人格転生 第10話

831 :人格転生 由衣 32 ◆qtuO1c2bJU [sage] :2012/05/05(土) 10:28:55.67 ID:8cKuhsFZ (2/8)

「終わったかしら?」

その声でなんだか意識がはっきりしてきた。

「う、うん」
「悲しいことあった?」
「…え?」

思わず頬を拭う。涙が出てたみたい。
あれだけお兄ちゃんのこと好きなんだから、きっと由利ちゃんはお兄ちゃんと話したいことが山ほどあるんだと思う。
伝えたい気持ちもたくさんあるんだと思う。
何かしてあげたい…

「先生」
「何?」
「もう行ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
「そ、それじゃ、またね!」
「またね…か…」

先生は何かつぶやいてたけど、あたしは時間を無駄にしたくないから早く家に戻る準備をした。
えっと。バッグはなし。携帯はちゃんとチェーン付きのホルダーにある。

「バイバイ、先生」
「元気でね」
「うん!」

研究室から出た。


「それでまた、なんでこんなとこに来たんだ?」

お兄ちゃんの一言でふと我に返った。
あたしたちは並んでベンチに座っていた。

あれからお兄ちゃんに連絡を入れてから一度、家に戻った。
それでお兄ちゃんを誘い近所の遊園地に来た。
ここはこじんまりしてて小さいところだけど、家族での思い出の場所だし遊園地内の売店も充実してて雰囲気がいいところなのだ。

あたし達はめいいっぱい遊んだ。
ジェットコースターからお化け屋敷まで。
あたしの方が楽しんじゃったけど、それ以上にお兄ちゃんを見てるだけで楽しかった。

(お願い…今日は兄さんと過ごして…)

由利ちゃんも喜ぶと思うし遊園地に来たのは我ながらナイスアイディアだったと思う。

でも途中からちょっとアンニュイな気持ちになってしまった。
お兄ちゃんもしきりに気にしてくれたし。

(私達はあと一回しか交代できないのよ…今日が私達の寿命)

思い出してドクンと心臓が跳ね上がった。
寿命…もう…会えない…由利ちゃんとも…
ひょっとしたら、お兄ちゃんとも…?

「さっきからどうした? 由衣」
「ううん、なんでもない」


832 :人格転生 由衣 33 ◆qtuO1c2bJU [sage] :2012/05/05(土) 10:30:30.54 ID:8cKuhsFZ (3/8)
そう言いながら笑い返した。

「嘘つくなよ」
「え?」

お兄ちゃんの顔は真剣で思わずびびってしまった。

「何かあったんだろ?」
「だから何も…あっ」

あたしの左手が握られる。暖かい手。

「汗かき過ぎ」
「うっ…」
「なんか悩みあんだろ。言えよ」
「悩みって…」

話してもいいのかな。でも研究所のことはお兄ちゃんには秘密だって由利ちゃんに言われてるし。

「挙動不審すぎるんだよ。遊園地周ってる最中も俺の顔ばっか見て。なんかついてんのか?」

お兄ちゃんと一緒にいられるのが、もし今日だけだとしたら…
そんなことを意識したら、途中から気が気じゃなくなってきたんだった。

(下手をすれば意識がなくなり廃人になる可能性もある)

怖い。あたしはバカだけど明日には自分がいなくなることもあるっていうのはわかる。
怖い。あたしがいなくなるのは。
怖い。お兄ちゃんやサッチンたちと会えなくなるのは。

「…あたし、いなくなるのかな?」

考えているうちに自然に涙がこぼれてきた。

「おい、大丈夫か?」
「えぐ…えぐっ…ぐす…」
「いなくなるって?」
「うう…明日からもお兄ちゃんとご飯食べたい…学校行きたいよぉ…」
「何言ってんだ?」
「死ぬの嫌だよぉ…」
「はぁ!? おい! 由衣! 大丈夫か!?」
「怖いよぉ…お兄ちゃん…」
「いいから話せっ!」

