ハッピーバレンタイン・バースデイ

199 :ハッピーバレンタイン・バースデイ ◆lnx8.6adM2 [sage] :2012/02/14(火) 23:06:27.90 ID:uEyRKF9v (3/14)
2月14日に生まれた人間の気持ちが分かるだろうか。
幼少に、普段ねだっても買ってもらえないオモチャを勝ち取るチャンスを、
日本の製菓会社の陰謀でチョコ一つに減価交換される子供の気持ちが分かるだろうか。
誕生日というイベントに恋愛行事が重なるせいで集まりの悪い誕生日会を、
それでも気を利かせてくれるたった数人の親友のために開くことを強いられ、
チョコを塗られた、苺の載らないケーキを目の前で切られる幼子の姿が、思い描けるだろうか。
あまつさえ、子供の憧れの一つであるパティシエまでが世間の風に流され、
気付かぬまま生クリームの『ハッピーバスデー ○○くん』を『ハッピーバレンタイン』と書き間違えた挙句、
己の手でロウソクを立てるべく目の前で箱を開けた時に見せ付けられた、
取り返しのつかない、作り直させるに間に合わず、返金騒動で誕生日ムードを壊すこともできない絶望。
被害者として恋愛資本主義の市場原理をまざまざと見せ付けられ、
友達が祝ってくれようにもバレンタイン独特の空気の中で奇妙な距離感に晒され、
女子からは『あげるならチョコ』という雰囲気のせいでかえって気軽にプレゼントをしてもらえず、
延々と青春における恋愛イベントを一つ潰され続けた男の気持ちが、果たしてそうでない他人に理解できるだろうか。

否。

否、否、否である。決して誰にも分かるまい。分かってはならぬ。この憎悪は己のみのものだ。
真に果たすべき想いを、誓いを誰かに任せ、共有することなどあってはならぬ。この願いは己だけのものなのだ。

バレンタインデーを破壊せねばならぬ。

勝てるとは思っていない。
宿泊学習、夏休み、修学旅行、文化祭、体育祭、クリスマス、冬休み、正月、ホワイトデー。
いずれも男子1人の手には余ろう。
これまで数々の益荒男が挑んで勝てなかったものの一つに、よもやこの細腕では敵うまい。
しかし恥辱にも堪えられぬ。ならば行動あるのみであろう。
もはや子供でもなくなり、されど「そういう展開」を狙っていると思われて学友、
特に女子に誕生日を告げられぬまま終わる、などという日々には我慢がならぬ。
齢20を超えて今更有難味もないが、たとえ年に一度の誕生日、
数少ない祝い事を呪いに変えてでも一矢報いねば気が済まぬ。


200 :ハッピーバレンタイン・バースデイ ◆lnx8.6adM2 [sage] :2012/02/14(火) 23:07:41.85 ID:uEyRKF9v (4/14)

バレンタインデーを破壊せねばならぬのだ。

全国で行われる無数の睦言、行事そのものや概念の打倒には至らずとも結構。
そんなことは自明である。
故にバレンタインデーなるのこの甘々しい、いや苦々しく毒々しい「空気」さえ打破できればよい。
無辜の人間を無闇に傷付けようとは思わぬ。
しかしリア充ではなく、リア充が醸し出し、
また奴らを包み込んで2人きりの世界を作り出すピンク色のオーラに亀裂は入れねばなるまい。
具体的には傷害で刑事罰をいただくような行為には腰が引ける。
何ぞ珍事でも起こして耳目を集め、一方この身は軽やかに現場から撤退できる手が好ましい。
本来はバレンタイン反対と、渋谷だの原宿だのでデモ行進でも行えれば最適だ。
だがあのような輩と一緒にされるのは不本意である。
あの手の輩に、バレンタインデーやクリスマスが誕生日の人間がどれだけおろうか。
誕生日がイベントと重なったが故にあるべき青春から遠ざけられた者が、一体何人いるだろうか。
これはバレンタインに青春の機会を得られなかった者の嫉妬ではない。
バレンタインに青春の機会を奪われた人間の復讐なのである。
行き場のない怒りを、理不尽への憎悪を、溜め込んだ果てにぶち撒ける慰めなのだ。

