がり洗面器へと向かう。
「……(兄ちゃん…暖かかったなぁ…)」
温もり残る指を見ていると、背中がむずむずする。
兄ちゃんと肌を合わせている零菜は凄く幸せそうな顔をしていたけど…もしかしたら本当に――。
「……」
「何してるの?」
背後から覗き込んできた由奈姉ちゃんに驚き、咄嗟に水を出して手を洗ってしまった。
「手が汚れたから…」
咄嗟に考えた言葉でその場を取り繕う。
「ふ~ん……汚れた手でお兄ちゃんに触らないでね?今はお風呂に入れないんだから」
「う、うん。分かった」
花瓶を持っているので花瓶の水を替えに来たのだろう。後ろに一歩下がると、由奈姉ちゃんは花瓶の中に入っている水を洗面器に流し、新しい水に入れ替えた。
花瓶に花を挿して棚に飾る。
309 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:47:10.98 ID:QwbmmOWb
「まだ、あのデブ捕まらないのかな?」
「そうね…」
新しい衣服を取り出す由奈姉ちゃんの背中を見ながら、パイプ椅子に股がる。
由奈姉ちゃんを見ていると、本当に兄ちゃんの事が好きなんだなぁと思う。
兄ちゃんを見る由奈姉ちゃんの目は本当に優しい目をしているのだ。
僕を見る目とはまったく違うもの。
それは別に寂しいとは思わない…当たり前の事だし、今更由奈姉ちゃんに優しくされても逆に警戒してしまうだろう。
だけど僕自信は仲良くできるなら仲良くしたいと思っている。
たった一人の実姉だし、仲良く兄ちゃんと一緒に妹でありたい。
――コンコンっ
「はい?」
看護婦だろうか?扉が優しくノックされる。
「あの~…篠崎 勇哉さんの部屋は此方でしょうか?」
「はい、そうですけど?」
由奈姉ちゃんがドアの外にいる相手に対応する。
女の声だったけど、看護婦じゃない?だとしたら誰だろうか?
自然と腰に隠しているスタンガンに手が伸びた。
「あの…失礼します」
「あれ?あんた…」
扉を開けて目の前に立っていたのは、胸の大きな可愛い女性。
僕は見たことがある…たしか零菜が友達のフリした…。
310 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:47:43.00 ID:QwbmmOWb
「何か御用ですか?お兄ちゃんの“元”友達の…」
「杉原 薫です…お久しぶりですね」
名前を言えない由奈姉ちゃんに怒るでもなく、小さく笑顔を向けると勝手に病室へと入ってきた。
「どうしてこの場所が分かったんですか?」
「朝のニュースで見たんです。優くんが大怪我を負ったって」
ニュース?椅子から立ち上がりリモコンを掴んでテレビをつけてみる。
「あんたバカ?ドラマじゃあるまいし、そんな都合よくお兄ちゃんのニュースがテレビに映る訳ないじゃない」
呆れたように言い捨てる由奈姉ちゃん。
確かに…ドラマや映画だったらテレビをつけた瞬間に映る。
恥ずかしくなりテレビを消す。
「でもなんで兄ちゃんのニュースが?」
ニュースで見たという事は兄ちゃんの名前が出たと言うことだろう…よく分からないけど普通、実家や由奈姉ちゃんに話が来るんじゃないだろうか?
