三者面談 その2

113 三者面談 その2 ◆oEsZ2QR/bg sage 2007/08/19(日) 23:04:50 ID:21WfsYw6
 結局。そのまま夜遅くになるまで、弟の誠二は帰ってこなかった。

 気がつけば、リビングの黄色いソファに横になり、そのまま明り取りの引き戸から漏れる太陽光で私は朝を迎えた。
 片手に棒状に伸びたゴムの束のついたものを持ち、もう片方には知人から快く譲ってもらった『海兵隊新兵罵倒全集』を胸に抱いたまま、目を覚ます。
 ああ弟が帰るのをずっと待っていて眠ってしまったのかと私はぼさぼさの髪をかく。ふと、自分の体を見るとふんわりと優しく毛布がかけられてあった。
 愚弟め、気がきくじゃないと私は少し弟を見直そうとしたが、よく見ればそれは私の部屋のベッドの毛布なので、記憶が無いまま寝ぼけて自分で部屋から取ってソファまで持って降りてきたものであることに気付く。
 つまり、弟が帰ってきてかけてくれたわけでもなく、イコール弟が帰ってきていない。もしくは無視したかのどちらかか。
 私は、玄関まで走り弟の靴を確認する。弟のシューズ、私が選んだシューズ、桃色のシューズ。……無いわ。きびすを返すと、今度は弟の部屋へ走る。
 誠二の部屋の扉を勢いよく空けた。弟がいればそのまま朝の調教を始めるつもりだったので、棒状に伸びたゴムの束のついたものを掴んで中へと踊りいったが、弟の部屋はもぬけの殻だ。
 遠慮なしに押入れ、クローゼット、本棚の隅から隅まで探す。押入れの裏にテレビで見る巨乳アイドルのポスターが貼ってあった。イライラしていたのと、その女の胸についた脂肪の塊にムカついたので破り捨てておいた。
 愚弟、私にバレないようにこんなところに貼っていたのね。私に見つかるのが嫌だったのかしら。まぁ、嫌だから全部はがすけど。あなたの人生に紙製のアイドルなんていらないでしょう。
 これを機会に、ベッドの下にあった女の裸の本も全て没収する。
 ふーん、誠二、こんなのが好きなのねぇ……、不潔な。ぽいっ。
 ふぅ、満足。満足。違う、誠二。誠二はどこに行った?
 結局、どこにもいない。
 私の携帯電話から誠二の携帯電話にかけてみる。
 つーつーつー。
 ダメか。

 念のため、弟の友人の井上くんにかけてみましょう。
 ピッ。ぷるるるるる。

「……はい。もひもひ……」
「井上くんかしら」
「は、はいっ。沢木先輩! お、おはようございますっ!!」
「朝早くにごめんなさい。寝ていたかしら?」
「い、いえっ。そんなことありません! ついさっき起きたところです!」
 嘘おっしゃい。いつも、私からの電話はすぐに取るくせに今日は寝ぼけて開いて確認しないままとったでしょう。全てお見通しです。
「ところで、一つ聞きたいんだけど」
「せ、誠二くんのことですかっ!? えっと、昨日は一時間目の体育のとき……」
「ううん。今日は監視の様子はいいわ。あなたの家に誠二はいないかしら?」
「え……? いえ、うちにはいませんよ」
「ふぅん。そう」
「ど、どうしたんですか? 沢木先輩」
「……うちの誠二がどうやら戻ってないのよ。あなた、なにか知らないかしら?」
 井上くんはとたんにうろたえる。
「え、え!? え、えっと、昨日は誠二は三者面談があるからって……、確か放課後別れて……、それから俺も見てませんっ」
「その三者面談は私も居たわ。それ以降でどこか誠二が行きそうな場所は思いつくかしら?」
「い、いえ。わ、わかりません」
「ふぅん、そう。使えないわね」
 私は井上くんにそう吐き捨てると、そのまま電話を切った。
 が、すぐにリダイヤルボタンを押してもう一度かけなおす。今度はすぐに出た。


