557 チョコっと
姉さん(シスター) sage 2008/01/01(火) 23:52:10 ID:w+tElTVa
己の限界へと挑むことを戦いと言うなら、なるほど、それは確かにある種の聖戦だった。
「がつがつがつがつ・・・!」
戦場に友はなく、武器もなく、剣折れ矢尽きるまでもなく、元よりその身は単騎。
如何なる守りも身に帯びず、ただ信念を背負って臨む。
「ばくばくばくばく・・・!」
対して、敵は幾十倍。
己に託された想いを鎧と纏い、寡兵も単騎も容赦なく、等しく押し潰さんと吶喊する。
その一人一人が一騎当千、この日に命を散らすべくして集まった猛者どもだ。
「はぐはぐはぐはぐっ・・・!」
ならば彼我の戦力、その差は実に一と数万。
果たして如何なる戦士、軍師、賢者、英雄ならばそれに抗し得るのか。
敗北は必定。拮抗を望むことさえおこがましい。勝利など夢幻の彼方、屈服こそ必然。
「がふがふがふがふがふっ!」
故に、ボクはそれを奇蹟と呼ぼう。
ひどく薄汚れた、失笑ものの、この上なく馬鹿らしくて泥臭い奇蹟だ。
「もぐもぐもぐもぐもぐ────────もげふっ!?」
最早それだけで暴力的な数的劣勢を前に彼女────姉さん────が選択した道は一つ。
突撃、突撃、突撃。
数で勝る相手に組み付き、鎧を引き剥がし、食い破る。単純で明快。
無理を承知で、無策を携え、無茶を笑って突き進む。
手には乾いた黒色がこびり付き、口元は汚れ、胃の腑から責めて来る吐き気に顔色は青く。
後から後から噴き出す汗は拭い切れず、またその暇もない。
傍目にも限界だった。
現に、戦場に銅鑼の音が響いてから半時間足らずで、姉さんが苦痛に身を捩るのもこれで三度目。
「~~~~~~~~~っ!?!?」
だが、諦めない。
とうに許容量は越えているはずなのに、
周囲に漂う鼻の曲がりそうな匂いとは違った焦げ付くような闘志を一層に燃え上がらせ、
喉に突き立った異物の排除へとかかる。
「っ!? っ、ぁ、っっ────────!」
手刀で自身の首に喝を入れること数度。
雫の滲み出した目でボクを見詰めながら苦戦するうちに、叱咤された喉が動く。
「ん・・・? んっぐ」
ごくりと、姉さんを苦しめた異物が食道と直結した奈落へ敗れ落ちていく。
「すぅー・・・・・・はぁー」
558 チョコっと姉さん(シスター) sage 2008/01/01(火) 23:53:43 ID:w+tElTVa
しばし、沈黙。
若干の呼吸の乱れを整え、数十分もの格闘の末に残った敵と相対する。
そう、最後の敵と、だ。
そいつは、今までの相手に比べれば、ひどく小さいヤツだった。
一回りどころか、体積で言えば数分の一以下である。唯一、姉さんが考えた作戦らしい作戦の結果がこれだ。
強敵は最初に、弱者をこそ最後に残す。
なるほど、圧倒的な物量差があるなら、倒すほど楽になっていく戦いの方が最終的にはモチベーションが保てる。
尻上がりの人間は段々と希望に近付くが、逆の場合は悲惨だ。
「いいぃぃぃいいいよぉぉおっっしゃぁぁぁああああーーーーっっ!!!」
ヴァレンタイン・デイ
聖なる二月十四日。
包装という鎧を剥がされ、部屋の中を耐え難い甘い匂いで満たし、
姉さんの手と口に黒い跡を残しながら食われて行った数多の女性からの贈り物たる戦士達は、
そうして姉さんの胃袋の前に敗れ去った。
『アンタ、何か甘い匂いさせてるわね。
言っておくけど姉さんね、今日はとっても機嫌が良くないの。
つまりこのイライラを抑えるためには糖分が必要なのよ。だからね?
