「いいよ」
「いよっしゃあああああああああああああ…じゃなくて、やったあ♪」
ヘンゼルの返事は何ともあっさりしたものでした。お姉さんは大喜びです。
そしてそのまま一ヵ月の月日が経ちました。それは、グレーテルにとって長い長い我慢の期間でもありました。
グレーテルは、さっさとこの家を出て行きたかったのです。それなのに、ヘンゼルお兄ちゃんは居心地が良いものだから、だらだらとお姉さんの家に居候していました。
商売は主に十代から二十代の女性に大人気。ネットとたかた社長のおかげです。そんなわけでお姉さんは、兄妹を養うくらいの経済力を持ち合わせていたのです。
毎日ごちそうをたらふく食べ、時に森の中を探検したり、仕事用のパソコンでこっそり2ちゃんねるを見たりして、二人は暇を潰していました。
お姉さんはそれを咎めもせず、暖かい目で見守っていました。そしてそれこそ、この一ヵ月間、お姉さんの身を守っていたのです。
お姉さんがむやみにヘンゼルに近付いてはこないため、グレーテルも彼女を始末すべきか判断がつきません。動向に目を光らしながら過ごす無意味な毎日は、グレーテルの精神を磨り減らしていきました。
「今日も問題無し…っと…。あーあ…早くお兄ちゃんと二人っきりになりたいなぁ…」
グレーテルは電気を消すとベットに入り、眠りにつくのでした。
140 ヘンゼルとグレーテルKIMO-remix Ver. sage 2008/03/11(火) 00:54:22 ID:41N3IJ2X
ぐつ。ぐつ。ぐつ。
鍋からは黄ばんだ煙があがります。中身は例の紫色の液体です。
「ふふふふふ…一ヵ月…長かったわぁ…」
お姉さんはいつにも増してご機嫌です。
火を止め、耐熱容器に移します。それを冷蔵庫にしまいます。
「これで明日には完成よ…ふふふふふ…」
お姉さんはぷるんぷるんの爆乳の谷間から紙切れを取り出すと、それを懐かしそうに眺めます。
ここらで少し昔のお話をしましょう。
かつてお姉さんは、ちょっとした有名女優でした。当時は美人だ、美人だ、と騒がれたものです。
たくさんの映画に出て、たくさんちやほやされて。だから少し調子に乗ってしまったのでしょう。
ある日、自分の出演した映画の舞台挨拶で、お姉さんはいつものように
「別に…」
と、ツンデレっぷりを存分に見せつけました。
けれど世の中はそう甘くはありません。ツンデレなんてものは所詮画面の中のみでしか有効ではないのです。
だからお姉さんは世間から散々叩かれました。慌てて謝罪会見をしたものの、涙を流す演技があまりに下手だったのでさらに叩かれました。
そんなこんなでお姉さんは自分の国―――つまり、魔女の国から追放されてしまったのです。
こうして、お姉さんはあちこちを放浪した挙げ句、この森の中でひっそりと暮らし始めました。この辺りでは、魔女の国なら当たり前の知識がとても重宝されます。
そこでお姉さんは媚薬や毒薬などを作って売る事にしました。商売はすぐに軌道に乗り、生活も安定し始めました。
でもお姉さんの心は満たされません。
森の中には家族がいません。友人がいません。恋人もいません。
夜になるとお姉さんは故郷を想ってむせび泣くのでした。
そんな生活が百五十年程続いたある夜、お姉さんのもとへ運命の男性が現れたのです。
お姉さんはその日の営業を終え、ご飯を作っていました。外では土砂降りの雨、だだ漏れの雷が荒れ狂っています。
お姉さんのスーパーイヤーは、激しい落雷の音に隠れたチャイムの音を聞き逃しませんでした。控え目ではありますが、ドアを叩いている音も聞こえます。
141 ヘンゼルとグレーテルKIMO-remix Ver. sage 2008/03/11(火) 00:56:27 ID:41N3IJ2X
「いらっしゃいませ!!」
営業スマイルを作りドアを開けると、そこにはびしょ濡れの青年が立っていました。
「えっと…」
「あの…僕、実は道に迷ってしまいまして…。少しの間だけ雨宿りさせてもらえないでしょうか…?」
お姉さんは青年を家へと迎え入れました。久しぶりの男の人に、お姉さんの胸はドキドキしっぱなしです。
青年は受け取ったタオルで体を拭くと、ソファに座り、家の中を物珍しそうに眺めています。水も滴るいいオトコとは良く言ったものです。
何と逞しい腕なのでしょうか。抱き締められたら体が折れてしまいそうです。
何と澄んだ瞳なのでしょうか。見つめられただけで溶けてしまいそうです。
足を組み着ていたツナギの前をはだける仕草ときたら、まるで「や ら な い か 」と誘っているようです。
魔女たるもの惑わしても惑わされるな、という格言があります。けれど、今のお
姉さんにはそんな大人の事情など興味ありません。
興味があるのは大人の情事だけなのです。
そこで青年の晩ご飯に紫色の液体を入れました。青年はそれに気がつかず、満腹になるまで食べ続けました。
その間に、お姉さんは湯浴みをして念入りに体を洗いました。
お姉さんがお風呂から上がると、果たして効果はあったようです。青年はこっちをとてもいやらしい目で見ています。
心の中でガッツポーズをしながら、お姉さんは色気たっぷりに近付きます。
「実は男の人と話すの…とても久しぶりなんです…」
お姉さんは耳元で囁きながら、青年の股間をつつー、と指でなぞります。そこは今にも爆発しそうなくらいに張り詰めています。