気づいたら、あたしは全部話していた。
そしたら急激に眠くなってきた。
お兄ちゃんの胸と腕の中は気持よかった。
あたしもずっとぎゅーってしていた。

由衣からすべてを聞いたあと、由衣はそのまま眠ってしまった。きっと安心したんだろう。
でも由衣の話を聞いたところによると、由衣と由利にとんでもないことが起こっているらしい。
由衣の説明は支離滅裂だったが、二人の人格に大きな影響があるらしいのはわかった。
それによって由衣と由利が消える可能性も。

ベンチの上で俺の膝を枕にしてスヤスヤと寝ている由衣を見つめる。
そろそろ交代の時間だ。遊園地内は人影も減り、夜の帳が差し掛かっていた。


833 :人格転生 由利 34 ◆qtuO1c2bJU [sage] :2012/05/05(土) 10:32:24.05 ID:8cKuhsFZ (4/8)
「…ん…兄さん? こんばんは」
「由利、話してくれ」

聡明な由利のことだ。わかっているはず。

「なぜ? …あの子は兄さんに何かしましたか?」
「何かってなんだ? お前と由衣にヤバイことが起きてることはわかってる」
「ああ、そっちの方ですか…」

そう言いながら由利は顔をこちらに向けて仰向けになった。

「おい、ちゃんと起きろよ。いつまでも、ひざ枕にすんな」
「だって気持ちいいし…ふふふ」
「とにかく話せ」
「離しません」
「話してくれないとわかんないだろうが!」
「このままの方が、兄さんの表情がわかって嬉しいですけど」
「はぁ?」

なんか会話がおかしい。とにかくちゃんと聞かないと話にならない。

「なあ由利、本気なんだ。話してくれ」
「ふふ、じゃあキスしてくれたら離しますよ」
「本当だな」
「え? ほ…本当ですよ」

由衣は時間がないと言っていた。急がないと。
ここは由利のおふざけに付き合うしかない。

「…するからな」
「え? うそ…?」

由利の顔を起こして、そのおでこにキスをした。
真っ赤になった呆けた顔がそこにあった。

「…」
「…」

なんか気不味い。子供の頃にしたことはあったが。
ひざ枕からベンチに座り直した由利は無表情だった。

「さあ話せよ」
「…」

なんか様子が変だ。

「おーい、由利さん」

ほっぺたをペチペチ叩く。


「…カウント…」
「へ?」

うつむき加減の由利がぼそっと呟いた。


834 :人格転生 由利 35 ◆qtuO1c2bJU [sage] :2012/05/05(土) 10:34:13.67 ID:8cKuhsFZ (5/8)
「ノーカウントです…今の…」
「何言って…」
「離れましたが今のはダメです」
「は? 約束は約束だろ。話してくれよ」
「おでこじゃダメです」
「へ?」
「兄さんは嘘つきですか?」
「ちゃんとしただろ」
「してません」
「じゃあ…」
「ほっぺもダメです」
「…う」

くそ。話が進まない。由利のことだから意地でもキス…それも口付けしないと話さないだろう。
覚悟を決めるしかないのか。相手は妹だ。ただの愛情表現だと思えば…

「兄さん…お願いします…」

う…由利の顔はマジだ。
髪型はツインテールで顔も由衣と同じなのに全然感じが違う。
ほんのりと赤らめた頬に、凛とした表情。
その鋭い視線が突き刺さる。

「…行くからな?」
「は…はい…」

どうしても聞き出す必要がある。それだけだ。
自分だけは見失うなよ、俺。相手は妹だ。
女ではあるが妹に過ぎない。

「ん…」
「…ん…んん」

お互いくちづけを交わす。

「んんーーっ」
「ん!?」

こいつ、舌入れてきやがった!
引き離そうとしたが、頭をがっちり抑えこまれて引き戻される。

「ん…く…やめろって…んん」
「はぁ…んちゅ、ちゅ…兄さん…ひいはん…ん…んん…ちゅ…」
…10分経過

「はぁ…」
「うふふ」

妹とディープキスしてしまった…鬱になる。
不覚だ。こいつの気持ちは知ってたし、こうなる可能性は予測できたはずなのに…
横を見ると由利はいつになく幸せな笑みをしながら俺の腕にひっついている。

「んふふ…うふふふ…」

そして気持ち悪いくらい顔が崩れてる。

「さあ話せよ」
「うふふ~離しません~」

瞬間、沸点に達した。


835 :人格転生 由利 36 ◆qtuO1c2bJU [sage] :2012/05/05(土) 10:35:42.89 ID:8cKuhsFZ (6/8)
「おいっ! 約束くらい守れよっ!!」
「痛っ!」

思わず由利の胸ぐらを掴んでいた。
こっちは妹相手にキスまでしたんだ。
それでも話さないってなんだよ!