甘いもの持ってたら頂戴、つーか出しなさい。あるだけ全部。今すぐに。
隠したら甘いものの代わりにアンタを食べるからね』
本日。
帰宅してから開口一番、背後に炎を揺らめかせながらそう告げた姉さんに、
ボクが無条件降伏したのを責められる人はいないと思う。
今日が何の日か忘れていたボクを、通学路や校門前、下駄箱、机の中、教室後ろのロッカー、
移動教室の後で戻って来た机の上、呼び出された職員室、放課後の部室、
返してもらった限定DVDのBOXの奥、
自宅の郵便ポスト、宅配便の包みの中と、ありとあらゆる場所で迎えたチョコの群。
否、軍勢。
もともと甘いものはあんまり好まないボクが、
むしろ安心と共に姉さんに選手交代したのは当然じゃないだろうか。
まさか姉さんが全部食べきるとは思わなかったけど。
「うっぷ・・・もう限界」
姉さんの方も流石にチョコの山とまでは想像していなかったに違いない。
何せ、部屋に持って帰ったチョコは大きな袋で二つ分くらいあった。
それを食べきる姉さんも凄いけど。
やはり辛いらしく、口を抑えてふらふらと立ち上がる。
「お姉ちゃん、もう上がるけど・・・・・・その前に、これ」
と、服の内側をごそごそと探って包みを差し出した。
多分、ボクの頭上には?が出たに違いない。
559 チョコっと姉さん(シスター) sage 2008/01/01(火) 23:56:40 ID:w+tElTVa
「友達に材料の買出しに誘われて、ついでに自分で作ったんだけど、
もう限界で食べられないからアンタにあげる。
ヴァレンタインに女の子の手作りチョコを一つも食べないで終わるのは、流石に可哀想だし」
一応、自信作なんだから。
そう言って押し付けられた丁寧なラッピングのハート型が手に収まる。
反応に困ったボクをよそに姉さんはさっさと歩き、
リビングの扉に手をかけたところで振り返った。
「受け取ったからには、その・・・・・・ほ、
ホワイトデーのお返し、期待してるんだからね!
きっちり三倍返し! 出来なかったら体で払ってもらうわよっ!」
勢い良く扉が閉まり、階段を駆け上がる音。
上でばたんと音が鳴り、一転してしん、と静かになる。
何となく渡された綺麗な包みを弄びながら、ボクは思案した。
「ホワイトデー・・・・・・うーん。どうしよう。
去年は姉さん、何もくれなかったのに一月経ったら急に怒り出すんだもんな。
弟なんだから当然! とか言って。
確か、プロレスだか柔道の技の実験台にされたんだっけ。
体が密着したと思ったら絞められて意識落ちたし、
結局何があったのか覚えていないんだよね。
肌が汗ばんでたのと服が乱れてたような気はするんだけど・・・」
もしかしたら、今年はチョコをくれたのは牽制なのかもしれない。
去年であれなら、ちゃんとチョコをもらった今年に返さなかったらどうなるのか。
数時間も記憶が抜け落ちるような目に遭うのはごめん被りたいな。
「忘れないようにカレンダーにでも書いておこうかな」
うん。そうしよう。
思い立ったら有言実行、ボクも部屋に上がる。
姉さんのいる隣部屋からベッドの上を転げ回って悶えるような音がしたけど、
たまにあることなので気にしない。
一ヵ月後の日付に赤丸をつけてメモ。これで安心だ。
「よし」
ちなみに、姉さんのくれた手作りのチョコは美味しかった。
何だかんだ言ってボクの好みを把握しているのでビター系。
食べ慣れない味だったけど何かの酸味が効いていたのも良かった。
これはお返しも頑張らないといけないな。
そんなことを思いつつ、
何故か気が付くと三月のカレンダーがなくなっていて、
お返しを忘れたボクがしっかりと姉さんに怒られたのは後の話。
その晩に姉さんがボクを部屋に呼び出して、何故か睡魔に襲われて意識を失ったのはまた別の話。
最終更新:2008年01月08日 04:11