これ食ってもいいかな(短編)

109 これ食ってもいいかな(短編) sage 2007/11/05(月) 19:15:24 ID:bFKneEss
誰かが。
誰かが僕の部屋に入っていた。
ベッドで寝転んでいた。
タンスを物色していた。
──そんな現実を。痕跡を、僕の部屋はただ呈していた。
これは、ひどい。
素人目にもわかるこの惨状。
それが意味するところは、相手も──僕の部屋に侵入した者もまた、素人だと云うこと。
昔、『あなたも名探偵-推理百貨-』とか云う、
 カタカナにひらがなでルビが振ってあるような本に、そんなことが書いていた。
空き巣──延いてはもの盗りに素人だのプロだのとあるのかは知ったところではないが、
 とりあえず、この家に。この部屋に入ることのできる人間の犯行であると僕は推理した。
“名探偵”──僕の中に眠っていた、埃を被っていた憧れが、甦る。

──…ちゃん、ぼく、おとなになったらたんていになるよ!
──うふふ。頑張ってね。私、応援しているから!

薄靄の中に沈んでいた、遠い過去の一ページ。

「…あれ?」

──靄を掃うように、思考の糸を紡ぐ。

“僕の身近な人間”“僕の部屋に入ることのできる人間”“僕の部屋に入ろうとする人間”

何故気付かなかったのだろう。
そんなことに。そんな、わかりきったことに。
──まるで目が覚めるように。環が閉じるように。
遊び飽きたおもちゃを放る子供のように、僕は推理を放棄した。


110 これ食ってもいいかな(短編) sage 2007/11/05(月) 19:16:21 ID:bFKneEss
──どこにでも、あの人はいるじゃないか。

記憶の中にも、僕の日常にも、今、そこのクローゼットの中にも。

──どこから。いつから変わってしまうんだろう。人は。

自嘲するように。
うんざりしながら。
あの人の。──姉さんの、くぐもった、押し殺したような吐息が響くクローゼットの、扉を開けた。

「…お、おおかえりっ、朔ちゃんっ!…んっ…はぁ……はぁ…んぁああっ!」

瞬間、外へ漏れ出す熱気と淫臭。
姉さんが。睦月姉さんが。湿り、握られ、もう既に原型を留めていない僕のトランクスに鼻を擦りつけながら。

「おやつは、居間のテーブルの上に──、っあぁああっ!」

オナニーをしていた。



──どこから。いつから変わってしまったんだ。あの人は。
おやつを。ドーナッツを頬張りながら、僕は。広瀬朔也はそんなことを思っていた。
──あの後、扉を閉めた瞬間に、耳をつんざくような嬌声が聞こえた。
どうやら達してしまったらしい。僕の常用しているパンツで。
今、居間に戻って来ていないことを考えると、どうやらまだまだハッスルする気のようだ。


111 これ食ってもいいかな(短編) sage 2007/11/05(月) 19:17:21 ID:bFKneEss
──ああ。ドーナッツ美味しいなー。

もう、何も考えるまい。
あの人は、そう云う人間なのだ。
下着を慰みに使われたという事実に対し、僕は別段気にしていない。
そう言ってしまうと僕も異常なのかもしれないが、
 この前は僕の寝顔を直接おかず──オナネタにしていたのだ。
僕が起きたことに気付いて尚、行為を続けたときには背中に怖気が走った。

──あれに比べれば、ね。

ドーナッツの最後の一かけらを咀嚼し、牛乳を口いっぱいに含む。

「朔ちゃん♪」

後ろから聞こえた声に。
否、耳に侵入した声に、口の内容物を噴いてしまうかと思った。
間一髪、頬の筋肉を総動員し、噴くことはなかったが、喉に、詰まる。詰まる。

「あ、大丈夫っ!?ほら、牛乳、牛乳」

姉さんが、まだ牛乳の残っていたコップを差し出す。


112 これ食ってもいいかな(短編) sage 2007/11/05(月) 19:18:03 ID:bFKneEss
──“その手”からは絶対飲まないっ!

心配そうに僕を伺い見る姉さんを尻目に、ソファに顔を押しつけ、もがく。もがく。
しかし、未だに呼吸はできず、涙がシートに滲んでいくのを感じる。
だが。だが、もう飲み込める。飲み込める。飲み込め──
刹那。
ふいに、ふわりと上体が起こされ。
ようやく飲み込み、呼吸をしようと、空気を吸い込んだ、その時。

「んむっ」

唇に、妙な。
極めて妙な触感が。
そして。

「うぷっ」

姉さんの口と僕の口が繋がっている。
そう認識した瞬間。
人肌程の熱を持った液体が僕の口腔に流し込まれた。
──当然。

「ぐぉほっ」

──呼吸気管に牛乳が入っちゃうわけで。


113 これ食ってもいいかな(短編) sage 2007/11/05(月) 19:18:39 ID:bFKneEss
──。


「姉さん、ホント、やめてよっ!」
「だ、だって、朔ちゃんが心配で…」

死ぬかと思った。
なんだろう。
小さな頃、プールで溺れたときと凄く似ていた。

「ホントに死ぬかと思ったよっ!?」
「お姉ちゃんも、幸せすぎて死んじゃうかと思った…」

脳裏に焼きついて離れない、あの瞬間。
姉さんと僕が…キスをしてしまった時のこと。

「朔ちゃんが起きてる間なら…あれがファーストキスだったのよ?」

赤面しながら、こんなことをほざきなすった。
刹那。
柔らかな。優しく暖かな感触が僕を包む。
僕は。今。姉さんに抱き締められている。強く。強く。
鼓動が、聞こえる。伝わる。僕の、体へ。
僕はもう、怒る気も、抵抗する気も失せ、姉さんに寄りかかり、目蓋を閉じた。

「…頭おかしいよ、姉さんは」

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最終更新:2007年11月07日 17:10
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