「…」

怯えた表情の由利に気づく。

「あ、悪い…」
「…兄さん…?」

手を離して服を整えてやる。

「ごめんなさい…ごめんなさい…許して…嫌わないで…お願いします…」
「おい…泣くなよ…」
「兄さんに嫌われたら…私…」
「だから話してくれたら…」
「嫌です…離れたくない…お願いです…最後くらいは一緒に居させて下さい…」

どうにも話が食い違ってるような…
会話に致命的な欠陥があるのに気づいたのはそのあとすぐだった。
辺りはすっかり暗くなっていた。


「それで今日、おまえが寝たら人格の交代がなくなるのか」
「ええ、私ではないと思います」
「由衣か、由利か、別人格か、それ以外の4つめのケースってことか」
「そうです」
「最悪の可能性はどれくらいあるんだ?」
「ほとんどないと言っていいです」
「信じるからな。あと4つめのケースの説明がイマイチわかんなかったんだが」
「ふふ…そうですね」

そう言うと由利はふわりと立ち上がってからこちらを見た。
久しぶりの綺麗な夜空に浮かぶ月と一緒に由利の表情が映る。

「もう一度この場所を思い出すことができればわかると思います」

由利はこれまでに見たことのない穏やかな表情で微笑んでいた。
なんだか不安になった。このまま由利が消えてしまいそうで。

「なあ、お前がいなくなるわけじゃないんだよな?」
「はい、私はちゃんとここにいます」
「明日からも一緒に居られるんだよな?」
「うーん…」

指を口に当てて考えこむ由利。

「おいおい…」
「たぶん大丈夫かと。私と由衣が合わさるだけですから」
「あのさ…この場合なんて言ったらいいんだ?」
「お別れの言葉ですか?」
「そう…なるのかな…」
「縁起が悪いのでやめて下さい」
「だよな。じゃあ、なんかしてほしいことあるか?」
「だから縁起でも…」


836 :人格転生 由利 37 ◆qtuO1c2bJU [sage] :2012/05/05(土) 10:37:08.05 ID:8cKuhsFZ (7/8)
俺たちは、そこに人影とその足音が大きくなってくるのに気づいた。
知っている人影だったけれど、今はそれが不安だった。

「兄さん」
「なんだ?」
「念の為に言っておきます」
「…」
「私の名付け親は兄さんでした」
「ああ」
「だからずっと兄さんを想い続けることができたんです」
「そうだな」
「不完全な私を…ちゃんと私と認めてくれたのは兄さんだけだったから…」
「…」
「異性としても好きになったんだと思います」
「…そっか」

そう答えるしかなかった。
由利は目にうっすら涙を浮かべながら小さく震えていた。
俺は肩を抱こうとした。

「兄さん」
「ん?」

鋭利な小声に動きを止める。

「今から由衣のフリをしますから兄さんも合わせて下さい」
「は?」

目の前には見慣れたメイド姿の薫さんが微笑んでいた。

「良也様、由衣様、心配でしたのでお迎えにあがりました」

丁寧にお辞儀する姿が、夜と綺麗な黒いメイド服と合わさって酷く不気味に見えた。

「お兄ちゃん、帰ろ!」
「あ、ああ」

急にテンションの変わった由利に合わせる。
でもなんで合わせる必要があるんだ?

「遊園地は存分に楽しまれましたか?」
「うん! 楽しかった!」
「由衣に振り回されっぱなしでしたよ」

薫さんはニッコリと微笑んでから言った。

「では、思い出はお作りになられたんですね、『由利』様」

瞬間、空気が凍りついた。

「…」
「…」

なぜ由衣の格好なのに、見ただけで由利だとわかった?

それに…

なぜこの場所に来れたんだ?

誰にも連絡してないのに。


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最終更新:2012年06月10日 12:56
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