人格転生 第11話

37 :人格転生 37 [sage] :2012/05/16(水) 05:06:39.52 ID:bRnHXood (2/7)
「如月薫…さん、だっけ?」

妹から出た言葉のそれは、もう由衣のフリをするものではなかった。
表情も由利のそれに戻っている。

「はい、由利様」
「あなた何者なの?」
「ただのメイドでございます」
「笑えない」
「ですが、そう答えるしかございません」

薫さんからは、いつものほんわかした雰囲気はなかった。
おっとりした笑顔もどことなく影があった。

「なぜここがわかったの? GPSは切ってる。兄さんの携帯も普段はGPSはオフのはず」

自分の携帯に目をやった。確かに普段はGPS機能は切っている。
由利は俺以上に俺を知ってるところがある。

「GPSの発信元がどこか考えれば、聡明な由利様ならおわかりになられると思います」
「…まさか…軍事衛星?」
「近年では別に珍しくもないかと」
「一般人にすることじゃないわ」
「由利様は特別ですから」
「私達の使用人って言うのはやっぱり嘘だったのね。忠誠うんぬんも…」
「嘘ではございません」
「このっ…! どの口さげて…!」

不味い! 由利が薫さん目掛けて突っかかろうとするのを、必死に止める。

「殺してやる!」

後ろから由利を全力で羽交い絞めにした。

「おい! 落ち着け!」
「兄さん、どいて! そのメイド殺してやる!!」

物凄い勢いで俺の両腕が引っ張られる。
くそ、このままじゃ…

「良也様、由利様をお離し下さい。そのままでは話しづらいですから」
「…え?」

ポカンとするしかなかった。なんでよりにもよって狙われてる薫さんが。
でも今こいつを離すと本当に何をしでかすかわからない。

「ちなみに離すと行っても会話のほうではございません」

さっきまでの由利との会話が崩れる音がした。
盗聴までされてた? でもどうやって?
いや、今はそんなことはどうでもいい!

「…殺す!」

今の一言で由利に油を注ぐことになる。
殺意は本物だ。止めないと!
ヤバイ…腕の感覚が無くなってきた…


38 :人格転生 38 [sage] :2012/05/16(水) 05:08:08.18 ID:bRnHXood (3/7)
「少し落ち着きませんか?」

薫さんは、そう言ってから左手でスカートを託し上げた。
その太ももから現れたのは…黒い拳銃…嘘だろ?

夜の闇に紛れたメイド姿のそれは酷く歪な光景だった。
そして左手に持った拳銃をこちらにそっと構える。
同時にカチリと引き金を引く音。

あまりにも信じられない光景に力が抜けていた。
由利を見ると同じようだった。

「ど、どうせ、オ…オモチャでしょ?」

由利の言葉を信じたかった。こんなことありえない。

「いいえ、中身は鉛ではありませんが麻酔弾が入っています。象一頭を眠らせることができます」

自分が小刻みに震えてることに気づく。
銃口がこちらを鋭く睨んでいる。

しばらく静寂が支配した。数秒が数分に感じるくらいに。

ちらっと由利を見ると、その表情はいつもの冷静な由利に戻っていた。

「…ここで撃てば警察が来るわ。どう説明するの?」
「そうですね。それは困ります」
「随分と余裕ね」
「とんでもございません」
「苛つくわ。全部あんたの手の内なんでしょ?
どこの組織かは知らないけど警察は支配下。
それにその銃もサイレンサーみたいだし。
何よりこの時間帯でここ一帯の人影を完全に消せるなんて尋常じゃない」

そう言えば周りには人影は一切ない。気付かなかった。
薫さんと拳銃と向い合った俺たちしかいなかった。

「話し合えばわかります」
「何よ、その銃口を突きつけたままの平和協定は!」
「言葉のままです。臨戦体勢を解いて下さいませ。手元が狂ってしまいます」
「素直に撃つって言いなさいよ! メス犬!」
「汚い言葉をお使いになるものではありません」
「メス犬はメス犬でしょ? 組織でしか生きられない犬を犬って言って何が悪いのよ。
メイド姿がお似合いよ。どこに言っても使用人は使用人ってわけ?
海外ではメイドの犯罪も多いし、あんたも同じ。
使用人以下のメス犬よ!」
「…」

その言葉で薫さんの表情が微かに変わったのがわかった。
しかしその動揺を消すようにゆっくりと瞬きをした後、銃をこちらに構え直す。


39 :人格転生 39 [sage] :2012/05/16(水) 05:09:26.92 ID:bRnHXood (4/7)
「話し合いは無理なのでしょうか?」
「あんたに私は撃てない。私が先に動けばあんたを刺し殺せるわ。弾が当たらなかったら終わりよ。正当防衛も成立する」
「ボールペンでは無理かと存じます」
「撃てるもんなら撃ってみなさいよ!」

由利には怒りの感情が支配していて恐怖がないみたいだ。
が、危険過ぎる。万が一、弾が当たったら死ぬ。
弾丸が鉛じゃない保証はどこにもない!
妹が死ぬ!

「由利、やめろ…!」

言葉を出すことでいっぱいいっぱいだった。
くそっ! しっかりしろよ、俺!
なんでさっきから動悸が止まらないだよ!

