ハルとちぃの夢 第12話

440 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/23(土) 17:27:30 ID:zTzeMBjJ
 あのお祭りの日以降、康彦の苦悩が始まった。

 遥と智佳の二人が、お祭りの前日までと正反対に態度を変え、家にいる間は康彦の側から離れようとしなくなったのだ。

 これには康彦も戸惑った。
 お祭りの一週間程前から、遥も智佳も、自分との無用な接触を避けていたハズなのだ。
 それは、二人が反抗期になり自分から離れていくと感じて、それを嬉しさと悲しさをもって見守っていくつもりだったのだが、
 今、また二人は自分に甘えてきていた。
 それが、以前よりもずっと露骨で大胆になってきているのだ。

 二人とも、難しい年齢だと言う事は、康彦にも分からない訳ではないのだが、
 それでも、二人の本心が康彦には分からない。

 親代わりのつもりでいても、兄であって親ではないのだから、仕方ない事だ、
 そう自分に言い聞かせてみると、逆に康彦は肩を落とした。
 二人を理解出来る大人でない自分が情けなかった。


 もっとも、二人には二人の事情がある。

 兄を淋しがらせようとして、業と無視をしたまでは良かったが、
 逆に自分達が淋しさに負けてしまい、それまで以上に康彦を欲するようになってしまった。

 お祭りの日に、それまでの分を挽回しようとはしたのだが、
 無惨な結果に終わっている。

 だからこそ、二人は康彦を完全に手に入れる為に、それこそ眼の色を変え始めたのだが、
 そんな心情に康彦が気付く事はない。



441 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/23(土) 17:28:21 ID:zTzeMBjJ
 遥と智佳の行動は、甘えの域を超えている。

 兄である康彦に、自分を妹から女として認識させて、関係を進めたいのだから当たり前だ。
 しかも、互いに”もう一人の妹”と言う、競争相手がいるのだから、行動もエスカレートする。


 遥が康彦の隣に座るようにすれば、智佳は康彦の膝の上を選び、それに遥が更なる対抗心を燃やす。

 智佳が康彦に抱き着こうとすれば、遥は自分の胸の谷間に康彦の腕を押し挟み、それが出来る程に成長してない智佳が嫉妬する。


 自分を女と意識させる二人の熾烈な戦いは、寸暇も許さずに続けられている。

 それこそ、二人が交わした約束がなければ、入浴や就寝している康彦を襲ってもおかしくない程に。


 もっともその行為は、康彦に気疲れを感じさせたり、苦悩を植え付けたりしているだけで、
 二人の希望とは逆に進んでいるのだが。



442 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/23(土) 17:29:56 ID:zTzeMBjJ
 康彦の身の回りで変わったのは、遥と智佳の妹二人だけではない。


 鈴もあの日から少しだけ変化した。
 康彦から距離を置くようになったのだ。

 それだけなら、康彦にとって気にする必要のない事なのだが、
 問題は、何とも言えない眼で、康彦を見つめている事が多々ある事だ。

 「どうした?」
 鈴の視線に気付いた康彦がそう聞くものの、
 鈴は笑いでごまかすように、
 「何でもないです、何もないですう!」
 と言うと、逆に、
 「先輩こそ、変わりはないですか?」
 と、聞いてくる。
 康彦が”何もない”と答えると、鈴は”そうですか”と力無く肩を落とした。

 こんな鈴の態度に、康彦は首を傾げるだけだったが、鈴には鈴でちゃんとした理由がある。

 早紀の妹が何かをしでかすまで、康彦から多少の距離を取らなくてはいけない、そう考えているからだ。
 全ての事が終われば、自分の三年間の努力が報われる、
 それは分かっているものの、気持ちの制御が出来てないのだ。

 ”落ち着けえ、今、下手な事をして、あの二人の標的になるワケにいかないんだからあ”
 そう鈴は、自分を押さえ付ける。


 そんな鈴の葛藤を知らない康彦は、不思議な生き物を観察している気持ちになっていた。



443 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/23(土) 17:31:37 ID:zTzeMBjJ
 妹二人や鈴も、変わったと言えば変わったのだが、
 もっとも変わったと言えば、あの女子高生、久美になるだろう。