114 三者面談 その2 ◆oEsZ2QR/bg sage 2007/08/19(日) 23:06:29 ID:21WfsYw6
「は、はいっ。沢木先輩!」
「クラスメイト全員に連絡して、誠二が居るかそれとなく確認しなさい」
 それだけ言って、電話を切る。二秒後、もう一度リダイヤルボタンを押す。先ほどより少し遅く出た。ちっ。
「念のため、駅前のネットカフェも確認しなさい。直接行って確かめること、いいわね。」
「あ、あのさわ……」
 切った。
 よかったわ。最近はネカフェ住民なるものがいるらしいからね。ネットカフェで泊まる若者。そうね、ホテルよりは安いから誠二も居るかもしれないわね……。
 それにしても……誠二め。一体なにを。
 とりあえず、顔を洗いましょう。洗面所まで行き、顔を洗う。歯磨きをして、昨日のままだったぼさぼさの髪の毛をドライヤーでなんとか戻す。
 すると、携帯の鳴る音。表示画面には井上と出ていた。
 早いわね。もう誠二の足を掴んだのかしら。携帯を開くと右の赤いボタンを押して出る。
「はい」
 ………無言。
 というか、切れている。……あの子……。この私にガチャ切りか。いい度胸ね。もう一度、お灸をすえてあげないといけないかしら。
 と、私の耳元でもう一度携帯電話が鳴り出す。驚いて私は耳を離した。 なによ。画面には井上と表示されていた。
 あ、私の操作ミスか。赤いボタンは切るボタンだったわね。改めて、緑のボタンを押す。
「はい」
「あ、沢木先輩!」
「誠二は見つかった?」
「あ、えっと……。沢木先輩はなんか行方不明みたいに言ってたので、焦ったんですが……」
 早く言いなさい。
「普通に、携帯電話にかけたら出たんですけど……」
 へぇ。そう。さっき私がかけたら出なかったのにね……。そう、私だから出なかったんだ。誠二め。
「で、どこに居るか聞いたの?」
「え?」
「え、じゃないわ。誠二と繋がったんなら、今誠二がどこに居るか、聞いたの?」
「……い、いえ。聞いてません」
「何故?」
「……え、えっと会話の流れで……、だって、お姉さんから探すように言われてるっていえないですし……。あ、でも誠二もなんかひそひそ声でしたし、多分聞いても答えてくれないんじゃ……」
 切った。
 相変わらず、ただの監視役しか使えない男ね。所詮指示待ち人間か。ふん、利根川より優秀でもないけど。
 でも、ひとつわかったことがある。
「少なくとも、事故ではないわけね」
安心した。
 弟にもしものことがあったらと最悪な想像もしていた。もしかしたらトラックに轢かれたままぐちゃぐちゃになって死体の身元もわからなくなっている、ということも可能性として考えていたからだ。
 しかし、安堵の中。弟に対するむかつきも発熱してきた。
 ふつふつと心があわ立つ感覚。まるで、あの女教師高倉良子と正面から対面した時のような、感覚。痺れ。

「弟に依存していることに気付けてないあなたは、誠二君の親代わりとしても、姉としても失格よ」

 ……ふん。戯言を。何を言ってやがりますか。思い出すだけで反吐が出る。
 携帯電話で井上くんに電話をかける。るるるるる。結構待たせるわね。出たわ。
「は、はいっ。今度はなんでしょう!」
「聞くわ。あなた。誠二と電話したのよね。なにか変わったことはなかった?」
「え、え!? えっ、えっ。えーっと……」
「もういいわ」
 切る。
 井上くんの様子から、態度としては特に変わったことはないみたいね。じゃあ、普段どおり学校へ登校してくるかもしれないわ。
 ……私だけじゃなく、友達にまで泊まる場所がバレたくないってこと? ワケがわからない。まずいわね。学校以外だと私の手が伸ばせる範囲じゃないし……。
 よし、誠二に直接聞こう。
 いまから学校へ行って、誠二を校門で待ち伏せする。そして、誠二が来たところで直接問いただしましょう。
 そうと決めれば行動は早い。私は昨日のままの学生鞄を掴むと、外へと飛び出したのだった。