「こういう事はしたくありませんでしたが…」

薫さんはそう言いながら銃口を、俺の方に向けた。

「なっ?」
「…!!」

心臓が止まったかと思った。
体の震えも止まった。声も出せない。
黒い拳銃にしか目が行かない。
全身の血が引いた。

「やめてっ!! 兄さんは関係ないっ!!」
「ですが、こうでもしないと話し合いに応じてもらえませんから」
「お願いだから兄さんに向けるのはやめて!」
「でしたらペンを捨てて、少しだけお下がり願います」
「わかったわ…話すから…なんでも話すから…やめて…」

そう言いながら由利は力なくペンを地面に落とした。
カツンという音がやけに大きく響いたあと数歩下がる。

「ありがとうございます」

俺に向いた薫さんの左手の拳銃が下がる。
少しだけほっとした。
でも腕を下ろしただけで銃は握ったままだ。
いつでも撃てるってことだろう。
それにしも仕草や扱い方が明らかに素人じゃない。


40 :人格転生 40 [sage] :2012/05/16(水) 05:11:38.27 ID:bRnHXood (5/7)
「単刀直入に訊きます。研究論文の中にあった装置はどこですか?」
「研究所…だと思うわ。姫乃総合病院の中の…」
「なるほど。完成はしてるわけですね」
「…っ!」

由利は困惑した表情を浮かべる。
でも何を言ってるのかさっぱりわからない。
装置? 一体何の?

「か、完成してるとは言ってないわ」
「こちらにお渡し下さいませ」
「だから…完成は…」
「研究所の職員は全員、由利様しか知らないとおっしゃっていました」
「そんな…こと…言うはずが…!」
「自白していただいたので情報は正確です」
「…っ! みんなは無事なの?」
「ええ、ご安心下さい。今の由利様のようにご家族に協力していただく形を取らせていただきました」
「もし何かあったら…!」

由利に怒りの表情が戻る。
だが一呼吸置くと少し落ち着いたみたいだ。
反面、俺は落ち着かなかった。
何が起こってるのかさっぱりわからない。

「彼らは大丈夫です。それより時間がありません。装置の場所を教えて頂けますか?」
「だから研究所の中に…」
「どこにもないとのことです」
「何を根拠に…」
「病院と所内は現在も探索中ですし、職員らの証言もございます。由利様しか知らないと」
「わかったところで手遅れよ」
「どういう意味でしょうか」
「あれは由衣にしか使えない」
「そのための人格統合ですか?」
「…! どこまで知っているの?」
「研究員に話をお聴きしました」
「やっぱりスパイがいたのね」
「由利様と由衣様を守るためです」
「物は言い様ね。でもあんたは勘違いしてる。人格統合するのはあれを使う為じゃない」
「では、なんのために?」


41 :人格転生 41 [sage] :2012/05/16(水) 05:13:36.38 ID:bRnHXood (6/7)
由利は一息吸ってから答えた。

「このプロジェクトから降りるため…私が研究していたのは、あんなプロジェクトのためじゃない」
「考え直す気はございませんか?」
「ないわ。あとの研究はあなたたちに任せる」
「残念ですが誰でも良いというわけにはいきません。素質と知識と経験を同時に持ちあわせた方は、現在は由利様しかいないのです。それを理解されてるのは由利様ご自身ではございませんか?」
「だから?」
「もう一度戻って頂くことはできないでしょうか」
「いやよ。それにあと少ししたら私達の能力はなくなる。それも訊いたんでしょ?」
「……はい」
「あと眠くなってきたから、もう時間もないみたい」
「……そうですか」
「それと最後だから兄さんと少しだけ話させて、もう…気を抜いたら睡魔に襲われそうだし…お願い」
「わかりました。ただし条件があります」
「何?」
「今後、私が由利様と良也様の保護者兼使用人になります。正確には監視対象と言った方が良いかも知れませんが、それを受け入れてくださることです」
「…冗談きついわね」
「信用して下さいとは申しませんが、本当に私の任務はお二人をお守りすることなのです。忠誠を誓うと言ったのも本当なんです」
「…私が認められると思う?」
「由衣様なら認めてくださると思います」
「…! あの子はバカだから…! 卑怯よ…! それに統合後はどうなってるかわからない…! それより兄さんと話をさせて…眠いの…認めるから…お願い…!」
「どうぞ」

由利が眠そうな目を擦りながら俺の方を向く。
ただ眠いと言うよりしんどうそうだ。
息遣いも少し荒い。

「…兄さん」
「…ああ」
「愛してました…家族としても異性としても…」
「俺もだよ」
「…異性としてもですか?」
「それは…」

本当は嘘でも好きだと答えてやって方がいいのかもしれない。
でも…こいつに嘘をつく方が何より最低な気がする…

「いいんです…ただ、覚えていて欲しいんです…例え私がどうなっても、これからも好きだということを…」
「わかった」
「好きです…愛してます…兄さん…」

そっと体全体で抱きしめてくる。すごく心地の良い妹の匂いがした。

「俺も妹としてお前を愛してる…今までもこれからも…」

これが精一杯だ。由利をきつく抱きしめた。
その瞬間、由利の体が俺の方に落ちた。
意識が無くなったみたいだった。

そのあとのことはあまりよく覚えていない。
薫さんの手配で家に帰るときも何も考えられなかった。


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最終更新:2012年07月15日 23:12
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