 元から、その発想な思考、行動力を何処から理解して良いのか、検討が付かない相手ではあったが、
 それが更にエスカレートしてきたのだ。

 ある電話の時、久美は”名前で呼んで下さい”と、康彦を怒鳴り付けてきた。
 康彦が名前を知らない事を告げると、”久美です!私の名前は久美です!”と、必死になって訴えてきた。

 その声は、どこか悲壮感や孤独を康彦に感じさせた。
 それを聞いた時、康彦の久美に対する感情が少しだけ変わった。

 遥の少々変わった友人で、遥の学校での様子を知れる貴重な相手、
 その前提に大きな変化はないのだが、それ以外に、
 ”心のどこかに傷がある弱い人間”
 という認識が増えた。

 康彦は、自分がそうであるだけに、他人の心の傷を敏感に感じとる事が出来る。
 そして、感じとってしまえば、その相手を出来るだけ救いたくなる。

 そんな性格だからこそだろう。
 その時から康彦は、久美の愚痴や弱音を積極的に聞くようになったし、
 それに伴って、久美の電話回数も増えてきた。

 とは言え、家にいる間は、常に妹達が近くにいるのだから、電話出来る時間は限られているし、
 その事実が何故か久美を不安にさせていた。

 「一度会って、しっかりと話をしたい」
 久美は康彦にそう頼み込んできた。
 妹達の事をもう一度、しっかりと聞いておきたかったり、
 久美自身の危うさを感じた康彦は、その頼みを受け入れた。


 そして、その約束した日が今日であった。



444 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/23(土) 17:33:47 ID:zTzeMBjJ
 寂れた工場の廃屋、
 そこが久美の指定してきた待ち合わせ場所だ。

 ”常識に欠けてる”
 思わず康彦はそんな事を思った。
 その言葉が不適当だと言うなら、危機管理能力がない、としか言いようがない。

 今回は康彦が一人であるし、特に何かをしようと言う下心がないから良いようなものの、
 こんな場所に呼び出したなら、誰に何をされようとも文句は言えないだろう。
 腕っ節に自信があったとしても、愚か過ぎる考えだ。

 久美に会ったら、そこは注意しなくてはいけない、
 そんな事を考えながら奥に進む康彦に、
 「お待ちしていましたよ…」
 「康彦さん」
 と言う、久美の声が聞こえてきた。


 暗さから、しばらくは久美の居場所を特定出来ずにいたが、
 声のする方を探りながら、久美の姿を確認できると、康彦は一言、文句を言うべく、久美の元に歩み寄った。
 だが、康彦の動きはそこで止まる。

 久美が、妖艶と言うべきか何と言うべきかは分からないが、
 最初に会った時とはまるで違う、不思議な微笑みを見せていたからだ。

 「こんな場所でびっくりされたでしょう?」
 康彦の内心を見抜いてか、久美が静かに語り出す。
 康彦は、久美の雰囲気に飲まれてしまい、頷く事でしか返答を返せないでいる。
 そんな康彦の様子に、久美が嬉しそうに笑う。

 「ここはですね」
 「私と私のお姉さんとの秘密の場所だったんですよ」
 あくまで平淡に、冷静さをなくさずに久美が語る。
 「昔はお姉さんも、私の事を愛してくれましたし、私もお姉さんの事を敬愛していたんですけどね」
 姉がいる、その事実さえ初耳だった康彦は、何も言えず、ただ黙って久美の話を聞いていた。
 「楽しかったですよ、父も母も厳しい人でしたけど、お姉さんといる時間だけは、何物にも変えられない時間でしたし」
 その時の情景でも思い出しているのか、遠い眼をしながら、久美は言葉を繋ぎ、そして一度、口を閉じた。

