152 名前:
パンドーラー1 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/07/23(火) 22:43:10.34 ID:ONCsP2Ae [2/7]
本州からやや離れた位置にある島。
日に数度の定期船が往来するだけで、都会の喧騒とは隔離されたのどかな町が広がっている。
夏も本格的になりつつある日、一人の少女が港をぶらぶらしていた。
港の先端から海の彼方を眺めては、少し町の方へ歩き、そうかと思えばまた港の先端へ…。
何かを待っているらしい少女はそわそわしていた。
「(年に一度しか会えないからなぁ…)」
彼女は来るであろう客を心待ちにしていた。
最初に何と声を掛けようか?
何をして遊ぼうか?
どれだけ一緒に過ごせるのか?
去年、客人が去るときに彼女は大泣きした。
いや、去年だけじゃなく毎年のことで、来たときはひまわりのような笑顔を見せ、去り際にはにわか雨のような涙を流していた。
ブオォォォォォ―――
過去の行為に恥じらいを感じているそのときに聞こえてきた汽笛。
彼女は港の先端へ突っ走った。
危うく落ちそうになりながらも、その瞳はやって来る定期船を見逃さなかった。
「(やっと会える!!)」
小躍りしそうな喜びを抑えつつ、上品に気取って船着き場の出入り口へと向かった。
もっとも、そのあふれんばかりの笑顔で誰が見てもその心中はまるわかりだが。
降りてくる人を注意深く見つめ、目的の人物を逃すまいと探し続ける。
「トシヤ!!」
「マキ姉ちゃん…!」
刹那、飛びつきそうになる少女を船から降りてきた少年が手で抑える。
「ひ、久しぶり!!元気だった?」
「うん、僕は元気だよ、マキ姉ちゃんは?」
「私だって元気よ!!」
あれこれ考えていた最初の言葉は月並なものになった。
「さ、行きましょ!」
そう言って、少年の…、トシヤの手を握る少女、マキ。
「うん」
153 名前:パンドーラー1 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/07/23(火) 22:44:24.01 ID:ONCsP2Ae [3/7]
ミーンミーンと蝉の大合唱を聞きながら、島の舗装されていない土の道を歩く二人。
途中、島に唯一ある駄菓子屋により、アイスを買うことに。
「おやおや、今年も彼氏と一緒かい?」
駄菓子屋のおばあさんが優しく微笑みながら話しかけてきた。
「ちょっ?!彼氏とかそんなんじゃないわよ!!」
「………」
マキは顔を赤くしながら反論、一方のトシヤも赤面しそのまま顔を伏せる。
対照的な二人の反応だった。
しかしながら、二人共繋いだ手を離すことはしなかった。
駄菓子屋のおばあさんは多少、物忘れをしていた。
八原マキ、向田トシヤ、苗字は違えど二人は正真正銘の姉弟だった…。
やってきたばかりのトシヤの荷物を家の玄関に放り込むと、
そのままトシヤを引っ張って海遊びに興じようと急ぐマキ。
「マキ姉ちゃん速いって…」
「あんたに合わせてたら、日が暮れちゃうわよ!!」
マキはトシヤが滞在する間、存分に遊びつくすつもりだった。
それも例年のことだが…。
港から反対側には浜辺があった。
小さいが美しく、白く輝いている様な砂に透き通った海水。
その部分だけならリゾート地にも見えた。
「はぁはぁはぁ…」
「相変わらず体力がないわね」
「都会っ子にそんなもの求めないでよ…」
「見て、浜辺よ」
「わぁ…」
154 名前:パンドーラー1 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/07/23(火) 22:46:07.93 ID:ONCsP2Ae [4/7]
トシヤはその絶景に言葉を失った。と、同時に―――
「あれ?去年は他の子供達もいたのに…」
「皆、島を出て本土に行ったわ…」
実際、過疎化が急速に進み、島の存続が危うくなっていた。
もう子供はマキしか残っていなかったからだ…。
「マキ姉ちゃん…、寂しくないの?」
「―――あんたがいるじゃない。だから平気」
そう言って笑うマキは若干無理をしているようにトシヤには見えた。
「さぁ早く遊びましょ。二人締めした私達だけの浜辺よ」
その後二人は、蟹を採ったり、波打際で走り回ったりと大はしゃぎした。
気付くと辺りは夕焼けが照り付け、オレンジ色の世界が広がっていた。
「今年はどれだけいられるの?」
「多分一週間…」
「そう…」
「マキ姉ちゃん…」
二人はまた自然と手を繋ぎ、水平線に沈みゆく太陽を眺めていた。
「私、トシヤが好きよ」
「僕も…マキ姉ちゃんが好きだよ」
そう言い、互いの顔を見て笑う。
この言葉の意味するところが
家族愛なのか、男女愛なのか…。
この時点で判断できる者はいない。
155 名前:パンドーラー1 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/07/23(火) 22:47:23.44 ID:ONCsP2Ae [5/7]
ただ、トシヤにはマキが寂しがっているのは常に分かっていた。
それは、島に彼女以外の子供がいないからとかじゃなく、
弟である自分と離ればなれだからだと感じていた。
無論、トシヤも寂しかった。姉と離れて暮らすのは心にぽっかりと穴が
開いたようだったからだ。
『僕と一緒に本土で暮らしてほしい』
何度、この言葉が喉元まで出かかって、引っ込めたかわからなかった。
そう、自分達は一緒にはいられなかった―――
彼らの両親が離婚したのは二人が物心ついたあたりだった。
マキは母親に引き取られ、故郷の島に戻ってきたのだ。
強制的に離された二人は大泣きし、会いたいと懇願し、遂には離婚した父母が折れ、
夏休みの期間だけ会っていいことになっていた。
しかし、島に来るのはトシヤのみで、父親は本土側の港で彼を見送っていた。
「帰ろう…」
「うん…」
156 名前:パンドーラー1 ◆ZNCm/4s0Dc [sage] 投稿日:2013/07/23(火) 22:48:29.06 ID:ONCsP2Ae [6/7]
母親は離婚したといえど、トシヤにも等しく優しかった。
やはり、自分が腹を痛めて産んだ子供だからだ。
夜になると、ちゃぶ台を囲み、夕飯を振舞っていた。
「マキはトシヤが来るのを楽しみにしててね」
「ちょっと、お母さん!!」
「カレンダーの前で、あと何日と指折り数えていたわよ」
「ふふ、なんか嬉しいな」
「―――!!」
マキは再び、羞恥で顔を真っ赤にしていた。
大人が独りで入るには窮屈な風呂釜は、二人の子供を難なく収めることが出来た。
「ここも、久しぶりだね」
トシヤは自分の家とは違う昔ながらの風呂に興味を持っていた。
「―――マキ姉ちゃん?」
「…う、うぅ」
「………」
一年分の寂しさが溢れたのか、とうとうマキは涙を零した。
「まだしばらくはここにいれるからさ…」
そう言って震えるマキの身体を抱きしめるトシヤ。
この時、八原マキ、11歳。向田トシヤ10歳であった―――
最終更新:2015年03月22日 01:48