復讐とは感情だ。
故に正当性などない。
だが、感情であるが故に、それは己の中で明確にしておかねばならぬ。
得られなかったから他者の物を壊すのではなく、奪われて戻らぬから、
壊しても失うだけと知りつつ、報復のためにその全てを壊すのだ。
奪われたのは己一人、故に独りで遂げねばならぬ。
復讐は独り、己のために己だけで。
その決意さえあれば、いつかは堤を壊す蟻の一噛みとなろう。


201 :ハッピーバレンタイン・バースデイ ◆lnx8.6adM2 [sage] :2012/02/14(火) 23:08:49.03 ID:uEyRKF9v (5/14)

さあ、バレンタインを壊そう。

何にもならぬ復讐を己のために遂げよう。
学徒としては身近だがこの時期の大学のキャンパスなどはテストを終えて無人であるし、
ともすれば罪のない学生の入試会場になっていたりもするから避けるとして。
場所はどこがよいだろうか。
この一家に一台以上の消火器とド○キで買ったバラエティグッズや花火があれば、
適度にカップルの雰囲気を壊す騒ぎを起こしつつそうそう官警の世話にはなるまい。
犠牲なくして潔しとは思わぬが、ほとぼりの冷めた頃に自主でもすれば多少の温情は得られよう。
もう何も恐くない。
さて。
先ずはどこからどのように始めるか────────。










む。妹が帰った。










202 :ハッピーバレンタイン・バースデイ ◆lnx8.6adM2 [sage] :2012/02/14(火) 23:09:41.30 ID:uEyRKF9v (6/14)

「たっだいまぁ。う゛~、やっぱり外は寒いね。また降ってきたよ」

例年にない冷え込みで積もった、純白の冬景色を背に。
両の手に膨らんだビニール袋を掴み、首都圏の郊外、我が城たるアパートの廊下に立つ妹を招きいれる。
歩むに従って赤く色気付いたコートの肩から薄く雪塊がはたはたと落ち、長く腰まで伸ばした妹のポニーが尾を振った。

「ん」

買い物の予定は了解していたので鍵は開けてあったが、予想通り手が塞がっていたため、
足音が聞こえ次第ケータイを鳴らされるより早く出迎えた。
差し出される荷物を淀みなく受け取る。
妹は手透きになると腰を屈め、自由を得た手にブーツの紐を掴むと、しゅるしゅると解き始めた。
やり終えてチェック柄のマフラーを引くと、背に預けられていたポニーテールの尾っぽが乗り場から柔らかく落下し、
雪のように真白いうなじがコートの赤にはっと浮かぶ。
膝丈のコートの裾からは黒いスカートが色を見せ、つい付け根を追いそうになる視線を切るのに苦労した。
預かった袋を手に冷蔵庫へ、山と買い込まれた食材を上から切り崩して収納していく。
計算の上に購入された品々は組み合わさると無駄なく中古で買った家電のスペースを埋め、
ほうと息を吐くと、背後で引き戸の開く音がした。

「んふふ~。おーにーいーちゃ~ん♪」

振り返るより早くホールドされる。
何とか首を巡らすと、御歳20になる妹は背面から通した両腕で私を拘束し、
兄の背、というよりも首筋に鼻先を埋めていた。
組まれた両手は私の胸の真ん中で合わさっており、ブーツなど履かずとも十分な上背に恵まれたことを語っている。
私も首都圏にあっては平均的な身長の持ち主に過ぎないが、
女子(おなご)の身で数センチしか違わぬのは疑いなく『高い』と言えよう。
言うに及ばず出るところも出ており、着替えたらしい白のセーターの上から、肉厚な柔らかさが私の背を打つ。
心臓の高鳴りが胸にある妹の両手に握られ、逃げ場に惑う衝動が口から不意に抜けた。
聞こえたか聞こえないか、気味悪く上ずった声が呼気と踊る。