 そして、
 「あの日、あの事があるまでは、私はお姉さんの事を本当に愛していたんですよ!」
 と、初めて感情の高ぶりを見せた。



445 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/23(土) 17:36:59 ID:zTzeMBjJ
 康彦には、久美が言わんとしている事が今一つ理解出来なかったが、
 話の大筋は見えて来ていた。
 それでも口を挟まず、久美の語るままを聞く事にした。

 「あれは、お姉さんが公立の中学に通い出した時の話ですよ」
 久美はなるべく、冷静に語ろうとはしているのだろうが、その声の高まりが押さえられる事はない。
 「お姉さんは、私ではない相手…」
 「しかも男と、手を繋ぎ、接吻までしていたんですよ!」
 当時の状況でも思い出されるのか、久美の声には明らかな憎悪が込められていた。
 「私はお姉さんに問い詰めましたよ」
 「そしたら、お姉さん、何と答えたと思われます?」
 久美の質問に、康彦は分からないと首を横に振る。

 「私はあの男の子が好きだから、当たり前の話だって、普通に答えたんですよ!」
 嫉妬、それだけではない複雑な感情を吐き出す様に、久美が言う。
 「貴方には分からないでしょうね、私の苦しみがどれほどだったか」
 康彦に対してか、それとも自分になのか、嘲笑う様にして久美が言う。

 確かに康彦には、身内、それも同性を愛する気持ちは理解出来ない。
 それでも、久美の一途な気持ちは理解出来る。

 愛しい人間を失う苦しみは、身にしみているから。

 「あの二人に、私と同じ想いは、味合わせたくはないのですよ」
 そう言った久美は、気付けば康彦のすぐ眼の前に来ていた。

 康彦は何か久美に言葉をかけて上げたかった。
 悲しい恋をし、それに敗れた人間に相応しい言葉は康彦には思い付かない。
 それがもし、思い浮かぶならば、康彦自身が既に新しい道を見つけているだろうから、当たり前だが。

 「だからこそ、私はあの二人の為に何でもして上げたいのです」
 息が掛かる程の距離で久美が言う。
 「幸い、康彦さんは、私がこの身を汚しても構わない人ですし」
 「それはどう言う…」
 最後まで言葉を発する前に、康彦の口は久美の口によって塞がれた。

 そして、混乱する暇もなく、康彦の身体から力が抜けていった。

 「な…に、を」
 「心配しなくても、ただの痺れ薬ですよ」
 康彦の言葉に、久美が微笑う。
 「少しの間だけ、静かにして欲しいだけですから」



446 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/23(土) 17:38:33 ID:zTzeMBjJ
 身体の自由が利かない康彦の眼前で、異様とも言える光景が展開されていた。

 一枚一枚、まるで自分の意志を確認するかの様に服を脱いでいく久美の姿、
 そして、久美は恐怖に震えた手で康彦のズボンをずらす。

 当然、それによって、康彦の陰部が曝される。
 「これが…男の人の」
 唾を飲み込む音と共に久美が呟く。

 「ま、ちが…てる」
 康彦は薬で上手く回らない口から、久美の暴挙を止める為の言葉を懸命に出そうとした。
 「これで…貴方が私の物になれば、私の目的も達成…そう、達成するんです!」
 震える声で久美が叫ぶ様に言う。
 ”そんな事をしても無駄だ”、そう怒鳴り付けたかったが、康彦には、そんな力は残されていなかった。

 それからの久美は、様々な手段で、康彦の男性を興奮させようとした。
 優しく手で愛撫してみたり、身体全体で康彦に抱き着いたり、舌を絡ませる激しいキスをしてみたり、陰部その物を口にくわえたり…、
 それらは本で得た知識ではあったが、それでも充分だと、久美は考えていたのだが、
 康彦の男性が、何らかの反応を示す事はなかった。

 まるで焦る様にして様々な手段を講じる久美の姿を、康彦は冷ややかな眼で見つめていた。


 「もう…良いかな?」
 身体の自由が戻り始めてきた康彦が、久美を払い退ける様にして言う。
 「なんで…何で反応しないんですか!」
 納得がいかない久美が康彦に縋る様に叫ぶ。

