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監禁トイレ④-1 sage 2008/01/30(水) 21:21:27 ID:vjmd2voz
「私は摩季。角倉 摩季(かどくら まき)。こっちは私の弟。達哉って言うの」
摩季と名乗った少女はほら、と後ろに隠れた少年を双子の前に押し出す。
「角倉 達哉(かどくら たつや)…」
少年はそれだけ呟くとまた摩季の後ろに引っ込んでいった。
「私は萌。こっちが蕾」
双子の片割れが話す。
「ホントにそっくりねぇ…」
摩季は感嘆の意を込め呟いた。
互いの親はその光景を眺め、時折目が合うとどちらともなく微笑む。それは彼らが「家族」となる五か月前の話。
434 監禁トイレ④-2 sage 2008/01/30(水) 21:22:54 ID:vjmd2voz
夢というのは不思議なものだ。
夢を見ている間はどんな事も納得してしまう。それがどんなに理不尽でも。
だからこれは夢だ。こんなものは夢に決まっている。萌姉ちゃんが僕の頭をべろりとめくる。中身を舐めながら僕の脇をくすぐる。
頭の中身がお目見えしているのだ、痛いはずだ。なのに僕には脇のくすぐったさしか感じられず大声で笑いだす。上を向いてげらげら笑っていると、空中に蕾がいた。天井からロープで首を吊り、体育座りの姿勢で。
そう、これは夢だ。
夢に決まってる。
蕾がこちらを向く。
「夢じゃないよ!」
物凄い声量だった。萌姉ちゃんが頭に向かって叫ぶ。
「夢じゃないよ!!」
頭が、割、れ、る、
――――最悪の目覚めだ。夢というのは往々にして意味不明なものだが、今回のはぶっちぎりの自己ベストだ。
「あらら、汗びっしょりじゃないですか」
ハンカチで汗を拭う萌姉ちゃん。
萌姉ちゃん…?
顔をまじまじと見つめて…
意味が無かった。
改めて目の前に立つ女の全身に視線を巡らす。
スニーカー、インディゴのデニム。
だが上に羽織っているのは厚手のパーカーだ。頭はキャップを被らず、後ろで長い髪を括っている。ルというやつだ。
右の壁に目をやれば、もはや見慣れた格好の萌姉ちゃんがキャップを深く被り座っていた。
「お前…蕾か」
435 監禁トイレ④-3 sage 2008/01/30(水) 21:26:16 ID:vjmd2voz
「ええ、お久し振りです。義兄さん」
蕾。
萌姉ちゃんの双子の妹。
そして僕の義妹でもある。
「大丈夫ですか?かなりうなされてたみたいですけど」
「大丈夫に見えるか?」
「それだけ言えれば充分でしょう。ただ…一応薬品は薬品ですからね。体に異常を感じたらすぐに言ってくださいね」
や、薬品…!?
「あ」
ハンカチに染み込んでいたアレか。
「何使ったんだ…クロロホルムか…?」
「クロロホルムは危険ですよ?ドラマでは良く使われてますけどね。まぁ…使って欲しいと言うのなら使いますが…」
「使うな。何も使うな。大体眠らせる必要なんかないだろ!」
そもそも何処で手に入れたのだろうか。
「…義兄さんは女性の排泄行為を見て興奮する特殊性癖の持ち主ですか?五年ばかりで随分変わりましたね。この変態。鬼畜。」
…また鬼畜と言われた。
「ふざけるな!理不尽だろうが!僕が目をつぶれば良いだけの話じゃないか!!」
「潰してほしいんですか?」
「…」
問答では敵わない。昔から可愛げのない義妹だ。
本当に。
本ッ当に。
436 監禁トイレ④-4 sage 2008/01/30(水) 21:27:17 ID:vjmd2voz
「なぁ、何でこんな事する必要があるんだ?わざわざ監禁する必要もないだろ?」
家に押しかけてきて「どっちか選んで!!」考えるだけでげんなりする状況だが、それでも現状よりはマシだろう。
「人目の無い所でやりたかったんです。只でさえ、義兄さんの周りにはお節介な人間が多いですから」
親父と花苗さんか。場合によっては
姉さんも。
「場所も教えてくれない。連絡すら取らせてもらえない。義兄さんに好意を抱く人間としての、普通のラインにすら立たせてもらえない。悲しかったですよ」
「…昔は普通のラインに立っていただろう。そこから外れたのはお前自身、姉ちゃん自身じゃないか」
「どれの事を言ってるんです?アドレスを交換した早紀さんですか?それとも告白してきた結衣さん?ああ、お母さんもいましたね。義兄さん、あの女達はね、努力が足りなかったんですよ。それに実力も。
恋の駆け引きはレースみたいなものです。ゴールは義兄さん。ゴールまでの道は本人次第です。戦うもよし、己を磨くもよし。自分の正しいと思った事を実行するだけ、です。恋は貫くもの、愛は手に入れるもの、ですよ」
僕は、他人を傷つける事を努力とは思わない。
437 監禁トイレ④-5 sage 2008/01/30(水) 21:30:35 ID:vjmd2voz
「花苗さんは違うだろ。お前らの勘違いじゃないか…!!腫れ上がるまで殴って…。実の母親にあそこまでする必要なんか…絶対にない」
「義兄さんは悲しかったですか?」
「僕じゃない!今は花苗さんの…」
「義 兄 さ ん は 悲しかったですか?」
蕾の口調はあくまで冷静だ。姉ちゃんとは異種の威圧感。姉ちゃんが炎なら蕾は氷。程度が過ぎればどちらも人を死に至らしめる。その程度を、とっくに振り切っているのがこの姉妹。
「…か、悲しかったよ。だからちゃんと謝ってやってくれ。今すぐでも良い。この手錠をほどい」
「嫌です」
「…」
字数は増えても拒否は拒否。
「義兄さんは分かってないんですよ。あの女がどれだけ劣悪で薄汚くて狂った感情を義兄さんに抱いていたか。
あと当然ですが手錠は外せません。こうやって捕まえておかないとふらふらと何処かに行ってしまうんですから。幾つになっても心配で心配で放っておけません」
蕾にはそんな風に見えるのか。二十歳になってまでそんな事を言われると、何だか無性に切なくなる。
「…まぁ、そこが可愛い所でもあるんですけど」
「え?今何て言ったんだ?」
「何でもありませんよ、どうぞ気にせず自己嫌悪に浸っててください」
438 監禁トイレ④-6 sage 2008/01/30(水) 21:31:50 ID:vjmd2voz
「…」
「…」
しばしの沈黙。何故か蕾も居心地悪そうだ。
「な、なぁ、結局コレはいつまで続くんだ?」
僕は手錠を指し、問う。
「義兄さんが私を選んでくれるまでです」
…君達、相手が選ばれる場合の事は考えてないのね…。僕にはどちらも選ぶ気も無いのに。
「何日もこんな事してられないだろう?親父や花苗さんだってすぐに気付くぞ?」
「気付いた所で何も出来ませんよ、あの人達は」
ニヤリ。
こんな擬音が似合う笑い方だ。さっきまでの思考が舞い戻ってくる。そう、二人とも『普通』の程度をとっくに振り切っている。
嫌な予感がした。
「お義父さんもお母さんも死んでますからね」
最終更新:2008年02月04日 23:29