203 :ハッピーバレンタイン・バースデイ ◆lnx8.6adM2 [sage] :2012/02/14(火) 23:10:48.21 ID:uEyRKF9v (7/14)

「こら」
「なぁに?」

我ながら臆病なほど声を引き締めても、妹は動じない。
童子か思春期の女子のような無警戒さで応じて、甘く無邪気に身を擦ってくる。
声音に不似合いなほど高い背丈と相まり、かえって危険なまでの幼さが覗いていた。

「何のつもりだ」
「ん~? んっふっふー」

問うて、未だ閉めていない冷蔵庫に並ぶ食材達を前に、幾許かの時間を待つ。
漏れてくる冷気が室内でシンと指先を刺すまでになって、満足した妹がようやく背を離した。

「お誕生日おめでとう。お兄ちゃん」

その誕生日に食べる料理の材料をしっかりと仕舞って、妹に向き直る。
両手を腰の後ろで組み、緩く背を曲げた妹は、快活な笑みと上目遣いでそう応じた。

「それは今朝にも言ったろう」
「いいの。お祝い事なんだから何度言っても」
「祝うような歳でもないのだが・・・・・・・」
「細かいこと気にしないのっ。
 私にとっては、また一年お兄ちゃんと過ごせた記念なんだから。素直に祝われる祝われる!」

そう言って、意味もなくぎゅうと背中を押されてしまう。
我が妹ながら全くもって敵わない。

「ほらほら、後は私が準備するから。お兄ちゃんはテーブル出して、座って待ってて」

理屈に合わぬとなれば無理を通したもの勝ちだ。
押しやられるまま室内をぐるりと回り、自室の前へと運ばれてしまう。
後は己が部屋で待つばかりと、プライバシーの守り手たる引き戸を閉めようとして。


204 :ハッピーバレンタイン・バースデイ ◆lnx8.6adM2 [sage] :2012/02/14(火) 23:11:41.46 ID:uEyRKF9v (8/14)

「んん?」

はたと、妹の視線が部屋の一点で止まった。
部屋の隅に鎮座ましますのは我が決戦兵器である消火器やバラエティグッズの数々であり、
なるほど、妹でなくとも男一人の座敷に見るには不審なこと疑いない。
私にとっては崇高なる聖戦のための頼もしいあれやこれやなのだが、
妹もまたバレンタイン生まれではない以上、志を同じくするには能(あた)わないのだ。
しまった、という思いが浮かぶ。
妹が出ているうちに一戦して帰って来るつもりが、深い思索に陥るうちに気を逃した。
予想より早い妹の帰宅も相まり、思考に耽っていたこともあって、
片付けることもなく色取り取りの品々が散在している。

「それ、自分で買ってきたの?」
「う、む。まあな」
「もー。別に誕生日を盛り上げたいなら、言ってくれれば私が何肌でも脱ぐのに」

幸いにも明かりを消しておいた室内、妹の目は最も色鮮やかな仮面だのマスカラだのの所で止まっていた。
しかし。

「・・・・・・ふぅ」
「んー?」

それに安堵してみれば、不意の吐息に反応した妹の視線はぴたりと私の瞳を見据えており。
違和感をたたえた双眸がキョロキョロと兄と室内とを行き来すると。

「・・・・・・・あの消火器、玄関にあったやつだよね。何で、わざわざ外して置いてあるの?」
「隣に花火があるだろう? お前と2人、誕生日くらいは童心に帰って興じるのも悪くないかと思ってな。
 冬に花火というのもそれはそれで趣があろう」
「アパートじゃ敷地内で勝手に火は使えないよね。それに花火の消化に消火器はないと思うの」

これだけは用意しておいた言い訳も空気に虚しく、正面から両断される。


205 :ハッピーバレンタイン・バースデイ ◆lnx8.6adM2 [sage] :2012/02/14(火) 23:12:43.15 ID:uEyRKF9v (9/14)