 康彦は、そんな久美を気に止める事なく、まだ鈍い動きのまま、服を着直すと、
 「君も、早く服を着た方が良い。風邪ひくよ」
 と、からかう口調で久美に声をかけた。



447 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/23(土) 17:40:30 ID:zTzeMBjJ
 「何故です!何で何も反応しなかったんですか!」
 康彦の顔を見ながら叫ぶ久美の声には、涙が混じっていた。

 「こんな方法じゃ、興奮もしないさ」
 「それでも、男の人なら、そこだけは反応するハズです!」
 眼を反らして言う康彦の言葉に、納得が行く訳もない久美が、更に声のトーンを上げて言う。

 何と答えるべきか、康彦は悩んだ。
 「私に、私に女性としての魅力がないのですか!」
 久美が叫ぶが、それは違う。
 久美は平均以上の容姿とスタイルを持っているから、この状況であっても、大概の男は興奮してしまうだろう。

 康彦が反応を示さなかったのは、康彦個人の事情からだ。
 楓の死、そして、その後の様々なストレスが重なり、康彦の男性は完全に死んでしまっただけの話なのだから。
 その事を久美に伝えるつもりは、康彦にはない。

 「君が何をしたかったのか、俺には分からないけど…」
 ヨロヨロと立ち上がりながら、康彦が久美に言う。
 「お姉さんとの話は俺がどうこう言える事でもない」
 「だけど、君ならしっかりと思いを伝えれば、相手に届かす事が出来るよ」
 茫然と座り込む久美に、優しく語りかけた。

 そして、それ以上は何も言わず、まだ上手く動かない身体を引きずる様にして、その場から立ち去った。


 「何故…あの人も私を受け入れない…」
 一人残された久美が、服を着る事も出来ないまま、呟く。
 「何でワタシを見ミナイ愛さナい…」
 壊れたテープの様な肉声が、久美の口から吐き出される。
 「また諦める?」
 「諦めない。それはもう嫌だ…」
 「何故?」
 「あんな思いしたくない」
 「諦めナイ愛させル私を見サせる…」
 呟き続ける久美の心は、完全に壊れていった。



448 ハルとちぃの夢 sage 2008/02/23(土) 17:42:05 ID:zTzeMBjJ
 薬の影響で、身体の所々に感じる痺れと戦いながら、康彦は何とか家まで辿り着けた。

 「ただいま…」
 疲れ果てた声で、家に入ると、奥から遥と智佳が駆け寄ってきた。

 「兄ぃ、遅いよ!」
 「そうだよ、何やってたんだ、兄貴は!」
 当たり前の様に康彦に抱き着きながら、二人が抗議をする。

 普段ならともかく、今日は勘弁して欲しい、
 そんな事を思いながら、康彦は二人になんて話すか、考えていた。
 まさか、女の子に襲われていました、とは言える訳がない。

 「…臭い」
 康彦が悩んでいると、智佳がぽつりと漏らした。
 「えっ、臭いか?」
 康彦は慌てて自分で自分の臭いを嗅いだ。

 「兄貴!お風呂に入ってきなよ!」
 困惑する康彦の背中を遥が押す。
 「そうだよ、兄ぃ!臭いのダメ!」
 智佳も、康彦に顔を見せずに言う。

 二人に臭い臭いと言われた康彦は、寂しい背中を見せながら、浴室へと向かった。


 「敵…だね」
 康彦に聞こえない様、智佳が呟く。
 「…だね」
 遥が智佳の言葉に頷く。

 二人共、その眼には狂気の炎が宿っていた。

 「あの匂い、一人だけ心辺りがあるから」
 「ほんとに?」
 「だから、ちゃんと分かったらね…」
 「ちゃんとしないとダメだよね?」
 遥の言葉に、智佳が暗い笑顔を見せた。

 そして二人は、それ以上に話す事はなかった。

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最終更新:2008年02月24日 19:12
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