「いけない…!!僕には妻も子供もいるんだ…!!」
青年はそう言いつつ、ズボンをいそいそと脱ぎだします。青年はやる気満々です。
こうして二人はめくるめく快楽の世界へと旅立ったのです。足腰立たなくなるまで責められたお姉さんが起きたのは翌日の夕方でした。
「あれ…?あの人はどこかしら…?」
ベットには人型の凹みだけが残されていて、愛しい青年の姿がありません。
(せっかく起き抜けの一発を、と思ったのに…)
そう思いながら、お姉さんはリビングへ足を運びました。
やはり青年はいません。
142 ヘンゼルとグレーテルKIMO-remix Ver. sage 2008/03/11(火) 00:58:35 ID:41N3IJ2X
それどころか彼の荷物も、さらにお姉さんの私物である金品も数点、無くなっていました。
お姉さんは不安になりました。家中を探しますが、青年の影も形も見つかりません。不意に、その目がある一点で止まります。
テーブルには『お世話になりました』とだけ書いてある紙切れが一枚、残されていました。
お姉さんはわんわん泣きました。百五十年ぶりの恋は一夜にして終わりを告げたのです。それからまた以前と変わらぬ毎日がやってきます。
一度知ってしまっただけに、募る寂しさは以前の比ではありません。青年の残した字で自分を慰めれば、その時だけは寂しさを忘れられました。
でも終わった後にはハイパー賢者タイムがやってきて、また寂しくなってしまうのです。
青年とはそれから一度も会っていません。連絡もとっていません。何度か会いにいこうかと迷いましたが、もし拒絶されたら…、と考えると足がすくんで動けなくなってしまうのでした。
風の噂では、青年は森の向こうの村で材木工場を経営しているそうです。家族四人で仲良く暮らしているとのことでした。
もうこの先、あんな激しい恋をする事はないでしょう。お姉さんは独身貴族のまま、この森に骨を埋める覚悟をしていました。
しかし神様は、お姉さんを見放さなかったのです。あの一夜から二十年経った今、あの青年とそっくりなヘンゼルが現れたのですから。
「今度こそ逃がさないわ…ね?あ・な・た…」
かつて青年が置いていった紙切れを見つめ、お姉さんは微笑みます。
「このおクスリでヘンゼル君を虜にしてあげちゃうんだから…ふひ、ふふふふふふひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ…」
想像するだけでお姉さんは軽く昇天しかけます。指を股間に這わせようとした時、床がギシッと鳴りました。
「誰…!?」
お姉さんがドアを開けます。
しかし、廊下には人っ子一人見当たりません。
「気のせいだったのかしら…それとも木の精だったのかしら…?」
ロマンチストなお姉さんは作業の続きをする為、再びドアを閉めたのでした。
143 ヘンゼルとグレーテルKIMO-remix Ver. sage 2008/03/11(火) 01:00:45 ID:41N3IJ2X
『気のせいだったのかしら…それとも木の精だったのかしら…?』
そんな声が聞こえた後、ドアがゆっくりと閉まります。そしてドアの影からやはりゆっくりと少女の姿が現れます。
グレーテルです。
トイレに行きたくなって、部屋から出てきたついでに隠れてお姉さんを見張っていたのです。
それもどうやらただの偶然ではなかったようです。きっとこれも絶対唯一神の御告げに違いありません。
「ようやく本性を現したわね…」
言葉こそ冷静ですが内心、グレーテルは動揺していました。
当然と言っていいでしょう。お姉さんの正体は人間を食べる(主に性的な意味で)魔女だったのですから。
グレーテルはすでに殺る気満々です。けれど今実行する訳にはいきません。鳥ならともかく人間を殺せば罪になります。計画を練って、その時を窺う事にしましょう。
―――あんな無駄乳食肉牛にお兄ちゃんを渡してなるもんですか…!!
グレーテルは音を立てずに、自分の部屋へと戻るのでした。
たくさんの星が輝いていたはずの空に、いつしか暗雲がたちこめていました。濁った濃い灰色の雲の隙間が、時折ピカッと光ります。
夜の森は真っ暗です。
そんな中、ぽつんと光る『犯しの家』。
窓から明かりが漏れています。その奥には廊下らしきものも見えます。一羽の鳥が、杉の木のてっぺんからそれを眺めています。鳥はもう三時間も前からそこにいて、身動ぎすることなく窓を見つめています。
と、その視界に人が入ります。外に目をやることなしに、廊下を突き進んでいます。
「見つけた…。見つけた…。見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた!!」
鳥は、あらんかぎりの憎悪を込めて叫びます。
「グレーテル…!!仲間の敵をとらせてもらう…そしてヘンゼルお兄ちゃんも…。
ふひ、ふひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!」
―――ドガァァァンッ!!
彼女に呼応するように雷が落ちます。
羽をばたつかせ、歓喜に身をうち震わせながら、ハマーDこと長澤まさみは笑い続けるのでした。
最終更新:2008年03月16日 20:00