「今年もなの?」

脈絡を飛ばした妹の声は問いというより呟きのようで。

「っもー!」

癇癪を起こした妹に正面から当身をもらい、一応のところ抱きとめながら2人、畳の上に転がる。
時間差で腹と背に加えられた衝撃にむせれば、きゅっと軽妙な身のこなしで腰の上に回った妹の拳が、
マウントでぽかぽかと私を責め立てた。

「今年こそは最後まで兄妹水入らずで過ごすって決めたでしょー!?
 今日は『お兄ちゃんの誕生日』なんだから、バレンタインなんて気にしなくていいのー!」

馬乗りの姿勢から繰り出される連撃に重さはなく、ただ心中のほどを手数で示すのに合わせ、妹のポニーが左右に高々と嘶く。
普段は丸くふっくらとした目や頬がきゅっと吊り、しかし鋭いというには及ばず、
怒っても稚気のある表情が駄々っ子のようにくしゃりとしていた。

「本当に、毎年毎年毎年っ! どうしてずっと家にいてくれないの!?
 そんなに自分の誕生日が嫌? 家族水入らずの時間を捨ててまで騒ぎを起こしたい!?」

柔らかく兄の胸を叩きながら、地団駄を踏むようにどすどすと腰を跳ねさせる。
後に管理人や住民に怒られるやもしれぬが、優先して考えることにも非ず。
今は兄にさえ理由の分からぬこの兄好きな妹を八方いや千手尽くしてでも宥めるべきで、
お互い歳を取ってから家族を泣かせるというのは、幼少の喧嘩より胸が痛い。


206 :ハッピーバレンタイン・バースデイ ◆lnx8.6adM2 [sage] :2012/02/14(火) 23:13:33.50 ID:uEyRKF9v (10/14)

「うー・・・・・・! う゛ーーー!」

ましてやこの妹、大学にも通う成人にしてついに涙など浮かべる始末。
我ながら甘いと思うこともあるが、兄離れどうこうよりこんなにも情緒不安定な者が家族にいては、
そうそう目が離せないのもむべなるかな。
我が家のサイフ事情もあって高校大学と近い場所に通って物件は同居し、
妹の監視の下では聖戦を発起すること上手く叶わず、
また万一官警の世話になった場合の反応を思って本気になれぬのも道理である。
聖バレンタインと製菓会社、世のリア充どもめらは、妹に感謝せねばなるまい。
兄離れできず、背丈に反して奇妙に子供っぽく、家族ながら随分と奇矯な妹ではあるが、
贔屓目に見てよくできた妹だ。
世が世なら、いやさ今生にして邪悪なる兄の手から世のヴァレンタィインに生きる者共を守護する聖女である。

「分かった、分かった。分かったから離れんか、妹よ」
「うー・・・・・・」

もう少し普通の子女らしく育って欲しかった気分もあるが、それはそれで寂しいか。
家族、というよりも兄思いな妹というのも昨今は希少であろう。
ましてや兄の贔屓目で見て抜群に可愛い妹である。
意外に級友から頭一つ抜き出た身長を気にしていることを兄は知っているが、世の男共の、
『背の高い女に美少女はいない。いるのはキレイ系の美女だけ。背のある可愛い系とかキツい』などという言葉を聞くにつけ、
まことに見る目がないと嘆くことしきり。背も肝っ玉も小さいこと。

「妹よ、兄が悪かった。またぞろバレンタインの蟲が騒いでな。
 女性(にょしょう)とバレンタインに縁のないこと20と数年、
 男の性として矮小なプライドを切り離せぬ未熟を恥じ、またしかと詫びる所存である」

話を聞くために動きを止めた妹の腰から半身を抜き、畳に平身低頭して詫びを入れる。
何をそこまでと己で思わぬでもないが、女子に、ましてや家族に泣かれては男が悪い。
身から出た錆なのも確かなことであって、我が身では他の所作を思いつかぬ。


208 :ハッピーバレンタイン・バースデイ ◆lnx8.6adM2 [sage] :2012/02/14(火) 23:15:18.38 ID:uEyRKF9v (11/14)