それにこの三日で病室に訪れたのは私達の他には誰もいない…お父さんすらお兄ちゃんが入院している事を知らない。
「零菜が兄って公言したからでしょ」
由奈姉ちゃんはめんどくさそうにそう呟くと、お兄ちゃんの胸を布団の上から撫でた。
311 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:48:10.04 ID:QwbmmOWb
僕がさっきまで触ってた胸…兄ちゃんの胸を撫でる由奈姉ちゃんの指に自然と視線が釘付けになる。
「まだ目を醒まさないんですか?」
杉原が扉前から移動してベッドで眠る兄ちゃんに歩み寄る。
「……」
忍び込ませたスタンガンをぎゅっと握りしめ、杉原の行動に目を光らせる。
こいつは兄ちゃんに惚れてたはず…兄ちゃんに触れたり変な行動を起こし瞬間後ろからケツを蹴り飛ばして部屋から追い出してやる…。
パイプ椅子から立ち上がり杉原の隣に立つ。
「勇くん…大丈夫?」
何の躊躇もなく杉原の左手が兄ちゃんの頬へ触れた。
その瞬間沸点が振り切れたように頭が赤くなるのが自分でも分かった。
ケツを蹴り飛ばす予定だったが、足より先にスタンガンに手が延びてしまったのだ。
スタンガンを取り出し気づかれないように背中へ押しつけると、触れた手の手首を掴んで杉原を睨み付ける。
「……だい…じょうぶだよ」
「ッ!!?」
背中へ押し付けたスタンガンのスイッチを入れてやろうとした時、寝ているはずの兄ちゃんの口から言葉が漏れた。
いや…漏れたのではなくハッキリと言葉を発した。
「お兄ちゃん、目が覚めたの!?」
312 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:48:38.17 ID:QwbmmOWb
由奈姉ちゃんが慌ててナースコールボタンを押す。
僕も杉原の手首を放して杉原を押し退け兄ちゃんに近づく。
「あぁ…意識は、ずっと…あったけど…身体が…動かなか…ったんだ……」
「ぇ?そうなの?もうすぐお医者さん来るからちょっと待っててね」
「よかったぁ…勇くん痛いところない?」
「顔がちょ…っと…包帯…巻かれて…るの?まったく…見えない…けど…」
「う、うん…ちょっと顔怪我してるから…包帯取っちゃダメだからね?」
「はは…身体が動か…ないか…ら無理…だよ」
「……」
目の前で三人が仲良く会話している…その中に入って僕も会話しなきゃ…そう頭では思ってるのか口から言葉が出なかった。
それどころか一歩兄ちゃんから大きく後退り、気がつかれないように気配を消すため、身体を小さく縮めた。
――意識があった?
…いつから?
由奈姉ちゃんが入って来た時から?……僕が兄ちゃんにキスした時は…?
嫌な汗が額から流れる。
いや、意識が朦朧としてたなら…それに麻酔で感覚なんて分からないはず。
分からないはず…でも、もし兄ちゃんに気づかれていたら…。
「ぁ…ぅ…(やばい…どうしよ…兄ちゃん怒ったかな?)」
313 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:49:02.04 ID:QwbmmOWb
スタンガンを無造作に棚の上に置くと、足音をたてずに杉原の腕の隙間から兄ちゃんの顔を見た。
「……」
「ぁ…あの…兄ちゃ…」
兄ちゃんと視線がぶつかる。
兄ちゃんの目にはキツく包帯が巻かれているはずなのに…。間違いなく、僕と兄ちゃんの視線は繋がっていた。
数秒間視線が繋がった後、兄ちゃんは視線の糸を引きちぎるように僕から目を反らした。
その兄ちゃんのあからさまな行動が決定付ける。
兄ちゃんは気づいてる…僕がキスした事に気がついている。
「は、ははっ…い、いやぁ、兄ちゃん起きて良かった!兄ちゃん汗かいたかも知れないから。その…ぼっ…わ、私が拭いてやるよ!」
空回る頭で何とか兄ちゃんの頭からキスの事実を消そうと試みる。
由奈姉ちゃんや零菜ならもっと上手くやるのだろう…。
「いや…後で由奈に頼むからいいよ。今は薫ちゃんも居るし」
洗面器にあるバスタオルに手を伸ばす瞬間、兄ちゃんの拒絶の言葉が僕の背中へ投げ掛けられる。
多分初めて兄ちゃんからの“拒絶”
「だ、大丈夫だよ?その…僕できるから…私が…」
バスタオルを掴まず手が宙をさ迷う。
頭の中は後悔の言葉でいっぱい…そのせいか、指先が痙攣してきた。
314 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:49:27.59 ID:QwbmmOWb
「いいわ、後で私が拭くから」
「僕が拭くって言ってるだろ!?」
後ろを振り向き由奈姉ちゃんを睨み付けた。
別に由奈姉ちゃんが悪い訳じゃない…だけど僕と兄ちゃんを引き離そうとする言葉に強い苛立ちを覚えた。
荒い息を吐く僕を由奈姉ちゃんと杉原がポカーンとした目で見ている。
それを一度見渡した後、誤魔化すように視線を外してタオル。
「私が拭くからいいって言ってるでしょ?鬱陶しいから外出てなさいよ」
いつの間に近づいて来たのだろうか?後ろで囁かれる言葉で再度振り返る。
僕の手からタオルを強引に奪い取るとそのまま兄ちゃんの元へと歩み寄っていった。
「ま、待てよおい!」
視界の端に入ってきたスタンガンを掴むと、由奈姉ちゃんの背中に近づけた。
その瞬間我に帰る。
「きゃああああああああああああああ!!!」
病室に響き渡る悲鳴と共にドサッと地面に倒れ込む由奈姉ちゃん。
何が起きたか分からず、倒れる由奈姉ちゃんを凝視する。
僕はまだスイッチを押していない。
それどころか、由奈姉ちゃんにスタンガンを押し付けてすらいない。
「由奈!?なんだよ、何が起きたんだ!」
315 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:49:57.57 ID:QwbmmOWb
寝たきりの兄ちゃんが由奈姉ちゃんの悲鳴に反応し、麻酔が切れていない口から大声を出した。
「どうしました!?」
騒動を聞き付けたのか、扉から次々に人が入ってくる。
パニックを起こした頭ではまともな判断が出来ず、由奈姉ちゃんに向けていたスタンガンを咄嗟に入ってきた男達へと向ける。
「き、きみ…それ危ないから私に渡しなさい」
一人の男が片手を僕に差し出す。
白衣を着ていない…医者じゃないなら誰?