115 三者面談 その2 ◆oEsZ2QR/bg sage 2007/08/19(日) 23:07:59 ID:21WfsYw6
 校門で、私は一人で誠二を待つ。
 この学校は大きいが、生徒の出入り口はこの校門しかないわ。だから、ここで見張っていれば必ず誠二を見つけることが出来る。
 すでに、靴箱は確認済みだ。誠二はまだ登校してきていない。確認が済めば、校門の門の横に陣を張る。
「ああ、沢木くん。おはよう」
 毎朝校門に立って生徒に挨拶しては無視されている福永教諭はぎこちない笑顔で私に声をかけた、私は福永教諭に軽く会釈する。福永教諭は心なしか嬉しそうに笑った。会釈さえもしてもらえないのか。いい先生なのに、授業は。
 ふと見れば福永教諭は、登校してくる生徒の顔が最も見えやすい位置に立っていることがわかった。さすが、毎朝こりもせず立っているだけあるわ。
 私は福永教諭の横に並んだ。
「ん? 沢木くん。どうしたのかね?」
「いえ、別に」
生徒が登校し始める。福永教諭は一人一人に「おはよう」と声をかけていくが、ほとんど返ってはこない。唯一真面目な大人しめの生徒のみが恥ずかしげに小声で返すのみである。
 私も、登校してくる生徒を一人一人検分していった。一年生二年生三年生……。大勢の生徒たちの顔を確認するためには目を皿のようにして見渡さねばならない。
「あの、沢木くん。何をやっているのかな……?」
 すぐ横で目をギラギラさせて生徒たちを挨拶するわけもなく検分している私に、福永教諭は焦ったように聞いてくる。登校してくる生徒の何人かも、私と福永教諭が二人で並んでいるのが理解できないようで、微妙な顔でこちらをチラチラ見ながら校門をくぐっている。
「沢木くん。そこに立ってくれてるなら先生と一緒にみんなにあいさつをしないかい?」
「黙っててください」
 この時間帯は一度に通る人間が多くて大変なんですから。
「………」
 福永教諭はしゅんっとなってしまった。そんなに心が強いわけでもないですからね。この先生。しかし、ふと思いついた。
「福永先生。うちの誠二を見つけたらおっしゃってくれませんか?」
「………」
「先生?」
「え? あ、なんだって? あ、おはよう!」
「うちの誠二を見つけたら私に言ってください」
「あ。はいはい」
 あ、井上くんが登校してきました。ふぅん、結局誠二は一緒じゃないのね。井上くんは校門に私が立っているのを見つけると、途端に顔をこわばらせ、私に向かって「知らない!知らない!」と小さく首を振る。
「あの子、最近妙に元気がないんだよ。なんというか空元気というか……」
 福永教諭が顎に手を当てて、私に相談するように呟いた。本当に、なにを怯えてるんでしょうね。井上くんは。
 まぁ、当然それには答えず私は誠二の姿を探します。……どこだ? どこだ?
 だんだんと登校時間が少なくなり……、生徒たちも減っていく。チャイムが鳴り、福永教諭が授業の準備で切り上げ校舎へ戻っていく、そして朝HRの時間。
もう、やってくる生徒の姿はない。遅れてきた不良生徒がくちゃくちゃとガムをかみながら通ってくるだけ。
 ……昨日から待ちぼうけばかりね。
 ふつふつと、湧き上がる誠二への怒り。結局、一時間目を潰してまで待ったが、誠二の姿を見ることは出来なかった。


 先生の部屋からの登校は細心の注意を払っていた。
「ほら、誠二くん。隠れて」
「はいっ」
高倉先生の車の中。僕は後部座席で体をちぢ込ませて隠れる。 昨日は高倉先生の部屋に泊まった僕らは、高倉先生の車を使って登校することになった。
ただ、生徒たちが多い校門の前で先生の車から降りたら、もしかしたら僕らの関係がバレてしまうかもしれない。だから、僕らは車に乗ったまま教師入口から入り、人気の少ない関係者専用駐車場で降りることにしたのだ。
しかし、教師玄関の前にある駐車場に行くためにはちょうど校門の前を通らないといけない。だから僕は細心の注意を払って隠れる。
 生徒たちの声がドア越しに聞こえる。ばれない様に、ばれない様に。
「ふふふ」
 ちょうど、校門の前あたりを通り過ぎた時。先生がかすかに笑った。
「どうしたんです? 先生」
 先生はハンドルを回し、昨日の姉さんと対峙した時のような鋭い視線を窓の外に滑らせていた。窓の外に何かあるのかな。気になったけど覗くわけには行かない。
「いえ。あの娘、必死だなぁと思ってね」
「?」
 先生の含んだ笑いがエンジン音に溶けていく。 僕は意味がわからず、ただ後部座席でちぢこまったまま首を傾げるばかりだった。
(続く)

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最終更新:2007年10月20日 23:47
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