監禁トイレ⑦

620 監禁トイレ⑦-1 sage 2008/02/05(火) 20:55:56 ID:96z8JXf5
コンコン。
母親がドアを叩く。その控え目な音を聞くだけで彼女の人当たりの良さ、物腰の柔らかさが窺える。
「達哉君、お夜食作ってきたんだけど…」
ドアが開き、花苗の頭一つ上の空間に顔が現れた。
「ありがとう、花苗さん。お、味噌汁付き!!」
成長期を迎え、溜め込んでいた分を放出するかのように伸長した達哉だ。両腕を双子に引っ張られていた頃の面影は微塵もない。味噌汁の匂いを嗅いで笑顔を浮かべる達哉。花苗はそれを嬉しそうに眺め、
「勉強頑張ってね」
と声をかける。
はぁい、と間延びした返事を外へ送り出すとドアは閉まった。

「こんな夜中に何してるの?」

微笑んだ花苗に右側から投げ掛けられる、絶対零度の言葉。

「母親のくせに…汚らしいですよ、息子に愛想振りまいて…」

左から投げ掛けられる、冷酷無比の罵倒。

廊下の奥、暗がりにひっそりと立つ双子の姉。
階段を背にして、嫌悪を顔に滲ます双子の妹。

少しずつ距離を詰め互いの手が届く範囲に至った時、母親の顔面に二つの拳が突き刺さった。
倒れ込む母。
フローリングの床には点々と血が垂れる。

髪の毛を掴み、顔面に唾とありとあらゆる罵詈雑言を浴びせかける姉。
手を踏みにじり、脇腹を蹴りあげる妹。

それでも母親は、屈しなかった。騒ぎに気付いた達哉と父親が双子を押さえ付けた後も、涙を流す事は無く。彼女は最後まで、娘達と対等に睨み合っていた。



達哉が父親から都内の進学校を受験するよう言い渡されるのは、この一週間後の事である。






621 監禁トイレ⑦-2 sage 2008/02/05(火) 20:58:09 ID:96z8JXf5
満腹だ。
自分で食べる分だけは意地でも蕾の介入を許さなかった為、なんとか人並みの食事をする事が出来た。
ただ、しばらくツナサンドは食べられないだろう。
窓は靄のかかった群青色に染まっている。いつの間にか陽は沈んでいたらしい。結局一度たりとも、外から人の気配を感じ取れる事は無かった。一体僕のいるトイレは何処に位置しているのだろうか。

「義兄さん」

蕾が耳元で囁く。
「っていうかお前は何で僕と腕組みしてるんだ!!囁くな!寄り掛かるな!!知らない人が見たら事後だと思われてもおかしくないぞ!!」
「落ち着いてください、義兄さん。ここには私達しかいません」
…いや、例えだよ例え。
「それに事後というのもあながち間違いではないでしょう。実際、私は軽く腰が抜けかけました」
「…キスでか」
「ええ、素晴らしい舌使いでした」
僕は使ってない。絡めてきたのも舐めあげてきたのも吸ってきたのも、全部お前だ。こっちは下半身の制御に手一杯だった。

会話しているそばからトイレ内は暗くなっていく。冷え込みも厳しくなってきて僕はダウンの前をかき寄せた。

「そろそろどちらを選ぶか決まりましたか…?」
蕾が質問してくる。薄暗い空間の中なので表情を窺い知る事は出来ない。ただ目だけは僅かな光すらも逃さず封じ込めたように、輝いている。瞳が反射する光はナイフの切っ先のように鋭い。
「全然…。というより選ぶ事自体したくない」
「なら、ずっとこのままでいますか?私と義兄さんと姉さんの三人で」
「絶対に嫌だ」
「同感です。私も義兄さんが他の女性と一緒にいるところなんて見たくありません」
僕はどちらとだって一緒にはいたくない。
「…仮に」
トイレの中が急に白く瞬いた。蛍光灯がついたのだ。どうやら水道と同様、電気も生きているらしい。



622 監禁トイレ⑦-3 sage 2008/02/05(火) 21:01:38 ID:96z8JXf5
「仮に、僕がお前を選んだ場合姉ちゃんはどうなるんだ?」
白い光、白い壁の中で体育座りをしている萌姉ちゃんを見る。今彼女は起きているのだろうか、それとも眠りこけているのだろうか。
「口で言って理解してくれるならそれで良いです。でも…そうはならないでしょうね」
「ならどうするんだよ?」
「殺しますよ、勿論。二人とも覚悟のうえでここにいますから」
平気で「殺す」だの何だの言わないでくれ。誰しもその言葉を口に出すだけなら経験はある。例外なく僕も。だが実行する決意を秘めて発した事など、一度もない。
「何でそこまでする必要があるんだ。殺さなくたって良いだろう?取り合うのが僕じゃなくたって良いだろう……?」
「義兄さんでなければ駄目なんです。私も、姉さんも」
「僕は命を賭けてまで好かれる程、魅力的な人間じゃない」
「義兄さんを愛するのも命を賭けるのも、私達の自発的な行動です。お気になさらず」
結局、考え方の根幹が違うのだ。二人にとっては恋も愛も一方向にしか伸びる事のないベクトル。どうやら説得すらも困難なようだ。
「義兄さんに初めて会った時」
蛍光灯を見つめながら蕾は呟いた。
「あの時は思いませんでした。まさかこんな風になるなんて」
「僕もだ」
今でも信じられないくらいだから。いっそ夢ならどんなに良いか。
「気付いた時には自分でも驚くくらい、義兄さんの事を愛していたんです。きっと一番最初に会った時から私は惹かれていたんです、義兄さんに」
あまり小さい頃の記憶は残っていないが、いつも姉さんの後ろにくっついていた貧弱な子供だったと思う。よくぞあんな情けない少年に恋心を抱けたものだ。
「最初は…庇護欲だったのかもしれませんけどね。でも、成長していくにつれて男らしくなっていく義兄さんを見て。
あの腕で折れるくらいにきつく抱き締めて欲しい、低い声で愛していると囁いて欲しい、胸板に頭を乗せて、心臓の鼓動を共有したい。そう思ってしまったんです」
途中、若干声がうわずっていたものの、ほぼ全文をきわめて冷静に語ってくれた。話だけならまさに「恋する少女」だ。最近の「恋する少女」は過激なようだ。
何せ好きな人間を監禁してしまうんだから。『本当は恐ろしい「恋する少女」』とでも改名しておくべきだ。



623 監禁トイレ⑦-4 sage 2008/02/05(火) 21:03:15 ID:96z8JXf5
―――ブーン、ブーン、ブーン。

ああ、またこの音か。僕の眠りの時間だ。
「時間か」
蕾は携帯を開き、ディスプレイを見ながら、
「時間です」
と答える。
蕾はリュックの方へ歩いていき、中から液体の入った瓶を取り出した。ハンカチに液体を染み込ませていく。再度僕に近付くと口にハンカチを当てた。
「義兄さん、最後にアドバイスをしておきます。義兄さんの性格は良く知っています。選べと言われても選べないのでしょう?自分の選択に人の生死がかかっているんですから、当然です。だから、こう考えてください。
『ほんの少しでもどちらがどちらより好みか』。
それだけで良いんです。それだけ答えてください。後は、私達がやりますから…。さぁ、答えて…」
肉体疲労が薬の効果とあいまって眠気を呼び込む。返事をする気力も起きない。なんとか首を振って拒絶の意を示した。

「愛しています、義兄さん」

蕾の唇が、僕の額に触れる。




不思議な事に、嫌な気はしなかった。

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最終更新:2008年02月12日 23:09
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