「お前ら誰だよ!兄ちゃんに近づいたら殺すからな!」
男達に怒鳴り散らすと、スタンガンを両手で握りしめ男達を威嚇した。
兄ちゃんは僕が守る…絶対に僕が…。
「ほ、ほら…私達は警察だから…ね?危ないからそれを渡しなさい」
「け、警察…?」
なんで警察?
そう言えばまた兄ちゃんの様子を見に来るって……それにこのおっさんも見たことある顔だ。確かにあの時僕がデブの事を伝えた警察の人。
「……よし!手から放しなさい!」
男から視線を少し下げた瞬間、腕を捕まれスタンガンを取り上げられた。
「なっ!?放せッ返せよくそっ!」
奪われたスタンガンを取り替えそうと、警官の腕にしがみつく。
それは兄ちゃんを守るために必要なモノ。
316 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:50:20.86 ID:QwbmmOWb
だから僕が持ってなきゃダメなんだ。
病室の中を暴れまわり、何とかして警官の手からスタンガンを奪い返そうと頑張るが、相手は大人の男。
もう一人の男が僕の背後に周り身体を押さえつけてきた。
「兄ちゃん!兄ちゃん!」
部屋から連れていかれそうになるのを踏ん張りもがいて、兄ちゃんに手を伸ばす。
「由奈は無事なのか!?由奈!」
僕の声が届いてないのか、兄ちゃんは由奈姉ちゃんの名前を叫ぶだけ…僕の存在は完全に無視されていた。
「ほら、来なさい!」
「放せよ!兄ちゃん守らなきゃ!僕が兄ちゃんをっ!」
病室から無理矢理引きずり出されるとゆっくり扉が閉まっていった。
「うぁ…ぁあ」
扉の閉まる瞬間、由奈姉ちゃんの顔が見えた。
笑っていた…僕を見て満面の笑みを浮かべて笑っていた。
その時、やっと気づかされた。
――僕には味方が誰一人として居ない事に…。
317 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:50:46.16 ID:QwbmmOWb
※※※※※※※
「大丈夫ですか?」
倒れ込む私に杉原 薫が心配そうに手をさし伸ばしてきた。
「ありがとうございます、薫さん」
その手を掴む事なく立ち上がると、膝の埃を払って私を呼び続けるお兄ちゃんに歩み寄った。
「お兄ちゃん大丈夫よ?私は何も怪我してないから」
「そ、そうか…なら良かった…で、何が起こったんだ?」
お兄ちゃんの麻酔が少し切れてきたのか、先ほどより流暢に話している。
「空ちゃんが、スタンガン持ってたのよ……なんでか分からないけどいきなりスタンガン押し付けられて…」
「な、なんだそれ?お前マジで怪我無いのか?」
声色で分かる…不安と私を心配してくれているのが凄く伝わってきた。
「うん、大丈夫。ちょっと痺れただけだから…火傷してるかも知れないから先生に見てもらうわ」
お兄ちゃんの手を握りしめ、頬に手の平をそえる。
お兄ちゃんの目はもう見えない…だから声と肌の触れ合いがお兄ちゃんの不安を取り除く。
零菜さんや空ちゃんには絶対に無理…私だからこそお兄ちゃんは安心するのだ。
「そうか…ちゃんと見てもらえよ」
案の定、大事に至らないと判断したのか、お兄ちゃんは安堵のため息を吐いた。
318 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:54:18.74 ID:QwbmmOWb
これで空ちゃんはお兄ちゃんの中から“妹”として除外されたはず…私を傷つけたのだからお兄ちゃんが許す訳がない。
視力が戻らないと伝えられた時は殺意で身体の全てが塗り替えられたように、身体に震えが走った。
一日中、あの男を殺す事だけを考えていた。
しかし、空ちゃんからあの強盗が零菜の婚約者だと教えられた時、私の頭は不思議と落ち着いていた…。
連日流れる零菜さんのニュース……零菜さんを突き飛ばして逃げた事になっている婚約者。
おかしい…空ちゃんが警察に犯人が婚約者だと伝えた次の日に、零菜を突き飛ばした犯人が婚約者だと報道された…。
それにあの婚約者が零菜を突き飛ばした所を見た人間が数人居たと言うのもおかしな話だ。
あの場所に居ないはずの婚約者を同時に数人見た?