「出るのは止めだ。今年も誕生日はお前と2人で過ごす。
 今日は寒いからな。誕生日、と兄の願いを聞き入れてくれるなら、料理は鍋がよい。
 家族仲良く身を寄せ合ってつつこうではないか。今年もあるのなら、お前からのプレゼントも楽しみにしている」
「むぅ。それは、勿論お兄ちゃんへのプレゼントも容易してるけど」

怒気を潜めた声に面を上げる。
下より見遣る妹の顔はまだ不満げであり。

「けど、プレゼントだけじゃないもん。バレンタインのチョコレートだって作ったもん。
 女の子とバレンタインに縁がないって言うけど、お兄ちゃんには私がいるもん!
 毎年プレゼントもチョコレートも上げてるもん!」

難解なるかな乙女心。あるいは妹の空よ。
兄としては顔を伏せたうちに苦笑を噛み、はてと異性の胸裏を探るしかない。

「うむ、確かに。お前も乙女であった。すまんな」
「お兄ちゃんのバ~カ!」

この歳、背にして『あかんべえ』がよく似合う。
まこと可愛げの極み。

「・・・・・・チョコレート、ちゃんと食べてくれる? 今年も頑張って作ったの」
「ああ」
「本当に? お兄ちゃんのバレンタイン嫌いは知ってるけど、『バレンタインデーの』プレゼント、
 無理して食べようとしてない?」
「兄がよかろうというのだ、妹よ。
 実は兄が世のカップル共が放つ甘い空気が嫌いなだけであって、甘いもの自体は嫌いではない」
「うん、知ってる」
「然様か」

何故か相手の方にはにかまれた。
妹は常の快活なそれよりも、甘く笑って腰を上げる。


209 :ハッピーバレンタイン・バースデイ ◆lnx8.6adM2 [sage] :2012/02/14(火) 23:16:12.95 ID:uEyRKF9v (12/14)

「じゃあ、ちゃっちゃと作っちゃうから。・・・・・・消火器は戻しておいてね?」
「承知した」

部屋の隅で沈黙する赤色の鈍器を尻目に、しかと肯く。

「本当、お兄ちゃんてばこっちに出てからはろくに帰省もしないし、お母さんたちも心配してるんだから」
「誕生日くらいは私と、家族2人きりで過ごさないと」
「お兄ちゃんて外出も多いし、自炊もしないから、たまには私が作って食べさせなきゃいけないんだからね?」

それは兄としてお前の無防備さに距離を測りかねているからなのだが、
あえて告げるほどのことでもなし。
兄としては寂しい限りだが、いずれ妹にも相応しい良人が現れよう。
あるいは兄の手で見つけてやらねばならぬかもしれぬ。

「本当、これじゃ何のためにルームシェアしてるのか分からなくなっちゃうよ」
「許せ」
「とーぜん!」

可憐ばかりが花にも非ず、さりとて無闇に手折るに非ず。
兄としては複雑だが、それも含めて自慢の妹。

「それじゃあお兄ちゃん、後でね!」

襖が閉まる。
切れてゆく妹の背を見送って、戸で完全に遮られてから、私は深く息を吐いた。





210 :ハッピーバレンタイン・バースデイ ◆lnx8.6adM2 [sage] :2012/02/14(火) 23:17:34.57 ID:uEyRKF9v (13/14)










────────襖が閉まる。

「可哀想なお兄ちゃん」

閉じた戸を背に、彼女はゆるく独りごちた。

「本当は、私がお兄ちゃんに近付く女を片っ端から排除してただけなんだけどね。てへぺろ(・ω<)」

セリフの雰囲気に似合わぬ笑み、兄には決して見せない表情を浮かべてするすると歩む。
さして広くもない室内で数歩の距離を詰めて、彼女は保冷のための家電を開いた。

「ぁん」

漏れ出す冷気に熱の浮いた吐息を当て、ごそごそと中をまさぐると奥からラッピングされた小箱を取り出す。

「お兄ちゃん。それじゃあ、今年も2人きりで」

冷えてゆく手で包装を頬に当てながら、

「ハッピーバレンタイン・バースデイ」

彼女は、静かに冷たく笑っていた。

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最終更新:2012年02月16日 16:16
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