402 :プレゼント(前半):2007/12/25(火) 04:16:58 ID:x7KKq3Ev
今からちょうど半月前のことです。姉が狂ったように編み物を始めました。
僕は「はは~ん、クリスマスに向けて焦ってるな」などと傍観していました。
ですが、ここ数日の姉の様子は異常ともいえるほどです。寝食を忘れるほど没頭しています。
「
姉さん。あんまり根を詰め過ぎると身体に悪いよ」
優しく助言したつもりだったのですが、獰猛なライオンのような瞳で返されてしまいました。
確かに目つきは悪いのですが、姉は美人です。僕がいうのもなんですけどね。
ちょっと冷たい感じのする顔立ちですが、編み物が得意でとても家庭的です。
そんな女性なのですから彼氏の一人や二人、いてもおかしくありません。
ところが男性と付き合っているという話は今まで聞いたことがありませんでした。
ですから、クリスマスという恋人達の大イベントを前に必死になっている姉を見て少し安心しました。
棒針を動かす姉の指先はまるでダンスを踊っているようで、見ているこちらまで楽しくなります。
「姉さんの彼氏ってどんな人なの?」
気になったのでだしぬけに訊ねました。姉の編み物をする手が止まります。
すると巨大水槽を悠然と泳ぐ鮫のように室内をグルグルと回り始めました。
無口な姉は困ると奇妙奇天烈な行為を始めるので、そこは直して欲しいわけです。
「あぁ……ご、ごめんね、姉さん。変なこと聞いちゃったね」
謝ってはみたものの姉はそのまま部屋を抜け出ると自室にとじこもってしまいました。
結局、誰にあげるのか、何を作っているのか。分からないままです。
お腹がすけば出てくるだろうと高を括っていたのですが、なかなか出てきてはくれませんでした。
もう二日。早いもので今日がクリスマスなのです。日は傾き夜の帳が下りるというのに姉は部屋を出ようとはしませんでした。
「姉さん、出かけるんじゃないの。ねぇ、聞いてる?」
部屋のドアをノックすると、眠たげでいっそうキツイ目をした姉がのそっと現れました。
もこもこの赤い服と帽子。
403 :プレゼント(後半):2007/12/25(火) 04:18:15 ID:x7KKq3Ev
「サ、サンタクロース!」
僕は目を丸くしました。まさかこんな格好の姉を見ることになるとは。それにしても。
「化粧もしないで、どうしたんだよ。彼氏、待ってるんじゃないの?」
姉は何も言いません。それどころか僕を真っ直ぐに見ようともせず、そのままダイニングに向かいました。
慌てて後を追います。姉の後姿はいつもと違い頼りなさげです。
きっと疲れているのでしょう。覚束ない足取りが僕を不安にさせます。
「……ごはん」
久しぶりに聞いた姉の第一声は、ご飯、でした。なんともガッカリというか、言葉を失います。
「姉ぇさーん、お出かけするんじゃないのぉ、ねぇ?」
僕がしつこく言い過ぎたのでしょうか。姉はフグのように頬を膨らませて威嚇するのです。
仕方がないので僕は夕食の準備を続けました。と言っても買ってきたチキンとケーキを食卓に並べるだけですが。
そもそもクリスマスだからといって二人で食事に出かける両親は少しひどいと思うのです。
我家で常識があるのは僕一人かと思うと、目から汗が滴ります。
「いただきます」
姉はつぶやくと山となったチキンを頬張ります。すごい勢いで。
僕が、はぁ、と一息つく間にチキンは丘となり地面となりました。
「ごちそうさま」
椅子を引く音がすると姉は、今度はしゃきりとした足取りで部屋に戻っていきました。
いつになく無愛想で機嫌が悪いように見えます。
僕はもうこれ以上詮索するのは止めて大人しくすることにしました。
夕食を食べ終えると歯を磨いてテレビを眺めてから僕はベッドに向かいました。
今年のクリスマスはちょっと変わったサンタには会えましたが、プレゼントはなさそうです。
電気を消すと冷たい闇が室内を満たします。睡魔がそっと襲ってきました。
目を覚ますとカーテンの隙間から雪が見えました。道理で寒いわけです。
まだよく開かない瞼を押しのけるように瞬きを繰り返します。
と、部屋の隅っこに赤いサンタの帽子が見えました。
巨大な毛糸のソックスの中にあのサンタさんがよだれを垂らして寝ていました。
最終更新:2007年12月27日 13:55