あきらかに誰かが裏で糸を引いているとしか思えない。
まぁ、何となく想像はついているのだが…。
「すいません」
「何でしょうか?」
入口に居る警官に話しかける。
「申し訳無いのですが、私が帰ってくるまで此処で待っていて頂けないでしょうか?
兄もまだ起きたばかりなので精神的にも不安定だろうし…少し遅くなるかも知れないのですがお願いできますか…?」
319 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:54:52.66 ID:QwbmmOWb
「はい、大丈夫ですよ。面会時間ギリギリまでなら私が此処にいます」
親切に頭を下げて微笑み掛けてくる警官。
一度頭を下げてお兄ちゃんに近づく。
「お兄ちゃん、家に一回帰るからちょっと待っててね?ついでに薫さんも送ってくるから」
「そ、そうか…分かった。薫ちゃんもごめんね?来てくれたばかりなのにバタバタしちゃって…」
一瞬戸惑うような声が聞こえたが、薫さんの前だと思い出し取り繕った。
薫さんの前だから今は強がっているが、薫さんや警官がいなければ間違いなく、お兄ちゃんは私を引き留めるに違いない。
それほどお兄ちゃんの顔からは不安の色が見て取れた。
「ううん…私は大丈夫だから。また来るね?」
「うん、ありがとう薫ちゃん」
弱々しく呟くと、一度私の手を強く握りしめた。
お兄ちゃんの手を優しく放すと、お兄ちゃんに「待っててね」と再度伝えて薫さんと一緒に病室を後にした。
「貴女一人で帰れるわよね?」
「え?あっ、はい。電車で来ましたから」
「そう、なら電車で帰ってちょうだい。今から行くところあるから」
それだけ伝えると、薫さんを置き去りにして病院を出て車に乗り込むと、病院から早々に車を走らせた。
320 名前:狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] 投稿日:2011/12/14(水) 12:55:41.43 ID:QwbmmOWb
私が向かうのはもう一人の“兄妹擬き”が入院する病院…そう、零菜さんが入院する病院だ。
零菜さんは今処分しないと取り返しがつかなくなる。
そして私は確信している……零菜さんは間違いなく意識を取り戻していると…。
お兄ちゃんにあの男を差し向けたのも多分零菜さん…差し向けたかは分からないが、零菜さんが絡んでいるのは間違いない。
何をしようとしているのか分からないが、次の手に移る前に零菜さんは消す。
そして私とお兄ちゃんの二人でまた新しい生活を送るのだ。
誰にも邪魔されない…二人でずっと一緒に…。
「ふふ…お兄ちゃん……愛してるわ」
ミラーに映る気持ち悪い笑顔…一瞬誰だ?と首を傾げたくなる。
勿論車内には私しか居ない。
だから自分の笑顔だと分かってる。気持ち悪い…汚い笑顔。
だけど、どれだけ直そうと顔を手で触ってみても直らない。
「くくっ、あっははははははははは!!!」
お兄ちゃんを傷つけたのは許せない……殺してやりたいほど憎んでいる。
だけど…。
「はぁ~あ………これでお兄ちゃんは私から離れないわね」
私は愛しのお兄ちゃんを傷つけた大罪人に心の真ん中で小さく感謝していた。
最終更新:2012年01月21日 16:46